濫読屋雑記

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2006年07月11日
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今日は、これも以前紹介した 宮崎駿 宮崎駿の雑想ノート増補改訂版 』(大日本絵画、1997年)に収録されている「 最貧前線 」の参考に 大内健二 氏の『 戦う民間船 』(光人社、2006年)を紹介してみます。

戦う民間船

宮崎駿 監督の『 宮崎駿の雑想ノート増補改訂版 』の「 最貧前線 」とは、 太平洋戦争の末期、1945(昭和20)年3月、太平洋上に日本列島に接近するB-29を探知し通報するために配置された遠洋漁船を徴用(海軍が民間の乗り組員共々借り上げた)特設監視(哨戒)艇 吉祥丸 」の乗り組員たちと、 目障りな特設監視艇を叩き潰すためにマリアナ諸島から飛んできたB-24爆撃機との死闘を描いた作品です 。そして、私が『 宮崎駿の雑想ノート増補改訂版 』の「 最貧前線 」の中で一番好きな作品でもあります。

この「 吉祥丸 」は B-29の接近を探知するため1944年9月に新設された南方哨戒線(仮称)に配置されたのですが、前述の通り、マリアナ基地からの哨戒機に潜水艦まで繰り出した米軍の攻撃により、167隻も配置された特設監視艇はわずか5ヶ月の間に79隻も撃沈、若しくは行方不明となり、乗組員約2500名が船と共に失われたのです なんと終戦直前の1945年8月10日付けでようやく監視艇隊は解散されたのです

最貧戦線 」は文字通り「 最貧 」でありました。その理由は、 日本海軍が日本本土防衛の為に小型でありながら太平洋上で長期にわたって活動が出来るカツオ・マグロ延縄漁船を徴用したからです この徴用計画は1941年3月頃から主に、100総トン以上の大型漁船が徴用され配置についたのですが、太平洋戦争末期にもなると 吉祥丸 のような木造の60総トンクラスの漁船まで根こそぎ動員されてしまったのです

で、この特設監視艇。 一体どのような武装をされていたかと言いますと、これが情けない限り・・・ 。「 最貧前線 吉祥丸 」では、 船首に25mm単装機関銃を1門設置して、船橋の上に7.7mm留式機関銃を配置し、艦尾に手動で落っことす爆雷を2つ載せただけという、極めて軽武装でした 。最も、開戦初期には7.7mm留式機関銃と歩兵銃が3丁程度に必要弾薬というお寒いものでした・・・。でも、 1943年中期からの日本近海でも敵潜水艦と遭遇する危険性が出てきため船首や船橋の上に特設の架台 (銃砲を設置する際には、銃砲の重さや反動に耐えるために補強が必要でした) を設置して、13mmや25mmの機銃を装備したのです。最も、大型の漁船で運のよい船には速射砲や野砲が配備されたそうですが、対空戦闘には全く役に立たなかったことでしょう

ただし対潜水艦戦闘では、1944年8月13日に第3監視艇隊の「 網地丸 (107総トン)」が 房総半島東南東の沖1000キロの海上で浮上してきた敵潜水艦と3時間!にもわたる戦闘を繰り広げて、船橋は破壊され、船体にも砲撃と銃撃で大きな損傷を受けた挙句に、乗員7名が戦死、6名が重傷を負うという損害を受けました。しかし、木造船であったため沈没は免れ、反対に敵潜水艦に対して5センチ海軍速射砲を50発も撃ち込み、7.7mm機銃も1500発も乱射、敵潜水艦に対して5センチ砲弾3発を艦橋と砲座に命中させて撃退しているという逸話があります 。ただし、「 網地丸 」は損傷が激しくて、救助に来た僚船に生存者と負傷者を収容した後に、大破した船体は放置されたそうです。

ただし、これらはあくまでも潜水艦相手のお話で、 有名なドーリットル攻撃隊を搭載した空母エンタープライズやホーネットを旗艦とする機動部隊に対しては話は違いました 敵機動部隊が日本近海に近づくや4月18日、哨戒中の特設監視艇は「敵空母ミユ」や「敵大部隊ミユ」などの緊急電を打電し、海軍横須賀鎮守府に警報を出していたのです 。そして、勇敢な特設監視艇「 第二十三日東丸 (90総トン)」は敵機動部隊に張り付き着実に偵察情報を打電、 これに対して短気でせっかちなハルぜー提督は軽巡洋艦ナッシュビルを向かわせ、主砲15センチ砲で攻撃して撃沈してしまったのです 。そして、敵機動部隊はこのような哨戒中の特設監視艇や特設砲艦を次々と艦載機で撃沈していったのです。

このように、 潜水艦に対してはある程度の戦闘力を持っていた特設監視艇も、飛行機にはお手上げでした (軍艦は言うに及ばずです)。「 最貧前線 」の「 吉祥丸 」の戦いでは、 マリアナから飛んできたB-24との死闘、先にB-24にやられた僚船からもらった単装の25mm機関砲を艦尾の爆雷の間に木枠で固定して簡単な照準機を作り引き金を針金で結んだもので代用して、敵の攻撃に備えます 。「 吉祥丸 」の元船長が予備少尉の艇長に「 馬関戦争だのう(注:幕末の長州と4カ国連合軍の戦いのこと) 」と言うと、艇長が「 気休め、気休め 」と笑い、「 明日もコンソリ(B-24)はくるかのう 」と船長が言えば「 来~る。来~る。賑やかにお出迎えしましょうぜ 」とのんきに握り飯を頬張りながら話をしています。

そして翌朝、「 対空戦闘!おっぱじめるぞー の掛け声と共に骨董品の蓄音機が鳴らされ、大漁旗が揚がり、戦闘が始まるのですが B-24は喫水の浅く、小さな船に対する攻撃の常套手段、跳飛爆撃(石が水面をはじきながら飛んでいく原理を応用した攻撃。水面すれすれを高速で爆弾を投下して、水面を跳ね飛ぶ爆弾を船の舷側にぶち当てる戦法)を取ります ところが、「 舵取りが上手かったのか、相手が下手だったのか 」爆弾はみんなハズレ&不発弾。ところが、B-24には13mm機銃が連装で4丁、単装も4~6丁も搭載されているのです!全力で攻撃されたら木造の「 吉祥丸 」はひとたまりもありません。 B-24は余裕で艦尾方向から掃射しようと接近してきますが、その時、艦尾に昨夜徹夜で据えつけた25mm機銃が艇長の掛け声 よーし撃て。撃ちっぱなせー! の掛け声と共に船長が引き金を引いて火を噴き、B-24とのガチンコ勝負となるのです。そして25mm弾は運良くB-24のエンジンに命中、敵は慌てて逃げていって 吉祥丸 」は助かる、というお話でした。

上記の話にも少し出てきましたが、 この特設監視艇の乗組員は漁船が海軍籍に編入された時点で漁船が正規の帝國海軍艦艇に組み入れられてしまうため、当然、乗組員も海軍の正規軍人や予備役軍人、または予備海軍軍人が着任するはずなのですが、大量に監視艇が徴用されたために軍人が不足して 、「 吉祥丸 みたいにその漁船固有の乗組員も招集されて軍属の身分となってそのまま船の運用にあたっていたのです 。また、漁船員は遠洋を長期間遠方海域の船舶で安全に航海する技術や。漁船の構造・運用に手長けており、また、当時の漁船の機関は焼玉エンジンというもので、海軍の機関科の将兵も使用方法がわからず、餅は餅屋的発想で各漁船の乗組員をそのまま利用したほうが効率がよいという考えがあったのです。そして、武器に関する取り扱いに関しても、乗組員に短期訓練を施すか、武器を操作する専門の軍人を乗せれば事足りたのです。

最後に、この 宮崎駿 監督の『 宮崎駿の雑想ノート増補改訂版 』の『 最貧戦線 』を読みながら一人芝居で有名な イッセー尾形 さんが熱演されている『 イッセー尾形/宮崎駿の雑想ノート3 「最貧前線」 』を聴いてみるというのは如何でしょうか。 なかなか、贅沢な事だと思いますよ

イッセー尾形/宮崎駿の雑想ノート3 「最貧前線」





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最終更新日  2006年07月12日 04時58分25秒 コメント(6) | コメントを書く


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