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2011年05月10日
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京都競馬場の北側、京阪本線の北側に沿った道路脇に、「史蹟 戊辰役 東軍西軍 激戦之址」と書かれた碑がありました。

京阪淀駅周辺 戊辰役激戦之址戊辰役激戦之址

京阪淀駅周辺 戊辰役激戦之址同上

京阪淀駅周辺 戊辰役激戦之址同上

慶応4年(1868年)正月3日、鳥羽・伏見において東軍(旧幕府軍)と西軍(新政府軍)が衝突して端を発した「鳥羽・伏見の戦い」。しだいに戦いの場が東へと移り、江戸城の無血開城、上野戦争、翌年には函館戦争へと続く一連の戦いが、戊辰役(ぼしんのえき)と呼ばれる内戦です。すでに何度かご紹介しているように、淀の地でも激しい戦闘が繰り広げられました。

この写真の場所は、京都競馬場の北側、JRAの駐車場の敷地に隣接する一画です。

向かって左側には、「幕末の戦闘ほど世に悲しい出来事はない」で始まる碑文(昭和45年建立)が寄り添っていました。わずかの差で勝ち負けがついたけれど、どちらの軍もおのれが正しいと信ずる道を行き、そして士道に殉じたと記しています。

この碑文の主は、中村勝五郎さん(1913~1993年)。親子で著名な馬主であり、第二次大戦後の競馬復興に尽力された方です。また、戦後のBC級戦犯処刑者の支援もされていたそうで、戦いに敗れた側への思い入れが碑文にも表れているように感じました。






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最終更新日  2011年05月12日 01時11分28秒
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Re:京阪・淀駅周辺 戊辰役激戦之址(05/10)  
どちらもが、己が正しいということで、どちらかに無理がありますよね。
でも、志を貫き通すこと。。。
だからこそ、今に残る名言となったでしょうね。
今、見習わなければならない人たち。。。多いですよね。 (2011年05月13日 00時09分55秒)

Re:京阪・淀駅周辺 戊辰役激戦之址(05/10)  
おそらく当時は日本の行く末をかけての戦いだったと思うのですが、日本人同士がそこまで命をかけて戦うことって今の世では考えられないですよね。

そういう過去があったからこそ、今があるわけですから。
(2011年05月13日 00時32分41秒)

Re[1]:京阪・淀駅周辺 戊辰役激戦之址(05/10)  
まあちゃん9541さん、こんにちは。

何を持って正しいとするか。ほんとうはものすごく難しいと思います。

今につながる事象を「間違い」といえば自己否定になりますので、過去のことではあっても、史観には現代の考え方が反映されることが多いと思います。

まさに勝てば官軍。負けた側の言い分は「間違い」になりがちです。
(2011年05月14日 12時45分48秒)

Re[1]:京阪・淀駅周辺 戊辰役激戦之址(05/10)  
あけやん2515さん、こんにちは。

外国船が日本にやってきて、攘夷派も開国派も、このままでは日本はだめになると考えたはずです。佐幕派も尊皇派も、
双方それぞれの志を持って、日本人どうしが日本のために命をかけて壮絶に戦った時代ですね。
いまの時代、そこまでの志を持った人がどれだけいることか。
でも、たとえ志があったとしても、戦争で決着をつけてはいけないと、この碑文は言っているように思えました。私利私欲がない澄んだ志であればあるほど、「悲しい」思いが残るのでしょう。
(2011年05月14日 13時06分11秒)

>勝てば官軍。。。  
今晩は~

思いの丈をぶつけ合う。。。
それは自分のためなんかじゃなく、日本の行く末を考えて。

『士道に殉じた』。。。
今ならどうでしょう。責任逃ればっかり。 (2011年05月15日 00時30分10秒)

Re:>勝てば官軍。。。(05/10)  
まあちゃん9541さん、こんにちは。
勝てば官軍。なので、不都合な部分は隠されたかもしれません。
しかし、筋を通すということには命を賭けてたでしょうね。
(2011年05月15日 11時21分10秒)

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