教えない教育実践日誌

教えない教育実践日誌

自分ではなかなか自分の問題に気づけない



私がホームページを作るきっかけをくれたカメハハさん(つまり私の師匠です)が、今日の日記に「自分の問題点に氣づく」ということを書かれていました。

実は「自分の問題に氣づく」というのは、「教えない教育」の核心に迫ることなのです。

よりよい自分になりたいという気持ちは誰でも持っているでしょうが、どうすれば昨日より成長した自分になることができるか、具体的にはどうすればいいのでしょう。

「できないこと」「うまくいかないこと」がその手がかりです。うまくいかないのは何がマズいかというところまで、自分を掘り下げる必要があると思います。

見たくないかも知れないけど、ちょっとだけガマン。

ところが、案外自分の問題ってわからないんですよね。うまくいかなかったとき一番多いのが、人のせいにすること…これは私の事です!?

それから、何か別のこと(体調が悪かったとか、パソコンが調子悪かったとか…)を問題にすること。

自分自身に問題があるって、あまり考えたくないのが人情と言うもの。

人のことはよく見えるものですから、そうやって何でも人のせいにしている人って、なかなか自分の問題に気づいていないのがわかるでしょ~

どうすればいいかというと、私がやっている方法はいくつかあります。

自分でできることは、書いてみることです。失敗は早く忘れる方が良いような気もしますが、実はちゃんと処理しておいた方がいいんじゃないかと思います。

変な話ですが、問題がちゃんと処理されないと、その問題は形を変えてやってくるような気がするからです。正直言って、変な怖さがあるのです。

で、何が起きたか、うまくいかなかった経過を書いてみます。楽天日記もその一つですが、書いてみると見えてくることがあるのです。

書いたものを人に読んでもらうこともいいと思います。他の人の目線から、見えてくるものもあります。

それから、もう一つ。これは一人ではできないのですが、私に対して耳の痛いことを言ってくれる人を大事にすること。

だいたいに於いて、人は相手のことを傷つけないように気遣って、問題があってもまあまあと流してしまうものです。

でも、ストレートに私の問題を言ってくれる人が、何人かいます。そういう友だちを大事にすることです。

ときにはムッとすることもあるのですけど…冷静になってみると、当たっていることほどムッとするような気がします。

的はずれてムッとすることもあるんだけど…

何でもわかってくれて、肯定してくれる友だちも大事なんだけど、ときにビシッと自分の問題を指摘してくれる友だちも大事です。年を重ねるにつれて、叱られるという体験もなくなって、とんでもないことをしていても、それを容認されてしまうのはこわいです。

不思議なことに、自分が「耳の痛い話」も受け入れる気持ちになっていると、誰かが言ってくれることがあります。

教師というのはどうしても、自分が一番偉い存在になりがちですから、学生の声をできるだけ聞くようにしています。耳の痛いことも言ってくれます。

それを「有り難い」と思って聞けるようになると、もっと大人なんでしょうが、ムッとしながら、「でも当たってる…」と思い聞いているのが、最近の私です。

まだまだ修行が足りないですね~


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