ぐうたらたぬき途中下車

ぐうたらたぬき途中下車

2012年04月04日
XML

乃木神社

ここは乃木神社の境内です。

中央に「忠魂」の碑、右側には慰霊碑、左側には日露戦争の日本海海戦に参加した軍艦「吾妻」の主錨のモニュメントが置かれています。

日露戦争での旅順攻略などで功を上げた乃木ですが、この戦争では二人の息子を亡くしています。そのこともあって、戦地から帰国した乃木は大歓迎で迎えられます。しかし、歓迎会などはすべて断ったそうです。

乃木自身は多数の将兵を死なせてしまったことへの自責の念が強かったといいます。明治天皇への復命の報告でもそのことを述べ、死んで詫びたいと言ったそうです。天皇は乃木の気持ちを理解しつつも、「いまはその時ではない、どうしてもというのであれば朕が世を去ったあとにせよ」と諭したそうです。

そして、大正元年(1912年)9月13日、明治天皇の「大喪儀」が行われたその日の午後8時ころ、夫婦とも自刃して亡くなったということです。


乃木神社

境内には、乃木希典の幼少時代の長府(山口県)の実家が復元されています。妹にも泣かされるような気弱で温厚な性格だったようです。

「乃木将軍」というと軍人の雄々しいイメージを思い描いてしまいますが、優しさをもった実直な人柄から、多くの人に好かれていたそうです。


乃木神社は、山口県、東京都、栃木県、北海道などにもあります。東京の乃木神社は乃木坂にありますが、この乃木坂も、乃木希典の死後に付けられた地名です。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年04月13日 01時28分08秒
コメント(4) | コメントを書く
[街を歩いて見かけたもの] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:乃木神社(続き)(04/04)  
> 多数の将兵を死なせてしまったことへの自責の念が強かったといいます

こういう気持ちでいるトップが何人いるか・・・。
自分だけ助かりたい、っていう人が大多数だと思うし、これは今の政治でも同じようなものじゃないですかねぇ。
(2012年04月13日 21時24分03秒)

Re:乃木神社(続き)(04/04)  
>妹にも泣かされるような気弱で温厚な性格だった。。。
想像もつかない事実に、ただもう驚いています。

“9月13日”という日付を妙に覚えていると思ったら、姪の娘の誕生日でした。
奥さんまでもが自刃して亡くなられたのですね。
今の時代とは夫婦関係も違うでしょうけど、どこまでも付き従う。。。それは、そのまま将兵とともに旅順攻略にも活かされたでしょうか。

歴史を掘り起こすと、『軍人の雄々しいイメージ』からは想像もできない姿があるのですね。

明治天皇のお言葉にしても、『朕が世を去ったあとにせよ』が全てを物語っている気がします。いわば、国の最高責任者なわけですものね。

今朝通った道路脇にも慰霊碑があります。今があるのは、全てこの人たちの犠牲によるもの。という認識を持ち続けたいです。

それぞれの県の乃木神社を巡るのも勉強になりそうですね。
ただ、北海道へ行く。というのではなく。 (2012年04月13日 23時06分23秒)

Re[1]:乃木神社(続き)(04/04)  
あけやん2515さん、こんにちは。

放任していては、まとまりのない集団になってしまいますが、かといって、現場を締め付ければ成果がでると考えているトップでは、心が離れていきますね。
(2012年04月14日 07時31分36秒)

Re[1]:乃木神社(続き)(04/04)  
まあちゃん9541さん、こんにちは。

歴史は作られるとも言いますので、いろんな説を知っておくのも大切です。

軍人としての能力を疑問視する意見もありますし、そりが合わない人もいたようです。現代の感覚では、自決することに対する批判もあるかもしれません。

今回の訪問と、自分なりに調べたことで、乃木希典その人のイメージはかなり変わりました。
日々、勉強ですね。
(2012年04月14日 07時38分46秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: