
坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地の碑
京都市中京区塩屋町 河原町通蛸薬師下る
京阪本線・祇園四条駅より北西へ徒歩約5分
阪急京都線・河原町駅より北へ徒歩約2分
慶応3年(1867年)、坂本龍馬と中岡慎太郎は、この地にあった「近江屋」で刺客に暗殺されました。この碑は河原町通の歩道の脇に建てられていますが、気付かずに前を通り過ぎていく人のほうが多いようです。
前年の慶応2年にも伏見の船宿「寺田屋」で襲撃された(いわゆる寺田屋事件)ため、龍馬は、それまでいた海援隊の本部から近江屋に居所を移していました。

土佐藩邸跡(木屋町通)
近江屋は醤油商で、土佐藩に出入りしていました。近江屋があった場所の東、木屋町通に土佐藩邸があったことを示す碑があります。坂本龍馬が暗殺されたのは、土佐藩邸のすぐ近くだったのですね。
一方、海援隊の本部は「酢屋(すや)」という材木商に置かれていました。三条河原町を一筋下った辺りです。現在も「酢屋」は営業を続けています。
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