Tarsha's Trace

Tarsha's Trace

2008.08.26
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卒業を来学期に延ばすことを決定したのは、21日。先週の木曜日の夜だった。



20日(水)から異様に疲れて、ほとんど何もできなかった。


前日、21日(木)の午前と午後。かろうじて、少しだけ論文をすすめた。


その夜。卒業を延ばす話を切り出してくれたのは、papa だった。断固、それだけは避けようとして今まで取り組んできた私は、現状を冷静に見た上で、もうそれしかないのかもしれないと思ったとしても、とても、とても両親には言えなかった。

papa, mama と頻繁にメールをやり取りして、その夜は更けていった。





22日(金)。久々にデパートへ行って、野菜をたっぷり仕入れてきた。その日は休憩した。





23日(土)。the ten-hour chanting をした。ひたすら祈った。心新たに出発するために。心は晴れやかだった。嬉しく充実に満ちていた。





24日(日)。母校からきた1人の後輩からの電話で目を覚ました。またデング熱の症状を出した日本人留学生がいるとのこと。

彼女はすでに用事があって外出中のため、彼を病院に連れて行ってもらえないか頼まれた。私は彼のことをまったく知らなかった。同じ寮にいながら会ったこともなかった。



眠くてまた寝ようとした。

私の直接の後輩ではないし―


・・・10時間やって、これかよ、と思った。自分は、結局、自分のことで頭がいっぱいなんだ。変わっていやしない。

空は、朝から灰色の雲に覆われていた。私の心の中も同じだった。くさくさしながら、ベッドから身を起こした。

なんで翌日、またこんなことが起こるのか。こんな難しい葛藤が。


もし、誰も病院に連れて行ってくれる人が見つからなかったら・・・ こうしている間に、部屋で1人、彼はベッドで横になって苦しんでいるに違いない。


そこに思いが至る前に―


頼まれた瞬間、寝起きの頭の中で、彼を病院に連れて行くためのあらゆる手間と時間を考えたこと。

一度手を尽くすと、私以外に誰かいそうなものなのに、損な役ばかり、またこうやって頼まれるのだと皮肉に思ったこと。

私がときおり後輩たちに流す連絡メールには返信をよこしたことのなかった彼女自身が、こういう時には真っ先に頼みにくるのだと、そんなことをふと思い、少し苦々しく感じたこと。

一瞬でも、自分の中で「内」と「外」を分けて考えたこと。



こんなことを一遍に思っていたのだ。一瞬の間に顕れた自分の命を見つめた。


朝の祈りをそうそうに切り上げて、寮のロビーへ降りていった。病気の彼については、本名も分からなかったけれど、なんとかするつもりだった。

しかし、ロビーにはすでに他の日本人の女の子がいて、彼を病院へ連れて行く用意をしていたので安心した。病人らしき男の子も、ロビーのソファーでぐったりして座っていた。

しかし、保険会社に電話をかけても繋がらないとのことだった。やっぱり降りてきて良かった。私が連絡を引き受けたが、なかなかスムーズにいかず、何度も電話した。結局、1時間近くかかった。

もう大丈夫と彼らを病院へ出発させ、自分の部屋に戻った。



雨がしとしと降っていた。

人のために動くということは、自分の身を削るような思いで行動することなんだなと、そのとき、初めて思った。


午後、the ten-hour chanting は体力を消耗することを実感。その日やる予定だった計画は進まなかった。

その夜、洗濯屋さんに服を預けた後、寮のロビーの一角にある図書室に寄った。そこには、過去の学生らが置いていった本が沢山、無造作に置いてある。そこから、いくつか文庫本を取り出した。なんだか、純粋に、ただ「楽しみ」のために、本を読みたかったのだ。インターネットでニュースを見るのも、とっくのとうに飽きてしまっていた。


夏目漱石、安部公房、永井荷風、新田次郎、エドワード・サイード、川端康成、堀辰雄・・・


その夜、埃で黒くなった本たちを拭いて、紙のカバーをかけた。







論文執筆の新たなスケジュールを立てた。


その後、昨日、図書室から引っ張りだしてきた、夏目漱石の『坊っちゃん』を手に取って読んだ。

とても楽しめた。

何事に対しても竹を割ったような、まっすぐな性格の主人公。彼はとても不器用で、その行動はがさつだ。けれども、釣りをしながら坊っちゃんが見上げる空の表現は、とても美しくて繊細だった。


その本の最後にある「解説」は、文学研究ではすでに見慣れた理論を使って、作品の構造を説明していた。鮮やかだった。でも、やっぱり、何か足りなかった。

chanting をしながら、これに足りないものは何だろうと、文学研究についてまた考えた。


その夜、日本人の院生の友達と3人で韓国料理店へ行った。こうやって友達と、気分転換に良いレストランに食べに行くなんて、もう本当に久しぶりだった。

2人とも、院生、そしてフィリピン大学ならではのストレスフルな生活を送っていた。うち1人は、退学まで思いつめるほど大変な渦中にいた。

おおいに愚痴り合い、笑い合い、語り合った。








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最終更新日  2008.08.27 03:07:18
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Re:この1週間―過去形の語り(08/26)  
ななしのごんべえ さん
おひさしぶりです。
一週間いろいろと大変だったんですね。こちらもいろいろと大変でしたが。
ターシャさんはこうでなければいけないという意識が非常に強いですね。高い意識と向上心の表れですね。すごいです。ただ、完璧な人間なんかいないので、これだけしたのにこんなものなのかと自分を卑下しないでくださいね。おわったことでくよくよせずに、ともに前を踏み出していきましょう。欠点が欠点のまま自分の魅力となるのが仏法だとききました。
少々のことで落ち込まず、(大きなことにも)、大きな心で負けずに生きましょう。勝つことは負けないこと。
ではまた。 (2008.08.27 13:31:53)

Re[1]:この1週間―過去形の語り(08/26)  
ななしのごんべえさん

温かな励ましを有難うございます。

>こうでなければいけないという意識が非常に強い

確かにそうかもしれません。昔はかなりの完璧主義者でした。今はこれでもだいぶ和らいだと思っているのですが、自分に対してはまだそういう所があるのかな・・・いや、そうだったら、論文、とっくのとうに終えていたはずですね、ahaha!(笑) こういう軽いところも持ち合わせていますのでご安心ください。(笑) 

>勝つことは負けないこと。

そうですね。良い言葉ですね。

人間は人の中でしか生きることができませんね。あらゆる「関係」という「間」の中で、色々な葛藤や問題にぶつかり続けるのが生きることの現実だとするならば、そのあり方自体を避けても何の解決にもならない。その中で、どう生きていくかが問題なのですね。

負けないこと、明るく朗らかに生きることを今後の目標にしたいと思います。
(2008.08.27 20:14:08)

Re[2]:この1週間―過去形の語り(08/26)  
ななしのごんべえ さん
負けないこと、朗らかに生きること、そして、ありのままの自分を誇りに思って生きることを目標にしてください。ターシャさんにはターシャさんだけにしか出来ない使命があります。それは、こうだからこうなったというような次元を超越したものだと思います。ターシャさんが友人に対して悩んだり、論文で悩んだり、卒業のことで悩んだり、したことそのすべてが、ターシャさんにとっての使命を果たすためのプロセスだと思います。
だから、一喜一憂しないで、ともに朗らかに生きて生きて生き抜きましょう。
ターシャさんがんばれ。 (2008.08.28 19:08:00)

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