近衛(このえ)天皇陵
京都市伏見区竹田浄菩提院町
近鉄京都線・竹田駅より南へ徒歩5分「近衛天皇陵」、正確には「近衛天皇 安樂壽院南陵(あんらくじゅいんのみなみのみささぎ)」というそうです。高さ約16メートル、一辺が約5.6メートルの多宝塔です。
中世には寺院の御堂に遺骨を納めるのが通例だったようです。
慶長元年(1596年)の地震(慶長伏見地震)で倒壊しましたが、慶長11年(1606年)、豊臣秀頼により再建されました。
かつて鳥羽離宮は院政が行われたところで、近くには院政の中心人物だった白河上皇(法皇)や鳥羽上皇の陵があります。
近衛天皇は鳥羽上皇の第九皇子で、先代の崇徳(すとく)天皇は鳥羽上皇の第一皇子です。白河法皇が亡くなり鳥羽上皇が院政を始めると、鳥羽上皇は崇徳天皇に譲位させて、わずか2歳の近衛天皇を立てます。
病弱だった近衛天皇は17歳で病死します。子が無かったため、兄の後白河天皇(鳥羽天皇の第四皇子)があとを継ぎます。
鳥羽上皇の死後、崇徳派と後白河派に分かれて保元(ほうげん)の乱が起こります。平清盛が時代の表舞台に登場し、やがて武士の時代へと向かっていきます。
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