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長崎最後の観光です。
・・平和記念公園・
私たち日本人は忘れてはならない原爆投下の広島に続く長崎・・。

この石碑は原爆被害者であった8歳の女の子の手記が書かれていました・・・。
・・・のどが かわいて たまりませんでした
水には あぶらのようなものが 一面にういていました
どうしても水がほしくて
とうとう あぶらのうかんだまま のみました・・・
あの日の少女の手記より
この像は平和の像で、国籍は問いません。 顔・身体はどの国の人にも当たるように作られているとのことです。
ここでガイドさんよりのお話で故永井隆医師の話を少しいたします。
原爆投下は実は、
北九州・京都・新潟を狙ったそうです。 北九州の上空に来たときに、雲で覆われていてパイロットは諦めて、今度は新潟を考えたそうですが燃料不足のため、京都は世界遺産があるために、急遽、長崎に落としたということです。

永井医師は長崎病院の放射線助教授で、その時教鞭をとっていたそうです。
アット言う間の出来事で、何がナンだかわからないまま瓦礫の下になった自分は、這い上がり、最愛の妻である緑夫人のいる自宅へ戻ると、自宅はすでに崩壊し夫人の姿は消えていて、いつも胸に下げていたロザリオだけが残っていたとのことです。

余命がないのがわかった彼は幼い2人の子供のために、自分が親として何ができるのだろうかと、色々と考えたそうです。
かやのちゃんが小学校入学するときは新しいモンペを用意してあげたく、でも自分は病床についていたので、兄のまことくんに街までモンペを買いに行かせたが、帰ってくるまで心配で玄関から目が離せなかったそうです。
入学当日は、こんなときは母親が手を引いて連れて行くものだけれども、自分もすでに歩けない・・看護婦さんが私がついて行きますと言ってはくれたものの・・
この子たちはいずれ間もなく父親の自分を亡くす・・自分が死んだら、どんな艱難も潜り抜けなければならないはずだ・・今、ここで手を誰かに貸してもらうと子供たちは先さき・どうなってしまうのだろうか・・とうとう、まこと君・かやのちゃんの2人で入学式に行かせたそうです。
アッ! お父さんの匂いがする!・・ 無邪気にランドセルを背負うかやのちゃんに、こんな時は母親の匂いがする!と子供は言うはずなのに・・この子にはすでに母親がいない・・そして、時期に親のいない子供になつてしまう・・
幼い2人を残して、この世を去らねばならない親心は息絶える時まで続いたそうです。
この子を遺しては、遺作。