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乳幼児期の母子ともの基本的安全感のお話は、ブログで何度も取り上げていますね。
では、今日は、 基本的安全感が獲得されないのは何故
なのか・・?
ひとつは、母親自体が 母性に欠けている
場合です。乳幼児期の授乳・排泄の世話は、直接的ケアであるけれども、母そのものでなくても、それに変わる特定の人がいればいいのです。
したがって、そのような母性的養育をできる人がいないばあいを考えると、・・ケアが充分でなかった場合・・例えば母はいても母性的養育ができなかったり拒否する時。
これは例えば、母自信の強い不安のために共棲関係が続き、子供が自分の成長を放棄したような場合、または産みたくなくて産んだために母親の意識レベルでは、授乳も排泄もするけれども、無意識レベルでは、強い拒否が働くので、子供のベタベタした甘えを受け入れることが、デキナイタイプの母親がいる。
子供が母親とセラピィにやつてくるケースでは、母子関係が綿密ではなく、 子供が育て方が悪かったと親をせめることがしばしば起こるのです。
これは、やはり母親の重要性が大きいからです。
勿論、今更母親を責めても仕方のないことですし母をさらに、子供と離れた世界に追いやるようなものです。
なぜなら、この 母親を育てた母がいるからです
。それだけ、子育ては世代間連鎖を起こしやすいのです。
成育史を聞くと、それが母の生きてきた道と思うと、私たちは人を攻めるのではなく、みんなが立ち直れるように援助することがたいせつなのです。
そして、その母親に育てられた子供は、大人になったときに自分の子供には、絶対に同じおもいをさせないと固く心に誓うのです。
世代間連鎖は、自分の意思で断ち切れるものです。
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