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養源院
京都市東山区三十三間堂廻り町
京阪本線・七条駅より東へ徒歩7分「養源院(ようげんいん)」の名は、戦国時代の武将、浅井長政の院号(長政の戒名は養源院天英宗清)に由来しています。織田勢に攻められて小谷城で自刃した浅井長政らを供養するため、文禄3年(1594年)、豊臣秀吉の側室・淀殿が秀吉に願って創建されたものです。
淀殿といえば、長政とお市の方との間に生まれた浅井三姉妹の長女、茶々ですね。
元和5年(1619年)には、火災によって焼失してしまいますが、元和7年(1621年)、2代将軍・徳川秀忠の正室、崇源院の願いによって再興されます。
崇源院とはお江(ごう)の方、つまり淀殿の妹、浅井三姉妹の三女です。その後、養源院は徳川家の菩提所になっており、歴代将軍の位牌が祀られているそうです。
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本堂
再建の際、伏見城の遺構を移したそうです。伏見城落城のときに自刃した武将たちの血が付いた廊下が本堂の天井に使われており、「血天井」として知られています。
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