濫読屋雑記

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2005年12月29日
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今日も昨日に続いて、 アルバート・A・ノフィ 諸岡良史 訳『 ワーテルロー戦役 』(コイノニア社、2004年)について、語りたいと思います。

この『 ワーテルロー戦役 』は、昨日も書きましたが 私のような戦争大好き人間 (誤解があるといけませんから、一筆。 学術的な側面からの興味・関心です 。私は、 学部・院と戦争に関する研究 、悲しいかな、日本では軍事学をまともに学べる所が防衛大学校しかないので、かわりに 歴史学の方面から軍事史をやっていました その延長上での興味・関心&趣味の事です 。)には、 たまらない一冊です

当時の ナポレオン戦争 フランス革命戦争 とも言います。)時代の、 フランス軍 プロイセン軍 イギリス軍 とその イギリス軍 と連合軍を組んだ オランダ・ベルギー両軍 ハノファー ブランシュバイク ドイツ諸邦軍 の、歩・騎・砲兵各部隊の編成と所持する武器の詳細、戦略・戦術、ワーテルローにて部隊を指揮した将軍や高級将校、果ては輜重(補給部隊の事です。)やワーテルローの戦場の地形や当日の気象、とどめはその日兵士たちが何を食したか、という事まで 事細かに調べ上げ、解説を加えて紹介している事です ワーテルローの戦い が、ナポレオンに止めを刺した歴史に残る戦いであったため、 戦場で指揮を取った両軍の将軍を始めとする高級将校から下級の中尉、さらには、多少教養のある下士官から兵士までが (読み書き出来ない者でも、後に新聞記者や親族等が当事者の記憶を元に書き残したものがあります。) 日記や書簡、新聞記者のインタビュー (この当時から、従軍記者がいたのです!)等で、 詳細に記録を残していたため事細かに戦場の様子が描写できたのでしょう

さて、昨日は部隊の編成について、本の内容をもとにしてクドクドと書きましたが、今日はその部隊、歩兵が所持していた 私が愛する鉄砲 について書いてみたいと思います。

以前、『『クラウゼヴィッツ』とナポレオン戦争』にも書きましたが、 この時代の鉄砲は、音と光で相手を威圧するという目的が無ければ、弓矢や石弓(弩)の方が遙かに命中率が良いという代物でした 。なぜなら、この時代の鉄砲は、 ヨーロッパではとくに命中率より発射速度が優先されたため 、まず、 発火装置に衝撃が強い火打石式 (フリントロック)(火打石を鉄の打金に、強力なバネで叩きつけるため。) が採用され 、また、 弾が銃の口径より小さく作られ、弾道が不規則となったためです 。(反対に日本の火縄銃は、銃の口径に弾がピッタリ合うように作られ、弾丸がぶれる事が無く、また火縄式の発火装置〔マッチロック〕のため衝撃が少なく、良好な命中率を保っていました。)

そして、命中率を落としてまで発射速度を重視したにも関わらず、 当時の鉄砲、前装式滑空銃身のマスケットは熟練した兵士で毎分6発撃てれば御の字でした 。しかもこれは、 平時の練兵場での話し 戦場では、せいぜい1分間に1・2発撃てれば良い方でした 。これは、 当時のマスケット銃が長くて (銃身の長さが1~1.5m) 重たく (4.5~7kg)、 弾を装填して発射するための手順 (重さ、約40gの紙製の弾薬筒を歯で噛み切り、それをくわえたまま適量を火皿に注ぎ、残りの火薬を銃腔に詰めて、銃底を地面に1・2回軽く叩きつける。次に銃弾を込め、次に弾を固定するため弾薬筒の紙を詰め込め、込め矢で銃身の下部に弾丸をしっかりと突き込めます。そして、込め矢を銃身の下に収め、銃を持ち上げ肩に乗せ、フリントロックの撃鉄〔火打石〕を起こし、狙い〔気休め&大体・いい加減な。アサッテの方向へ飛んでかない程度の。〕を定めてズドン!) が面倒であったためです 。また、 戦場での重圧やパニックによって、これら複雑な発射手順は簡単にミスをしますし (何と、恐怖により、銃身に十発もの弾丸を装填していた兵士がいたそうです。)、 火薬が湿気ていたり、火打石が磨り減っていても発火しません 。(ウェリントンは、戦闘を開始する前、常に兵士に対して火打石を新品に換えよ、と命じていました。)

このような、 命中率どころか、発砲まで不安定なマスケットでしたので 、当時の記録には「 100m離れたところから敵に狙われて負傷したら、そいつは本当に運が悪かったのさ! 」という将校の発言が残っています。実際、 1790年にプロイセン軍が行った射撃テスト では( さすが、ドイツ人! )、目標を歩兵中隊の全面に見立てた、 幅32m、高さ1.8mの木と布で出来た標的 に向けて中隊前列の部隊が発射したところ、 なんと200m先では25%、140mで40%、70mでようやく70%という、とんでもない数字が残っています 。こんな代物ですから、近距離で且つ密集した部隊に対して発砲しない限り効果があるわけがありません。では、そんなことがあったのか?と言いますと、これがかなりあるのです。なぜなら、敵味方共に同じ事を考えて行動する訳ですから…、その結果は散々たるものであったでしょう。

このように、当てにならいマスケットにたいして、 正確な射撃ができる火器としてライフルがありました 。当時、ライフルは銃腔内に彫られたらせん状の溝(これを、ライフルと言います。)に弾丸を密着させなければいけないので(弾丸に回転を与えて、弾道を安定させるため。)装填に手間が掛かり(油を塗った毛皮の端切れで、弾丸を巻いたり、木槌で銃腔内に無理やり押し込んだりしていました。)その結果発射速度も遅くなり、使用方法や銃の保持が難しく、厄介な火器でした。しかし、長距離から狙撃が可能な事、マスケットより軽量である事等の利点から、散兵戦術を取る軽歩兵を中心に使用され始めていました。

とくに、 イギリス軍 ではアメリカ独立戦争の時に、アメリカ側の民兵たちのゲリラ・散兵戦術、とくにケンタッキー・ライフルの狙撃による損害の多さから戦訓を得て、大々的にライフルを採用していました。このライフルは ベーカー・ライフル といって、 歴史上最初に機械で大量生産された火器でした 。小型軽量、メンテナンスも楽という優れもので、役立たずの ブラウン・べス・マスケット (イギリス軍正式採用銃)を全て廃止して、この銃を正規軍全てに支給していれば面白い事になったでしょう。(しかし、若干の改良、騎兵の攻撃に備えるための方陣、槍衾をひくために銃の全長を長くする事が必要だったでしょう。騎兵に対抗するには、1.8m程度の長さが必要とされていました。)

イギリス軍 は、この ベーカー・ライフル を装備した旅団を編成させ、 連隊の将兵に特別あつらえの緑色の軍服を着せて (当時、イギリス兵は陸軍・海兵隊共に、 ナショナルカラーである真っ赤な軍服 〔バッキンガム宮殿の近衛兵の軍服です〕を着ていました。)、散兵として運用していました。このライフル旅団は、通常、大隊単位で分割されて運用されていましたが、 ワーテルローの戦い でも拠点の守備に絶大な威力を発揮しました。他方、フランス軍では ナポレオンが不必要な経費が掛かるという理由 で(ライフルは、銃身の製作に手間隙が掛かるため。)、ライフルは採用されていませんでした。 砲兵出身のナポレオンは、小ざかしいライフルの狙撃より、6ポンド砲を引っ張って来て小癪な敵を、吹き飛ばした方が性に合ったのでしょう

という次第で、 今日も熱くナポレオン戦争と鉄砲について語っていますが まだ書き残した事がありますので、上の日記に続きます!!





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最終更新日  2005年12月30日 03時15分52秒 コメント(2) | コメントを書く


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