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1歳半のときに訪問保健婦が、 U君を見たときに感じた驚きは、
・・・U君は言葉よりも、 ウー・アーも発せずに
、母親を求めることもなかったのである。
1歳半のU君にとって、ガラス越しの母の姿はあっても、 母はいなかったのである
。
泣いてお乳を求めたことはあっただろうが、すぐに満たされることもなく、タイミングがずれた。
腕に抱かれることもなく、哺乳瓶から飲むミルクの味 はどんなに悲しかったことであろうか・
・。
スキンシップなくては、母子の一体感は築かれるチャンスもなかった。
こうして、U君は、 自分の世界のみに生きるようになったのである。
さて、こんなU君と母がカウンセリングをつづけながらの様子は
・・U君が3歳の頃であった。 たまたま時間より早く着ていた母子2人はプレイルームにいたとき、母が試しにU君だけおいてソット部屋をでたことが在る。
このとき U君は大失禁をした
。 この失禁は他から見ると、失敗行動であるけれども、心理学的には、u君の母に対する 情緒の芽栄えであり
、セラピイの可能性が期待できるようになった。
保健婦が見つけてから、 早、1年半の時が
流れたのである・・。
それ以降、母子分離ができなくなり、母への甘えが少しずつ出てきた・・やっと、人間らしい感情になってきたのである。
おんぶ・抱っこなど、母親もがんばった甲斐があり、2年後の5歳にはセラピストとも遊べるようになったのである。
ということは、 発見から3年半の月日が経
。
方々へ働きかけU君を受け入れてくれる幼稚園が見つかった。
園ぐるみの努力で6歳の誕生日には・・センセのと発語も見られて大喜びの親であった。
しかし、やはりそれ以上の発達はなかったので、集団の中で生きていくには、困難な状態が出てきたので、円から、退園を申し渡された。
母子はその後、 ガス心中を図った
。 幸い命にいたらなかったが母親の苦しみ・後悔は察するあまりのものであった。
このように、赤ちゃんの時期に、母のチョツトした心がけ、愛の出し方を間違えたために、こんなに長い時間がかかってしまったのです。
私たちは、どうしても赤ちゃんの時期は感情などおざなりにしてしまう傾向がありますが、マタニティの時期から、要するに 胎児の時から、母親と心の交信をしているのです。
その後、U君は小学校に入れたのか・・?
コレは次回です
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