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南麻布の焼肉屋近くで石田純一を発見!!!ちょっと疲れた感じだったが、まさに本人だった。すかさず、足元を見るが、靴下を履いていないことは確認出来なかった。それにしても、普通に芸能人が道で電話しているなんて、やっぱり麻布だね。芸能人みたく暮らしたいから、自分で会社始めたいと最近思ってます。今、考えているのは、ネットビジネスのコンサルティング事業で、新規IT企業の経営等を相談する仕事です。その為、今日は創業サポートセンターに行ってきました。親切にいろいろと説明を頂き、非常に勉強になりました。また、起業準備には時間とお金がかなり掛かる為、これからがんばって準備しようと考えています。まずは、事業計画書を書いたり、セミナーに参加したりしていきます。グッチの今秋最新バッグをご紹介!!!デザインが可愛くてお薦め!
2005.10.31
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原作が三島由紀夫の「春の雪」を映画館で観た。大正時代の富裕層達が繰り広げる恋愛物語。清顕(妻夫木聡)と聡子(竹内結子)が悲劇を演じる。http://harunoyuki.jp/「春の雪」ストーリー概要聡子と清顕は名家の跡取り。幼い頃より将来一緒になる事を約束されていた。百人一首の読札と絵札の様に、将来一緒になる事を誓う。学生の清顕はまだ幼く、恋の経験は無い。聡子の清顕への想いは変わらないが、清顕は聡子への想いを正直に伝えられない。嘘の手紙で彼女の心を動揺させ、彼女からの恋文は焼き捨てた。清顕は聡子を失って初めて、彼女の大事さに気付く。聡子は宮家の男に求婚され、婚約をする。宮家からの誘いを断る事は出来ないのだ。清顕は彼女への気持ちに気が付き、再開を熱望する。時は既に遅く、彼らはなすすべが無い。そんな状況が彼らを燃えさせる。人から知られない場所で逢引をし、清顕は聡子を知り、お互いに時間を共にする。後に、聡子は清顕の子を身篭った事を知る。宮家と婚約した女が他の男を知り、子を身ごもる事は許されない。宮家に知れれば、一家の名を汚す事となる。聡子の父は悩んだ挙句、宮家と相談し、聡子の腹の中の子を始末する事を決める。大阪の医師に会いに聡子は汽車に乗る。聡子は駅まで来た清顕に気付き、出発直後車窓から絵札を清顕に渡し、別れを告げる。彼女に残された道は他にない。大阪で子を降ろした聡子は失望のあまり、仏に身を捧げ出家する事を決める。宮家との縁談は破談になり、それを知った清顕は奈良まで聡子に会いに行く。奈良で僧として過ごす聡子は、この世ではもう清顕に会えない事を悲しむ。仏教の輪廻を信じるならば、来世で彼らはきっと逢えるだろう。映画は好きだが、最近行っていなかったので行けて良かった。六本木ヒルズの映画館は深夜もやっているので便利。シネマイレージカードのポイント(6回で1回無料)が溜まっていたので、ポイントを使用して観た。観客は恋愛映画の為、女性が多かった。悲劇のストーリー展開に館内には感極まる人も見かけた。恋愛映画で最近観たのは、「世界の中心で、愛をさけぶ」と「東京タワー」だ。セカチュウはTVドラマでも人気だった。東京タワーはノラジョーンズのサントラCDが話題になっていたようだ。そのほかには、「電車男」が今年人気だった。こちらも映画版とTVドラマがある。
2005.10.30

中国語会話を2レッスン受けた。以前同じレベルだったアパレル系OLさんと2レッスンとも一緒だった。彼女も最近レベルアップしたそうだ。彼女はGucciのメンズ腕時計とアクセサリーをし、センスの良さそうな、カジュアル服を着ていた。聞いてみると、服は彼女が働く会社の物だそうだ。どこと無く優しい印象の彼女は、東京西部のからレッスンを受けに来ている。僕と始めた時期が一緒だった為、結構同じレッスンを受講している。前にメールアドレスと携帯番号を交換したが、あまり一緒に食事に行きたいとは思わないらしく、メール交換も疎遠なので、レッスンが一緒の時にしか話をしない。先週はレッスンを受講しなかったので、今日は2週間振りだと言っていた。思うのだが、中国語の生徒はアパレル系や国際系の人が多い気がする。英語と違い、最近学習者が増えた言語の為、生徒も学習意欲が強いのかもしれない。他に、大学3年の女の子と今回初めて一緒のレッスンになった。不思議系な感じの眼鏡を掛けた彼女は、少し遅れてレッスンに参加し、結構中国語は上手だった。
2005.10.29
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銀座松坂屋近くの回転寿司屋で夕食を済ませ、300円BARで4杯カクテル(モスコミュール2杯、シャンディーガフ、ソルティードッグ)を飲んでから、銀座の店に飲みに行った。店内に入ると、ハロウィーンの週末だった為、スタッフは様々な仮装をしていた。(女子高生の制服、ナース、着ぐるみ、体操服等。)男性ビジネスマンが1F階段周辺に固まっており、まさにソーセージ・パーティー(男性比率が高いパーティー。アメリカで覚えた言葉。)だったため、2Fに座って飲んでいる子と話をした。ナース姿のコスプレをしたスタッフが入り口に立っていたので、取りあえず、挨拶をした。その後、友人と合流。Rちゃん(神奈川在住28歳OL)とお酒を飲み、踊った。物凄い混み様の中、HipHopやオールジャンルの曲に合わせて僕らは踊った。混み過ぎなのか、飲み過ぎなのか、Rちゃんは気持ち悪くなってしまい、フロアにしゃがみ込んでしまった。その際、親切なお姉系二人組みが親切にも席を譲ってくれた為、Rちゃんは席で休む事が出来た。お水を2杯貰い、3杯目の水がいつまでも来ない為、二人で店を出た。
2005.10.28
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ドンドンドン♪ドーンキー♪と行って来ました。ドンキホーテ六本木店。何かと最近話題なこのお店。屋上にジェットコースターが出来るらしいです。現在も店の入り口には水槽があり、熱帯魚が泳いでいると言う、何とも不思議な感じのお店なのです。六本木と言う土地柄、お水系の客層にも人気があり、外国人さんやサラリーマン、ギャルが普通に存在しています。隣には黒人が入り口に立っている911と言うクラブがあり、その隣のうどん屋で食事をしました。量は少ないのに、大きな食器を使っているのには驚きでした。その後、青山ブックセンターで「Bランクの恋人」を立読みしてから、スターバックスでコーヒーを飲んでいました。スーツを取り扱っている雑誌と、「流行通信」を読みながら、のんびりとした夜の時間を過ごしていました。2階のCDスペースでは、懐かしい「トップガン」のDVDプロモが流れており、カッコいいなと思いながら、側に置いてある米国のパイロット養成スクール関連の雑誌を読んでいた。実費でそう言うスクールに通うのは1,500万円も掛かるそうだ。通常パイロットになるには航空大学校を卒業し、国内の訓練や試験に合格する必要がある。ただ、航空会社の中には、国内外の養成スクール卒を採用する事もあるそうだ。それにしても、それらの道を目指す事は、空への強い夢を必要とする。
2005.10.27

僕はアメリカに住んでいたせいか、アメリカンな物が好きなんです。特に、音楽、インテリア、洋服、本、アート、パソコン等。海外に住むと、日本とは違ったセンスを持つ事ができると思う。それは、異国の文化や生活習慣から来るものなのだろう。残念ながら、日本で生活をしている今、そう言うセンスを使う機会は余り無い。華美過ぎる格好は日本では余り好かれない。個人主義よりも集団の和を重んじる文化では、個性は他人の意見や嗜好に左右される。他の人の目を気にしてするお洒落は、堂々としていないせいか、魅力的に映らない事が多い。若い女の子が同じような格好で街を歩いているのを見ると、雑誌の真似以外にファッションセンスが無いのではと思ってしまう。時々ふとアメリカに行きたくなる。「あー、アメリカ行きたい」と一人呟いてしまうのである。しかし、僕は今、東京に住んでいるのだから、本当は喜ぶべきだと思う。ただ、東京から離れたいと思うのは、もう一度、海外で自分を試してみたいからかもしれない。実際、今の仕事で海外に行く機会はあると思う。だから、この仕事を選んだ訳で、海外に行く夢は諦めてはいない。時々海外に行く夢を忘れそうになる時がある。英語も国際感覚もそれ程、評価されなくなった今、海外で培った能力が特別な物では無いと言われてしまうと困る。逆に東京の暮らしの方が、便利で快適なので、海外に行く必要は無いかもと思うことがある。僕が日本人である以上、日本ではビザもパスポートも要らない。それに、日本文化は落ち着く。リスクを犯して、渡米してもリターンは少ないと思うと、このままのんびりと日本で過ごしても良いかなと思う。ただ、それではなんだかやりたい事を成し遂げられないで終わる人生の様で悔しい気もする。自分の信じた道を貫いて生きる生き様にふと憧れの念を抱く。そして、その目標の達成に必要な努力を惜しまない姿勢に惹かれる。人生は一度きり。やらずに後悔するのか、やって後悔するのか。それは個人の選択に委ねられている。悔いの無い生き方を選ぶとすれば、上の選択以外に、「やって成功する」と言う選択肢を作る他無い。
2005.10.26

ipod nanoを箱から開け、使い出した。CDをパソコンに入れ、インポートさせ、ipodを繋ぎ、更新させるだけなので、それ程使い方は難しくない。それよりも、どんな曲を聴くかの方が問題だ。「DJ KAORI'S "RIDE" into the PARTY」と言うCDを取りあえずipodに入れた。Hip HopのオムニバスCDと言う感じで、選曲やDJのアレンジが好きなので、選んだ。 http://www.jvcmusic.co.jp/djkaori/ HPを見ると、DJ KAORIは、結構セクシーな服を着た綺麗な女性と言う印象。単身NYで音楽を続けているそうだ。日本のファンも最近多く、クラブやライブも人が多く集まるらしい。ipod nanoを人通り使った後、簿記の資格試験を受けないといけないので勉強をした。余りにときめきの無い分野なので敬遠してしまいがちだが、そこは我慢して勉強しなければと思う。通信教育講座を購入し、テキストと過去問は揃っている。ただ、足りないのは脳みそか・・・。興味の持てない分野を学ぶのは辛い。いっその事、簿記の出来る可愛い女子大生かOLに教えて貰おうかと思っている。なかなか一人だと、試験勉強は身が入らない。特に、社会人は夜の時間に勉強をするのは疲れていてなかなか難しい。
2005.10.25

仕事帰りに六本木の駅で降りた。六本木交差点付近の地下鉄出口から地上に上がり、青山ブックセンターを通り、ポンパドールでパンを買った。そして、六本木ヒルズ内で巻き寿司を買って夕食にした。最近新しく店舗が入った場所には、女性向けの服屋や健康食レストラン等がある。スポーツジムも入っており、その横で見ながら健康食を食べる事が出来るという、少し変わった場所だ。食事を済ませた後、森タワーと東京タワーを眺め、ルイヴィトンとスターバックスの前を通り、麻布十番商店街を歩き帰宅した。ipod nanoとCDラックが届く日だったので、普段より早く帰宅した。最近電車内で良くipodを見かける。小さくて、持ち運びが楽そうなのが人気なのかもしれない。家に帰り、スーツを脱ぎシャワーを浴びた。そしてブログを更新する。そのついでに良さそうなブログを探してみる。僕のブログに来てくれた方を紹介したいと思う。「ロンドン生活日記」を作成しているchika2005さん。http://plaza.rakuten.co.jp/chika2005/ロンドンの生活が伝わってくるブログです。
2005.10.24

美容部員のEちゃんと麻布十番のタイ料理屋サムローで食事をした。日曜の夜にはあまり外食には行かないのだが、Eちゃんと逢える機会だったので、食事をした。なかなか来ないので、メールしてみると地下鉄の改札を出て、地上で待っていると言う。どの子かわからなくて、探すのに時間が掛かってしまった。無事にEちゃんを見つけ、タイ料理屋に向かう。思っていたよりも可愛くて、結構ドキドキでした。今回食事をしたのは、麻布十番のサムローという店。ウェブサイトで調べ、なかなか良さそうな店だったので、事前にお店の人に話して予約をしようとしたが、どうやら日本語が話せないらしく、それでも席は空いているとの事だったので、その店にした。着いたら、南国のココナッツ系カクテルであるピナコラーダで乾杯をし、生春巻き、サラダ、サテ、スープを飲食し、最後にココナッツアイスを食べた。http://www.saamroa.com/店内の雰囲気はタイにいるかの様で、とてもエキゾチックな感じだった。料理も美味しいし、Eちゃんも喜んでくれたので良かった。値段は2人で8,000円。給料日前なのに結構な出費になってしまった。それでも、楽しく食事が出来て良かった。Eちゃんとは以前にも何回か逢おうと約束していたのだが、なかなか逢えずにいた。それは、彼女が風邪を引いたり、携帯を無くしたり、急な仕事が入ってしまったりと色々あったからなのだ。そういうわけで、初めて会った時から約4ヶ月ぶりに食事に誘う事ができた。Eちゃんは埼玉の川口に住んでいて、仕事はデパートで美容部員をしている。美容部員の子は大概綺麗な子が多い。化粧が上手いとある程度は綺麗に見えるのかもしれない。今日の格好は、シャネルのバッグとネックレスで、既に友達と有楽町で映画を観たそうだ。明日はお互い仕事が早いからと、9時半には東京タワーと六本木ヒルズが見える道を地下鉄の駅まで歩きながら、話をしていた。都心の暮らしに憧れを持っていた頃をなんだか思い出した。地下鉄の入り口まで来て、僕は改札口まで送るよと言った。改札口までEちゃんを見送って、来た道を引き返した。夏が終わってあっという間に冬だねと言っていた、Eちゃんはなかなか天然系のいい子だった。また、逢いたいけどなかなか逢えないだろうなと思い、埼玉までの乗り換え経路を携帯メールで送信した。
2005.10.23
中国語のレッスンを2つ今週末も受けました。先生は発音の良い、若い女の先生でした。生徒は、会社を退職後大学で学ぶ男性、貿易会社に勤める女性、外資系企業に勤める女性の4人のグループレッスン。内容は、天安門在那里?(天安門はどこにあるのか?)と那个是ニ的(これはあなたのですか?)でした。始めの場所を問う構文では、天安門の部分を、天安門→故宮博物館→北京→中国→アジアと変えて質問・回答を繰り返す練習をしました。次のレッスンでは、各自物を取り出して、形、色、会社名から自分の物を指定する練習をしました。色には濃淡を表現する語句や、形は長方形、正方形、三角形、円、円錐等を習いました。貿易会社のOLの方は以前通信講座を受けていたそうで、発音や文法がしっかりした中国語を話していました。僕もそうなれるように、がんばります。レッスン後は、カフェで復習をしました。
2005.10.22
銀座の300BARに行って来ました。松坂屋近くにある、BARで7時~8時半位までいました。店内、100種類のカクテルやお酒が300円と言う価格な為、OLさんやビジネスマン、外国人等様々な客がいました。http://www.300bar.com/一人でモスコミュール、シャンディーガフを飲んでいると、友人が英語で話しているので、僕も合流。ニューヨーク出身のWallさんは日本に来て9ヶ月、英語講師をしていると言う。彼は、カクテルとテキーラを同時に注文し、かなり酔っていた。英語で他の人とも話したくなり、次に話したのはSarahさん(ドイツ出身25歳)。大学時に千葉の大学に留学し、現在は政府系企業でインターンしているそうだ。彼女の英語はナチュラルで、米国のシアトルにも1年留学していたと言う。仲良くなったので、連絡先を交換し、次回食事に行く約束をした。先ほどの友人を連れて、銀座に移動。8時半に他の友人と合流。Aちゃん(25歳・アパレル系・都内在住)とその友達と一緒にお酒を飲んだ。Aちゃんは千葉出身で半年前から働いていると言う。その前は、ディズニーランドでバイトしていたと言う。
2005.10.21

僕は今年の7月から中国語を習い始めた。仕事で使う機会があればと思い、始めたのだが、実際に使えるようになるかは未知数。僕が通っているのはNOVA。あの、英会話で有名な語学スクールだ。http://www.nova.ne.jp/中国語習得には有効なのかは良くわからないが、初心者なので、どこのスクールに行ってもそれ程変わらないだろうと思い選んだ。現在は下から2番目のクラスにいる。(先月レベルが1つ上がった。)どうも、上のレベルになると気合を入れて学習している生徒が大半になってくる。先週初めてその1つ上級のレベルでレッスンを受けたのだが、中国語を使って仕事をする人や、大学で中国語を学んでいる人などがいた。たった3ヶ月でそんな人たちと同じレベルになって良いのだろうかと思いながらも、自分も仕事で使えるくらい出来るようにならねばと平日も単語の書き取りなどをしている。中国語は面白いかと言えば、面白い。きっと、漢字練習が好きな人には向いているのかもしれない。(笑)中国語を始めてから、生徒で会う人は、服飾系や航空系の人が多い。そう言う業界で中国進出や中国語のニーズがあるのだろう。
2005.10.20
米国生活が長くなると、どうも日本文化に適応出来なくなる人が多いらしい。それは、自分でも感じている事だ。僕の場合、日本企業に勤めているので、そんな事はいっていられない。皆で協力して仕事をしたり、飲みに行ったりと日本的な企業文化に慣れないとやっぱり大変なんだと思う。僕の場合、意識して日本文化に適応しようとしている。ただ、そうする事によって、なんだか感情が表現できなかったり、日本語が少し不自然になる。普通の日本人にはきっとわからない感覚かもしれない。時々英単語が混ざったり、順序を逆に言ってしまう事もある。ある意味、そういうことを話し手にわかっていて貰えたらと時々思う。全くわかっていないと、話のニュアンスが伝わらないからだ。海外にいると、日本の出来事に疎くなる。これはある意味し方のない事だ。そして、流行や時流もあまり理解できない。その為、海外に住んでいたことのある人は、国内で服装が周りに比べて奇抜で浮いてしまう。個性を認めてくれるような環境ならわかるが、そうでない環境の場合、やはりどこか精神的に無理が出る。たまには、そう言った世間で言う「海外組」の人たちと話して、同じような感覚をシェアする。食事にいったり、メールや電話をしたりしてだ。フランクに男女や年齢関係なく付き合える仲間と言うのは日本社会ではあまりないのかもしれない。たまにはあるだろうが、やはり、縦社会の中では、性別や年齢は人間関係を左右する。海外から帰ってきて思う事は、そう言う事だ。話は全く変わるが、来月は簿記と中国語の試験を受ける。そして、12月には貿易実務の試験を受ける。少しでも有利な資格を取得しておこうかなと考えている。まあ、それに趣味をかねて好きな分野の知識があったほうがいいと思う。僕の場合、国際系キャリアで考えているので、英語はもちろん、貿易、中国語、簿記を勉強している。うちの会社では、中国語を聞くようになったし、輸入取引もある為、それらの知識が生かされればと思う。僕はまだ社会人になってまだ間もない為、それほど責任の重い仕事と言うのはまだない。今は、準備段階なので、勉強をして、将来の業務に役立てたい。
2005.10.19
今日は会社の飲み会があって、皆と居酒屋に行った。会議の後だったので、お疲れ様という意味があったのかもしれない。他の人たちは、漬物や枝豆が好きらしく必ずいつも頼んでいる。新人は、料理を頼んだり、焼酎を作ったりするのが飲み会での常識らしい。僕は、そういう事は始めは不慣れだったが、回数を重ねていくうちに段々慣れてきた。人間、どんなことも慣れれば普通に感じてくるのだろう。飲み会では、何か面白い話題を考えて話す。仕事の事だったり、プライベートの事だったりするが、何か話しに落ちや笑いがある物が喜ばれる。
2005.10.18
世の中の多くの会社員は月曜があまり好きではない。それは、やはり休日明けは会社に行きたくはないと思うからなのだろう。僕は、あまりそうは思わないほうだ。仕事が嫌なときでも、取りあえずは行っておこうと考えている。今週は、駅周辺にあるカフェを見つけたので、そこで朝食をとる事にした。そう言った日々の小さな変化を楽しめれば、結構毎日の通勤なども楽しめるのかもしれない。以前、僕は電車に乗っているときに知らない作業服姿の男の人にいきなり殴られた事がある。すぐに、駅員に知らせたが、犯人は電車に乗って逃げてしまった。その日も月曜日だった。それ以来、月曜日には不機嫌な人の側には寄らないようにしている。また、トラウマになってしまったのか、電車や地下鉄に作業服で乗る人の側にも近寄らないようにしている。東京にはたくさんの人がいて、男の人も襲われたり、殴られたりするんだなと気が付かされました。
2005.10.17

最近僕は痩せようと努力していて、スポーツジムに通っている。といっても、六本木や青山近辺の高級スポーツジムではない。それどころか、月に2回区民無料開放日がある、区民スポーツセンターに行っている。実は、結構最近出来たらしく、設備はそれなりに充実している。トレーニングマシン、プール、体育館等があり、僕は、ウェイトリフティングや水泳をしている。今日、気になったのは、エアロビをしている男性の人たちだ。毎回参加しているらしく、全員の動きは一致している。ただ、良く見ると、あまりカッコよくないオジサンや勘違いサラリーマン風の人もいる。利用者をみると、やはり無料とあってか家族連れが多い。特に、男の子と一緒のお父さん方が多い。休日に子供とスポーツジムで汗を流すのはなかなか有意義な時間の過ごし方かもしれない。昨日は、NOVAで中国語のレッスンを受けてから、銀座でスーツを購入した。松屋で2着3万円のセールをやっていたからだ。ちょっと、とぼけていたらしく僕は、初め松屋ではなく、松坂屋に行ってしまって、店員の人に教えてもらった。(笑)松屋8階のスーツ販売会場には、販売担当のおばちゃん達がてきぱきとサイズ計りや販売活動を行っており、混んでいるながらも、スムーズに購入できた。1.5万円相当のスーツにしては、相当品質が良いので、きっと、去年物の処分なのかもしれない。僕は細いストライプの入ったダーク色のスーツとラインの入ったグレー系スーツを購入した。周りをみると、若い夫婦が多く、ボーナス一括で購入している人もいた。毎年、同様のセールを年1回行っているらしく、来年もやっていたらまた購入したい。スーツの直しをしてもらっている間、銀座のNOVAで英会話をした。1レッスン目は15人位生徒がいた為、新聞記事を利用しての話だった。それにしても、以前からNOVAの生徒客層が一緒なのには驚いた。きっとずっと継続して通っているのだろう。新聞記事には、中国・上海でライオンに襲われた掃除担当者の記事や妊婦を襲った女性の記事などを扱った。世の中にはいろいろな事件があるのだなと感心した。2レッスン目は、講師がコネクチカット州出身の米国人で、彼が以前働いていた政治支援団体会社の話や、米国内の大学について話をした。コネクチカットはあまり知られていないが、同州ニューへブン市にはエール大があり、現米国大統領を含め、多くの著名人が学んでいる。彼はノースダコタ州にも住んでいたことがあり、サウスダコタ州との合併についても話をした。最近話題になっているがまだ、現実化しないとの話だった。3レッスン目は、以前三菱自動車に勤務していたオーストラリア人で、国際ビジネス動向について話をした。ホテルビジネスの展望や、中国経済について話をした。その後、スーツを受け取り、帰宅したが、また銀座に夜繰り出す事にした。まだ行った事のない、銀座にあるクラブに行ってみようと思っていたからだ。ジー二アスというソニープラザ側のクラブ(ディスコ?)で、落ち着いた客層のクラブと言う前評判だった。普段良く行く六本木のエーライフの客の間でも時々話題に上がっており、チェックしようと前々から思っていたのだ。なぜか入場料は2千円(通常4千円)で2ドリンクだった。入ると、9時半位なのに盛り上がってきており、なかなか展開が速いのだなと感じた。(実際クローズが1時半の為)モスコミュールを頼み、周りを見渡していると、柏出身の金融系OL2人組み(25歳)が一緒に食事をしたいと言うので、一緒に食事をした。銀座で買い物後、寄ったらしく、服装がクラブ向きではないと言っていた。シーフードサラダ、チャーハン、生春巻き、五目焼き蕎麦を頼んで3千円だった。結構味は美味しかったし、安かったので、良かった。(僕は6千円だと思っていたから)その後、開発SEのOL(27歳・国立大卒・大田区在住)と話をした。総合商社のシステム開発をしているとの事で、結構毎日遅くまで働いているらしい。話を聞くと、今日引越しをしたのだそうだ。300M位の距離の引越しで、理由は最近夜道でひったくられたからだそうだ。新しい部屋は、明るい道沿いにあるので大丈夫との事。大学時代は、法律を勉強しており、裁判所で働きたかったそうだ。会社では、5年目という事で、サブリーダーとして頑張っているらしく、癒されたいと言っていた。僕は肩はこったり、目が悪くなるのはしかたないのかもなと思った。一昨日は、仕事が終わってから、六本木ヒルズでフィラデルフィアロール(クリームチーズや野菜が入った巻き寿司)を食べてから、西麻布のエーライフ(クラブ)に行った。人は少なく、あまり客層はよくなかった。不思議系姉妹(25、27歳西武池袋線沿線在住)と話、その後彼女らはダンスフロアで踊り狂っていた。(笑)広告代理店OL(ホスト好き)との話では、ホストクラブ通いの醍醐味は、お気に入りのホストをNO.1にする事だと言う。ウェイトレス(大宮在住)とも話をした。 あまり面白くなかったので、12時には帰宅。
2005.10.16
銀座でスーツを買った。服はネットでは変えない為、久し振りの買い物だったかもしれない。基本的に買い物は好きなほうだ。結構高いものを買ってしまう事がある。うちの会社では、スーツはストライプ系が好かれている。あまり地味だったり固い印象のものは、商社マンには似合わないからだろう。http://www.matsuya.com/ginza/index.htmlスーツを上手く着こなせる事もある意味社会人のマナーなのかもしれない。デザイン選びや着こなしもその人のセンスがある為、気をつけてみていると、個性がわかってくるのかもしれない。僕は、ブルー系のネクタイとシャツが好きで、気が付けば、デザインの違うブルーやライトブルーのシャツやネクタイが多い。ブランド物はあまり買わないが、ブランド店に行くのは好きな為、高給ブランド品に似た非ブランド品を選ぶ事も多い。そう考えると、ブランドかどうかでかなり金額に差が出てくる事に気が付く。ブランド崇拝主義の人は、ある一定のブランドならばある程度全てOKという考えの人もいるようだ。僕は、それはそれでかまわないと思う。ある意味、考え方がアメリカンなので、他人は他人自分は自分と言う考え方なのだ。
2005.10.15
金曜の仕事帰りにはクラブに行く事がある。六本木のスターバックスや青山ブックセンターで時間を潰し、22時位に店に入る。僕が行くところは、男性23歳以上、女性20歳以上と年齢制限があり、また男性はジャケット着用等ドレスコードがある。米国に住んでいたときから、パーティー系イベントには参加していたので、その名残かもしれない。とりあえず、顔は出しておいて、どんなメンバーがいるのかをチェックしていた。今週金曜は、西麻布のクラブに行った。お水系やギャル系がクラブにはいつも多いのだが、ここは以前はお嬢様系の子も多かった気がした。僕は音楽とお酒が好きで友人とクラブに行く。ナンパ目的の人も多いが、ナンパよりはただ話を楽しみたいと思う。こういう場所での出会いを本気にするかしないかは個人の自由だと思うが、僕は、結構いろいろな経験をしているので、あまり真剣には受け取らないようにしている。出会い系サイトよりは安全でしかもレベルの高い女の子がいるとは思うが、いきなり話しかけて仲良くなれる子は少ないと思う。話しかけ方や、話の内容、どの子と気があいそうかは、話してみないとわからないし、無視されたり、拒否される事も良くある。しつこいナンパはどこのクラブでも歓迎はされない。拒否されたら、次に行くのがクラブでのルール。僕は朝まではいるつもりはない。12時位には出て、またコーヒーを飲んだり、映画を見て帰る。朝までいてしまうと、翌日の中国語会話に支障が出てしまうからだ。たまには、カッコ良い格好をしてお酒を飲んだり踊りに行くのも別に悪い事ではないと思う。
2005.10.14

腕時計が欲しく、今までのは横浜・元町で買った井田時計の物だったので、ネットで購入しました。デザイン重視の時計なので、あまり価格は高くはありません。どことなくオメガっぽいデザインが、若者に人気そうな感じです。
2005.10.13
僕は音楽を聴くのが好きなのですが、CDを整理していなかったので、ネットでCDラックを購入しました。デザインの綺麗なラックで、部屋の雰囲気に合いそうなので、届くのが楽しみです。★★★最近はブラジルやラテン系のダンスミュージックが好きで、良く聞いています。特にカレイドスコーピオ、Most Rated Miami等が気に入ってます。カレイドスコーピオ/テン・キ・ヴァレール
2005.10.12
銀座でインドネシア料理を食べてきました。大学時代の友人で、今は外資系ブランド店に勤務しています。彼女は高校時代に英国に留学した事があり、大学時代も米国の大学だったので、僕と同じように「海外組」なんです。最近は、あまり連絡がなくて仕事も順調なんだろうなと思っていた頃だったから、久し振りにたくさん話が聞けて楽しかった。店内の雰囲気はリラックスムードで、お座敷席でした。水槽の壁で、熱帯魚が泳いでいました。(笑)僕らは、ホタテ、牛肉、サテ、サラダとカクテルを頼みました。なかなか美味しく、銀座でまた食事したいなと思いました。http://www.opefac.com/ginza_lime/index.htm来月には大学の同窓会があるらしく、僕は参加しようと思ってます。その場所も、港区の良い場所で行われるので、結構今から楽しみです。銀座は大人の街だと思って最近まであまり行かなかったけれど、夜景が綺麗だったり、デパートも沢山あって便利なので、これからはもっと行こうと思いました。
2005.10.11

本日より本ブログを執筆させて頂きます、たろーと申します。これから皆様方に喜んで読んで貰えるよう、頑張りますので、ご支援の程、よろしくお願い申し上げます。初めに、米国留学の経緯と携わった仕事について書いていきます。僕が留学を思い立ったのは、きっと習いに行っていた近所の英会話教室が影響しているのかもしれない。それとも、中学の硬式野球チームで遠征試合をした台湾旅行がきっかけかもしれない。中学3年に家族でニューヨーク旅行に行った後、「留学したいならお金は出してもいい」と言われ、僕は、まったくわからないながらも、行かないよりは良いかなと言う気持ちで行きたい意思を伝えた。どうやら、両親はその当時、留学には賛成だったらしく留学団体の試験を受け、翌年高校1年から留学できる事になった。今考えてもあの時の試験が合格点に届いていたのがまぐれだとしか思えない。中学3年の後半は誰もが高校受験の勉強をしていたので、まったくと言って良い程、留学試験の準備はしていなかった。試験合格後も、英語が出来ない不安や1年間も海外にいられるのかなんて、考えもしていなかった。まあ、どうにかなるだろう。そんな気持ちで、留学準備の毎日を過ごしていた気がする。日本の志望高校にも無事合格し、僕は16歳の7月から1年間米国オハイオ州コロンバス市郊外に留学していた。オハイオは中西部にある、あまり知られない州だ。そんな州に行き、田舎暮らしをしていた訳だが、英語の勉強にはなかなか良い街だったのかもしれない。結局僕は、英語漬けの毎日の中、陸上部に入り、仲間と練習を通して仲良くなり、成績優秀アスリートとして最後には表彰された。大学時代にも一度、オハイオを訪れたが、以前とあまり変わらない街に何だか、懐かしい感じがした。高校時代には、TOEFLの勉強も並行して行っており、密かに大学学部留学も考えていた。今思えば、ホームステイの家族には大変世話になった。ホストブラザーのスコットはもうシカゴ大学を出てどこか有名企業に勤めているのか、それとも大学院で研究をしているのか。昔から勤勉だったのを覚えている。他の友達はほとんどオハイオ州立大に進学した。日本に帰国後、どうやら米国で取得した単位が認められ、2年次に進級出来た。とはいえ、1年の授業を3ヶ月しか受けていないで2年の9月から戻るのはかなり大変だった。米国帰りと言われるのが嫌だったのか、それとも勉強は諦めていたのか、1年次にやっていた水球部で毎日泳ぎ、なぜか生徒会長になっていた。国内の大学受験も考え予備校に通ったが、英会話にも通い、米国大学にも出願した。この頃はコンビニでバイトもした。英検や国連英検、TOEFL、TOEICと英語検定はほとんど受け、それなりに出来るようだったので、思い切って米国大学に進学を決めた。大学生活は米国ペンシルバニア州フィラデルフィア市で過ごした。古き良き街として有名なフィラデルフィアには、名門大学が多く、僕もその中の1校で学んだ。中華街で食事をするのが好きで、12ドルで食べ放題のレストランに良く行った。日本が恋しい時は、日本食レストランで寿司と日本酒でしのいだのを覚えている。大学では、国際経済を専攻した。アジア系アメリカ人と仲良くなり、クラブを作り、パーティーに参加した。大学の寮でも、国際的なイベントには積極的に参加し、友達のネットワークを広げた。大学での勉強には集中力と暗記力、記述力を必要とされた。ついて来れない生徒を容赦なく落第させる教授を見て、競争社会アメリカの厳しさを感じた。僕は個人主義よりも皆と協力して課題を進めたほうが効率的と感じ、グループ学習で課題や試験を乗り切った。4年次が最も大変だったが、日本の就職活動も並行して行い、異業界から4社内定を頂いた。IT業界のネットワークエンジニアに興味があったが、海外に行ける仕事が良かったため、米国メーカー日本支社に入社を決めた。米国メーカー日本支社は、僕を歓迎してくれ、ペンシルバニア州ピッツバーグ近郊の米国本社に、訪問出張させてもらえた。会社は埼玉だった為、田舎暮らしだった。せめてもの救いは、家賃が安かった事。田舎の保守的な態度には、時々閉口させられた。その後、青山の商社に移った。そこでは、航空機部品を米国より輸入販売していた。貿易業務について多少勉強させてもらえた。オフィスはかなり良い場所だった。仕事帰りに良く青山のクラブに踊りに行った。似たような境遇の人達に良くそこで話をした。ハーフや帰国子女、日本育ちの外国人の溜り場の様な感じがした。働いているうちに転職の話があり、品川の商社で働く事になった。現在もここで働いている。仕事は、海外から合金鉄を輸入し、国内メーカーに販売する業務を行っている。参考までに、上海の写真も紹介する。近いうちに出張で訪れたい。僕が住んでいるのは六本木周辺だ。この辺りは、国際的な雰囲気のする土地で、海外滞在の長い日本人や外国人が多い。最近は夜遊びはしなくなった。六本木ヒルズ周辺を夜に散歩する事が多い。ばったりと大学時代の友達と会って、カフェで話をする事もある。米国の大学に通う友達の中にはまだ学生の人も多い。
2005.10.10
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