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僕が、お寺に預けられたのは学校に行かなかったからです。学校にいかずにゲームばかりして過ごしていました。僕が、学校にいかなくなったきっかけはいじめです。理由は、僕に協調性がなかったからです。毎日いじめられとても辛かったです。お母さんにも相談しましたが、忙しいからといって流されてきました。ある日、祖母が亡くなったのでお葬式に行きました。僕はいままでおばあちゃんに会ったことがありませんでした。お母さんと仲が悪かったそうです。なので、お父さんと行きました。平日だったのに僕がいておじいちゃんは驚いていました。そこで、学校に行っていないと話すと1週間後ぐらいにおじいちゃんが僕に家に来てお寺に連れてってくれました。そこで、僕の修行の日々が始まりました。僕の家のことは全部家政婦さんがやってくれていたので僕は何一つできませんでした。初日は、わからないのだから仕方ないと思っていました。ですが、毎日みているとみんな一生懸命やっているのに自分だけなにもしていないのは心が痛かったので簡単なことを手伝っていました。ある日、一人の子に声をかけられました。僕は、怒られると思っていました。でも、その子は手伝ってくれてありがとうと感謝されました。僕は、誰にも褒められたことがなかったのでとても嬉しかったです。それから、色々なことを教えてもらい自分でできることが増えてきました。1カ月もすると、お母さんが迎えに来てくれました。お母さんは謝りながら泣いていました。僕も、泣きました。お母さんは、今まで僕にかまってあげられなかったことを謝っていました。僕は、嬉しかったです。家に帰った次の日から僕は学校に行く決意をしました。久しぶりに行った学校は楽しかったです。僕をいじめていた子とも仲直りしました。中学校生活が楽しみです。ありがとうございました。
私が研修を通じて、学んだ事は社会人としての心得です。
この、研修でまず初めに行ったのは挨拶です。
挨拶といっても通常の挨拶とは異なり腹の底から声を出し礼儀正しい挨拶のことです。
続いて、三禮を行いました。これは、精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められました。
体力には自信があったのですがこれは本当に辛かったです。
滝行は、想像していたよりも辛く入った瞬間に出てしまいました。ですが、修行は限界まで行ってこそ本領を発揮すると思いもう一度入りました。とてつもない勢いの水で呼吸が困難になるほどでした。時間にしたらとても短い時間でしたが私の中ではとても充実していました。自分が限界まで達した時に自分自身を見つめ直せたような気がしました。
写経では、心を静められました。筆を持ったのは本当に久しぶりのことで墨の匂いが懐かしく感じられました。初めは、うまくかけずもどかしかったけれどだんだんと精神統一できたような気がしました。
私は、こうした修行の中で感じたのは忍耐力の大切さです。自分の限界に挑戦することで様々なことが分かりました。あと、社会人と学生の違いを思い知らされました。社会は信頼でできているのだなと痛感しました。これから、学生気分を抜いて社会人としての心構えで仕事をしていきたと思いました。
修行体験感想文のご紹介 2019.05.16
半日滝行について 2019.03.28
あなた自身の本来の姿に耳を傾けて下さい 2018.11.12