Jesus Christ! (2)


 生物室のドアの前で、ジェライラが不安げに言った。
 確かに、中で何かが動き回っているような音がする。それも多分、大勢で。
 カヲルが、少しためらいながら引き戸を開けた。
「うわぁ…。」
 我が目を疑う光景だった。生物室の中では20匹程の巨大なナメクジが這い回っていたのだ。
「あー、そういえば昨日、地震あったねえ。ナメクジの水槽の上に薬置いたっけなあ。」
カヲルは落ち着いてそう呟いた。
「塩かければ、溶けるかなあ?」
玉鈴も、落ち着いている。
「そんな事言ってる場合か――!」
俺は頭を抱えて叫んだが、どうやらパニックを起こしているのは俺だけのようだ。十夜も、ジェライラも平然としている。うむむ、何故だ。
 鞄の中を何やらがさごそ探していた玉鈴は、腕を止め、中から何かを引きずり出した。白いビニール袋だ。
「あった!」
俺は怪訝な顔を玉鈴に向けた。
「それ、何?」
「塩!」
玉鈴はそう叫んで、楽しそうにナメクジに塩を振りかけ始めた。途端にナメクジはどんどん溶け出していく。
「何でそんな物持ってるんだ!?」
俺は呆れに顎が落ちるまま叫んだ。
「だって、あたし調理部だもん。」
だからって普通、そんな物持ち歩くか!?あああ俺、何でこんな奴らと友達やってるんだろう…。俺は心底悲しくなった。
「あ~あ、なくなっちゃった!」
玉鈴は残念そうに、空の袋を放り投げた。
 溶けたナメクジはたったの2匹で、残りのナメクジは元気に破壊活動を続けている。床には、粉々に割れたビーカーやフラスコが散乱していた。
「カヲル!元に戻す薬は!?」
「ないよ。」
俺は藁をも掴む思いで訊いたが、あっさりそう言われてしまった。最初に作っとけ!そういうのは!
「とりあえず、全部殺すか。」
十夜はいきなり物騒な事を呟き、ナイフを取り出した。
「ナイフじゃ、無理じゃない?」
ジェライラは十夜にそう言い、俺をじっと見た。カヲルと玉鈴も俺を見ている。
「…何だよ。」
何だかとても嫌な予感がする。
「お前やれ。」
「は?」
十夜の言葉に、俺は間の抜けた声を出す。十夜は不機嫌そうに俺を睨みつけた。
「お前が刀で、こいつらを斬り殺すんだよ。」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「…マジ?」
俺が口元を引きつらせて訊くと、皆にっこり笑って頷いた。
「冗談じゃない!こんな気持ち悪い物、斬れるか!」
 小さいのならまだしも、こいつらは大き過ぎてはっきり言って怖い。斬るだなんて以ての外だ。
 そう思いながら俺は抗議したが、4人共知らん顔をしている。
「俺はやらないからな。」
俺がそう突っぱねると、玉鈴の目が意地悪く光った。
「あー!一刃、怖いんだー!」
「…そんな事ない。」
俺は図星をさされ、冷や汗をかきながら否定した。途端に皆の顔に、底意地の悪い笑みが貼り付く。
「じゃ、頑張ってね。」
ジェライラがポンと俺の肩を叩いた。ああ、もう断れない。
「でも、刀ないぜ。どうするんだ?」
そうそう持ち歩ける物ではないし、まして俺は真剣を持っていない。訊くと、十夜が即答した。
「家に戻って、お前の親父のをパクッて来い。1本位持ってるだろ?さっさと行って来い。」
 俺は不承不承頷き、家へと戻った。

「あー、気持ち悪い!」
 8匹目を斬り殺したところで、俺は座り込んだ。見てるだけでも気持ち悪いのに、斬る時の感触といったらもう、怖気が走る程最悪だった。
「ほら、まだ10匹もいるよ!頑張れ!」
カヲルは無責任に笑っている。この騒ぎを引き起こした張本人だというのに。他の奴らも、すっかり傍観者を決め込み、部屋のドアの所に座り込んで、俺が斬り殺すのを眺めている。
 俺は舌打ちし、立ち上がって、また3匹を斬り殺した。
「あー、もう俺駄目。ジェライラ、お前剣道部だろ?代わってくれ。」
「嫌。」
ジェライラは俺が言い終わると、間髪入れずにきっぱりと答えてくれた。
 俺は期待を込めて十夜を見たが、そっぽを向かれてしまった。じゃあカヲルか玉鈴…。いや、この2人には絶対頼まない方がいい。見るからに危なっかしい。刀を持たせたら俺達が殺されるかもしれない。
 俺は大人しく諦めて、再び3匹を斬り殺した。
「ほら一刃!早くやらないと学校、始まっちゃうよー?」
「そんな簡単に言わんでくれ!」
楽観的な玉鈴に、俺は青筋を立てた。他人事だと思いやがって!こいつらを殺すのは、大変なんだぞ!
 気持ち悪い。吐き気がする。生きているのでさえ見てて気分の良いものではないのに、まして自分が斬り殺した、まだ痙攣している死骸なんて…。とても直視できない。うう、ナメクジ恐怖症になりそうだ。
 突然、髪を引っ張られた。嫌な予感がして振り向くと、案の定ナメクジが俺の髪に食らいついていた。
「うわ――っ!!」
俺は必死にそれを振り払い、一突きで殺した。全身の毛穴から冷たい汗が吹き出している。
 あと3匹。学校は8時に始まるのだが、時計はもう7時50分を指していた。遅刻する訳にはいかない。あのどう見てもヤクザにしか見えない鬼畜エセ教師に半殺しにされてしまう。
「あーもう!さっさと死ね!」
俺は怒鳴り、近くにいた1匹に斬りかかった。人間の倍以上の大きさなので、なかなか簡単に死んでくれない。こいつも、五、六太刀浴びせた後で漸く死んでくれた。続けて残りの2匹に斬りかかる。
 時計が7時55分を指した時、漸く全部片付いた。
「終わったー…。」
俺は長い息を吐き、その場にへたり込んだ。ジェライラ達が近寄ってくる。
「お疲れ様―!」
カヲルがにこにこ笑って言う。俺は柳眉を逆立てた。
「カヲルー!元はと言えば、お前があんな薬作ったからこんな事になったんだぞ!」
「僕のせいじゃないもん。」
カヲルはそう言い、ふっと遠い目をした。
「あの本が僕に言ってたのさ。作ってくれって。」
「ふざけんなー!!」
 俺の声が、学校中に響き渡った。
 そしてチャイムが鳴った。

 3分後、俺達の悲鳴が学校中にこだました。…あのクソ教師め。

 あの巨大ナメクジ共を殺した後、死骸をそのまま放ったらかしにしておいたら、その日の最初の授業の時には既に無くなっていたそうだ。おそらく用務員さんが片付けてくれたのだろうが、あの後そんな話が全くなかったのが不思議だ。…の前に、用務員さんは何も思わなかったのだろうか…。

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