サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.02.05
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カテゴリ: 文学
 はじめて「源氏物語」を(現代訳で)通読した初手の感触を、他からの雑音が入って忘れないうちに、書いておこうと思ってはじめたこの話ですが、知らぬ間にこの長い物語を、今どきの小説に対するのと同じような読み方をしているのに気がつきます。
 これは例えば「古事記」や「伊勢物語」を読むとき、こちらのほうから思いっきり古代に近づいていかないと、決して言葉が立ち上がってくるということがない、といういわゆる古典文学を読むときの感覚とはまるで異なるので、紫式部は恐ろしいほどに、むしろ彼女のほうからこちらに近づいてくる、いつの間にやら1000年の時空を飛び越えて、私たちを 背後から、心理的に絡め取っている のではないかという感覚に陥ります。
 古典の読み方として、現代の感覚や倫理観を、そのまま過去に投射することは、たいへん危険なので、だからこそ、あらでもの平安時代の時代的社会的風景を、私なりの生かじりの知識で、ながながと挿入したりしているのですが、この「夕顔」の帖だけについては、どうしても今どき風の 心理的な深読み をしてしまいたい誘惑に駆られます。

 光源氏が夕顔に抱く気安さというのは、六条御安所との対照において感じられた印象なので、だからこそ「夕顔」の帖に彼女は登場するのです。では夕顔とは源氏にとってどんな女だったのか?
 ここで、今までに描かれた空蝉、六条御安所と比べて、夕顔の特色はどこにあるのかというと(厳密には藤壺も入らないとおかしいのですが、省かれている)、すでに男を知り出産も経験している点では、前の二人と同様に成熟を遂げた女性なのですが、大きく違うのはひたすら 彼女の若さ でしょう。
 前の二人が光源氏よりも、たぶん7歳以上年上の女であるのに対し、夕顔は19歳と源氏に比べて2歳と、ほとんど同年といっていい(大学の1回生と3回生の差)。さらには「雨夜の品定め」における「下の品」にあたる身分で、空蝉にはもうちょっとで逃げられ、六条御安所には、たまらない窮屈を感じていた(要は主導権を何となく相手に握られていた)源氏にとっては、格好の相手だったでしょう。


 「さあ、この近くの別の所で、もっと心ゆくまで、ゆっくり夜を明かそう。こう隣の家が近くては、気分が落ちつかなくて」
とは源氏が夕顔を、「なにがしの院」なる廃院に、連れて行くときの誘い言葉ですが、人気のない廃院であればこそ、彼の「心安く明かす」という思いは達成されるのです。廃院に移った朝まだきから、その日の夜まで丸一昼夜何が行なわれたのか、紫式部はもちろんあからさまには書きませんが、最初お互いに名前も明かさずにためらっていたのが、その日の夕方には
― 「奥の方は、暗う、ものむつかし」と、女は思ひたれば、端の簾垂(すだれ)をあげて、 そいふし給へり  ― (下線筆者)同上
ようするに、ピタッと源氏にくっついて離れなくなっていたというのは、完全にお互いが 快楽を共有している 姿であり、これはお互いの若さゆえの充足感であったでしょう。大事なのはそれぞれ男を知っている成熟した女だとはいえ、空蝉には思いなかばで逃げられ、六条御安所にはおそらく激しい狂態を見せられた(想像ですよ)光源氏は、夕顔にいたって初めて 互いに快楽を共有する歓び を知ったのではないか。

 ここから先はなんとなく、いつぞやの日経新聞の連載小説めくのですが、若さとは性愛の究極を性急に求めて止まないのであり、夕顔を取り殺したのは、六条御安所の生霊や、もちろん廃院に棲みついた物の怪などではなく、他ならぬ性愛への好奇心の塊であった、この本人たちではなかったかと思えてくるのです。
 実は今回読み返していて、最初これは光源氏が、その若さゆえに性愛のはてに取り殺してしまったのでないか(その結果現われたのが、心理的な代償としての夢枕の美しい女ではないか)、とも思っていたのですが、そうすると先ほどの互いに快楽を共有する歓び、という新たなテーマが完成されなくなってしまう。そんなテーマなんか、ここにはないと怒鳴られてしまえば、それまでですが、三者三様の男と女の結びつきを考えた場合、紫式部がそれぞれに新たなテーマを付け加えずに、これらの情欲の嵐を、たんに羅列したとは私には思えないのです。古来いわれるように「帚木」「空蝉」「夕顔」の三帖は一連のセットとして読まれるべきで、そうするとこの三者三様という構造が見えてくる(受験時代に私が読んだのは「夕顔」の、しかもたぶん抄訳の中味だったようですね)。
 三者三様とは、
1. 源氏におおいに惹かれながらも、彼に惑溺した場合の危険を察知して、そのもとをすんでのところで去った空蝉

3. 若さゆえの性愛への好奇心から、究極の快楽の果てまで身を任せ、いわば「愛の死」を遂げた夕顔
 ということになりますか。えらいことになりましたな。

― つづく ―





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Last updated  2009.02.05 11:17:22
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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