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2013年10月22日
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南明院

京阪本線・鳥羽街道駅の東300メートルほどのところに、南明院(なんめいいん)という寺院があります。山号は凌雲山で、南明禅院とも呼ばれます。東福寺の塔頭のひとつです。

南明院

門の前の石碑には「徳川家康公正室旭姫墓」と書かれていました。旭姫といえば豊臣秀吉の妹。秀吉によって無理やり離婚させられ、天正14年(1586年)、徳川家康の正室になったという話は有名ですね。

ちなみに天正16年(1588年)には母親(大政所)の病気見舞いを口実にして聚楽第に住んだとか。天正18年(1590年)に没しました。

旭姫の墓所(南明院)

寺院内の旭姫の墓所です。

徳川家康の正室になる前のことは、あまりよく知られていないようです。

京都市東山区本町15丁目京阪本線・鳥羽街道駅より東へ徒歩5分






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最終更新日  2013年10月23日 01時23分16秒
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Re:徳川家康の正室の墓所(凌雲山 南明院)(10/22)  
こんばんは 秀吉によって無理やり離婚させられ、徳川家康の正室になったとは、政略結婚の代表格ですね。旭姫悲しいなぁ~(;_;) (2013年10月26日 19時14分47秒)

Re[1]:徳川家康の正室の墓所(凌雲山 南明院)(10/22)  
やまのかめさんさん、こんにちは。

離婚させてまで嫁がせたということは、徳川家康と釣り合いのとれる姫がほかにいなかったということですね。

身内が少ないということが、豊臣秀吉の弱点だったのかもしれません。

徳川家康も、正室として迎えたけれど、「結婚」とは名ばかりであることは百も承知のうえです。家康はといえば、十一男五女の16人の子がいましたが(ほかにもいたかも)、それが徳川幕府の礎になったのかもしれませんね。
(2013年10月27日 14時36分06秒)

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