サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.11.06
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 そうこうしているうちに少弐は結局亡くなってしまう。

― 「その人の御子」とは、わが館の人にも、あまねく知らせず、たゞ、「孫(むまご)の、かしづくべき故ある」とのみ、言ひなしければ、人にも見せず、かしづき聞ゆるほどに、かく、にはかに亡せぬれば、あはれに心細くて、たゞ、京の出で立ちをすれど、故少弐の仲悪しかりける国人、多くなどして、とざまかうざまに、怖ぢ憚りなどして、われにもあらで年を過ぐす。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 (少弐は)「どの人の御子」とは、自分の邸内の使用人たちにも、全員には知らせず、ただ、「孫の中でも、大切にすべき分けありの(子)」とだけ、言いつくろって、人前にも出さず、お育て申し上げているうちに、このように、亡くなってしまったので、(乳母一家は)あわれにも心細く、ひたすら、京へ出で立とうとするが、故少弐とは仲の悪い国人も、多いこともあって、何やかやと、恐れたり憚ったりなどしているうちに、心ならずも(当地で)年月を過ごしてしまった。

 少弐がいなくなってみると、乳母の家族というのは、この鄙で寄るべき筋とて無いどころか、むしろ近在の国人たちの中には、故少弐に恨みを持っている者もけっこう多い。このあたり収税や課役する中央役人と、納税その他の取りまとめ役であろう地ばえの国人との間には、常に緊張関係があったのです。ここのとりなしというか、管理力のあるなしが、それぞれの役人の力量の差となって現れるので、うまく差配すれば莫大な財を手にして京に帰ることができますが、少弐はあまり上手に立ち回れなかったみたいですね。
 のちのち「宇治十帖」で、十年以上常陸の国を差配した役人が、莫大な財産を築いて京へ錦を飾り、逆に貧乏貴族を手玉に取るくだりが出てきますが、その役人は今度は完全に鄙びた土豪のカルチャーに浸りきってしまって、都人の文化のよすがなど、とっくに忘れてしまった、要は例の雅な会話の通じない男として描かれます。

 こうした興味深い描き分けというのが、どこから出てくるのかというと、紫式部はたんに地方帰りの役人や女房たちからの見聞だけでなく、当然彼女自身の体験も込められているでしょう。
 よく知られているように彼女は十代の頃、父為時に同行して越前に下ったといわれ、いわゆる受領階級としての父と国人との力関係はつぶさに見ていたでしょう。為時は教養人として第一級の人であったことはよく知られていますが、よくある話でそれが出世とは必ずしも結びつかない仕儀であることを、父も娘も身に染みて感じていたのではないか。越前への赴任自体が遅かったうえ、彼はそこからの帰任後、六十歳を過ぎて今度は越後の守に任ぜられているのです。当時の六十歳といえば、今で言えば完全に晩年であって、父の出発する後姿を紫式部は、どのような思いで見送ったのか(越後赴任の時は、彼女はすでに宮中に出仕していました)。

 私は下級貴族の端くれである受領という身分柄で、出世できた一族というのはおそらく数えるほどで、地方周りの悲哀の中で、その多くが落剥したり亡くなったりしていたのではないかと思うのです。ことさらに財を成そうと思えば、都のカルチャーをかなぐり捨てて土豪たちと立ち交じらざるを得ず、都びた優雅な会話などもとより雛の経営には役に立たないわけで、これは藤原為時のような教養人にとってはガマンならないことだったでしょう。
 しかもそれは都に帰ってみれば、今度は逆に宮廷内で野蛮人と謗られるハメにもなりかねないのです。



― つづく ―





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Last updated  2009.11.06 12:09:58
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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