輝く明日を見つめて (すべては本からの抜粋です)

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2020.08.16
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放てば、手にみてり。     道元『正法眼臓』

手放されば、手に満たされるものがたくさんある。


 人にとって「失う」ということは、とてもつらい経験です。

 別れ話を持ち出され、今つき合っている恋人を失うこと。

 会社のリストラによって、仕事を失うこと。

 収入が減ったために、今までの生活水準をうしなうこと。

 何らかの事情で、大切にしていたものをうしなうこと。

 しかし、このような「失うこと」を、あまりネガティブに考えないようにするほうがいいように思います。

 確かに、人生には何日間も食欲がなくなり、「誰とも会いたくない」といった気持ちにさせられるほど、大きな喪失感を味わうこともあります。




 たとえば、恋人からフラレてしまったことがきっかけで、よりすばらしい人と新しく巡り合えた-----といったことです。

 また、会社をリストラされたことをきっかけに、地方の山村へ引っ越し、そこで農場を始めた。農場経営も順調に運ぶようになり、豊かな自然の中で、以前よりもずっと充実した人生をすごしている----といったことです。

 ですから、考え方を変えれば「失う」のは、人生を大きく発展させ、自分をより、大きく成長させてくれるチャンスともなるのです。

 ですから「失う」ことを、もっとポジティブに考えてください。「このつらい気持ちを、どうすれば乗り越えられるのか」を。前向きにかんがえてください。


 冒頭の言葉には、「手放せば、手に満たされるものがたくさんある」という意味があります。言葉を残したのは、曹洞宗開祖の道元です。

 「失う」よりも先に、仏教では、自ら積極的に「手放す」のです。

 地位を捨て、財産を捨て、持っている物のすべてを手放して、身一つで仏道へと入ることにより、生きていることのより大きな充実感、達成感が得られるのだ------と仏教は教えます。

 一般社会で暮らす人にとっては、そこまで何もかも手放すのは不可能でしょう。

 しかし、「放てば、手にみてり」という考え方に学ぶ点は多いようにおもうのです。

 たとえば、身の回りから、不必要になったモノを手放してみましょう。



 それだけで、ゴチャゴチャしていた身の回りがスッキリ片付き、とても快適に暮らせるようになるでしょう。

 「あれもしたい、これもやってみたい」という夢や願望についても、あまり欲張りにならず、「とりあえず、今は必要ない」といったものを手放してみましょう。

 人生の目標がより明確化され、以前よりも充実した生活をすごしていけるようになるはずです。


 人は「得る」ことで、大きな喜びを得ます。



 なぜなら、、「失う」のは、「新しい生き方を得る」ためのきっかけになるからです。

 仏教が教えているように、何かを失う、何かを手放すことにより、より豊かなものが手に入る-------というのは事実であると思います。

 失うのは、終わりではありません。新しい始まり。なのです。


『あなたの心を救う仏教の言葉』植西聰 二見書房





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Last updated  2020.08.16 17:25:59


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