Adaptation






"Being John Malkovich" はとても好きな映画だった。こんな映画本気で作ってくれてありがとう、という感じだった。
"Adaptation" を観た後の感想は、「スパイクはん、あんたはズルイ。けど偉い!!で、やっぱり好きだ。」(何故か京都弁)でした。

「映画が作れないこと」を映画にしちゃっていいんですか?フェリーニ以外の人はそれをしちゃだめだと思ってた。しかしスパイキーとカウフマンは巧妙な手口を使って作品に仕上げてしまいました。巧妙な手口というのは、二役双子、実在の作家及びその実在著書の使用、一流キャスト、練りに練った脚本、等です。

最初は、「蘭に魅せられた男とその男を追ってドキュメンタリーを書くライター」と「その本を映画化するにあたり壁に直面する脚本家」の話なんですが(映画の出だしは少しスローテンポですが、その「蘭に魅せられた男」の生き様そのものが面白いのでなんとか持ちます)、はっと気がつくと、その脚本家が書けなかったはずの映画の中に自分がどっぷり浸かっていることに気がつきます。しかもその映画の中には、きちんと彼が双子の兄から受けたアドバイスや、有名なシナリオライターからもらった助言などがしっかり生かされている。だからあのエンディングを真に受けてはいけない。あれは「どんなに不出来な映画でも結末さえ印象に残ればヒットするのさ」というトリックのまま、カーチェースあり、撃ち合いあり、という「アンチハリウッド逆風刺」が使われているのである。その境目となったシーンがメリル・ストリープが突然「やっぱり殺さなきゃ...」と思い立つシーン、その時の蘭男の反応は「はあ?おまえ何言ってんだ?」だったけど、そこから映画はハリウッド仕立てにまっしぐら、まるでチャーリーの兄のドナルドが作りそうな映画に豹変し、とってつけたみたいになりますが、もちろんそれも全てスパやんは計算済みです。
ね、ね、ズルイでしょ。映画が作れないことを映画にしてしまって、しかも観客をその作れなかった映画の中に落とし入れて、しかも作り手の本当のテーマ("you are what you love"「人とは、その人が何を愛しているかである」)だけはしっかり言い、しかも逆手を使ってハリウッド路線も取り入れてしまっている。1本取られたしまった、って感じです。しかもDVDではチャーリー・カウフマンの双子の兄のProfileまでのせて、あたかも実在の人物みたいに扱っている、本当に手の込んだやっちゃ。

関係無いけど、最後の方でチャーリー(ニコラス・ケイジ)が、元々はあこがれの対象だったスーザン(メリル・ストリープ)に「おまえなんかただのヤク中の年増ババアだああああ--」と言ったのが笑えました。

最後に疑問に残ったことは「実在のカウフマンは本当に’蘭泥棒’の本を映画化するつもりが、できなくてこれを作ったのか、それとも最初から’蘭泥棒’は道具として使うつもりで導入したのか?」ということです。後者のような気がする...。amazon.comで"the orchid thief"を買おうかと思ってしまった...。Being John Malkovichといい、こちらといい、こう、フィクションとノンフィクションの間で限りなく揺らめいている境界のことを考えてくれる人達、夢の中でしか成り立たないような理論をうまく映画という手段の中で再現してくれる人達、チャーリー・カウフマンとスパイク・ジョーンズって貴重なクリエーターたちだと思う。でも、もう既にメジャー路線を突っ走ってしまいそうな勢いなのでなんだか怖い。


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