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その日は受講生さんのお子さんが運動会ということで、急遽講座予定を変更し、何気に親に電話をした私。
そこで母が大変な状況 になっていたのが判明した。
母が真夜中に下痢・嘔吐・吐血・下血と辛い7時間を過ごしているという、もう慌てて夫と車で行くと、布団に横になったままの母が・・・・子供たちに迷惑をかけたくないから、死なせて欲しい、このまま病院に連れて行かないで欲しい、と懇願した。
そんなことを聞いている間もなく、母を乗せ病院に行った私たち。
すぐ母は入院させられ、私たちはまた入院のしたくをしに実家に戻った。
すると、父が・・・子供たちにはこの数年、随分と世話をかけているから、父さんたちは死んもいいと思っているのだ・・と言う。
父も転倒しては救急車のお世話ばかりになっている近年。
母は心臓を悪くしてから、私たちを頼りにしながらも、口では空元気だから、ついつい私たちも母の言葉に甘えてしまった。
こんな話、きっと客観的に聞くと、ひどい子供たちだと誰もが感じることは間違いない。
私もそう感じる。
4人も子供がいるのに、誰も同居をしないとは、一体どういうことなのだろうか?
そこそこの家庭内の事情が絡み、難しい話になつていく。
できる人が出来るときにというと、結局は姉と私だけである。 義理兄も体調が悪く、姉は自転車で走り回り、私は一台の車を夫に遠慮しながら使う。
家庭内で無理に収めようとするのは、親譲りの私たちのDNA・・・要は他人にいろいろな事情を知られたくないという環境からだけのこと・・
姉と二人で、母の病院に行く人、その間父の食事・洗濯・夕食を共にする人の分担が始まった。毎日交代でドチラかが、ドチラかに行くという日々がこれからも続く。
89歳と85歳で寄り添うように頑張っている老親に、自分達の心の在り方・これから順番に続く自分達の人生を重ね合わせ、今は懺悔の気持ちで一杯である。
母には父のことで心配かけずに元気にしてあげたい
父にも、心配しないで母を待とうね、といってあげたい
こんな些細な言葉だって心に余裕が無いと、出てこない・・・