サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.09
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カテゴリ: 文学
 藤壺の宮のこの物語における、ほとんど唯一の出番といっていい「賢木」のこの場面を見ていると、彼女の母親としての賢さというか、気丈ぶりが際立つので、「東宮のため」とはいえ、彼女の源氏に対するしかたも、母性のなせる振るまいとして理解するほうが早い。もちろん女としての源氏への想いも記されていますが、私には何となく、それは紫式部のお愛想に過ぎないような気がしています。
 そのお愛想の眼くらましに引っかからないように、本文を読んでいると、彼女が実際に愛していたのは、桐壺の故院であって、はたして本当に源氏への想いがあったのかどうか。というのも、私たちはその前に六条御息所という深情けの女性に出会っているからで、いくら中宮という位階の高い女性とはいえ、女としての歓びのような心性は彼女からは感じられないのです。

 してみれば、この本文に書き記されていない藤壺の宮と源氏の最初の逢う瀬というのは、ひょっとすると我々が想像するよりは、はるかに「すさまじい」ものだったのではないか、という疑いが頭をよぎります。平安時代に普遍的な通い婚、ないし招婿婚という婚姻形態(恋愛形態)は、男が夜間女の家に忍んでくる、という意味で、常に今で云う婦女暴行の危険も孕んでいたので、これは源氏に限らず、友人の頭の中将や、孫の匂宮の振るまいかたを見ていても、少なからず指摘できそうです(またそれゆえに、後に出てくる夕霧や薫のような律義者の振るまいが、逆に眼立つのですが)。
 というわけで、「世間の禁止を、軽々と飛び越える」という、光源氏の英雄としての振るまいの中にあって、藤壺の宮との逢う瀬は、 宮にとっては過酷なものだった のかもしれないのです。源氏が世間にまたとない名声と容姿を誇っていたがゆえに、身分としては格上の宮としても、ムゲに拒否するわけにもいかず、彼の異常なまでの子宮希求願望だけが先走って、二度目の過ちを犯さざるを得なかった。その結果としての妊娠が、彼女に与えた苦痛は、桐壺院に対する愛情が本物であればあるほど、地獄の様相を呈したことは想像に難くないので、この帖における彼女の出家の決意というのは、きわめて論理必然的に読者の我々にも納得できるのです。
 早い話、この後何人も出てくる登場人物たちの出家行動というのは、いくつかの例外はあるとしても、はなはだ世俗の流儀に収まった振るまいと思えるものが多くて、本当に真から仏道の道を望んだものかどうか、疑いたくなる人もいますね。

 紫式部が、源氏と藤壺の宮の最初の逢う瀬を、描かなかった、あるいは描いたが後で省いたのではないかというのは、前にも触れましたが、丸谷さんが指摘されるように、パトロンである道長の思惑があったのかも知れないのですが、この「賢木」の帖に描かれた、宮と源氏の(とくに御帳台の内の)詳細なてん末をみていると、それ以上に彼女自身が、周囲に気兼ねして注意深くはじめを端折って、ここにきて露わに描き出したのではないか、という気が強くします。
 彼女はすでに空蝉や夕顔、朧月夜などで、「閨房」での男女の気息の表現については、自信を持っていたはずで、書いても安全だと確信した場合は、むしろ「あまりなるまで」の仮借なき記述のできる人だったのですが、先にみた「草子地」を使った二重三重の安全網を張った描きかた、あるいは初めて宮中に伺候した彼女が、三日もしないうちに里帰りして、しばらく出てこなかったという話があるのをみても、聡明な彼女が宮廷社会における処世術のやっかいさ加減を、正確に見抜いていただろうことは容易に想像がつきます。

 というわけで、「なぜ光源氏と藤壺の宮、そして六条御息所との最初の逢う瀬のシーンが省かれたか」という、このブログの一つのテーマは、おそらく彼女自身が、道長その他周囲の思惑を先読みして、 我が身の安全のために省いた
 とはいえ、主人公の世にも稀なる色好みの英雄的性格は、この二人との逢う瀬なくしてはありえないので、すでに済んだ過去の話として、後から小出しにほのめかすという、トリッキーな筋立てとなったのでしょう。読者としてははなはだ腑に落ちなかった展開といえども、「賢木」まで来れば、何となくそれはそれで納得させられてしまう、というところはあるのです。

― つづく ―





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Last updated  2009.04.09 11:59:57
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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