五条の橋の上で出会った牛若丸と弁慶。切りかかってきた弁慶に対し、飛び退いた牛若丸が、持っていた扇を投げつけるシーンがあります。
平安時代、扇は朝廷や貴族の遊芸用、あるいは僧侶や神職の儀式用として用いられていました。一般人の使用は禁止されていたそうです。
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扇塚
五条大橋の西詰、北側内に「扇塚」と呼ばれるモニュメントがあります。昭和35年(1960年)、扇発祥の地を記念し、御影石で作った扇形の碑が建立されました。
平安時代、平敦盛の妻は出家して「蓮華院尼」となり、亡き夫の菩提を弔うために、この地にあった「御影堂」に入りました。ここで寺の僧といっしょに作った扇が「御影堂扇」と呼ばれて有名になり、多くの扇工が付近に集まったそうです。
御影堂は、新善光寺の別称です。太平洋戦争中に、疎開のため滋賀県長浜市に移転し、現在に至っています。
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