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毎日が夏休み、という生活がスタートして早7年。気が遠くなりそう・・・。もちろんその間に、ボランティアに勤しんだ日々もあればバイトを頑張っていた時期もあり、学校に行っていた期間もあった。でも、本格的な社会復帰には至らず、現在になる。そう現在。大学を休学して、週に一度か二度、精神科のデイケアに通う。週末は彼氏とデート。それ以外の毎日は、なぁんもすることが、ない。最近は何時間も編み物をしている。楽しい♪延々と編んでいると、無我の境地に達したような勘違いを味わうこともある(笑)編み物に疲れたら、洋書を読む。1日最低10ページは読むようにしている。どんなにお出かけして疲れていても。これは、私が英語が好きで大学も英語系に進んだのに休んでいるから、少しでも勉強するため。これもまた、楽しい♪気分転換にはギターもある。アコースティックギター。中々上達しないので、1日一度は触るように心がけている。(これは心がけだけで終わる日も多いけど)そんなこんなで一日が終わる。そんな毎日。時々「いつまでこんな生活を続けるのだろう」と思うと気が遠くなるけれど、いつか動けるようになるその日までは、こうしているのもなかなか幸せかもしれないと思う。結構毎日が充実している気分で、楽しいなと思える。そう思えるようになるのに、7年かかったけどね。
2004年11月01日
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「片想い」最後に片想いしていたのは・・・今からざっと2年半くらい前のこと。でも、片想いの気持ちはなぜか忘れていません。忘れられません。片想いの人の相談や日記やらを読むと、片想いしていた頃のことを鮮明に思い出します。切なさも、悲しさも、小さな嬉しさも、大きな苦さも。姿を見れただけで、1日ハッピーだった。たまに言葉を交わせたら、その他愛ない会話を何度も何日間も頭の中でリピートさせては、嬉しさとちょっと切なさとを感じてた。少しの反応も宝物。笑顔を見せてくれたら、もう舞い上がるような・・・例えばそんな片想い。話すのは嬉しいけれど、緊張してた。会えるのは楽しいけれど、緊張してた。メールできるのも嬉しいけれど、緊張してた。緊張しちゃって、会いたいのに会いたくないという矛盾した感情に襲われたりした。彼の口から女の子の名前が出るだけで、言いようの無い不安や嫉妬でもやもやムカムカした夜。しばらく会えないと、もしかして知らないところで彼女出来てるんじゃないかって、不安で不安でたまらなかった。ぼんやり雑誌をめくっている時、もしかして今頃誰か女の子を好きになっていたりして・・・?考え出すと止まらなかった。苦しくて仕方が無かった。もう止めたい!って何度思っても、好きな気持ちは無くならなかった。涙で染められた夜は幾晩もあった。そんな、片想い。忘れてないよ。忘れられないよ。大切な恋。大切な想い。
2004年09月04日
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「友達」友達・・・私は基本的に男友達が好き。例えば深夜に「今から電話していい?」ってメール打ってOKがでたらすぐ電話して開口一番「ねぇねぇ聞いてよ~!」って遠慮なく話せる、そんな関係に男友達の方がなりやすいから、私は男友達が好き。気を使わなくていいから、気楽なの。女の子相手だとどうしても遠慮しちゃう。いきなり相談したら迷惑じゃないかな?あの子にも悩んでること、あるんだろうし・・・とかやたらと気遣っちゃう。だから女友達にはなかなか心が開けない。気遣いすぎて疲れちゃう。なんでこうなるんだろう?って考えたら、私は女の子ネットワークが苦手なんだ。女の子のネットワークってすさまじいもの。ちょっと相手の気に触ることを言ったら、わぁ~っと何人もの人に広まっちゃう。言い訳する間も無く、ね。その点男の子はネットワークは少ないし。少なくとも、遠慮なくキツイことを言ってしまって怒らせたとしても、それを陰口で広めたりはしないと思うんだ。甘いかな?でも・・・なんか私は男友達の方が安心して接していられる。信頼できる。信用してる。だから私は女の子の前では猫をかぶってしまう、無意識に。聞き役になるし、相手をものすごく気遣う。男の子だとむしろ傍若無人に振舞ってしまう。言葉遣いも悪くなる。それが反対だったらモテるだろうに・・・って彼氏に言われるんだけど、それが出来ないんだよね。心を開ける女友達に、たまたま出会っていないだけなのかな?そうだったら、いいな。
2004年09月03日
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「テキスト」テキストってなんだろう?文章。エッセイとか日記とか雑文とか、そういうのを総称して「テキスト」なのかな。私はもう一つのサイトを「恋愛テキストサイト」にしている。エッセイと呼べるほどの内容ではなくて、でも日記とかでもない。中途半端な文章。だから「テキスト」。でも自分の考えていること感じたことを、まとまっていなくても文章にしていくのは、すごく楽しい。だから私は恋愛テキストサイトを運営しているのだし、恋愛じゃないテキストサイトとして、ここを作ったのだし。ここはさしずめ「心が疲れた人のテキストサイト」にしていけたらなぁと思っています。(そういうのは日記ではなくて、左端のフリーページに書いていきます)この日記は今のところ「私のテキストサイト」私の考えていること・感じたことをテーマ無しに書いて行っています。
2004年09月02日
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あまりにも楽天日記放置しすぎに反省しました。今日から順に、「テキスト書きさんに50のお題」にチャレンジしていこうと思います。完成すれば、私の考えていることなどが、だいぶわかってもらえるんじゃないかな?マイペースの更新は続くと思いますが、他テキストも挟みつつ、50のお題も頑張っていきます!
2004年09月01日
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ずいぶん連絡をとっていない知人から、この間突然電話がありました。深夜に突然の電話で、ものすごくびっくりしました。彼女とは中学の時の同級生で、今は県外に住んでいます。そこまで仲が良かったわけでもないのに、どうして??と、驚いたところ、電話の内容にもっと驚かされました。相談の内容は「付き合って1週間の彼氏とHして、妊娠したかもしれない」というもの。私が「避妊はしたの?」と聞いたところ「してない」とのこと。・・・。呆れて言葉も出ませんでした。詳しく話しを聞いて、状況が把握でき、私が言えたことは「生理予定日の一週間後に妊娠検査薬で検査してみたら?検査するまでの不安な気持ちは、自業自得だと思って諦めて」ということ。可能性は低いとはいえ、ないとは言えない状況。安易に優しい言葉をかける気には、なれなかった。と、いうのは。私は3年前にも彼女に、生でHすることの危険性、責任ということを延々と話したことがあるから。今回と同じようなことを、彼女は3年前にもしているのだ。きっと、そんなこと覚えてはいないだろう。あまりの無責任さに腹が立って腹が立って仕方が無かった。妊娠の不安で、精神が不安定になっている相手にもかかわらず、かなり厳しい言葉をかけてしまった。彼女いわく、雰囲気でHへの流れになってしまったので、避妊具を用意できなかったのだ、とか・・・。そしてもし妊娠していたら、彼氏と結婚して産むつもりでいるらしい。彼氏も責任は取ると言っているらしい。でも!まず、雰囲気に流されてHしてしまうほど、自分に自制が利かないようで、子どもの親としてやっていけるの?ということ。「あなたならどうする?」と聞かれたけれど「私は万が一を考えて持ち歩いてる」と答えた。そもそも、どんな相手でどんな状況でも、避妊できない状態でHできるほど我を忘れたりはしない。できない。でも、1番腹が立ったのは、彼女は結婚・出産・育児を出来る状況には、ないこと。他人が判断することではないと言われるだろうけれども、でも彼女の状況はそれを許さない。産むことまではできても、その後育てていくのは、無理。彼女がよほど・・・変わらなければ。本人もそのことはよくわかっているはず。それにもかかわらず、安易に避妊もなしにHすることを続けている彼女が、腹が立って仕方が無かった。現実から逃げて「もし妊娠してたら産む」と安易に言う彼女に、腹が立って仕方がなかった。一つの命に対して、相応の責任が取れる自信ができてるならともかく・・・。彼女の頭にあるのは、ただひたすらに漠然とした「妊娠」という症状に対する「不安」それだけ。何にも、現実として捉えていなかった。自分の「不安」に怯えているだけで「妊娠」ということを、真剣にとらえていなかった。そのことが・・・怖かった。私にはものすごく怖かった。電話の翌日、ちゃんと生理が来た、と電話があったから、今回は妊娠していなかったらしい。でも、今後も避妊せずHしていたら、いつでも妊娠は有り得る。背筋がゾっとした。
2004年08月12日
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広島の原子爆弾についての「NEWS23」という番組の特集を観ました。(ここから先はグロテスクとも言えるような残酷な描写も、あります。受け付けない方は読まないでください)内容は、「はだしのゲン」というマンガの作者の方のインタビューと、原爆被害についてのものでした。凄まじかったです。壮絶の一言です。「はだしのゲン」を読んだことのある方はご存知でしょうが、人間の皮膚がどろどろに溶けている画が、あるんです。作者が実際に目撃した光景です。「はだしのゲン」は作者のノンフィクションマンガなのです。そして・・・番組ではその「地獄などという言葉では軽すぎる」(作者談)という原爆投下直後に作者(当時小学一年生)が目にした、今でも網膜に焼き付いて離れないという光景を、CGでリアルに再現していました。人間の皮膚が30cm以上水ぶくれてそれが破れて、水と音とともに溶けていて、皮膚を引きずっている状態です。足も腕も、全身が・・・ドロドロ。中には全身にガラスの破片が突き刺さっている人も。音は何もなく、聞こえるのは、足の裏に突き刺さったガラスが一歩一歩歩く度にジャリジャリいうだけ。そんな人間たちが無言で列になって、「幽霊のように」(作者談)水のある所に向かって歩いていったそうです。あまりにリアルな、画。あまりにリアルな、CG。でもリアルで当たり前。それは現実に起きたことで、実際にその目にした人が存在するのですから。こんな、言葉ではとうてい現せない様な地獄絵図を目撃して、精神が正気でいられるものなの?と、想像すらも拒否する、そんな・・・、そんな番組。そんな体験。そんな広島の過去でした。私は、想像力が豊かな方だと思います。ホラー映画でさえ、見れません。でも、この番組はチャンネルを変えたらいけないような気がして。どんなに怖くても辛くても、恐ろしさに吐き気がしても、見ていなくてはいけないような気がして。見ていました。番組が終わって、彼氏に電話をしました。あまりに怖くて、落ち着かなくて。泣きながら電話しました。電話をしていて、気がつきました。私は、あのリアルなCGが恐ろしかったのではなく、あのリアルのマンガの画が怖かったのではなく、あんな光景を実際に目にした人間が存在するのだということが、怖くて怖くて、やりきれなくて悲しくて仕方がなかった。ドラマ「さとうきび畑」も、完全版の放送によってまた大勢の人に戦争というものを考えさせるキッカケになったようですね。私は、前回のを、見ました。思うことは多すぎて。感想とか、そんなことも書けないほどだけれど。思い出すだけで、辛くて胸が苦しくて仕方がないから。まだ考えがまとまらない今、私が唯一思えたことはああいう戦争を扱った番組・ドラマ・小説・映画を見て、これだけ影響を受けられる(追体験に近い状態になれる)自分の想像力というか、感受性は大切な大切なものだということ。きっと、こういった想像力を世界中のあらゆる人が働かせれば、少しずつ平和への道が開けると思うんです。今の私に出来ることは、ドラマや映画、小説、番組などで感じたことを忘れずにいること。それだけ。でもきっとそれが1番大切なこと。
2004年08月07日
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詩童話~ラプンツェル~ 魔女はひとり長い長い時間一人きり寂しいなどと思ってみたが魔女はひとり一人きり 魔女の庭立派なラプンツェル(チシャの葉)が生えそろう隣に住む夫婦赤子を宿した妻はそのラプンツェルを欲する夫は悩む魔女の庭盗みなど入っては災い起こるやもしれないとそれでも身重の妻のためやっとの思いでラプンツェルを盗ってくる妻はむさぼるようにそれを喰らいまだまだ足りぬともっともっと食べねば私は死んでしまうと訴える身重の妻のため夫は再び魔女の庭へしかしそこに魔女はいた 身重の妻たっての願いだ見逃してくれ夫は必死に懇願す魔女は言う身重の妻が子を産んだらばその子を私に捧げよとならば命だけは助けてやろう夫は泣く泣く了承し命からがら家へ戻る 魔女はひとり長い長い時間一人きり寂しいなどと思ってみたが魔女はひとり一人きり やがて妻は子を産み落とす金の髪輝く幼子を魔女は子を引き取りラプンツェルと名をつけた魔女はラプンツェルを慈しむはじめて一人きりでなくなったラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる やがてラプンツェルは金の長い長い髪美しく輝くような少女に成長していく魔女は毎朝歌いながら髪を梳かす ラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる ラプンツェルが外に出るああ何者かに襲われたらああ何者かに連れ去られたらラプンツェル外に出るのはやめておくれ家の中で幸せでいておくれ水汲みなら私が行こう ラプンツェルラプンツェルひとりきりで家に居て危ないことはないだろうかああ家に誰かが盗みに入ったらああ家が家事で燃え落ちてしまったらラプンツェルお前に一欠けの危険も無い場所を私は探してやろう 魔女は必死に探し回る愛しい愛しいラプンツェルあの子が危険なく幸せでいられる場所を探し探し探し続けた腰が曲がり足の血豆はとうに潰れ紅く染まったそれでもかわいいラプンツェルのため ラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる 高い高い塔の上出口も入り口もない塔の上小さな小さなラプンツェルの部屋ここなら誰も襲えないここなら誰も連れ去りはしないここなら誰も盗めないここなら火事で燃えはしないああラプンツェルややっと見つけたお前はここで幸せでいておくれラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる魔女が歌うとラプンツェルは長い長い髪を窓から垂らし魔女を塔の上へ引き上げる平穏な毎日幸せな日々 ある日若い王子が塔を見上げる見るとそこには美しい少女王子はなんとか塔に入ろうと試みるが出来やしないそこで魔女を影から覗きラプンツェルの髪をつたって上がるのを知る王子は魔女を真似て歌うラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してるラプンツェルは髪を垂らし王子を引き上げ唖然とする魔女だと信じていたものをしかし王子に好意を抱き二人の逢瀬は毎晩続く 魔女は何も知るはずも無くラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる歌いながら髪を梳かす愛しい愛しいラプンツェル ある日ラプンツェルは魔女に言う服がきつくなってきたと魔女は感づきラプンツェルを責めるああお前は身篭ったのか私に隠れてどこのどいつとこんなに愛した私を騙して騙して騙し続けて・・・魔女はラプンツェルの長く輝く髪を切り落とす毎日毎日梳かし続けた長い髪を毎日毎日愛しんだ長い髪を魔女はラプンツェルを塔から追い出し二度と見ることはなかった愛しい愛しいラプンツェル また魔女はひとりまた長い長い時間一人きり寂しいなどと思ってみたが魔女はひとり一人きり ラプンツェルラプンツェル長い髪からみつくよ愛してる窓の外から声がする何も知らない若い王子はいつものように歌っている魔女は黙って髪を垂らす先ほど切り落としたラプンツェルの美しい髪をそして魔女は王子を高い高い塔の上から突き落とすあわれ王子は両目の光を失いいずこかへ彷徨い去る 魔女はひとりまた長い長い時間一人きり寂しいなどと思ってみたが魔女はひとり一人きり やがてラプンツェルは森の中で双子を産む運良く王子と巡り会いラプンツェルの二粒の涙が王子の両目に落ち王子は光を取り戻す けれど魔女はひとりまた長い長い時間一人きり寂しいなどと思ってみたが魔女はひとり一人きり
2004年07月30日
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私は大学に行けていない。アルバイトも出来ない。いずれ詳しくテキストに書いていくつもりだけれど、とりあえず社会に置いてけぼりをくらっている。社会の役には立っていない。もう22歳にもなって何も動けない自分を情けなく思ったり恨んだりすることも多々あるけれど・・・。でも私にもできていることがある。この楽天HPの他に、簡易でなく普通のHPを運営している。恋愛テキストサイト。まだ開いて一年にも満たないのに一日のアクセス数が400人を超えることも珍しくなくなってきた。最初は0人からのスタートだったのに・・・。そして某ランキングサイトの恋愛部門(500サイト以上が参加)で、今は3位に位置している。あまり人からすごいと言われることはないけれど、私の中では、すごいことだ。これだけ人に来てもらえているというのは、どういうことだろう?と考えてみたところ、どうも毎日書いている恋愛テキストのおかげらしい。毎日毎日、恋愛テーマを決めて、それに対する自分の考えを書いている。日々の出来事の日記を毎日書いているサイトは多いけれど、テキストを毎日書いているサイトさんは案外少ない。だからこそ、人が来てくれているのだろうと思う。毎日テーマを決めてテキストを書くこと。それを私は苦痛に思ったりストレスにしたりすることは、ない。でも毎日更新のテキストサイトが少ない=やれない人が多いということなんだろうな、と想像する。例えば毎日会社で一生懸命働くことを私は出来ないけれど、毎日会社で一生懸命働けていても、毎日テキストを書き続けることが出来ない人はいっぱいいると思う。だから・・・働けない、学べないということにコンプレックスを持つよりも今自分に出来ていることを、見逃さずに伸ばしていきたい。いつか、自由に動ける日が来たときのために。毎日テキストを書き続ける。些細なことだし、社会の役にたつことではないけれど。でも・・・私は働けない。けれどテキストは書ける。ある人は働ける。でもテキストは書けない。たまには同等のこととして受け取って、自分を慰めてあげたいんです。ちなみにこのサイトは、恋愛以外のことを書きたい!という欲求から始めたものです。(その中でも1番書きたかったのが心の病気や不登校について、でした)更新は超不定期です。申し訳ありません。
2004年07月27日
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I美さんとは、神経科のデイケア(不登校や心の病気の子達の社会復帰や病状改善を目的とした、いわば病院主体のフリースクールのような場所)で知り合いました。I美さんの初対面の印象はとても明るくおしゃべりで社交的な子。私もおしゃべり好きだったことから、だんだんと仲良くなっていきました。デイケア外でも3~4人グループでカラオケに行って、ご飯食べながらおしゃべりしたり、電話しあったりと、普通の友人関係を築いていました。それが徐々に変化してきたのは、彼女と知り合ってから一年ほどした時でした。お互い暗黙の了解のように、病気や過去のことには触れないできたので、I美さんの病気について当時私は詳しくは知りませんでした。リストカットやアームカットをたまにしていること。薬の量から察して、あまり軽い病気ではなさそうだという推測くらいでした。リストカットやアームカットは、デイケアという場所柄珍しいものではなかったので、聞き流していました。過去に強い薬を一か月分まとめて飲んでICUに運ばれた、などという体験談も聞きましたが、本人があくまで明るく話していたので、「そうなんだぁ」程度の反応しかしていませんでした。I美さんと知り合って一年ほどしたある夜。突然、彼女からメールがありました。「今、手首切ってる・・・」・・・え?「なんで?どうしたの?」とメールを返しても「死にたい」などとしか返ってきません。慌てて電話してみても、「今○cmくらい切ってる、血が流れてる」など実況中継をされるだけで、らちがあきません。とにかく話しを聞き続けた所、家族間でもめたのが原因らしいこと、だんだん血も止まってきたそうなので、手当てするように言ったところ「眠い」というので、「じゃあ、寝ようか」ということになりました。電話は3時間くらいに及んだと記憶しています。たぶん電話を切った時間は深夜3時ごろ。始めての経験に心臓がバクバクして落ち着かなく、体が微妙に震えてきました。電話の向こう側で、人が血を流しているというのは、とにかく恐ろしい経験でした・・・。体の血の気が引いていたのが、ようやく温まった頃には朝でした。私はどうしても眠れなくて、翌朝一番で病院に行き、デイケア責任者件カウンセラーのような人に話をして、I美さんはとりあえず無事であること、そんなに怯えなくてよい状況であることを説明されて、やっと少し落ち着いて、家路につけました。それからも一度か二度、こういうこと(電話越しのリアルタイム自殺未遂)が起きました。そのつど私はパニック状態になりつつ対処してきたのですが、普段、自殺未遂を口走らない限りはいつものI美さんで話していても遊んでいても楽しい相手なので、友達関係は続いていました。その年の春、彼女は専門学校に、私は大学に進学しました。(2に続く)
2004年07月21日
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(このテキストは、リストカット中の方は読まれない方がいいと思います)これだけ世の中に「リストカット」をしている人が溢れると、その「リストカット」の相談を受けている人も多いでしょう。相談されるのも、辛くありませんか?困りませんか?私はすごく辛かったです。カウンセラーと相談して乗り越えてきた体験を基に、私なりの「リストカット相談対処法」を書いていこうと思います。まず、リストカットを打ち明けられることから事態は始まると思います。(私なら「ああ、そうなんだぁ」って何でもないこととして受け流します)それで終わればいいのですが・・・だんだんと深い相談をされるようになったら、たいへん。「リストカットを始めた理由」とか「リストカットの辛さ」とかそういうことを打ち明けられるようになる頃です。聞いているのも、辛いですよね。ここで、「私がなんとかしてあげよう!」とか「リストカットを止めさせよう!」って思ってしまわないことです。それは、たいてい無理です。そういうことはカウンセラーという専門家に任せましょう。あなたがそこまで背負い込むことではありません。相手が病院やカウンセリングにかかっていないのなら、即座に勧めましょう。あなたに出来るのは、そこまでです。それで十分なのです。なのです、が!リストカッターはそれでは納得してくれないことが多いです。なぜか。彼らは「自分を理解してくれて」「自分を傷つけないで」「自分を愛してくれる」人を恋うように求めているのです。相談した=↑のような人だ!と思われて、執着されてしまうことがあるからです。元々人一倍傷つきやすくて、リストカットに走る人が多いですから・・・。リストカットの相談が長引くとどうなるか。「もう死んじゃんたい」「ここから飛び降りようかな・・・」などと言われるようになることが、あります。最初のうちは「やめなよ」「皆悲しむよ」「私も悲しいよ」ということを言っていますが、だんだんと相手が引き止めて欲しくて、かまってほしくてそういうことを言っているんだ、ということに気がつきます。あんまり毎回毎回言われると、「もう勝手にしたら?」と言ってしまいたくなることもあるでしょう。でも、怖いですよね。もしかしたら、自分の一言で相手の命を左右してしまうかもしれない。もっと言うと、自分の一言で相手が死んでしまうかもしれない。でも、私は開き直りました。「死にたい」「死ぬ」「手首切る」「薬1瓶飲む」と言われても、「そういうことはカウンセラーに言って。私に言われても困るから」と、伝えることにしました。怖かったです。それから数時間は。でもね。誤解を招く言い方になってしまうけれど、相手は元々「死にたい」と言っている人。私が何を言っても、何もいわなくても、死ぬときは死ぬだろうし、生きるときは生きているんだって。特に、相手にかまってほしくて「死」を口走っている人は本気で死のうと考えているわけじゃないから、大丈夫、って。自分に言い聞かせて、乗り切ってきました。突き放すときは突き放す。自分の身を守ることを第一にしましょう。いつもいつも「死にたい」と聞かせられていては、こちらまでノイローゼになってしまいます。例えばリストカットの相談を受けて、例えば自殺志願の相談を受けて、辛くなったら。速やかにカウンセラーに相談に行きましょう。電話カウンセリングや無料の「いのちの電話」などもあります。色々と教えてもらって、乗り切って行きましょうね。
2004年07月20日
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あなたは「変わった人」ではありません。ごく普通の人です。異常ではなく、自分を責める必要もありません。リストカット(あるいはアームカットなどなど)をして、すっきりしますか?溜まっていたもの、淀んでいたものが、洗われるような感じですか?それとも、自分を傷つけることで、自分を許すことが出来ますか?楽になれますか?だとしたら・・・だとしたら。リストカットって「悪いこと」じゃないですよ。ストレスの発散方法は人それぞれですから。カラオケで発散しようがスポーツで発散しようが、リストカットで発散しようが、それは本人の自由です。個性です。性格です。否定する必要はないし、悩むこともありません。丸ごとあなた自身です。そして周囲の人は、リストカットをしているあなた自身を含めて愛してくれて認めてくれているはずです。でもね。あなたを大切に思えば思うほど、心配にはなるんです。リストカット・・・下手をすれば、命にかかわってしまう。心配だから、やめてほしいと思われる。幸せなことですよね、大切に思われている証拠。だからって「リスカはダメなんだ!」って自分を追い詰めちゃったら逆効果。まずか「リストカット」をしている自分を認めてあげてください。許してあげましょうよ。これだけ体を痛めつけなきゃけないくらい、自分はたいへんなんだ・・・って。辛いんだって。「リストカット」してる自分も好きになりましょう。悪いことしてるんじゃないんだもの。自分を責める必要なんてない。周囲だって、責めてるわけじゃない、心配してるだけなんだから。そして、もしもまだ行っていないのならカウンセリングや精神科に行ってみましょう。別に異常だからとかじゃ、ないですよ。あなたはきっと楽になれるから。自分を傷つけずにはいられない「何か」を開放してあげるキッカケに、なると思うから。周囲を安心させてあげる面でも、専門家の話をぜひ聞いてみてくださいね。
2004年07月17日
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なんでリストカットするの?なんでわざわざ自分を傷つけるの??私も以前はそう思っていましたし、私自身はリストカットの経験もないししたいとも思いません。でも周囲にリストカッターが多いおかげで、リストカットに至るまでの心境などを私なりに理解することができました。(と思っています)あなたは、自分に猛烈に腹が立つことってありませんか?自分が許せないことをしてしまうこと、ありませんか?取り返しのつかない(と思う)失敗をしてしまったり、誰かを傷つけてしまったり・・・。そんな時、どうやってその感情を発散しますか?ある人は、やけ食い・やけ酒をして発散するでしょう。ある人は、枕を投げつけたりして発散するでしょう。ある人は、友達に愚痴ることで発散するでしょう。リストカットは、その発散することの一部でもあるんです。自分を傷つけることで、自分を許せるんです。これだけ自分を痛めつけたから、もう自分を責めなくて大丈夫。って。リストカットする人。別に変わった人じゃないんです。特別な精神構造をした人じゃないんです。ただ、ストレスの発散の方法が、あなたと違うだけ。なんにも変わらないんです。同じ、人間同士なんですから。「わからない」と拒絶しないで、「リストカット」というストレス発散方法もあるんだってことを、認めてもらえたらなぁと思います。
2004年07月16日
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想像してみてください。空気の揺れる、ドラム。心臓に真っ直ぐ響く、ベース。耳を震わすギター。そして聴きなじみのある、声。ライブの臨場感を想像してみてください。一曲一曲を心で流しながら、読んでみてください。さぁ、Mr.Childrenライブ「シフクノオト」を一緒に楽しみましょう・・・。開演一時間前に、席についた。席はステージ左上。ステージの左端のステップに桜井さんが来たら、かなり近くに見えることになる。まだ、実感がわかない。あの機械的なステージに、本当にミスチルが来るのかな・・・。開演時間が過ぎた。まだスタッフがステージにいる。ちょっと遅れるみたい。まだかな。まだかな。ぱっと、証明が消えた。始まる!ステージ上のスクリーンにアニメーションが映る。少年・・・手に持っているのは「シフクノオト」のチケット。少年はチケットを握り締めて、やってきたバスに乗り込む。バスはそのまま走って・・・。ぱぁっと会場が明るくなった!ミスチルメンバー登場!わぁぁっと歓声、とともにすぐにイントロが響く。何だろ?何の曲だろう?聴きなじみのあるフレーズに変わる。あ!まさか!<終わりなき旅>・・・!何度この歌に助けられただろう。何度この歌に背中を押されただろう。何度この歌で泣いただろう。それが今、目の前で演奏されている。視覚と聴覚が混乱した。どちらに集中していいかわからなかった。まず、視覚。目の前に本当に本物の桜井さんがいる。田原さんがいる。中川さんがいる。鈴木さんがいる。歌ってる、弾いてる、叩いてる。彼らがそこに居て、動いていて、音を奏でている。まずその現象に、現実感を伴わない興奮が溢れてくる。そして音!熱い、鼓動の流れる音、呼吸のある音!迫力・・・厚み・・・圧倒感・・・CDとは微妙に違う抑揚の聴こえる、声!!その音と声が混じりあって「終わりなき旅」という歌が紡ぎあげられていること。もうどれに集中していいか、わからない。どれに感動しているのかわからない。と共に、「終わりなき旅」のフレーズ一つ一つに積み込まれた、自分の記憶・思い出まだ押し寄せてきて、一曲目から泣きそうになった。心のキャパシティはとっくに超えていた。<終わりなき旅>が終わって、次は<光の射す方へ>体中がリズムを刻みたがって、動かずにはいられなかった。そして<PADDLE>立て続けのヒットソング。立て続けのリズム感。やっと、初MC。軽くお話しして、そのまま「10年前の今日、発表した曲をやります」なんだろう?イントロが始まって、すぐにわかった。<イノセントワールド>!!「わかる人、歌ってください」桜井さんの声に、観客全員、熱唱。Aメロまで観客オンリーで、サビから桜井さんが入ってきた。気持ちいい!ライブに参加してる感じが、たまらない。音程なんて気にしていられない、夢中で張り上げた声でノドが痛い。そして再びMC。桜井さんの昔の恋のはなし。笑いも誘いつつ、まったりした空気に。そのまま、ラブソングシリーズに突入。<花言葉><抱しめたい><口笛>・・・<口笛>はなんとアコースティックバージョン。アコギの柔らかい音と、ゆっくりめの伸びのある声が、詞を心に沁みこませて、しんみりじっくり聴かせるアレンジ。詞の世界に入り込んでいたら、今度はがらっと空気が変わって<Pink~奇妙な夢>で独特のアーティスティックで少しダークな世界観へ。そして<血の管>ダークな世界観はそのままに、今度はゆっくめの、でも厚く重たい音・音(声)暗い故に落ち着く歌に浸っていたら、次は突然<掌>激しいサウンド、強い強いメッセージ。ライブアレンジで、CDにはない詞が繰り返し繰り返し、歌われる。その詞をかみ締めさせるように、繰り返し、繰り返し・・・。バックにはそれを煽るように激しい音!激しいリズム!何度も繰り返されるフレーズが、心に沈み込んで、満ちきったところで、本来ならもう一度あるはずのサビはカットされて、唐突に<掌>終了。それがまた、あの繰り返されたフレーズを鮮やかにする。そしてステージは暗転し、わかりやすいイントロが・・・<ニシヘヒガシヘ>暗転が解かれると、ステージ真ん中には家庭用テレビと、そのテレビを食入るように見る小学生のような姿勢の桜井さん。テレビとの距離約10cmくらい?そのままの姿勢で歌っています。スクリーンには様々な世界中のニュース番組のツギハギ。「ニシヘヒガシヘ」の詞のメッセージを痛いくらい描写して、Bメロからは正統派、バンド全体の音で心に訴えます。激しすぎる音!音!音(声)!!強烈すぎる訴えに心が痛く苦しくなってきて。<掌>と<ニシヘヒガシヘ>の持つメッセージの重さに、ぐっと苦しくなってきて。そこでスクリーンに「close your eyes」の文字が。その通り、目を瞑って静かに待っていると、ステージが真っ暗になって次の曲<Image>。温かい詞。ゆったり聴かせる音・音(声)。<掌>と<ニシヘヒガシヘ>で乱暴なまでに叩き込まれた訴えが、じわ~っと解けていくような・・・。しばらく聴いていると、心が落ち着いてきて、<掌><ニシヘヒガシヘ>のメッセージがいっそうくっきりと浮かび上がってくる。ああ・・・やられたぁ!ライブ中にもかかわらず、冷静に曲の組み立ての演出に、脱帽。続いて<くるみ><蘇生><youthfuldays>今度はうって変わって元気いっぱい!<youthfuldays>では詞の「乾杯」のところで、ネット越しに観客に「乾杯」をしてくれるサービス。それにしても桜井さんは、ステージを右へ左へ、後ろへ前へ。座ってみたり足をジタバタさせたり。それだけ走り回って揺れることすらない、声。なんという人なんだろう・・・。次は<天頂バス>。「イエーー!!」で観客と盛り上がり、<HERO>でまたじっくりと聴かせる。ふわ~っと体力も限界な感じで、聴き惚れていると、突然「じゃあ、バイバイ」・・・え??メンバーは続々ステージ奥へ。え?え?こんな突然の終わり?もうアンコール???しばらく拍手と手拍子と共に待っていると、メンバーが帰ってきました。ステージの前の方にミスチルメンバーだけが桜井さんを囲むように小さな円でスタンバイ。「ここを商店街の広場とか、公園だと思って」というトークで始まった曲<Mirror>優しい曲を堪能。このあと、メンバー紹介とちょっとトーク。空気が和んで、今までの怒涛の流れの疲れも和らいだなぁと思っていたら突然に始まった・・・大曲<タガタメ>圧倒でした。圧巻でした。泣きそうでした。たぶん、今日のライブで1番力の入っていた曲。桜井さん、アコギが壊れそうな激しさで叩き弾き、メンバー全員の激しい激しい音。音。音。全員が、「これでもか」「これでもか」「これでもか!!」とばかりに、全力の音を叩き込んでくる。意地が悪いまでに立て続く感動の曲調がわぁっと押し寄せて、私の心では受け止めきれない大きさの、曲に、もう苦しくなってしまって・・・。<タガタメ>が終わって、もう放心状態。スクリーンには、オープニングのようなアニメーションが。少年が「シフクノオト」のチケットとバスと共に、消えてゆく。ああ、もう「シフクノオト」も終わりなんだ・・・と寂しくて。そこに、ラストの曲<Sing>さらっと弾かれて。メンバー一人一人に「ありがとう」と「さよなら」のご挨拶。鈴木さんが、笑いを持っていっていました(笑)「今日は楽しかった!また会おう!」の桜井さんの言葉に、みんなが答えて、全員退場。夢の時間は、終わりました。(以上のライブ感想は、全て私の記憶に基づくものです。実際のライブとは曲順や流れも違っている可能性が高いです。なにせ記憶が混乱しているもので・・・)
2004年07月12日
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神戸の児童殺傷事件・・・「酒鬼薔薇事件」の頃、私は14歳。少年Aと同じ年齢だった。あの時、ニュース速報のテロップを目にしたときの衝撃は今でもしっかり覚えている。あの頃、マスコミは日々事件を報道し続けた。14歳の心の闇。今の中学生の矛盾。マスコミの報道は、「少年A」のものだけでなく、世間の14歳の「今」に向けたものだった。情報のあふれる時代。バブル崩壊世代。人間関係を築くのが下手。普通の子ほど怖い。今の14歳はすぐにキレる。などなど・・・本当に数々の報道をされてきた。それを見た当時14歳は、いったいどう思うのか、考えた報道関係者はいたのだろうか?自分の「世代」まるごとが「異常な環境」で育ってきたと言われている。では、その「異常な環境の」下で育ってきている私は、何なの?当時の私には、世間は「14歳は異常」または「異常な環境の下で育っているから危険」「わけのわからない人たち」と見ているのだと思えた。実際、日ごろ中学生が身近にいない世代の人たちは、中学生というものに対して過剰な反応を見せた。「今の中学生は何を考えているかわからなくて・・・」異常な環境で育ったと決め付けられて、偏見の目で見られて・・・。すごく悲しく、憤りを感じた。報道のあり方にも、報道をうのみにする大人たちにも。世間は自分たちの味方ではないのだ、むしろその逆なんだと、実感させられた。大人は子どもを守る存在のはずなのに、好奇の目や偏見で子どもを傷つけてどうするの?と今になってしみじみと思う。今回の小学6年生殺害の事件で、現在の小学生たち、特に小学生のインターネットの弊害などが取り座さされている。加害少女が「普通の子」であったこと。「どこでも起こりうること」と懸念の声が上がっているとか。教育現場の教師たちも、対応に悩んでいるとか。・・・。昔の少年Aの事件の時のように、小学生全体を「異常」「危ない」などという報道がされないことを、小学生たちが報道によって傷つけられないことを、祈るばかりです。報道関係の方々、そのニュースは、新聞は、ワイドショーは、小学生自身だって見ているのだということを、忘れないで報道してください。
2004年06月07日
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今回の衝撃的な事件。私は、あまり深く考えたくなかった。あまりにもマスコミがセンセーショナルに語っているし意見も様々出ている。でも、まだ事件について自分が考えられるほど材料(正確な情報)が伝わっていないから。ただ、報道を見ているだけだった。亡くなった子の未来を思って切なくなったり、亡くなった子のお父さんの会見でやりきれない思いをした、それくらいだった。加害少女のことは・・・まだなんと表現してよいかわからなかった。「事件」を「事件」としか、見ていなかった。自分とは遠い所で起きた遠い事件だった。でも、それは違っていた。某報道番組で、被害少女・加害少女のHPが公開されていた。そのアバターは、そのHPデザインは、紛れもなく私が以前使用していた簡易HP&コミュニケーションツールだった。一時期はまっていて、そこのHPランキングのまぁまぁ上位にいた時期もあった。あの子たちは、もしかして私のサイトに来ていたかもしれない。私も、あの子たちのサイトを目にしていたかもしれない。BBSに書き込みしてくれたひとりだったかもしれない・・・。急に、事件が近くなった。急激に「他人事」ではなくなった。いきなり現実を突きつけられた思いだった。本来・・・たとえ私がその簡易HPを使っていなかったとしても、他人事でいてはいけないんだ。人と人は繋がっている。どこかで、繋がっている。同じHPツールを使っていたという事実で、やっと目が覚めた。Mr.Childrenの「タガタメ」の詞が浮かんだ。「左の人 右の人ふとした場所できっと繋がってるから片一方を裁けないよな僕らは連鎖する生き物だよ」本当にそうだ、そうなんだ。痛いくらい実感した。私はこのサイトを「他人事と見ないで、知ってほしい」と思って立ち上げているのに・・・。恥ずかしい。人はどれくらい他人に誠実でいられるのだろう・・・。
2004年06月06日
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私は今大学を不登校です。この春、今年は行けそうにないなぁと思いつつも、行けるだけ行こう!と決心しました。(お金も半端なくかかっていますし)で、体に不調が出てきたら、即座に諦めようと。連休あたりで、精神の「大学へ行かなきゃ」プレッシャーで重く重くなって、ああ、今期は無理だなぁとは、悟ったんです。悟ったんですけど、幸か不幸か体には不調は出てなかったんです。体は、無事。じゃあまだ限界じゃないかな?まだいけるかな?と思って自分への限界のチャレンジをした結果・・・。それは突然訪れました。4~5日前から、寝れない。実際は4・5時間寝てるんです。起きたり寝たりの繰り返しですけれど。でも、眠りが浅いらしく、寝た気がしない。起きると、前日完徹または1時間しか寝ていなかったかのような体のだるさと眠気に襲われます。ものすご~~~く眠いのに、横になっても眠れません。それが数日続くと、もう眠気を通り越して、吐き気がしてきたり、体もふらふらでたいへんでした。昨日病院で睡眠剤を出してもらって、やっと今日は久々に「寝たー」って気分を味わえました♪今までは体に不調=食欲がなくなる、だったんですけどね。まさか今回は睡眠にくるとは・・・。しかも、こんなに辛いとは・・・。ふぅ、甘かった。もう不登校歴は長いので「これ以上無理したらだめだな」ってう見極めはつけるようになったと思っていたんですけどね~。過信しすぎてたみたいです。反省。と、いうわけで、しばらくの間テキスト更新は難しいかもしれません。体調&気力が戻り次第、また書いていきます♪
2004年05月26日
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今日はちょっと管理人の私生活を・・・。私には、彼氏がいます。彼とは神経科のデイケアで知り合ったので、お互いの病気(?)に関しては理解がある方だと思うのですが・・・。なかなか難しいものです。例えば、今日。私は久々不調でした。元々は彼氏の家(電車で一時間くらい)に遊びに行く予定だったんですけれど、とてもそんな元気はなくて、彼に私の家に遊びに来てもらいました。私が遠出する気分になれないのは、ここ一ヶ月半くらいずーっとで、彼は、やっぱり自分の家にも遊びに来て欲しいみたいで「来て欲しかったなぁ」みたいなことを言います。私は、自分が一ヵ月半も遠出が出来ないのが情けないわ、彼に私の家に来てもらってばかりなのが申し訳ないわで、すっかり落ち込んでしまいました。せっかくのデートなのに、テンションが低くて低くて、重たい空気。結局、夕方になって逆切れみたいな形で、彼に「あなたの家に行きたいのに行けないのは、辛いんだよ」と訴えてみました。ほんと、不登校と同じ感覚の辛さなんです。彼もわかってくれたみたいで、私も思い切って今までの鬱憤を晴らせて、それからは楽しい時間を過ごせました。お互いの調子の良いときはいいけれど、不調な時はたいへんです。
2004年05月23日
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「不登校」についてのテキストは、とりあえず昨日で終わりました。これからは「心の病」について書いていこうかな?リストカットのことも書きたいし・・・。整理しながら、順次書いていきます。これからもよろしくお願いします♪しかし、こういうときに楽天って不便ですね。せめてページの入れ替えが出来たらいいのになぁ。そうしたら順番気にせず、思いつくままに書けるのに・・・。
2004年05月22日
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<不登校に理解を求める理由>アップしました。<今、不登校で悩んでいるあなたへ>アップしました。<解説・不登校で得られるもの>をアップしました。これで一応不登校編は終了のつもりです。今後や心の病についてあれこれ書いていきます。サイト名を変更しました。昨日の日記を書いていて、やっぱり「今が生きにくいあなたと私へ」じゃないな、と思って。正確には「今が生きにくいあなたと私と、それを理解できない人たちへ」でも、これじゃあ長すぎるし・・・。ということで。「one for all-all for one」「ひとりはみんなのために みんなはひとりのために」お互いに思いやって助け合ってそんな社会がいいな。そんな世の中が、いいな。
2004年05月21日
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<(更新情報)「解説・不登校を受け入れるまでの心の葛藤」をアップしました。>不登校も心の病も、理解できない、という人たちにこそ、このHPのテキストを読んでほしいです。周囲にそういう人がいないと、理解するきっかけもないですよね。よっぽど身近な大切な人が、そうならない限りは通り過ぎていってしまうことがほとんどだと思います。それも無理はないでしょう。でも、それでは心に病を追っている側としては困ります。病気の治癒には、周囲と社会全体の理解・協力が必要なんです。社会の理解が進まない原因の一つには、心の病を抱えている本人たちが、あまりその様子を、その苦悩を、日常を「相手に理解してもらおう」というスタンスでは語ってこなかったことにもあるのではないでしょうか。(語りたくても語れない病気も多いので)ここでは、その「不登校も心の病も、理解できない!」という人にも、少しでも理解してもらえるように丁寧に心境を解説しているつもりです。まだ不登校編しかありませんが、これから順次書いていきます。まずは不登校生本人になったつもりで、テキストを読んでみて下さい。そして今までおそらくは正体不明だった「不登校」というものの中身を知ってください。そこからが理解してもらうスタートだと思うのです。
2004年05月20日
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ということを、人に理解してもらうのって難しい。このHPはまだまだ作り途中だから、トップにも書いている通り全然言葉が足りていなくてすごく歯がゆいです。どうしたらわかってもらえるだろう?不登校って、心の病気あるいは病気の一歩手前なんです。そんな不登校生に学校に行け、と強要するのは、高熱の中、学校に行けと言っているのと同じなんです。「学校を休むのは逃げ」というのも、おかしな話しです。子どもが熱を出したから学校を休むのは、逃げですか?37度くらいならなんとか頑張れるかもしれません。でも38度39度・・・追い込まれて肺炎になっても、学校を休むのは逃げたことになりますか?こういう言葉が、人を追い詰めるのです。37度・38度で安静にしてゆっくりしていれば、しばらくしたら治るのに。周囲に追い立てられたがために、肺炎、言い換えると鬱やパニック障害などの病気になってしまうことがどれだけあるでしょう。それが悪化して入院、果ては自殺、といったことになったとき、やっと周囲は気づくのでしょうか。それとも、本人が弱かったのだと、それでも気づかないのでしょうか。私は、そうなる前に。はっきりと病気になる前に、周囲に理解してもらいたい。追い詰めないでほしい。周囲の理解は不可欠です。このHPが、理解してもらう一環になればと願っています。今はまだ不登校のテキストしか書いていないので、不登校に限って書きましたが、不登校に限らず、心の病気全般のことを少しでも、少しでも、理解してもらえたらと思っています。(ちょっと表現がキツくなってしまいました。気分を害した方がいらしたら、すみませんでした)<以下、本日三度目の追記>やっぱり、話したらわかってもらえるのかな?私には伝えることしかできない。私なりの文章で、表現で、できるだけ「理解してほしい」と祈りながら。その受け止め方は人それぞれ。それしかないんだよね。あらためて、思いました。
2004年05月19日
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「理由のない不登校の解説~不登校のその後~」をUPしました。不登校した後、どんな人生を送るのか、様々なケースを書いてみました。「解説・理由のない不登校の理由」より詳しく、理由のない不登校の理由を書きました。よく言う「学校に行けないとはどういう状態なのかを、詳しく説明したつもりです。「理由のない不登校の解説」いわば前書き部分を書き足しました。まだまだ完成途上で言葉足らずです。ご了承ください。伝えるってことは、本当に難しいですね。しみじみ思いました。書き足したのは、不登校は心の病気の手前または病気そのものであることが多い、ということ。周囲の理解が必要なんです。また順次テキストとして詳しく書いていくつもりです。少しでもわかって温かい目で見てくれる人がいたらな・・・。
2004年05月18日
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理由のない不登校が増えているそうです。そして、周囲にはまったく理解されなくて本人たちは悩んでいます。どうしてそんなことがわかるのかって?私もその一人だからです。今も、昔もそうでした。「理由のない不登校」をしている人が周りにいる方、テキスト「理由のない不登校の解説」(トップページの左下にあります)を読んで見てください。少しはわかるようになるかもしれません。たいていの「理由のない不登校生」は、そのときの自分の心情を明かしません。私も昔はそうでした。なるべく詳しく解説したつもりです。これから、不登校の生活やその後も順次アップしていくつもりです。~不登校生活~新しくUPしました。不登校を認めてから、認められてからの生活やカウンセリング・昼夜逆転になる理由などを書いてみました。
2004年05月17日
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私が今を生きにくいと感じるのには当然理由があります。みんなと同じって、息苦しくないですか?同じスピードで生きていかないといけないのでしょうか。どうも私自身のスピードは、今の日本の社会のスピードとは、ずれているようです。頑張って頑張って、周囲のスピードにあわせなきゃ!あわせなきゃ!って生きてきた結果、ふっ・・・と気が抜けた時に、今まで頑張ってきた無理がたたって、心も体も疲れ果てていることに気が付きました。どこもかしこも悲鳴を上げています。今までは、そんな悲鳴は聞こえないふりをしてきました。無視してきました。いちいち聞いていたら、周囲に置いていかれちゃう!!・・・。でも、限度を超えた頑張りには当然ひずみが生まれます。そのことに気が付いたとき、今まで押さえ込んでいた「自分自身のスピード」を見つめることにしました。
2004年05月16日
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こんなタイトルのHPを作ってみました。主に日記でテキスト公開していくつもりです。今を生きにくいと感じている方、そんな気持ちがさっぱりわからない方、どちらに向けても書いていくつもりです。これからよろしくお願いします。(この日記を書いたのは16日です。サイトOPENは16日のことです)
2004年05月15日
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