石清水八幡宮の表参道の途中にある「影清塚」から先、表参道を離れて階段を上っていきました。
表参道を離れて、、、
階段を進むと、途中で右に大きく折れ曲がる場所があります。そこから分岐して左へ行く細い階段がありました。
分岐する階段
「史跡 松花堂およびその跡」の石碑
この場所にはかつて、松花堂昭乗(しょうかどう・しょうじょう、1582もしくは1584~1639)が晩年に住んだ「松花堂」と呼ばれる「方丈」があった場所です。「史跡 松花堂およびその跡」「文部省 昭和32年7月1日指定」と刻まれた石碑が建っています。
「方丈」の意味は1辺が1丈(約3メートル)ほどの正方形、あるいはその広さの部屋という意味で、それが転じて住職が住む部屋という意味もあります。庵(いおり)という言い方のほうが分かりよいかもしれませんね。
松花堂昭乗は江戸初期の僧侶で、堺の出身です。書道、絵、茶道に優れた才能を持った人で、寛永三筆の一人と言われるほど書に秀でていました。
かつては男山四十八坊と呼ばれるほどたくさんの宿坊があったそうです。明治維新直後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によりほとんどが無くなりましたが、松花堂は移設されました。現在は2キロほど南にある場所にあり、「松花堂庭園・美術館」として一般公開されています。
松花堂の跡
「土間」
昭和57~58年(1982~83年)に行われた発掘調査で遺構が確認され、それをもとに復元されたのが上の写真です。
一番手前が「土間」、その先が「茶室」です。写真ではなかなかお伝えできませんが、かなりこじんまりとした敷地です。
松花堂の跡地
上の写真で、右奥が松花堂の敷地です。中央の柵で囲まれたところが「中露地」と呼ばれる庭の部分です。
井戸
井戸もありました。上部は金網状のフタで覆われています。
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