サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2006.12.05
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 淡海の風景にかこつけて、滋賀の風物などを語ろうかと思っていたのですが、考えてみると他の人たちの語る以上の滋賀の歴史、風物など私が知るわけもなく、屋上屋を重ねる話はしたくないので、新味のある話題はないかいなと思案しています。いつぞや司馬さんが、例の「街道を行く」シリーズの冒頭に近江の道を取り上げ、戦前の教室で高天原=近江論のようなことが、まことしやかに語られていた、というようなことを書いていたので、昨日来の話をしているのです。

 ところで、―― 古代人はその背景に、無限とか永遠とか、黄泉の国につながっている幾何学的な直線を意識しながらも、日常接する周囲の風景をどのように見ていたのでしょうか?彼らの目線は常に水平で、上空からの映像というのは山に登らないかぎり、眺めることはなかったのでした。そしてそれら山々は例えば、 伊吹山 のように、古代では神として崇められ、畏れられたでしょう。日本神話では、山に限らず岩(磐)や坂(比良)あるいは樹木に到るまで、人智の及ばない事物には、ことごとく神を見出したので、一般の人たちがむやみに山に入るということはなかったでしょう(鉄をつくる人たちは、農耕社会とは別の集団と見られていました。彼らは鉄の製作のために大量の炭=樹木を必要としたので、異種の山の民と見られていたでしょう)。
 天皇(スメラミコト)が、小高い丘(山)に登って国見するというのは、文字どおり統治している領地を眺めわたすのであって、これは大事な行事であったでしょう(記紀、万葉には国見の歌が、たくさん詠まれています)。これは逆に言い換えれば一般の農作民は、小高い丘や山に入ることは、簡単には許されなかったことをも示しているのです。

 ところで「淡海幻想」のはじめに、近江の山々が、丸みを帯びて優しく見える云々の話をしましたが、その地形的な理由とは別に、もうひとつこれらの山々がことごとく 照葉樹林 (これは西宮市の甲山森林公園ですが)のブナ科のクヌギやナラ、シイ、カシの木などに覆われて、こんもりして見えることもあります。
 富士山のような高山は別として、日本のように山という山が樹木におおわれて、こんもりした姿をしているのは、世界的にはむしろ少数で、さきにもふれましたユーラシア大陸では、多く森林が燃料として伐採され、地肌を露出した山々 ドイツ ポルトガル が多いのです。
 というわけで、日本では山は樹木と一体で姿を成していることが多く、全体に丸みを持ったイメージで眼に写ったことでしょう。下は湖東の名神高速の横にある三上山ですが、とんがった山が樹木でずいぶん柔らかく見えますね。






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Last updated  2006.12.05 14:46:49
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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