約一年ぶりの ドラゴンボール講座 を終えました。
「老い」について講座の中でお話しましたが、
意外に私の告白に共感される方が多かったので、
講座でお話ししていなかったことを
追伸としてお伝えしたいと思います。
すべては何一つ無駄なく、愛を育むために、
この人生は与えられているということを、
「老い」という観点からもわかると思うのです。
大半の人たちは自分の老いを、
最初はなかなか受け入れられず、認められず、あがきます。
不老長寿や変わらぬ若さを求めることは、
人間の永遠のテーマといっても良いでしょう。
どれだけこの世で成功しても、老いはすべての人に訪れるのです。
そして最終的には、
自分の肉体の「老い」を赦し、受け入れ、認めるしかないのです。
しかし、そうやって自分の肉体の老いを許すと、今度は許し受け入れた上で、
自分の肉体をいつまでも少しでも長く、健康で若々しく保とうと祈り、
そして、肉体を活かそうと精進します。
こうして考えると、もし私たちに「老い」が全くなければ、
許す心も、祈る心も、活かす心も、
その分育む機会を持てません。
逆に「老い」があるからこそ、誰もが等しく自分の肉体を通して、
愛する心を養うことができるのです。
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