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耳塚
京都市東山区茶屋町
京阪本線・七条駅より北東へ徒歩約7分豊国神社の鳥居の西、正面通沿いの南側に、「耳塚」があります。
豊臣秀吉が朝鮮半島に侵攻した、いわゆる文禄・慶長の役(1592~1598年)のとき、戦功のしるしとして持ち帰った鼻や耳が埋められているそうです。
この時代、戦いで敵将を打ち倒したときには、それを証明するために首級を持ち帰っていました。武将以外の場合は鼻や耳を持ち帰ったようです。
朝鮮出兵時にも、塩漬けした鼻や耳を持ち帰ったようです。その数は2万人とも3万人とも言われています。秀吉の命により、ここに供養するための耳塚が建てられたということです。
当時はそれが習わしだったのかもしれませんが、現代の感覚で見れば、なんとも残虐な行為で、聞くだけでやり切れない気持ちになります。
歴史の負の遺産として、現代に受け継がれています。
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