PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ
数日のうちに実家に帰ることに
長期保有の現物株はマンマでエェけど
日経先物取引は現状と同じようにはやれないと思う
50 歳を目途にトレードをやめて実家に帰るつもりだったけど、姪二人が一旦実家を離れて私のところから大学に通いたいと言ったので予定を数年延ばすことに
実家ではナイトセッションをチョイとやるくらいかな、、、たぶん
大学入学で独り暮らしを始めたのが三十数年前
家賃や通学の便利さなどを鑑みたうえで父が用意してくれた多摩川の西側のアパート、多摩川を渡っての通学は苦にならなかったけど生活のペースに慣れると遊ぶ時間もボチボチ
で、前期が終わる頃に両親の許しを得た上で今住んでいる地域に引越し、通学時間が 1 時間ほど長くなったけど苦にならなかった
学ぶ楽しさと遊ぶ面白さ、昼も夜も本気だったように思う
アルバイトは酒屋さんだけど勉強の邪魔にならないって条件で夕方から夜、個人宅やオチャケヤさんの配達、モイッコ競輪場で弁当などの販売、勉強優先なので休日だけ=オーナーが食事をしていた食堂なので理解してくれて1か月に 2 ~ 3 日、面白かったのは解体屋さん
(いろんなことをしたけど酒屋さんは止めなかった=オチャケヤさんできれいなお姉さんに会える魅力は何物にも代えがたいってヤツ)
で、 3 年生の時に子供が出来てアリャリャ⇒ナンヤカヤあったけど早く結婚式をってことでサッサと済ませて、隣市の 2DK アパート
卒業するまでの 1 年余り、妻は実家からの仕送りには一切手を付けず、少々の私のアルバイト代と自分の蓄えで切り盛りしてくれました
妻は私より 5 コ上、同級生と結婚すれば旦那は 26 ~ 27 歳、私は稼ぎの少ない学生、卑屈にならなかったけど申し訳ないという思いを抱えていました
3 年生の春休みに息子が生まれて、卒業⇒就職時には妻・息子アリ
新卒なのに扶養家族アリでグズグズしていた私に名前も知らない先輩から連絡があり、就職が決まっていないようならウチの面接を受けてみないかと誘われたのは、今も折に触れお世話になっている先生のお陰
誘ってくれた先輩には途中退社で申し訳ないことをしたけど、時候の挨拶などお付き合いは続けていただいています
隣市から戻って住宅供給公社の団地に引越し⇒ 10 年近く住んだ頃に高校時代の友人が生まれたばかりのワンコをもらってくれと言うので戸建て借家に引越し⇒その後、結婚の決まった息子たちが同居したいと言うので、今住んでいる家を中古購入(ワンコのために床を滑らないモノに張り替え、キッチンや風呂をリフォームで使い易く)
実家で暮らした時間よりも、何度か引越しをしながら暮らした妻との時間の方が長くなっちゃった
茶碗蒸しにはユリ根、卵の天婦羅、魚料理など母の影響が細部に残りますが、味は妻の方に馴染んじゃった
実家に帰ることについて妻は、**ちゃん ( 私 ) と一緒なら何処でもいいと言ってくれます
それと、私よりも 2 か月だけ長生きしてほしいとも言います
(妻が好きな村下孝蔵さん、“陽だまり”が<めぞん一刻>の主題歌⇒五代裕作が音無響子さんにプロポーズした時、若くしてご主人を亡くした響子さんが、私よりも 1 日だけでいいから長生きしてくださいと言ったのを真似たのかなと思うけど、、、かわいい)
私は、“釣りバカ日誌”でハマちゃんがみち子さんにプロポーズ、「私はあなたを幸せにする自信はありませんが、あなたと結婚すれば私は幸せになれます」、、、これはエェ、大好き
こんな言葉でプロポーズしたかった、、、ウフフッ
2 か月と言うのは四十九日法要を済ませて、そばに来てくれってこと、、、やっぱ、カワエェ
実家を出て何度か引越しをしたけど、その時々の必要に迫られて
まず歩く、歩きながら明日、明後日の術を考える
実家を出てから 30 数年、目の前の楽しさ、面白さに心を惹かれて過ごしてきたけど、今は幸せかと問われれば、幸せだと答えられる
まぁ、これからも、、、こんなモンでエェやろ