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祇園甲部歌舞練場
京都市東山区祇園町南側
京阪本線・祇園四条駅より南東へ徒歩約5分明治2年(1869年)の東京遷都は、京都の人たちにとって衝撃的な「事件」でした。このままでは経済が衰退していくという危機感が高まりました。
明治4年(1871年)、初代京都府知事の長谷信篤(ながたに・のぶあつ)らの働きかけにより、西本願寺の書院で博覧会が開催されました。これが日本における最初の博覧会といわれています。好評だったことから、勧業を目的とした博覧会が毎年1回行われることになりました。
明治5年(1872年)の第1回京都博覧会の開催にあたり、「余興」として企画された中の一つが「都をどり」の起源です。当時としては画期的な振り付けで話題を呼んだそうです。今や京都の春を彩る代表的な催しです。
明治6年(1873年)には、花見小路通の西側にあった寺院を歌舞練場にし、さらに大正2年(1913年)には現在の場所に移転し、現在に至っています(修繕のため、3年間は京都四條南座で上演されたこともあります)。
弥栄会館この建物内の「ギオンコーナー」には、200名収容のスペースをもつ舞台があります。
八坂倶楽部展示会、発表会や内見会などに利用できる空間(和室スペース)があります。
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