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2011年07月27日
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京阪宇治駅の東、宇治橋東詰近くに「橋寺放生院(はしでら・ほうしょういん、または、ほうじょういん)」という名の寺院があります。

京阪宇治駅周辺 橋寺放生院

真言律宗のお寺で、山号は「雨宝山」、寺号は「放生院常光寺」ですが、「橋寺放生院」あるいはたんに「橋寺」と呼ばれることが多いようです。「橋寺」は、このお寺が宇治橋を守ってきたことから付けられた名前だそうです。

寺の由来では、推古天皇の12年(604年)、聖徳太子の発願により秦河勝(はたのかわかつ)が建立したとされているそうです。秦河勝といえば、治水や織物などの技術を持った渡来人で、聖徳太子の側近としてよく知られております。宇治周辺の治水にも関わっていたのかもしれません。(秦河勝については→ こちら をどうぞ)

江戸時代、このお寺の境内から「宇治橋断碑(うじばしだんぴ)」と呼ばれる石碑が見つかりました。見つかったのが一部だけなので「断碑」と呼ばれます。欠けた部分を他の史料で補って読めるようにし保存されているとのことです。石碑は奈良時代のものと推定され、国の重要文化財に指定されています。

この石碑には、宇治橋が宇治川に最初に架けられたのが大化2年(646年)と記されているそうです。秦河勝が建立したとする時期より40年も後のことになります。このずれは何なのでしょう? すなおに考えれば、橋寺が最初に建立されたときには、橋を守るのが目的ではなかった、ということになりそうです。

だけど、秦河勝が宇治橋を架けようとしていた可能性はないのでしょうか? ひょっとして、架けたけどすぐに流されたとか、、、。おっと、勝手に想像が広がっていきそうになります。

実際、宇治橋は過去に何度も流失し、そのたびに掛け直されました。

弘安9年(1286年)に宇治橋が架け替えられたときに、奈良・西大寺の叡尊(えいそん)上人によって橋寺が建立されます。橋寺が実際に創建されたのはこの時期であるとも言われています。

叡尊はこのとき、塔の島に十三重石塔を建立するとともに、大放生会(ほうじょうえ)を営みました。このことから、橋寺が「放生院」と呼ばれるようになったということです。

橋寺のすぐ近く、宇治橋東詰にあるお茶屋「通圓(つうゑん)」も、橋寺放生院も、それぞれの立場で宇治橋を守ってきたということです。それほどに、宇治橋は交通の要所として必要な橋だったということでしょう。 (通圓については→ こちら を参考に)






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最終更新日  2011年07月27日 23時56分50秒
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Re:京阪・宇治駅周辺 橋寺放生院(07/27)  
今でもあれだけの川の流れがあるんですから、昔はもっと水量があったのかもしれませんね。
そこへ橋をかけるんだから、かなりの難工事だったでしょうね・・・。
(2011年07月28日 00時28分14秒)

Re[1]:京阪・宇治駅周辺 橋寺放生院(07/27)  
あけやん2515さん、こんばんは。
いまでもかなりの流れですので、ダムなど無い時代だと、大雨が降ったり雪解けの季節には、相当な水量になりそうですね。
(2011年07月29日 01時26分44秒)

Re:京阪・宇治駅周辺 橋寺放生院(07/27)  
あけやん2515さんが一番最初に書かれた言葉をそのまま書いてしまいそうになりました。

実際にあの流量計でわかる仕掛けにはなっていますが、
当時の人々がどんなにご苦労をされたか。ということになりますね。そりゃもう、馬でも簡単に流されたかと思います。
十三重にされたのは、十三仏からもきているでしょうか。
真言宗ということで、最初が不動明王。初七日~七七日と七日ごとに守る仏さんがいらっしゃる。。。なので、その日に唱えるお真言も決まっているのですよね。
大阪には十三と書いて“じゅうそう”と読む地区があります。十三参りは。。。?大人への足がかりになる年齢だったということでしょうか。十三階段は忌み嫌われますが。
それにしても、あの時代に、まっ四角に厚みを揃えて切るという作業は大変だったかと思うのですが。。。
犠牲者を弔うということになると、その一心で。だったのでしょうか。尊い犠牲の上に成り立っている。ということですね。 (2011年07月29日 11時26分44秒)

Re[1]:京阪・宇治駅周辺 橋寺放生院(07/27)  
まあちゃん9541さん、おはようございます。
おっしゃるとおり、仏教で十三という数字は特別な意味がありますね。供養の意味合いからも、十三仏の考え方があると思います。真言(マントラ)はとても覚えられませんが、気になりますねえ。
大阪の十三という地名の由来はいろいろあるようですが、淀川の13番目の渡し、とか、区画の「条里制」で十三条にあったから、などと言われています。「十三仏」という説はまだ聞いたことがありませんが、新説かもしれませんね。
(2011年07月30日 09時11分18秒)

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