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昨日の清塚信也氏の講演での続きです。。。![]()
恋というものは時に人を「詩人にしたり、作曲家」にもします。 大作曲家たちも様々な恋をし、口に出せなかった感情を音楽に託して、素晴らしい曲を後世に残してくださいました。
ショパンは、とてもハンサムでしたが虚弱体質で、肺結核に侵されていたとのことです。![]()
そのようなショパンは、その生涯で3つの恋をしたとされていますが、悲恋に終わりました。
幼馴染の貴族の娘である
マリア・ヴォジンスカとは婚約までしたのですが、肺結核だったことを理由にマリアの親から猛烈な反対をされ、結果的に結ばれることはありませんでした。
そのマリアとの別れに胸を秘めて「別れのワルツ」を作曲したそうです。
その後、ショパンは体調を崩したものの、ジョルジュ・サンドという女流作家(子持ちだったそうな)との恋は10年にもおよび、同棲までしたのですが、ジョルジュがすべての面で彼を支えたそうです。
二人が島まで逃げた時に嵐に遭遇し、ジョルジュが食料品を買いに出かけ、夜になっても帰ってこないジョルジュに不安感を覚えたショパンは、雨音を聴きながら、気も狂うばかりの勢いで「雨だれ」を作曲したそうですが、それはそれは狂気に満ちた形相で・・・
結局は、二人は10年もの長い歳月にも拘らず、ジョルジュは去っていき、その後ショパンは症状が悪化して、39歳の若さで生涯を閉じたとのことです。
ショパン亡き後は、10年の間、経済的にも精神的にも尽くしたジョルジュは、たちまち、「ショパンを殺した女」と言われ、「ジョルジュにさえ逢わなければ、、ショパンはもっと長生きできた」とまで言われたそうです。
清塚信也氏の語りはとても楽しく、最後の彼のピアノ演奏は、弾き込まれてしまい、会場の私たちは大拍手の中・・全員が心の中で「ブラボー!!」と叫んでいたと思われます。![]()
クラッシックの弱い私は、秋にめがけ豊かな曲と生活をしそうです。
清塚信也さん、本当にありがとうございました。12月の札幌演奏会を楽しみにしております。