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2011年11月12日
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JR木幡駅から南に300メートルほどのところに、「藤原氏塋域」と書かれた碑があります。

京阪木幡駅周辺 宇治陵「藤原氏塋域」の碑

「塋域(えいいき)」とは墓所という意味だそうです。「藤原氏」とは言うまでもなく、平安時代に栄華を極めた摂関家藤原氏です。

碑には、「閑院贈太政大臣冬嗣 昭宣公関白基経 本院贈太政大臣時平 法興院摂政兼家 南院関白道隆 法成寺関白道長 宇治関白頼通 後宇治関白師實」の8人の名前が並んでいます。そうそうたる名前です。(ちなみに「贈」とあるのは、死後に贈られた官位です)

この周囲には、藤原氏の墓地が点在しています。明治10年(1877年)には、宮内省(当時)によって調査が行われ、藤原氏出身の皇室関係者の17陵3墓を「木幡陵」としました。その後、範囲を広げ、1号陵から37号陵まで番号を付けて「宇治陵」としました。いまでは住宅化が進み、民家の間に点在している状況です。

このうち、1号陵を「宇治陵」全体の「総遙拝所」としています。

1号稜のすぐ近くに、「宮内庁書陵部 桃山陵墓監区 宇治部事務所」と書かれた建物があります。

京阪木幡駅周辺 宇治陵「宇治部事務所」と1号稜

この建物のそばに掲げられた掲示には、藤原氏出身の皇室関係者の名が並んでいます。ほとんどが歴代天皇の皇后や中宮の名前です。

京阪木幡駅周辺 宇治陵掲示版

だれがどの陵に葬られているのか、必ずしもはっきりしていないようです。点在する37の陵を探し当てるだけでも、なかなかたいへんそうです。それにまた、中には古墳時代の古墳も含まれているといいます。

それにしても、この近くに藤原道長や長女・彰子(一条天皇皇后)、嫡子・頼道らが、ほんとうに眠っているのでしょうか。

源氏物語の作者・紫式部を庇護した藤原道長は、源氏物語の第一読者だとも言われています。宇治の地は、平安貴族と深くつながっているようです。






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最終更新日  2011年11月15日 01時05分45秒 コメント(2) | コメントを書く
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