サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.11.03
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 私は今年初めに「源氏物語」を、生まれて初めて現代訳で通読したのですが、若いころの付け焼刃的な前知識に幻惑されたり、受験古文の退屈な思い出をできるだけ封印して、なるたけ素で味わえるように、わざと「宇治十帖」から読んでみたり、「若菜」から読んだりした結果、かえって本を初読するときの高揚感があまりなかった、という話はすでに何度もしました。
 それで結局のところ観念して、かつて読んだことがあり、多少の前知識で汚れきった冒頭の「桐壺」の帖から、もう一度読み直すというハメになったのですが、そうすると今度は現代訳を読むかぎり「ホンマかいな」というくらいに、巧みな記述やプロットが次から次へと出てくる。前知識的に「源氏物語」がスゴイということは知っていても、それが具体的にどのようにスゴイのか、どの部分で1000年経っても私たちの心に鳴り響く部分があるのか、ということを考えた時に、それまで思いつきもしなかったのですが、これはめんどくさくても、どうしても原文の香りを多少でも味わってみる他はないのではないか、という気がしてきたわけです。

 ところがその原文というのが、二、三日前の新聞記事にも出ていたように、紫式部直筆の原本というのは、もちろん今となっては存在せず、さまざま伝承されたいろいろな系統の書写本を基にしているわけで、そもそもキッチリした紫式部の原本などというものが本当にあったのか、あれこれ読んでいると、そんな話にまで発展してしまいそうです。初手が仮に彼女であったとしても、書き足し書き直しそれをつなぎ合わせて、今ある一連の大長編が出来上がった、ということになれば、ここで私がしている長々とした超低空飛行のおしゃべりというのは、厳密にいうと意味を成さなくなってしまいますね。
 具合の悪いことに当時の他の物語類では、複数の人間による加筆訂正などというのは日常茶飯事であって、物語類というのはそれほどまでに地位の低い、言わば女子供のためのすさび事に過ぎませんでした。同時代の漢詩や和歌に対しては加筆訂正などということは、当時の平安都人の感覚として有り得ないことだったでしょう。「古事記」「万葉集」「古今和歌集」にみるまでもなく、かつての日本人というのは言葉を大事にしたのです。裏を返せばそれくらい物語類というのは軽く見られていたということです。

 おそらく彼女自身も、自分の書いたものが寸分違わず書写されて周囲に読まれ、後生大事に受け継がれていくなどということは、最初から考えていなかったはずで、それは逆に彼女の執筆するときの態度にも反映したかもしれません。
 謎掛けのような省略、本来語られるべき中味の欠落というのは、確かに後世での消失の可能性があるとしても、あるいは彼女自身、いずれ他人に加筆訂正されるであろう可能性も意識して書く場合もあったのではないか?この物語の読者の想像力を駆り立てて止まない中味というのは、あるいは彼女がいずれ起こるであろう加筆訂正を意識して、あらかじめ仕掛けた表現方法から来ているのではないか?

 平安中期の宮廷文化というものが、何かにつけて物事を婉曲に、露わには言い現さないというのが、エチケットだったにしても、それでもってお互いの意志疎通があいまいで、いい加減だったというわけではないので、むしろ相手の想像力に寄り掛かっているぶん、しかるべき相手なら、その気持や意図は心のひだに到るまでビンビンと伝わっていたでしょう。この場合のしかるべき相手とは、同じ都人の文化を共有している仲間ならば、という意味です。今どきの若い人たちが、若い者同士の絵言語をメールでやりとりするように。
 読み手の想像力に、書き手の気持を委ねるというのは、ある意味言語の詩的用法に近いところがあるので、詩は読み手の想像力がなければ成立しません。という意味でも「源氏物語」はやはり和歌文学の系統を、少なくとも文体の上では色濃く引いているので、これだけ多量の言葉に彩られながらも、この物語は本質的には詩的言語で埋め尽くされているのかもしれません。

 であるなら、彼女の残した膨大な言語空間というのは、他人の想像力の介在を、意図も簡単に際限なく許す反面、根底的に潜んでいる彼女の内面の歌のようなものばかりは、どれだけ加上が繰り返されようと、やはり変りなく私たちの前に、何度でも立ち現われてくるのではないか?私が今「源氏物語」を読み続けることになった中味というのは、どうやらいくら加上されても、やはり何度でも立ち現われてくる彼女の内面の歌、宣長がいうところの「もののあはれ」というものが、今どきならどのような味がするか、ということを確かめたくて、やっているもののようです。

 ひょっとすると「源氏物語」とは、もともと原本のない1000年物語の集積なのかもしれませんね。

― つづく ―





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Last updated  2009.11.03 14:54:57
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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