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「よく頑張ったね!」と家族が戻って来ました。「手術室にいないって聞いて大慌てで走ってきたよ~。」と夫が言っていました。看護婦さんもやってきて赤ちゃんの様子を見てくれました。超音波で見てみると・・・。心臓がぴょこぴょこ動いているのがわかりました。「赤ちゃんは元気ですね!」と言ってもらって一安心。これで、やっと終わった!と思いました。私自身も血圧体温脈拍などを測ってもらいました。異常なし!不安で仕方がなかった手術が無事終わって本当にいい気分でした。これでやっと出産のことだけを考えられる・・・。久しぶりに心安らかな気分になりました。麻酔は切れているはずなのに傷の痛みもなく、心地よい眠気に誘われてうとうとするほどでした。その日病室に泊まってくれる予定の夫と、近くのホテルに泊まる母に「私は一人で大丈夫だから、夕食食べてきて。」と言いました。私は絶食が続いていたし、膀胱に管が入ったままなのでトイレに行く必要もありませんでした。することと言えば仰向けに寝て足を曲げたり伸ばしたりして、少しづつ動かす練習をするだけ。気分がいいことも手伝って、ちょっと張り切って足の運動をしてしまいました。
2004.10.22
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エレベーターに乗って病室に戻り、病棟の看護婦さんにベッドに戻してもらいました。なぜか付き添っていたはずの家族の姿が見当たらなかったけれど、麻酔のおかげで痛みはないし、やっと終わったという安心感でいい気分。ベッドの上でうとうとしていました。その頃家族は別室で術後の説明を受けていました。後から夫に聞いたところによると・・・。・かなり手間のかかる手術だったけれど、とてもうまく いった。・嚢腫の中身は血液だった。・左の卵巣は100%右の卵巣は50%残っている。 卵巣の機能はどちらも100%残すことができた。・卵管はきれいだった。・今の時点では、悪いところを全て摘出したけれど、 時間がたてばまた同じように卵巣が腫れてくる。 子どもがもう一人ほしいなら出産後すぐに妊娠するように して、その後卵巣を取ってしまうのが一番の治療法である。手術自体は大成功だったものの、卵巣が腫れる体質までは治せない。卵巣を取るしかない。と言われたわけで、夫はまたいつか手術をする日が来るのだと、ショックを受けたようです。話が終わって部屋を出た夫たちは、私がとっくに病室に戻っていると聞いて「メイが一人で心細くなっているに違いない!」と思い大慌てで走ってきたそうです。信用のない私!
2004.10.20
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ストレッチャーに乗せられたまま手術室に入りました。手術台への移動は自分でしました。この病院では、手術には手術専門の看護士さんがつくことになっているので、いつもお世話になっている産婦人科の看護婦さんたちは、「お願いします。メイさんがんばってね!」とストレッチャーを押して出て行ってしまいました。心細くなったところに腰椎麻酔が始まりました。「あれあれ?感覚はあるようなのに自分で足が動かせない!足の存在は感じるのに、触られてもわからない・・・。」麻酔が効いてから膀胱に管を入れました。意識ははっきりしているので、主治医の先生と助手の先生が入ってきたのがわかりました。「お願いします。」と挨拶をしました。(ここからは手術について、ちょっと生々しい表現がある かもしれません。苦手な方は読まないほうがいいかも。)麻酔が効いていることを確認してから、いよいよ手術が始まりました。でも、何が起こっているのかわからない。「おなかを切られたはずなんだけど、痛くないな・・・。」なんてのんきに考えていると、痛みは全く無いけれど、何かを持ち上げられているのがわかりました。「もしかして、子宮を引っ張られてる?」なんだか気分が悪くなってきました。「すみません!吐きそうです・・・。」喋ってみたら、ちゃんと声が出ました。顔の左側にトレーが置かれました。頭を横に向けてもらって腕の位置を直してもらった時、人の手のぬくもりが懐かしくなって、思わず看護婦さんの手を握り締めていました。なんだかホッとするような。「できることならこのまま手を握っていてほしい・・・。」と思ったのもつかの間、忙しい看護婦さんは、手をほどいて離れていってしまいました。病気の時やつらい時、スキンシップで楽になるって本当!と思いつつ、吐き気をがまんしていました。私の卵巣は、左右ともかなり大きくはれていたので、手術も左右両方しなければならず、右を切っている時は子宮を左に持ち上げられ、左を切っている時は、右に持ち上げられ、痛くはないけれど、引っ張られる感触が気持ち悪くて、途中からは、「早く終わって~!」っと願いっぱなしでした。周りの人たちの声はまる聞こえで、先生が助手先生に、「ここはこうで・・・。」などと説明?講義?しているのもわかるし、患部なのか摘出した嚢腫なのか、ポラロイド写真を撮ったものを、看護婦さんたちが回し見しているのも、「これは大きいわ!」などと言っているのもわかるし(これは、私もちょっと見たかった!)全身麻酔は寝ている間に終わるかわりに、体への負担がかかって、術後がつらいと言うけれど、長時間の手術の間、意識がずっとあるのも充分つらいです・・・。すぱっと卵巣を取るわけではなく、悪いところだけを取らなければならない手術だったせいか結構時間がかかりました。なんだか頭がぼんやりしてきた2時間後、やっと手術が終わりました。病棟の看護婦さんが迎えに来てくれましたが、自分で動けないので、手術後の看護婦さんと協力してストレッチャーに移してもらわなければならず、つわりで痩せたとはいってもかなり体格の良かった私は、意識が朦朧とし始めていながらも、「すみません・・・。」謝っていました。
2004.10.18
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とうとう手術の日がやってきました。いつも通り起きたけれど朝食抜きなので、ひま・・・。かと思っていたら浣腸があったり、診察があったり、けっこう忙しい! 体調はいいけれど、手術への不安から気持ちは沈みがちです。お昼前に母が来てくれました。三泊四日、近くのホテルに泊まって看病に通ってくれることになっています。つわりが一番ひどい時に会って以来だったので、なんとか元気そうな私を見て安心したようでした。手術承諾書を提出して、手術着に着替えました。そして点滴開始。「自由に動いていいですよ。」と言われたけれど、病院から借りたストライプのパジャマか、個人で用意した授乳用パジャマを着ている入院患者さんたちの中で、水色でひざ下丈の手術着を着て点滴台を押して歩く私は、とたんに目立つ人になってしまって、落ち着かない・・・。でも何度かトイレに行きました。手術30分前に最後のトイレに行ってから、準備麻酔の注射をしたのですが、これが痛かった!午後二番目の手術だったので、前の人が終わるのを待っていたら、とうとう手術室に行く時間になりました。緊張のピーク!自分で歩けそうなのにストレッチャーに乗せられて、手術室に向かいました。不安で不安で泣きそうになりながらも、一緒について来る家族に、「行ってきまーす!」と笑って手を振っていました。
2004.10.16
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2度目の入院だけあって、今回の荷造りは完璧!?そばがらの枕が苦手な私は、前回の入院で「枕のせいで偏頭痛になりそうだよ~!羽枕持ってきて!」と夫に頼んで夜中に届けさせてしまった悪妻です。一週間に一度のシーツ交換のたびに、看護婦さんたちから、「マイ枕持参のメイさん!」と笑われていましたが・・・。よく枕がかわると眠れないというけれど、本当だったのね。と身をもって体験したので、今回ももちろん枕を持参しました。あと、食事が苦手なおかずだった時のためのふりかけも用意しました。ごはんが割と大盛りだったので、おかずがなくてもふりかけごはんですませられるかなあと思ったので。手術後に退屈しないように、本も何冊か持っていきました。手術前日は、夜9時以降の飲食禁止でした。しばらくお風呂に入れなくなるので、時間をかけて入浴した後は、病室で夫とテレビを見て過ごしました。6人部屋の時はイヤホーンをつけて見ていたテレビですが、個室なので小さな音ならそのまま見てもOKでした。下剤をもらっていましたが、つわり中に一度飲んでおなかをこわして大変だったし、便秘体質ではないので飲みませんでした。静かな夜が更けていく・・・。夫はソファを組み合わせたベッドで横になっていて、不安になってあれこれ話しかける私に答えてくれていましたが、いつのまにか二人とも眠っていました。
2004.10.15
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手術の前日に入院しました。今回は6人部屋ではなくて個室です。6人部屋では、・面会時間は午後2時から8時まで・就寝時間は午後9時など、細かい決まりがありましたが、個室は基本的には決まりはなし! 24時間面会自由だし、就寝時間も自由でした。個室を希望できるのは、帝王切開で出産する妊婦さんと手術を受ける婦人科の患者さんだけで、普通に出産する妊婦さんは強制的に大部屋に入院することになっていました。私が個室を希望した最大の理由は、面会が自由にできることもそうですが、術前術後に家族が一緒に泊まれるのは個室だけ、と聞いたからでした。怖がりの私は、「手術前に一人で過ごすのはいや!」と夫にわがままを言って、一緒に泊まってもらうことにしていました。と言うわけで、その日は夫も一緒に入院したような感じになりました。病室に入って着替えを済ませると、看護婦さんから「入院診療計画書」を渡され、先生から手術の説明を受けました。そこには、・卵巣の健常部分はできるだけ残す。・摘出した組織は病理検査に提出する。万が一悪性の場合は 後に療法が必要。・出血の量が多ければ輸血の可能性も有。などと書かれていて、一気に緊張感が増しました。その後、「腰椎麻酔手術オリエンテーション」という予定表をもらって、手術後2週間入院する間の生活について説明を受けて一段落。手術のために自分で準備するものを売店に買いに行きました。・腹帯・紙おむつ・ナプキン・T字帯・清浄綿結構な出費になりました。そして抗生剤のテストをして、手術部位の毛剃りも!あれやこれやと忙しくて疲れるし緊張するし、つわりが終わっていて本当に良かったと思いました・・・。
2004.10.14
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歩いたと言ってもたいした距離ではなかったのに、家に着くと疲れきっていました。とりあえず布団に横になって休憩。そのまましばらく寝入っていました。吐き気がすっかりなくなったわけではないので食欲もなし。でも、食べないわけにはいかない!入院中、夫が大皿とナイフを買ってきてくれて、来るたびに果物を持ってきて食べさせてくれていました。料理が一切できない夫が果物の皮をむいているのを見たのは後にも先にもこの時だけ!退院してからは、料理には手を出さない夫に戻っていました。だから私がするしかない・・・。でも、家の片付けや洗濯などはしても、食事のしたくはする気がしなかったので朝と昼だけ。夜は栄養がありそうなものを買ってきたり外食をして過ごしました。帰ってすぐは吐いていましたが、外食しつつ家での日常生活をしているうちに、どんどん体調が良くなっていくようで、気がつくと吐き気が止まっていました。長い間、常にむかむかして胃の中が空気でいっぱいになってあふれそうになっていた不快感が、やっとなくなった!大量に食べられるわけではないので、体力がすぐに元通りと言うわけにはいきませんでしたが、退院して良かったと思いました。退院してから10日目、今度は手術のための入院です。つわりがなくなると、卵巣嚢腫の自覚症状は一切なかったので、「本当に手術しないといけないのかなあ。せっかくこんなに調子が良くなったのに・・・。」となんだか気持ちが後ろ向きになりました。夫から「早く手術して、赤ちゃんが元気に育つようにしてやらないと!」と励まされて、病院に向かいました。
2004.10.13
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手術の日が決まりました。妊娠15週5日目に手術を受けることに決定!です。妊娠8週の検診を外来で受けた翌日に入院したので、その後の定期健診は病棟で受けていました。手術に必要な血液検査なども済ませていて、後は当日を待つばかり。つわりも段々おさまってきていて、そろそろ退院してもいいかな~とも思えるようになっていました。でも、どうせまたすぐに手術で入院するのだから、このまま入院していた方が楽?と横着なことを考えていたら、夫が、「こんな体力の落ちた状態で手術に耐えられるわけ無い!連れて帰って、栄養を摂らせる!」と言いだしました。すっかり顔見知りになった看護婦さんたちからは「手術までのんびり入院していけば良いのに~。」と言ってもらったのですが、確かに今の体力のまま手術を受けることに不安もあったので、一度退院することにしました。そんな時、先生からとんでもないことを言われました。「血液検査の結果、ちょっと気になる数値が出ました。嚢腫の摘出後に詳しく検査をしますが、万が一悪性の場合は母体を優先させて、etc.etc.」先生は、感情的になるタイプではなく、何事もあっさりビジネスライクに話されるので、かえってこちらも冷静に聞けて良いのですが(手術が必要と言われた時もそうでしたし。)今回は、ちょっと内容が重すぎ!でも・・・。面会に来た夫にも言われた通りに伝えたけれど、ことが重大過ぎるせいか、「ふ~ん・・・。」と言って終わり。夫の反応も自分自身の気持ちも妙に冷静でした。心のどこかに、「絶対大丈夫!ちゃんと赤ちゃん産める!」という自信もありました。これも先生のあっさり告知のおかげ!?そして、とうとう退院の日を迎えました。滞在日数43日間。おそらくつわり入院患者の最長記録となったでしょう。なかよくなった看護助手さんから紙袋いっぱいの本を借りていたのをお返しして、(この本のおかげで、食べる楽しみのなかった私も、退屈せずに過ごすことができました。とてもありがたかったです。)看護婦さん先生方にごあいさつをして、「また来ます!」と言って、病院を出ました。ふらふらになって入院してから約2ヶ月ぶりに、病院の外に出ると・・・季節がすっかり変わっていました。靴をはくのも久しぶりで、地に足がうまくついてない感じ。思った以上に体力がなくなっているのに驚き、忙しいのに退院させてくれた夫に感謝しました。
2004.10.12
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ある日、看護婦さんが何やら機械を持ってきて「そろそろ赤ちゃんの心臓の音が聞こえるかも!聞いてみましょうか。」と言ってくれました。おなかにジェルを塗って、棒状の器具をあててみたけれど、何も聞こえず・・・。あちこち探ってみたけれど、やはり変化なし。初挑戦は「まだ早かったみたいね~。」と看護婦さんに残念そうに言われて終わりました。が、その数日後何度目かの挑戦で初心音が聞こえました!なんだか不思議な、くすぐったいような・・・。自分の中で命が育っていることを実感して、「吐いてメソメソしているばかりじゃいけない!」と元気が出てきました。それからは、単調な毎日に赤ちゃんの心音を聞かせてもらうという楽しみが加わりました。健康な妊婦さんなら、4週間に一度の検診でしか聞けないはずの心音を、毎日聞かせてもらえるなんて、ちょっとラッキーかも!心音を聞くときには「昨日はどのあたりで聞こえた?」と聞かれて、同じ所に器具をあてて探すのですが、私のおなかの赤ちゃんは前日と同じ場所にはまずいなくて、今日は右今日は左、上の方で聞こえたり下の方で聞こえたり、毎日動き回っていました。卵巣に圧迫された子宮の中で動き回っている赤ちゃん・・・。早く元気になって手術をしなければ!と思うようになりました。
2004.10.10
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窓際のベッドが空いたから、ということで病室の引越しをしました。今度の部屋はトイレの近くで嬉しい!妊婦さんは出産後一週間、婦人科の手術をした患者さんでも二週間で退院していく産婦人科病棟の中で、気がつけばすっかり古株になっていた私。退院をせかされることもなく、食べては吐くの毎日を送っていました。時々、私と同じつわりの妊婦さんがやって来るけれど、点滴が終わると「入院なんてしてられません!」と帰ってしまうので、つわりのみで入院しているのは私一人でした。新しい病室は、出産を終えた妊婦さんのお部屋でした。皆さん授乳で呼ばれ、沐浴指導で呼ばれ、とても忙しそう!私もあと半年もすれば、あんな風になるんだなあと思いつつ相変わらずゲーゲーとやっていました。一度、遠くに住む両親がお見舞いに来てくれて、その時は調子が良くなったけれど、すぐまた元通り・・・。私自身、このつわりが手術に対する不安と頼れる両親がそばにいない不安から来るものだとわかっていました。どちらも簡単に解消できる問題ではないので、早く安定期が来て、つわりがおさまってくれるのを待つしかありませんでした。夫は面会に来る時、「つられてメイも食べるかも?」と考えて、色々な食べ物を自分が食べるために持ってきました。お好み焼き、アイスクリームetc. 夫の考えは、「吐いてしまっても少しくらいは栄養として吸収されるに違いない!」だったので、私にも食べるようにすすめつつ、自分の食事を病室でとってくれていました。そんな夫を看護婦さんたちは、「いい旦那さんねぇ。普通こんなに長い間つわりの奥さんを入院させてくれるなんてないわよ!」とほめてくれました。理解ある夫?のおかげで、私の入院日数はどんどん延びてゆきました。
2004.10.09
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ふつう、つわりは朝起きたときが一番ひどいと言いますが私の場合は朝が一番ましで、夜が一番ひどいようでした。食事は普通食の一つ下の段階の柔らかめの物を用意してもらっていましたが、おかゆが苦手な私は柔らかいご飯もだめで早々に普通食に戻してもらいました。たまに点滴をする以外には特に治療をするわけでもなかった私は、三食を食べては吐き、先生の回診では「吐き気が止まりませ~ん」と訴えて、毎日を過ごしていました。頼りの夫は仕事が忙しく、毎日面会に来ることなどできるはずもなく、時には消灯時間を過ぎてからこっそり忍び込んで来てくれたりしたこともありました。看護婦さんから「食事が無理なら、何か食べられる物を持ってきてもらってもいいから。」と言われたけれど、料理が全然ダメな夫は、病院近くのスーパーですぐに食べられるお好み焼きを買ってきたりするくらいで、「食べたい物が本人さえわからないつわり妊婦」のために気を利かせて何か持ってくるのは無理でした。売店は遠くて、外来の患者さんに混じって買い物しなければならないので、いつ吐き気が襲ってくるかわからない私にはとても買い物に行く勇気はありませんでした。たま~に、「今なら○○がたべられそう」と思ってもどうしようもなくて、つらくて悲しくて、そしてまた吐き気が・・・。つわりの原因は精神的なものだったのかもしれません。そんな中で救いだったのが、とにかく先生も看護婦さんもやさしい、ということでした。吐いてばかりで時には泣いていた私に対して、いつも丁寧でやさしい言葉をかけてくれました。「無理して食べなくてもいいから」「つらいね」「かわいそうに」「時間がたてば良くなるからもう少しの辛抱よ」と、つわりで苦しんでいる私が自己嫌悪に陥らないようにつわりを肯定してくれて、決して責めるようなことを言わないのです。そのやさしさに甘えて、つらい寂しい気持ちに耐えることができました。
2004.10.08
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「食べられた~」と気を良くしていたのもつかの間またあのいやな感覚が戻ってきました。しかも食べた後なので余計につらい!そして病室からトイレまでが遠かった!実際には、たいして遠くもなかったのですが、一刻一秒を争う事態の私にとっては、病室からトイレまでの距離がやたら遠く感じました。体力のない体で必死の形相でトイレまで走りました。結局、おさまったのは点滴の効果があった間だけ!?家では「吐いちゃうから食べない。というより食事の用意をする気力もない」という状態だったのが、病院では「三食用意してもらって食べるけれど、やっぱり吐いちゃう。でも点滴してもらえる」という生活になりました。点滴してもらうと楽になるのは良いけれど、この点滴がまたつらかった・・・。なぜなら点滴中は、腕に針が刺さっていてその先には薬をぶら下げた点滴台が!点滴には時間がかかるので、途中で気分が悪くなったらどうしよう・・・。と気にしていると、やっぱりだめ!何度も点滴台をガラガラいわせながらトイレへ走りました。青い顔で、しょっちゅうトイレを占領していた私は、出産を終えて幸せ気分いっぱいのお母さんたちにとって、大迷惑だったことでしょう!
2004.10.07
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病室に案内してもらい、すぐにベッドに横になりました。入院、病院のベッド・・・。お見舞いに行ったりして、見たことはあったけれど、そこに自分が寝ることになるなんて。今まで縁遠かっただけに、場違いのような、「ホントに吐いてるくらいのことで寝ちゃっていいんでしょうか?」と落ち着かないような気分でしたが、点滴をしてもらったことと、病院に来た安心感とで吐き気がおさまってきたようでした。時間が遅いと言うことで、夫はすぐに帰ることになりました。寂しかったけれど、夫のほうは肩の荷が下りたかも!点滴も終わり、いつしか眠っていました。翌日、起床時間の7時になると、ざわざわと人の動く気配がしてきて看護婦さんに声を掛けられる前に目が覚めました。私の入った病室は6人部屋で、婦人科の患者さんが私の他に2人入院していました。顔を洗おうと廊下に出ると、出産を待つ妊婦さんや出産を終えたお母さんたちがたくさん!出産は病気ではないと言うけれど、確かに病棟全体に活気があるようでした。元気を分けてもらったような気持ちで、ベッドに戻り「無理して食べなくてもいいから。」と言ってもらっていた朝食を口にしてみました。ご飯かパンを選べるということで、パンをお願いしていました。久々の固形物。ゆっくりゆっくり噛んで飲み込んでいくと・・・。「食べられる!」 なんと何もつけない焼かない食パンを一枚、食べきることができました。
2004.10.06
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私も夫も限界にきていました。遠くに住む両親は、「話をして気が紛れるなら、いつでも電話してきなさい。」と言ってくれていたので、夫の帰りが遅い夜は、話し相手になってもらっていました。しかしそれも毎日という訳にもいかず、昼夜を問わず襲ってくる吐き気と戦っている私が、長時間一人でいることを気にしていた夫は、「心配で気になって仕事に身が入らない。」と言うようになりました。ある夜、いつも通り11時前に帰ってきた夫が、「家に一人でいるより、入院した方が良くない?」と言いました。検診の時に看護婦さんが「あまりひどければ、入院もできるし、点滴すれば楽になるから。」と言ってくださったのですが、健康優良児でそれまでに入院経験のなかった私は、「そんな、つわりごときで入院なんて大袈裟な!」とその時は思ったのです。でも今は、そんなことは言ってられない!ちょっとでも楽になるのなら、夫に迷惑をかけなくても済むのなら、という気持ちで病院に電話をかけてみました。「ベッドは空いていますから、今から来ても、明日の朝からでもメイさんが、いいと思うようにしたらいいですよ。」と言ってもらって「今すぐお願いします!」と答えていた私。用意する物を聞いて、適当にボストンバッグに詰め込み、消灯時間をとっくに過ぎたPM11時半、病院に到着。生まれて初めての入院をすることになりました。
2004.10.05
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5日間、食べては吐きなので、後半はどうせ吐くなら食べない方がマシ!とほとんど食べませんでした。水分だけは摂っていましたが、とにかく胃が何も受け付けてくれないので、水分の胃での滞在時間もごく短時間、とにかくつらい毎日でした。そんな中迎えた検診日、体はふらふらで、歩くのもやっと。夫に支えられつつ病院に向かいました。超音波で見てみると・・・。「見えた!」赤ちゃんは、ちゃんと大きく成長していました。これで一安心、体調はすごく悪いけれど、とても嬉しく思いました。本当に良かった!夫も大喜び!しかし、吐き気は止まらない。看護婦さんから「日がたてばおさまってくるから、今は無理せずにゆっくり過ごしてくださいね。赤ちゃんは、まだまだ小さくて、お母さんがもともと持っている栄養をもらって充分成長できるから、何も食べられなくても大丈夫!心配しないでね。」と励ましてもらって、その日は検診終了。また2週間後の予約をして、病院を後にしました。でも・・・。いくら大丈夫と言われても、夫にすれば、夜遅く疲れて帰ってきても食事も無く、私の無事を確かめてから外食、またはコンビニで買ってきたお弁当を食べる日々。朝起きても朝食は無しで、ぐったりした私を気遣いつつ出勤しかも、すっかり気弱になった私は「早く帰って来て~」とめそめそ・・・。全然大丈夫じゃない!忙しい中、本当に迷惑を掛けてしまっていたのに、「いくら大丈夫と言われても、何も食べないのは心配」と私にも食べられそうな、プリンやアイスクリームを買ってきてくれたりして、一生懸命気遣ってくれる夫に申し訳なくて、でもどうすることもできなくて、私は精神的にもすっかり参ってしまいました。
2004.10.04
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退職してからの数日間は、もともと予定していた友人が泊りがけで遊びに来てくれたりして、楽しく過ごしていました。その頃は、「空腹になると、ちょっと胃がむかむかする」ことが、たまにある程度で、これがつわりなら、たいしたことない!と思っていました。しかし、二組目の友人が泊りがけで遊びに来てくれた後体調が急変しました。はしゃいで夜更かしして、お昼も一緒に楽しく食べて、お見送りの後も、家で調子良く過ごしていたのが、夜になって突然、恐ろしいほどの吐き気が襲ってきたのです!もう、寝ても覚めても吐き気吐き気で、何も食べられないし胃の中が空っぽのはずなのに、それでも吐くのが止まらない!とりあえず、なんとか洗濯だけはするようにして、夫の食事は全て外食にしてもらって、一日寝て過ごしました。寝ると言うよりは、トイレと布団の往復をし続けるような感じの日々を数日過ごし、検診の日から2週間後の妊娠8週の日を迎えました。赤ちゃんが見えるかどうかの、待ちに待った検診日なのに、こんな状態じゃ、とても病院まで行けない・・・。ということで、主人が一緒に来てくれました。
2004.10.03
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退職したので、のんびりと過ごせるようになって、色々と考え事をしました。おなかが痛かったのは、卵巣が大きくはれていたのが原因だった。ということは、初めておじいさん先生の病院に行った時も、すでに卵巣嚢腫だったのかな?あの時、総合病院に行って超音波で見てもらっていれば、すぐに病気が見つかって手術になったのかな?それとも時期が早かったから、まだそんなにひどくなくて他に治療法があったかな?総合病院の先生は、「妊娠していなければ、すぐに手術しなければならない大きさだけど、妊娠しているので安定期まで待ちましょう。」と言っていたっけ・・・。そして、「子どもができなかったのは卵巣が原因だったでしょうね。」とも。もしもっと早い時期に総合病院へ行って手術していれば、もっと早く妊娠していたのかも。でもその子どもは今おなかにいる子なのかな?なんというか、今このタイミングで出会ったこの子には、今しか会えなかったのでは?と思えてきて・・・。と言うわけで、その時の私は、閉院した病院に通ったこともその後、痛みをがまんし続けて病院に行かなかったこともすべては、この子に出会うためだったんだ!っと、前向きに結論付けたのでした。こうして私は、長い道のりを経て、待ちに待った妊娠生活に突入したのでした。
2004.10.01
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翌日、最後の出勤日。いつも通りに働いていると、皆さん「無理しないでね。」「大丈夫?」と心配してくださって・・・。昨日までは、重いものも運ぶし、走り回っていたのに、一夜明けたら突然病人になったようなもので、自分でもどう動けばよいのか混乱してしまいました。あっと言う間に一日が終わり、皆さんに退職の挨拶をして、職場を後にしました。申し訳ない気持ちと寂しい気持ちで涙が出そうになるのをこらえて、車に乗り込みました。いつもの道を走っていると、なぜか大渋滞!ちょっと走っては停まる。を繰り返してほとんど進まず、どうしたことかとノロノロ運転を続けていると、やっと原因が見えてきました。事故があったらしく、大きな道が片側通行になっていて、それでなくてもラッシュの時間帯だったので、その周辺は大混雑になっていました。いつもなら30分ちょっとの道のりを1時間以上かけて、やっと近所のスーパーに到着。買い物をして帰ると・・・。出血してる!どうしていいかわからず、とりあえず主人に電話!驚いた主人は、「今すぐ帰る!」と言って本当に帰ってきました。病院に電話をすると、優しい看護婦さんが「少量の出血なら心配はいりませんよ。それに6週では治療法もないので、とにかく安静にしていてくださいね。」とおだやかな声で言ってくださったので、落ち着いてきました。病院に行かなければならないと思って帰ってきた夫は職場に戻り、私は食事の支度をしかけていたのを放り出して、布団に横になりました。しばらくして様子を見ると、出血は止まっていました。仕事のせい? 渋滞のせい? 原因は何であれ、心のどこかで、安静なんて大袈裟な!と思っていた私にとって、この出血は、いい薬になったのかも・・・。
2004.09.30
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家にたどり着くと、まず夫に無事帰った報告の電話をして次に母にも電話をしました。孫の誕生を待ちかねていた母にとって、妊娠と手術の報告を一度に聞かされるのは、思ってもみなかったことが、二つ同時にやってきた!と相当な驚きだったようですが、さすが年の功、私には「おめでとう!良かったね! 先生に簡単な手術と言われたのなら、心配いらないわよ。大丈夫!」と明るく励ましてくれました。そして・・・。当時私は、子ども相手の体が資本の仕事をしていたのですが、病院で「退職した方がいいですね。」と言われてしまったので、職場にも電話をしなければなりませんでした。職場でも、私が子どもができずに悩んでいたのは周知のことだったので、妊娠報告に皆さん喜んでくださり、検診の為に早退することも、快くOKしてして頂いたというのに、いきなり「辞めます!」と言わなければならないなんて!大迷惑な突然の話でしたが「体の方が大事だから。」と言ってくださり、あっさり退職が決まりました。本当は、きりのいい時期までは働き続けるつもりだったのに。受話器を置くと、急に寂しくなってきて、手術が現実味をおびてきました。「もう!頭痛いのに薬も飲めない!」ぐったり疲れて横になっていると、母から電話が。私からの電話の後、家庭の医学や色々な本で調べたらしく、「大丈夫!無事に赤ちゃん産めるわよ。そんなに難しい病気じゃないんだから!」と、またまた励ましてもらって、ちょっと元気が出ました。母の愛は、ありがたかったです。主人からも「早めに帰るから。」と電話があり、その後職場の友人からも心配の電話をもらい長話をして、なんだかすっかり元気になりました。その日の夜は、いつもよりかなり早く帰ってくれた夫と、お祝いの外食に出かけました。
2004.09.29
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「妊娠6週のはずですが、卵巣が邪魔をして赤ちゃんが見えないので、2週間後にもう一度来てください。」と言われてショックを受けているところへ、更に恐ろしい発言が!「卵巣嚢腫ですね。このままでは卵巣が邪魔をして赤ちゃんが育たないので、安定期に入ったら手術をしましょう。」「卵巣嚢腫? おなかに赤ちゃんがいるのに手術?」すっかり動揺する私に、先生は「安定期までは安静に過ごしてくださいね。でも左右ともかなり大きいから、卵管捻転の心配はないと思いますよ。」とおっしゃいました。そして、手術は部分麻酔なので体への負担は軽いし、手術自体は簡単なものなので心配はいらない。ということと、卵巣がはれると、卵管がねじれることがあって、それはとても危険なことだけれど、私の場合はその心配はないであろうということを説明してくださいました。今まで小さな怪我や病気をすることはあっても、どちらかというと病院とは縁遠い生活を送ってきた私。それが手術?それも妊娠中に!妊娠は本当に嬉しいんだけど、いったいこれからどうなるの?と思いつつ2週間後の予約をして、約束していた夫への結果報告の電話をしました。夫もとても驚いて「とにかく気をつけて帰るように!」と心配そうでした。ズキズキ偏頭痛を抱えたまま「嬉しい!でも心配・・・。」と揺れる心で家に帰りました。
2004.09.28
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名前を呼ばれて診察室に入りました。「判定薬が陽性になったんですね~。etc.」と問診表を見つつ、ちょっと早口だけど、優しい声でテキパキと話をする先生でした。「やっぱり、頼れそうないい先生だ!」と嬉しくなりました。しかしすぐに、「では後で。」と次の人と交代。今度は内診室の順番待ちです。人生二度目の内診、緊張しつつ準備をしました。看護婦さんが来て足にバスタオルを掛けてくれて、「メイさんですね。」と名前を確認していきました。3部屋ある内診室を先生が流れ作業のように順番に診始めると、「今、○週ですね。」などと、お隣の声が丸聞こえ!「これは不妊治療にはきついかも・・・。」と思いつつ待っていると、私の順番になりました。私はこの時、初めて超音波というものを体験しました。白黒のモニターに何やら映っているけれど・・・。先生は、「うーん・・・。」と言いつつ角度を変えたりして見ていましたが、「今6週のはずなんだけど、赤ちゃんが見えませんねぇ。」と言うのです。「卵巣がはれていて、邪魔してますね。ちょっとエコーでも見てみましょう。」またしばらく待って、次は診察室にあるベッドに横になりました。エコーで見ても、赤ちゃんの姿は見えないと言われました。「6週なら見えるはずの赤ちゃんが見えないってどういうこと?」「おめでとうございます!」と言ってもらって、すぐに結果を夫に電話して、と世の中でよくあるパターンの妊娠初受診&その後を想像していたのに、これはちょっと大変なことになっちゃったみたい・・・。
2004.09.27
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今まで、なかなか決心がつかなかった病院行き。それが、待ちきれないほど楽しみになるなんて!検診には、迷わず最初に選ばなかった方の総合病院に行くことにしました。産婦人科では一番という先生のいらっしゃる曜日も調べ済みです。足取り軽く、いざ出発!のはずが・・・。こんな日に限って、朝からひどい偏頭痛になってしまい、吐き気はするしズキズキ痛いし、の最悪な体調での受診になってしまいました。病院に着くと、まず総合受付で初診の申込書に記入してから、産婦人科の外来へ行きました。窓口の看護婦さんに判定薬が陽性になったことを伝えると問診表を渡されました。既婚者かどうか、初潮はいつ?などの、いかにも婦人科らしい質問の数々に頭痛と戦いながら記入して提出すると、次は検査室へ行くように言われました。そこで検尿用の紙コップを受け取り、隣のトイレへ。尿の提出が終わると一段落。噂に聞いていた、長ーい待ち時間に突入しました。周りには妊婦さんだらけ。皆さん堂々たる妊婦ぶりに見えて、なんだか自分が未熟者のような、場違いなような落ち着かない不安な気持ちになりました。ついキョロキョロと周りの様子を伺ってしまう、挙動不審者になっていた私の目に、さっと開いた診察室のカーテンの隙間から、先生の姿が飛び込んできました。「この先生信頼できる!」なぜか一目見たその瞬間に、すごくいい先生にめぐり合ったという安心感が、胸いっぱいに広がっていました。
2004.09.26
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朝起きて、とりあえず検温。かなり高めで心臓がドキドキしてきた・・・。トイレへGO!今までに何度もやってきたので、手順は完璧!いつも待ち時間がもどかしくてしょうがなかったけれど、この時は、不思議と落ち着いた気持ちで待つことができました。そして・・・。判定窓には、初めて見る陽性反応が!!嬉しくて、寝ていた夫を起こして「できたよ!」と報告しました。実は私、それまでに何度も検査薬を無駄にしていることを夫にはナイショにしていました。期待させるのも申し訳ないし、生理が遅れるとコッソリ検査して、夫には生理が来たことだけ報告していたのです。初めて見る判定薬に、くっきり陽性マークが出ているのを見て夫は「良かったな~!」と喜んでくれました。それまでの夫は、夫自身は、子どもが欲しいけれど、それを口に出すと、できずに落ち込んでいる私を傷つけることになるから、「子どもは、いてもいなくてもどっちでもいいよ」「子どもができなかったら、2人で優雅に暮らそう」などと、言ってくれていました。もっと嬉しくて、二人で大騒ぎするかと思ったけれど、静かな喜びが、ゆっくりと押し寄せてくるようで、「良かったね」「嬉しいね」と言いつつ、いつも通りの出勤準備をしました。
2004.09.24
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基礎体温表が伸びに伸びて、つけ始めてから2年半が経過した頃、いつもの「生理が遅れてフライングで検査薬使用→陰性」をやってしまいました。「明日から生理が始まるなあ・・・。」と思っていたら翌日に来ない!でも、できていないショックを経験し過ぎたせいか「どうせすぐ来ると自分に言い聞かせておかないと、来た時の落ち込みが余計ひどくなる!」とわかっていたので、期待しないようにしなければと、身構えていました。そうは言っても、トイレに行く度に「来てませんように」と願ってしまうし、トイレに行きたいわけではないのに、「来たような・・・。」と確かめに行ってしまったり、落ち着かないことこの上ない!どうせできてないなら、すぐに始まって欲しい。陰性だった日から3日目の朝、残っていた検査薬を使ってみることにしました。
2004.09.23
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もともと頭痛持ちで、お天気や体調によって、ひどい偏頭痛に悩まされていた私ですが、いつの間にか腹痛持ちにもなっていて、頻繁に右下腹部に痛みを感じるようになっていました。生理中は、まずおなかが痛くなって、次になぜか胃が痛くなって、頭痛もしてきて寝込む。というパターンが結婚後定着していました。それに加えて、いつ頃からか、原因もわからず突然右下腹部がズキズキと痛むようになり、思わず「イタタタ・・・。」とおなかを抱え込むほどになってきたのです。こうなると、常に体調が悪くてどこかが痛いと言っているような状態なので、心配した夫から「早く病院へ行け~!」と言われるようになりました。でもこの下腹部痛、突然「イタタタ」とやって来るけれど、何かで気が紛れると、いつの間にかスーッと引いていくし、忙しくしている時は痛みを感じないのに、ホッと一息ついた途端に痛み出す、といった感じだったので、「原因は精神的なものかなあ。」と思ってしまって、当時忙しかったこともあり、なかなか病院に行く決心がつきませんでした。
2004.09.22
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子どもが欲しくてたまらない日々を送っている者にとって、生理が遅れることほど嬉しいことはありません。周期がバラバラで、いつも遅れ気味なのに、前回の開始日からきっちり28日後を起点にして「今日が予定日。」「もう、3日も遅れてるわ!」と心を騒がせていた私。基礎体温が、ちょっとでも高いまま続けば、「もしかして!」と居てもたってもいられない気持ちになりました。で、登場するのが妊娠検査薬です。本当の予定日は、前回から33日後かもしれないのに、28日たつと、「予定日過ぎても来ない!」とそわそわしてしまって、プラス7日過ぎようものなら、待ってましたとばかりに検査!当然陰性なわけですが、おもしろいことに私の場合は、陰性とわかった翌日には必ず生理がやってくるのです。心身ともにがっかりして、あきらめがついて、始まるのでしょうか?それにしても、何本の検査薬を無駄にしたことか。「来て欲しい日の前日に検査すれば、自分の思い通りの日に生理をおこせるんじゃない?これって便利?!とでも思わなければやってられないわ~。」本当に検査すべき日を待ちきれない自分に対して、腹が立つやら情けないやら・・・。
2004.09.21
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結婚記念日を迎えるごとに、新しい土地での人間関係も広がり、様々な情報を耳にするようになってきました。友人が一度の通院で見事妊娠した病院の先生は、「確かに不妊治療の権威だけど、もうかなり年取ったおじいさんよ」と教えてくれる人もいて、「お、おじいさん?!」おじいさん先生は、もういい・・・。結局、病院に行こうかな?という気持ちは、しぼんでしまいました。そして今更ながら、初めて病院に行こうと決めた時に行かなかった方の総合病院の先生こそが「県内で産婦人科なら、この先生」とかなり有名な先生であったことが判明!あの時、右も左もわからなかった私に、2つの産婦人科を紹介してくれた知人は、当時その総合病院に親戚が入院していて、毎日のように出入りしていたので、「ああ、ここにも産婦人科があるわねぇ」程度の認識だったのです。ああ、あの時私自身が、もっと自分で調べて病院選びをしていれば、総合病院に行って、その先生に出会っていたかもしれないのに!ホント、今更妊婦さんに囲まれて長時間待つのは、心身ともにつらいのよ・・・。でも、おなかが痛いなあ。この当時の私は、「病院に行かなきゃ!」「でも、もう少し様子をみようかな。」と気持ちがフラフラ。そして、この期に及んで、おじいさん先生に言われた「心配はいらないよ。」という言葉を心のどこかで信じていたのでした。
2004.09.20
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基礎体温表は長~く伸びるのに、子どもは全然できない!その上、また腹痛がひどくなってきて生理不順も・・・。そんな時、思い出すことがありました。結婚を期に、知った人のいない土地に住むことになった私に「なかよくしてね。」と声をかけてくれた友人のことです。その友人は、子どもができないことで悩んでいたのですが、「不妊治療ならこの人!」と有名な先生のいる病院に行ったところ、すぐに妊娠したのです。妊娠の知らせは、自分のことのように嬉しかった!その後も出産間際まで、家を行き来して、おしゃべりをしたり、楽しい時間を過ごしました。「そういえば、一度検査しただけで妊娠したって言ってたなあ。私も行ってみようかなあ。」思ってはみたけど、やっぱりもう病院はこりごり・・・。その頃の私は、妊婦さんに囲まれて順番待ちをするのはちょっと・・・。という気持ちになっていました。でも、このおなかの痛み方は普通じゃない!と思うことが度々あって、いつの間にか、その痛みは初めて病院に行った頃よりもひどくなっていました。
2004.09.18
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基礎体温表のグラフが、どんどん長くなって、体のリズムがわかってくると、楽しみにしていた「今月は、あかちゃんできているかしら?」というドキドキ期間がなくなりました。「そろそろ予定日ね。」と思いつつ、体温計をくわえて測った体温が、前日と比べてガクっと下がっていれば、「はい残念、近々生理が始まるよ!」とわかってしまうからです。それまでは、排卵日以降、次の生理が来るまで、ドキドキワクワク待っていられたのに、基礎体温を測り始めてからは生理予定日が近づくと、検温がゆううつになってきました。「今日の体温、見たいような見たくないような。」年月がたつほど、あかちゃんが欲しい気持ちも、どんどん増しているわけで、「今月こそ!」と思っているのに体温が下がってしまった朝は、もう一度測り直してみたり、「生理が来るまでは信じない!」とイライラしたり、心がすさんでいくようでした。「できてても、できてなくてもいいな~。」とのんびり待っていられた頃がなつかしい・・・。
2004.09.16
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基礎体温を測り始めて、しばらくたつと、折れ線グラフが見えてきます。これが私の体のリズム。本などで見る、高温期と低温期がきれいに分かれたグラフと比べて、私のはギザギザでぐちゃぐちゃ!「これじゃ、いつが排卵日やら、わからないな。」それでも長く、本当に長~く続けているうちに、生理と生理の間に、ほんの少し体温が下がる日を見つけられるようになってきて、「この前後がきっと排卵日よ!」とわかるようになってきました。つまり、なかなか子どもができなかったわけです。気がつけば、元通りの生理不順と生理痛腹痛に悩まされるようになっていた私。とりあえず、高温期と低温期があって、排卵もあるようなので、腹痛の方は、きっと排卵痛なんだろうと思うようになっていました。
2004.09.15
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病院に行くのをやめてから半年ほどが過ぎた頃から私は基礎体温を測るようになっていました。結婚して、1年半。それまで、どうしようかな~とあやふやだった「子どもが欲しい」という気持ちが、どんどん大きくなっていたからです。子どもを望んでいた友人が、基礎体温をつけて排卵日をねらったら、すぐに妊娠した。という話を聞いて、「それなら、私も!」と始めてみました。より正確に測る為には水銀の体温計が良いというので、買ってみましたが、私とは相性が悪かったようで・・・。なんとか起きて測ったは良いけれど、そのまま布団に転がしておいたら、後で踏んで割ってしまった!というのを3回ほどやってしまいました。それに測っているうちにまた寝てしまって、思わず噛み砕きそうになったことは数知れず・・・。あまりの危険さに、電子体温計に買い換えたのですが、これはこれで不便なことが。水銀計なら、時間がたっても測った時の数値のままなので、後から見て、いつでも基礎体温表に書き込むことができたのですが、私の買った電子体温計は、計測後10分たつと自動で電源が切れてしまって、記録が残らないタイプのものだったので、「せっかく測ったのに、寝てしまって何度だったのか見てな~い!」ということが、ちょくちょくありました・・・。朝起きて、なるべく体を動かさずに体温計を口の中に滑り込ませるって難しいですよね!しかも毎日同じ時間に。私は、どうしても目覚まし時計がなければ起きられなかったので、ベル音を消すために体をひねってしまっていたし、時にはトイレに起きてしまったりで、なかなかキチンと測ることができませんでした。
2004.09.13
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老先生の病院を卒業?してからの数年間、「こどもが欲しいのにできない」状態の私は、色々な本を読みあさるようになっていました。そして知識が増えるごとに、自分の受けた治療に対して、様々な疑問を感じるようになっていました。婦人科を受診するにあたって、基礎体温データの持参は基本中の基本であるはずなのに、「基礎体温」という言葉が先生の口から出たことはありませんでした。通院期間中、内診は初診の時の一度だけ。それも超音波などの設備はなく、触診のみでした。毎回の検尿の意味は?今考えてみると、私の受けていた治療は、先生が若い頃に行っていた内容のままだったのでは?と思います。初めて病院の門をくぐった時、タイムスリップしたみたい!な印象を受けましたが、実際、診療内容も昔のままだったということですね・・・。「妊娠出産を済ませた女性」ばかり(主にがん検診)を診ている分には不都合が無かったのでしょうが、先生にとって私は患者として若過ぎたのでしょう。私自身の勉強不足、知識不足もいけなかったと思います。もっと積極的に治療について質問したり、子どもを望んでいることを伝えるべきでした。自業自得!私自身が選んだ病院。先生も看護婦さんもいい人で、楽しく通院していたし、痛みが軽減したのは確か。過ぎた事はしょうがない?!
2004.09.12
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最後に受け取った薬は、飲まずにしまっておきました。飲まなくても症状に大差ないだろうと思えたし、なんとなく思い出?にとっておきたいような・・・。ところが、その薬と思いもかけない形で再会することになったのです。その後、「赤ちゃんが欲しい人の本」などを読むようになっていた私は、ある本の中で、あの薬と良く似た写真を見つけました。説明文には信じられない文字が!「ピル」通院中、結婚一周年を迎えた私たち夫婦は、幾度となく同じ会話を繰り返していました。「そろそろ子ども作る? 赤ちゃんに薬の影響がないかどうか、先生に聞いてみてよ。」と言う夫に「子ども作っていいですか?なんて恥ずかしくって 聞けないよ~。治療中の分際で子ども作ろうなんて、 10年早いわ!!って言われるかもしれないし。」と答えていた私。残念ながら、子どもはできず、薬の影響も聞けないままに病院は閉院してしまったのですが。いくら無知の私だって、ピルが何の薬かくらい知ってる!私たち、ピル飲みながら「早く子ども欲しいね。」なんて会話をし続けていたわけ?!しまってあった薬を出してみると、間違いなく本の中のピルと同じものでした。確かにホルモン剤ではあるけれど、初心者にもわかるようにピルって説明してほしかったなあ。思い返してみると、他にも色々と疑問点が・・・。
2004.09.11
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「せっかくホームドクターができたと思ったのに・・・。」やさしい先生と看護婦さんがいる、この病院に通ってくるのが、いつしか楽しみになっていた私は、とても寂しい気持ちになりました。看護婦さんに「このまま通院を続けたければ、紹介状を書くわよ。」と言ってもらいましたが、私は他の病院に行く気にもなれず、幸い症状も落ち着いたところだったので「いいです。おかげさまで、治ったようですし。」と断ってしまいました。「残念です! 今までお世話になりました!」最後の薬をもらって、病院を後にしました。約7ヶ月間、お世話になった先生と看護婦さん、あれから、かなりの年月が過ぎたけれど、お二人とも、お元気でいらっしゃるといいなぁ・・・。
2004.09.10
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ホルモン剤のおかげで、生理は規則正しくやって来るようになりましたが、生理痛と腹痛は相変わらずで、通院後も数ヶ月は、痛み止めが手放せない日々が続いていました。しかし、半年近く過ぎた頃から段々痛みが引いてきて、鎮痛剤を飲む回数も減っていきました。そしてとうとう、薬を飲まずに過ごせるようになったのです!「すごい! 嬉しい! 先生に報告しないと!」張り切って病院に向かいました。受付で看護婦さんに挨拶をして、待合室に入ろうとしたところ、看護婦さんがとんでもないことを言い出しました。「うちねぇ、今月いっぱいで病院を閉めることになったのよ・・・。」「!!!」訳がわからず、「次は、いつ開けるんですか?」などと質問する私に、看護婦さんは申し訳なさそうに「今月末で、この病院は、なくなるのよ。」と答えて、寂しそうに笑いました。「えええ~っ!」
2004.09.09
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その後は、薬のおかげで生理は順調。通院にもすっかり慣れて、看護婦さんと世間話をするほどになりました。この病院、スタッフは受付兼看護婦さんと、おじいさん先生の二人のみで、通院中、他の患者さんに会ったのは2,3回?というくらい、細々こじんまりとしていました。内診があったのは、初診の時の1回だけで、あとは、・こんにちは~と受付・検尿・血圧測定・先生とお話・薬をもらって支払い(600円!)毎回この繰り返しでした。先生とのお話の時、生理痛の具合などを報告するのですが、ある時、先生が「じゃあ、薬を飲むのを忘れないように。」とおっしゃった後に、私の頭に手をのせて、クシャクシャっとなでたことがありました。まるで小児科の先生が子どもにするような調子でヨシヨシとされて、かなりびっくりしたのですが、先生の方は冗談というわけでもなく、ごく自然な行為だったようで・・・。確かに先生から見れば、孫と同じくらいの年齢だろうし、どちらかと言うと幼く見られがちだったけれど、結婚してて婦人科に来ている患者にヨシヨシはないよね~と思いつつ、その日は笑いをこらえながら帰りました。
2004.09.08
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2回目のせいか、前回よりもかなりリラックスした気分で玄関を入り、受付の看護婦さんに「薬のおかげで、予定日通りに生理が来ました!」と報告すると「今日は何日目なの?」と聞かれました。(え? 何日目って終わって2日目だけど・・・。)いやな予感がしつつ、「もう終わってます。」と恐る恐る答えると「また5日目から薬を飲まないといけなかったのに!もっと早く来なさい!」と、怒られてしまいました。前回言われた「生理が予定通り来るホルモン剤を5日目から21日間 飲んでね」「来月また来院してください」の2項目を合わせて「次回は生理5日目に間に合うように病院へ行く」と 考えるべきだったのね・・・。でも、なぜか薬は1ヶ月で終わりで、あとは来院するだけ。と思い込んでいた私には、そんな想像力は働きませんでした。「すみません」と謝りつつ、その日は検尿と血圧測定をしてもらいました。先生に「生理痛と腹痛は相変わらずであること」を伝え、薬を21錠もらって診療終わり!怒られたとはいっても、看護婦さんはとても気さくな方で、帰りには笑顔で「来月は、ちゃんと来るのよ~」と送り出してくれました。本日の支払い600円也。やっぱり安い?!
2004.09.07
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もらった薬は、白くてつるんとした丸い小粒でした。これを21日間飲み続けると、3日後に生理がやってきます。こう聞けば、この薬が何なのか、おわかりの方も多いと思いますが、当時の私は、聞いた通り「生理を規則正しく起こすホルモン剤」と信じていました。生理5日目から飲み始めて、時間を決めて毎日毎日薬を飲みました。忘れそうになって慌てた日もありましたが、なんとか21錠飲みきって3日目に、本当に生理が来てびっくり!今までは、周期が長くなったり短くなったり、生理不順にも悩んでいたのに、薬を飲んだだけで治るなんて!生理痛と腹痛は相変わらずひどかったけれど、とりあえず良しとしよう!そして、生理も終わり、そろそろ行くかな~と2回目の診察に行くと・・・。
2004.09.06
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いざ!病院へ!フレアースカートをはためかせ到着したその病院は、ちょっと前の映画に出てきそうな、木造の建物で、がらがらと引き戸を開けると広い玄関がありました。入ってみると、とても日当たりが良いせいか、病院にありがちなじめじめした雰囲気はなく、古くても清潔感がありました。そして、聞いていた通り、待合室には誰もおらず、すぐに受付に顔を見せた看護婦さんに声を掛けてもらえました。症状を伝えると、まず検尿をして、いきなり内診室に入るように言われました。とうとう、この時が! でも昔から「思い立ったら吉日」な性格と言われてきた私は、覚悟を決めた後は、行動が素早いのです。自分でも驚くほど冷静に診察を受けていました。「ちょっと卵巣がはれているけれど、ホルモンのアンバランスが原因でしょう。そんなに心配はいらないよ。」診察室で向かい合った先生は、とても優しそうな方で、診察結果の内容と合わせて、ホッとした気分になりました。薬をもらって、その日払った金額は、880円! 安すぎ!長い間悩んでいた割には、あっさり終わったなあ・・・。そしてこの日から、薬を飲み1ヶ月に1度の通院の日々を送ることになりました。
2004.09.05
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さて、病院に行くことは決心がついたけれど、婦人科について、まるで知識が無かった私は、知人に相談して病院を紹介してもらうことにしました。そして紹介してもらったのが、前回書いた2つの病院です。知人曰く「時間がかかる総合病院よりも、予約無しですぐに診てもらえる個人病院の方が、初めての人にはいいと思うわ。」「その先生は、今でこそ婦人科だけ細々とやっているけれど、昔は産婦人科医として名の知れた人で、他の病院で原因がわからなくて担ぎ込まれてきた患者さんの命を助けたこともあったほどの名医だったのよ。」待ち時間無しであることと、その知人も、がん検診をその病院で受けているということで、いいかな~と思い、個人病院に行くことに決定!こうして、ドキドキの初受診は、伸ばし伸ばしにしていたとは思えないほどあっさりと、その日を迎えました。
2004.09.04
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199×年、結婚して半年が過ぎた頃、私は腹痛に悩まされていました。気がつくと右下腹がシクシクと痛い!生理中は特に痛みが増して生理痛と重なって、起き上がれない程でした。周りから病院に行くことを勧められましたが、まだ若かった私には、産婦人科は未知の世界、なかなか決心がつかず、痛みに耐える日々が続いていました。しかし、痛みに対する不安がピークに達したある日、このままではいけない!とあっさり病院行きを決意、重い腰をあげることとなりました。そこで肝心なのが病院選び!候補は二つありました。・設備が整っているけれど待ち時間が長く、妊婦さんと一緒 に待たなければならない総合病院・おじいさん先生が細々とやっている、婦人科のみの 個人病院さて、どちらの病院に行こうかな?
2004.09.02
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高知県在住、一児の母のメイです。初めての経験にドキドキしています。パソコンを前に、何から始めればよいのか試行錯誤している間にも、何人かの方々が訪問して下さっていて、嬉しい&驚いています!これから頑張って、充実したページにしていきたいと思っていますので、どうぞよろしく!ここでは、私の出産にまつわるetc.を書こうと思います。思い起こせば色々なことがありました。その様々な経験を自分の中で整理する為に、文章にしてみることにしました。これから、同じような経験をするかもしれない方々にとって何かのお役に立てれば嬉しいです・・・。
2004.08.30
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