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昨日の流れで、朝は車でN先生を大慶駅まで送り、学校に行った。ここのところの体調不良があったが、塾で昼食後、以前生徒にもらったパブロンを飲んだらまあまあ良くなった。最近ピンチのカラオケ班は、今日は最初の30分は、若者二人と常連のおばさんが来た。なので、インターネット線を繋ぎ、演歌などを中心に歌った。おばさんが帰ってからは、若者と3人になったので、交代にリクエストした。先月まで日本に2年間留学していた女の子だったので、最新の曲も良く知っていてなかなか楽しかった。 シュウゴ
2006.09.30
ミエイがバイクを使ったので、自分は仕方なく、自転車で駅前へ行った。微妙な上り坂で、25分くらいかかった。先週の話では今日は生徒は一人しか来ない可能性があったが、結局5人ほど来た。台中は新しい生徒がどんどん来るので、先生としても刺激があっていい。 夜の授業後は、新しい先生の歓迎会と称して、我が家に集まった。初参加の先生もいて、結構盛り上がった。ただ自分は未だに風邪気味で、いつもより今一元気が無かった気がする。ビールも皆ほどほどで、明け方の3時くらいに解散となった。 シュウゴ
2006.09.29
初級の授業で、生徒に、草屯分校からの高速三号へのアクセスを聞いた。地図を見ると4.5パターンあって、どれも一長一短なためだ。今まで使っていた道は、夕方は渋滞で距離は多少短そうだが、時間がかかる。それで、今回は生徒に進められた、距離は多少遠いが渋滞のないパターンで行ってみた。感じとして5分くらいは短縮できた気がするが、やはり遠回りなのが今ひとつ納得いかない。今度は、もう一つの道からアプローチしてみることにしよう。 シュウゴ
2006.09.28
ミエイから弁当を時間ギリギリに受け取り、急いで塾へ。結構車を飛ばしたので、塾にはタイムカード3分遅れで到着できた。 基礎班は3ヶ月ターンの最後の授業だったが、初級班の生徒一人だけだった。もう何度か教えた内容だったので、その生徒の中級の予習を手伝ってあげた。もう初級に出て半年くらいになるが、中級は難しくていけないというので、今の程度よりちょっと難しいことを勉強しないと進歩しない、と説得して中級班に送り込んだ。 授業後は、どうもここ数日、はっきりしたのは昨日の晩から風邪気味で体調不良なので、椅子を並べてゆっくり睡眠をとった。夜の高級座談はそれでも、授業を始めるとハイテンションになるのか、結構元気だった。ピロリ菌の話題で、もと学校の看護師の生徒は面白かったといっていた。それにしても結局、ピロリ菌って体にあってもいいものなのだろうか?? 家では、笑っていいとも増刊号の酢特集と昨日のニュースなどをみた。 シュウゴ
2006.09.27
一日、なんとなく眠かった。夏も終わり、そらもなんとなく秋空模様。午後の初級を終えたあとは、教室に残り、鳥の声を聞きながら(塾の隣が鳥屋なので、、、)、勉強をした。静かな中で勉強をすると学生時代に戻ったようで、なんともいえない恍惚感があったりするものだ。 夕食はミエイが何も買っていなかったので、外食になった。久々に忠孝夜市へ行ったが、お気に入りの湯包と日本料理屋がどちらもやっていなかった。つぶれたのか?? 食事後、ガジル一家に会いに行ったが、父親しかいなかったので早々に退散。 その足で、以前に住んでいた部屋のマンションの18階に引っ越したH先生のお宅にお邪魔した。景色がよく気持ちがいい部屋だった。ゴンガジルも自分の家のようにくつろいでいた。 シュウゴ
2006.09.26
出勤前に、ふと思い立ち、風で取れた家の看板の取り付けをした。今のままでもいいのだが、蛍光灯が剥き出しなのはやはり醜い。それで脚立をかり、取り付け開始。みると、ネジやボルトが錆まくっていて、これをちゃんと処理するのは非常に骨が折れそう。前の業者も面倒くさくて諦めたふしがある。なので、自分もとりあえず風で飛ばない程度の処理にしておいた。 学校ではH先生とおしゃべり。気がつくと夕方の6時くらいになっていた。いつもの昼寝がなかったので、夜の授業は結構フラフラだった。 台北の主任から電話があり、とってみると、10月の休みのことについて小言を言われた。いつもの主任だと思って話していたら、最初に話したのは新しく入った主任だったことが発覚。その後にいつもの主任から電話がかかってきて、同じ内容の話をした。この前は代講の先生を見つけずにFAXしたので文句を言われたので、今回はちゃんと探してからFAXしたが、またもや文句を言われた。とにかく休みをとられるのが気分的に嫌なのだろう。まあこれからは風林火山のように休みをとる戦略としよう、、、。 シュウゴ
2006.09.25
先々週に引き続き、台北往復をした。今日は前回のように雨もなく、車もオーバーヒートで動かなくなることも無く、時間どおりだった。 帰りは、北の方の海にでも行こうかと思ったが、天気が今ひとつでシュノーケリングは出来そうも無いので、とりあえず台中方面に向かった。途中、高速を降りて台湾海峡側の快速道路を使った。こちらは所々に信号があり、制限時速も80キロなのだが、なんと行っても無料で景色がいい。結局、夕日が落ちる直前くらいに、1ヶ月前くらいに来たことがある、高美湿地にたどり着いた。今回はゴンガジルは干潟では遊ばせないで置こうと思ったが、ちょっと気を許すと、ガジルが水につかった。体の下半分だけだから大丈夫だろうと思ったが、よく見ると泥だらけになっていた。仕方ないので、前回と同じように干潟へ入った。ゴンガジルは大喜びで走り回っていた。遠くに花火が見れて得した気分だった。 帰りには、悟棲港に海鮮を買いに行った。今回は蟹や貝も買った。それで家に戻っては海鮮料理をたらふく食べたり、家露天風呂にはいったりした。 シュウゴ
2006.09.24
朝は、コーヒーとチーズケーキでゆっくりした時間を過ごした。12時からの50音の授業を終え、昼食を取り、いつものように昼寝をしたあと、初級の授業に突入。見慣れないおじさんが生徒として来た。台湾電力の社員で、あちこちの出張でいろいろな分校にいっているとのことだった。 それで台湾の電力問題を聞いたりした。台湾の電力の70%以上が火力発電で、大きな川が無いので水力発電は殆どないとのこと。今は原子力発電所は3箇所で、これは20年前以上につくったものとのこと。4箇所目は住民の反対運動でずっと竣工できないそうだ。ウランは台東の緑島に捨てているとのことだった。 シュウゴ
2006.09.23
昼には、日本からのお客さんが来た。数年前に台中で一年間の交換留学をしていた女性だった。我が家に来てもらったあと、車で昼食に出かけた。駐車したあと、なかなかいい場所が見つからず、ゴンガジルとともに結局30分近く歩いて、ようやくちょっと良さ気な海鮮料理屋に入った。中華料理は大人数のほうが種類も頼めるので、夫婦二人だとこういうところには滅多にこない。そういうことでお客さんがくると自分達も普段食べないものを食べるので嬉しい。 夕食では、溜まった日本のテレビを見た。うたばんの特集やオーラの泉。NHKのプロフェッショナルなどだった。特にプロフェッショナルは、鳥インフルエンザと戦うWHOの日本の女性の話で、使命感と能力に溢れとてもかっこよく、感動した。 シュウゴ
2006.09.22
員林の授業は、50音はカタカナの最後で、結局誰も来なく、久々のリラックスタイムを過ごした。こういう時間は、自分のために有効活用できてありがたい。 草屯の初級は、昨日の夜の高級座談にもでた、新しい若い女の子が来た。この授業、夏休みが終わってからというもの、年齢の高いお姉さまばかりで、今ひとつ教室に若々しさがなかったが、今日は平均年齢がぐっとさがって、新鮮な感じだった。 夕食では、日本の兄の家で録画して転送した、笑っていいとも増刊号や堂本剛の正直しんどい等などを見ていた。コンピューターで見ると自由に早送りで見れてありがたい。 シュウゴ
2006.09.21
朝、2度寝をしていると、ミエイの携帯に電話がかかってきた。シャッターの前に、ガジルのママとお兄ちゃんと飼い主が来ているとのことだった。早速、ガジゴンを外に出し、4匹で遊ばせた。ガジルの最初の飼い主だったので、ガジルも大喜びで尻尾を振っていた。 月に315円で取っているインターネット産経新聞や、インターネット上のニュース、台湾の新聞の一面などでは、タイのクーデターのことが載っていた。バンコク市内は平穏らしいが、安否を心配し、タイの知人にメールを書いたりした。遠い将来はタイで暮らしたいと思っているので、タイの政情には関心がある次第だ。 シュウゴ
2006.09.20
ビーグル犬のMigoを連れて我が家へ来る歯科大学生カップルに、最近親知らずが腫れていると言ったら、抜歯を薦められました。でもこれまで抜かなかったのは歯の根の近くに動脈が流れているから。そうしたら、凄腕の先生を教えてくれました。なかなか予約が取れない先生なんだそうですが、彼女の方が、その先生について実習をしていたので、素早く対応してもらえるそうです。しかもこの先生日本の大学に留学経験があって日本語ぺらぺら。性格も腕もいいと言うので、後は行くだけですが、う~んやっぱり怖い。これから1ヶ月このカップルは日本に留学しちゃうので、その後かな~? いやな事を後回しにする性格が出て来ました。留学中Migoは高雄の実家に預けるんだそうです。会えなくて何だか寂しい。ガジルは歓迎しないけど、私達夫婦とゴンちゃんは大歓迎だよ。日本、高雄から戻ったらまた一緒に来てね。抜歯の予約もするよ(多分)。さて、台中にお住まいで、日本語ができる上手な歯科医をお探しでしたら教えますので、連絡下さい。ミエイ
2006.09.19
昨日、ミエイが修理屋から車を受け取り、路駐しておいたのをとり、学校へ向かった。オーバーヒート気味なのと、クラーの今ひとつ冷えないのを直してもらったが、今ひとつ実感が湧かなかった。クーラーは心なしか涼しくなった気もしたが、気候自体が涼しくなっているのでなんともいえない。オーバーヒートは、アイドリング時のエンジンが前に比べると震えが激しくなり、一応何かをいじったことはわかったが、これは長距離や山道を走らないと実際のところはわからない。 さて、仕事では、ついに本格的に夏休みが終わったようで、10人近くいた員林の入門は、数人に減っていた。50音もすっかり少なくなり、生徒は一人だった。人数が少ないと、体力・気力の消耗も少ない。10月に一時帰国する予定なので、休暇届をだした。事前に代講の先生を見つけておいたので、クレームもないだろう。 ミエイは昼間、他の先生にあっていろいろ話をし、なんと10月には3人の先生が辞めるという情報を得てきた。本当に入れ替わりの激しい塾である。私なんかまだ3年で、もう台中では5本の指に入る在籍歴になってしまった。 シュウゴ
2006.09.19
今日日本は敬老の日なので、母方の祖母にFAXを送りました。もともと綺麗な葉書でも送ろうと思っていましたが、のろまなのでその日が来てしまった次第です。今年、父方の祖父が死に、私にとっての祖父母と言う存在はとうとう最後の一人となっってしまいました。重大な病気もなくボケもないのですが、全体的に弱って来ていて大変そうです。母曰く「ボケられないけど、考える事ももうないし、友達も亡くなっているし、何だか可哀想」。これといった病気がないのも、同情を引きづらい、長寿の影の部分ですね。認知症や病人の介護も勿論大変だと思いますが、なるほどそれはそれで、人にはわかってもらえない辛さが本人にも家族にもあるのでしょう。でもどんな状態であっても、そうした時間の中にも、何らかの意味があると思うし、それを祖母本人も、私達家族も見つけ出さなければいけないのでしょう。自分や親がどうなるか分かりませんが、短命でなければ訪れる時期なので、祖母や祖母を見てくれている母の実家の皆から学びとって行きたいものです。でもあんなによくしてもらえるかな? それは自分が人に対してよくしているという姿勢を子供に見せ、教育できたかに関わりますね。だからまず「あんなによくしてあげられるかな?」を自身に問う所から始めなきゃ。ミエイ
2006.09.18
草屯分校に行くと、今週から来ることになった台南から来た先生と会い、いろいろ話をした。なんと2ヶ月前まで住んでいた同じマンションに住んでいるとのことだった。 夜は帰りがけに、生徒から質問を受けた。仕事で日本人向けに配るポスターで使う、会社のキャッチフレーズの日本語を直した。しかし仕事の内容などが今ひとつわからないので、本当にこんな感じでいいのかとも思いつつ、分校の閉校時刻だったので適当に答えておいた。 家では、日本語教材のCDを探した。引越し前にはあったのだが、MP3化したので捨ててしまったのだろうか。どうしても見つからず、おまけにMP3化したデーターもどうしても見つからず気持ち悪かった。 シュウゴ
2006.09.18
朝7時に友人が迎えに来てくれて、合歓山へ向いました。前回車酔いしたので不安だったのですが、友人の会社の大きい車だったし、5時間しか寝ていなかったので寝ていたら大丈夫でした。犬達も熟睡。酔って人様の車を汚さないか心配して、昨晩長距離を散歩しておいたのですが、この作戦が当たりました。10時に着き、さて登山。往復2時間半の東峰という峰を登ったのですが、3分の1で引き返そうかと思うくらい辛かったです。急だし、雨で寒いし、視界が悪いし、楽しさの欠片もなかったからです。空気が薄いのか息が切れ、休みたいのですが、休むと犬達が震えだす始末。この犬達の為にもう少し頑張ろうと登って行くと、半分を過ぎた頃から道が若干なだらかになりました。いつも感じている事ですが、やる事が立てこんでいたり、疲れていたりでもう限界と思う時には、その大変さが終わろうとしている時なんですよね。諦めない事の大切さを学びました。山岳修行のような、精神力を鍛える山登りで、楽しみはないものの得るものはありました。帰りは魯山温泉で疲れを取りました。連れて行ってもらったのは、その温泉エリアの一番上にある所なので、源泉で、濃厚な硫黄の香が疲れを癒してくれました。そこで料理上手な友人が手作りの料理を振舞ってくれました。友人が一所懸命、計画して色々用意してくれて、これが登山の達成感や温泉の癒し効果よりも心を豊かにしてくれました。心から感謝します。本当にありがとう。ミエイ
2006.09.17
7時に車が迎えに来てくれ、台湾人の知人とともに、台湾の合歓山へ向かった。ここは3年前に、両親と台湾半周旅行で通った山だった。今回は人が運転してくれたので快適だった。犬達も車酔いするかとおもったが無事に着いた。 この山はいくつか峰があるが、今回のところは一番時間が短く登れる東峰というところだった。雲か霧かわからないが視界が悪く、登り始めて暫くして雨も振り出した。ゴンガジルもいつもの快活さはなく、必死についてくるかんじだった。3000M以上の山でもあり、慣れていないのもあり、ちょっと登るとすぐ息が切れて大変だった。 2時間近くかかって、ようやく山頂についたが、残念なことに視界は100Mくらいでまったく景色は楽しめず。しかも山頂は風が強くて長い時間過ごすこともできなかった。しかしまあ、それなりの達成感を味わえ、ゴンガジルの健気な姿を見られたのでそれなりに楽しかった。 雨にぬれた体で移動し、ルーサン温泉の知る人ぞ知る?、源泉温泉に入った。硫黄の匂いがする露天風呂で、1時間半ほどゆっくりお湯に使った。まだ増設工事中でガラクタや廃材などが散乱していたが、角度を換えるとなかなか良い景色も楽しめた。また小雨が降る中の温泉も情緒があってよかった。 シュウゴ
2006.09.17
明日、標高3400M位の山に登るので、昨日友人に電話をして、犬の服を借りるお願いをしました。この友人はガジルをくれた人ですが、とても器用で、いらない洋服の回収箱(台湾にはある)から子供服を拾って来ては、上手に犬の服を作り上げるのです。さて約束したものの、車が修理中で、夫がスクーターに乗って行ってしまいました。夫の帰宅後でもいいのですが、今日はまだ犬達を散歩に連れて行っていないし、私も一日中家に居て、「ぐぅぁー」とした気分だったので、歩いて行く事にしました。地図で確認したら、友人の職場まで片道30分位。よしっ。しかし犬。計算通りには歩きません。あっちを嗅ぎ嗅ぎ。こっちを嗅ぎ嗅ぎ。しかも2匹で思い思いの所を嗅ぐので、一向に前に進めません。途中疲れて、お店で夕食を食べ、やっと着いた時には1時間半経っていました。友人はガジルのお兄ちゃん犬のと、ガジルのお母さん犬の厚手の服を貸してくれました。我が家の雄犬はダックスだから足が短いのですが、袖を折れば着れました。途中近所のおばさんも話しに加わり、友人に「この人(私の事)は凄いよ。仕事も遊び時も一所懸命。事前に色々調べて安く済ます。それに計画性がある」と紹介され、そんな風に思われていたんだとおかしかったです。私は、それら全て日本人の平均を下回っていて、夫についていっているだけです。確かに夫は私から見てもそんな感じなので、のんびりタイプの台湾人なら凄く見えるでしょう。帰りは一度嗅いだ後なので、行きよりスムーズに帰れました。ミエイ
2006.09.16
台風は台湾を直撃せずに、右折して九州へ向かった。しかし台中はその影響で、風が強かった。なので、家のベランダで朝露天風呂をした。 学校へは車が修理中で直ってこないので、久々にバイクで行った。もうかなり涼しく、快適だった。授業では、カラオケ班が久々の人無しだった。快適に過ごしていると、最後の30分に、生徒が夕飯をもって来てくれた。 シュウゴ
2006.09.16
中古で買った車の調子がおかしいので、夫と共に買ったお店に行きました。しかしその車を売った担当者は長期休暇だとか言って、まともに対応してくれません。今日は心のスイッチは入らなかったけど、表面は切れていました。「担当者とではなく会社と契約したの」「色々かけたので、買った値段より高く買い取るなら返品するけど、いやなら保証期間内なのだからそっちがいくらかかろうとも直すべき」とか色々言いました。しかし四の五の言って話が進みません。仕方がないので、他のお客さんがいる前で「保証期間の意味がない。何を信じればいいのか。あなた達を信用できない」と聞こえるように言いました。経験上何らかのプレッシャーをかけないと、動きません。「静かに話してほしい」と懇願され、交渉開始。それで直してもらえる事になりましたが、「クーラーは保証外だ」と言い、またも応じません。もう一回契約書を引っ張り出して来てもらって、「ここに書いてあるじゃん。よろしくね」と言って去りました。一般的にクーラーは保証の対象外なのだそうですが、実は契約の時色々言って、今はいない担当者に書き足してもらったのです。破格の値段で買えたり保証枠を大きくしたりは、契約を結びたいその担当者の問題で、会社側の困惑もわかるのですが、社員教育の問題でもあるので、それは客である私には関係ありません。実際やり易い相手でした。赤字になっていると思うので、中古車屋にはお気の毒ですが、この経験を生かして次に繋げれば、おいおいプラスになるでしょう。ミエイ
2006.09.15
日曜日に山登りするということで、靴を買いに行った。唯一あった夜市で100元で買ったスニーカーは、ゴンちゃんにかまれて使えなくってしまっていた。それで2.3軒の店を見たが、どれもコストパフォーマンスがいいのが無かった。仕方ないので、ホームセンターに行ってみた。結果、海の岩場などでも刷ける通気性のいいやつと、普通のスニーカーを買うことが出来た。 帰りはふと思い立ち、床屋へ行った。100元で切れる御用達の床屋で切ってもらった。その間、ゴンガジルミエイは散歩に出かけていた。30分も経たないできり終わりかかったが、最後の方で床屋のおばちゃんに電話がかかってきた。大した話でもなさそうなのに、5分くらい経っても終わる気配がないので「時間が無いんだけど」といってやめてもらった。電話をやめてからは顔を簡単に剃るなど2.3分で作業が終わった。そんなことなら「いまカット中であと2,3分で終わるから後で電話する」などと言えばいいのだと思うのだが、この辺が台湾らしい。お客様は神様、の日本では有り得ないことである。 床屋の帰りには、中古屋に車を持っていった。そしたら、買った車の担当者がすでに辞めていた。残った店員に日曜日に高速で車が動かなくなった症状を伝えたら、「この車はもう修理に1万5千元もかかっているので直したくない」「いくらなら買い戻せる?」「下取りに出した車に戻すのはどう」、、、と、わけの分からないことを言ってきた。 ミエイとともに、他のお客も来ているのを尻目に、さんざん文句を言ったら、突然、あっさり「じゃあ修理屋にみてもらう」と言い出した。非常に疲れるやりとりである。 中華圏では特に、普段は人は悪くないのだが、何かことが起こると、何とか言い訳をして自分の責任を果たそうとしない、誠実に欠ける人間にあうことが多い。それが合理的な理由なら良いが、めちゃくちゃな理由で、言った本人も結局は馬鹿をみるようなことを平気で言ってくる。台湾にいて良くありがちな疲れる一コマであった。 シュウゴ
2006.09.15
以前我が家で一時預かっていたアプリコットカラーのトイ・プードル「プリン」。飼い主から電話があり、「引っ越すし仕事が忙しくて飼えなくなったから里親を探してほしい。予防接種は終わった。15000元(5万円弱)で」と言われました。プリンの境遇を思うと気の毒でなりません。ブリーダーの所で産まれたプリンは、その友人に売られ、飼われていましたが、その友人の母親が嫌がり、私の友人に預けました。しかしそこで夜鳴きをして嫌がられ、我が家に預けられました。幸い我が家では鳴きませんでした。それから我が家の上に住む人に引き取られて、幸せに暮していたのですが、半年も経たずまた新たな里親探しです。世間では高額で取引されている犬種ですが、こんなふうに落着かない犬人生を幼い内から送らされて本当に気の毒です。しかし人間にも人間の事情というものがあります。台湾も日本同様社会の変化が激しく、その中に身を置いている存在として、やはり環境の変化は免れられません。愛情をかけた存在と離れる苦しさは飼い主にもあるはずなので、一方的に責める事もできません。人間としての反省もありますが、かといって犬の立場だけでも考えられません。こうした社会の中で、犬を飼う事というより、犬を飼い続ける事の難しさをつくづく感じます。私達もガジルとゴンちゃんを死ぬまで見れるのか。そのつもりでいますが、これはその時にならないとわからない事があるのでしょう。もう一点、そこの娘さんがとても可愛がっていたので、余計なお世話だけど多感な時期に心に傷を負わないかが心配です。ミエイ
2006.09.14
夕方の授業後、学校から車で直接、追分駅まで行った。30分ほどで着いた。車も自由に停められた。切符は自動券売機がなく、駅員から直接買う方式だった。ホームも階段がなく、電車が通っていない時を見計らって線路を渡ってホームに行くレトロな感じだった。程なく電車が来て、初めて台湾の海線に乗った(台湾の鉄道は、中部の山側を走る山線と海側を走る海線がある)。海線は、日本統治時代からの名残も多く、のんびりしている感じだった。夕方なのに人もそれほど多くなく、シートに座れ新聞を読んだり、仮眠を取ったりし、ゆっくりできた。 シュウゴ
2006.09.14
近所の小型スピッツと、標準サイズスピッツ、マルチーズを飼っている人が、我が家を訪ねてきました。以前近所を散歩していたら会い、それからたまに来て、犬の事を話します。今日は先日行ったばかりの近所の動物病院の話をしました。私が「カットを頼んだけど、トリマー上手じゃなかったよ。獣医もいい加減な感じ」と言うと、「そう。顔はまだ切れるけれど、体の毛は揃っていなかった。獣医とトリマーは恋人同士だから、好きに切らせるみたい。獣医も犬や飼い主を見て値段をかえる。うちのようないい犬を飼っていると、切り傷に塗り薬だけで1000元(約3500円)取られたよ」と。…「そう」って、以前「そこの動物病院でも切れるよ」と言ったのは誰? うちの犬を見て、このくらいならそこの動物病院で十分と思われたのかしら? それに後の言葉も引っかかります。親がチャンピョン犬で誇りに思うのはいいと思うけど、他とは違うという意識はいかがなものかしら。姿形に関わりなく皆愛情を持っているんですよ。多分この人自分のそういう所が鼻につくの、気付いていないだろうな。ちょっと無神経そうだから適切な距離を持って付き合うべし。でも犬への愛情では繋がれます。「相手のいい所をみれば、世に悪人なし」。逆に悪い所ばかりを見ればこの世は地獄。天国地獄も心の持ち方次第ですね。ミエイ
2006.09.13
先週の金曜日に、インターネット回線をADSL2Mから、VDSL10Mに換えた。それで固定IPアドレスは次の日からつかえるとのことで、今日になってやっと申請した。すると、この電話から暫くすると使えるようになるとの回答だった。 その後しばらくして、中華電信を名乗る電子音声で「この電話は24時間以内に使えなくなる」「電話代を払うように」というような内容の電話が2度かかってきた。中国語が今ひとつ聞き取れなかったが、妻に電話代を確認するとちゃんと払っているそうである。どうやら詐欺っぽいことが判明した。 シュウゴ
2006.09.13
行きたい所があったけど道に迷ってしまい、ついでだからガジルをくれた友人を職場に訪ねました。久々のご対面でガジルは赤ちゃん返り。ここしばらく見た事がないような喜びよう、甘えようでした。生後2ヶ月で引き取ったので、赤ちゃんの頃の記憶が戻ったのかもしれません。しかしゴンちゃんも飛び跳ねて大喜び。多分この友人の周りには、やさしい雰囲気が溢れているのでしょう。本当に親切で明るく、争い事が嫌いで、何か起きたら自分が悪いと思っちゃうようないい人。こういうの、犬は敏感に感じ取れるのかもしれません。この間言行った動物病院のカットに文句を言ったら、「ちょうどカットばさみがある。昨日うちの犬を切ったから」と早速店先でカットしてくれました。こういうのって嬉しい。久々の青空トリミングです。目が大きく可愛くなったガジルを見て、「正直、トリマーより私の方が上手いと思う時がある」という言葉に頷くしかない出来栄えでした。来て良かったー。相手の求めにさっと応じてくれる、爽やかな親切に、友人の魅力を再認識しました。ミエイ
2006.09.12
火曜日・木曜曜日の員林の授業。今週から夏休みが終わる学校が多くて、入門班の授業は人数が減るかと思ったら変わらずに10人前後が来た。しかし半数以上はどうみても学生と思われるので、来週からはいよいよ減ることと思われる。 そのあとの50音の授業は、誰も来ないと思ったら、入門班の生徒がもう一度50音をやりたいといって入ってきた。残り30分になり、冷やかし半分の学生も来た。 草屯の初級の授業は、平均年齢がグッとあがり、従来の主婦固定メンバーとなった。雑談をするなかで、ずっと疑問に思っていた「インタイタイ」の意味が始めてわかった。インは台湾語で、彼の意味で、タイタイは奥さん。よって、「彼の奥さん」という意味だった。 草屯の授業を終え、家には帰らずに、そのまま教室で暫く自分の勉強などをした。そして、上の階で昼寝をし、夕方に分校をでた。程なく、大雨となり、高速道路も80キロくらいでしか走れなかった。それで直接、用事がある大甲へ行ったが、1時間ほどかかった。でも一端家に帰ってからよりは遥かに楽だった。 シュウゴ
2006.09.12
夏休みも殆どの大学が終わり、塾では夜の基礎1が新たに始まった。メンバーが一人を除いてみんな換わった。やはりこの仕事、新しい生徒が来るとそれなりにこちらも新鮮で教え甲斐がある。観光日本語も、従来の参加者の残った一人の生徒の友達を呼び、なんとか3人になっての出発となった。 塾では、日本語教師の勉強で、久々にノートを取って勉強を始めた。何か高校や大学受験生のような気分で、これはこれで懐かしくもあり、充実感もあって良いものだと思った。 シュウゴ
2006.09.11
用事があり、久々に台北へ車で行った。今日は第二高速で行った。途中までは順調だったが、サービスエリアで駐車して、車を動かそうとすると、エンジンがかからなくなった。どうもオーバーヒート気味の車なので、走行中は風が当たりエンジンが冷えるが、突然止まると熱くなり駄目なのかもしれない。だが30分ほど待つと何の問題も無いようにエンジンがかかったので出発。 台北では3時間半ほど、ゴンガジルは車の中で留守番。外も雨で涼しかったし、犬用に保冷材を座布団の下に置いておいたので、問題なかったようだ。 せっかくの台北だったが、精神的にも今ひとつ疲れたので、日系スーパーのいなげ屋で割引の寿司などを買い、夜は寿司・焼肉パーティーをした。終戦記念日に因んだオーラの泉をみたが、なかなか面白い内容だった。 シュウゴ
2006.09.10
夏休みが終わりつつあるためか、生徒も少なくなった。台中も今日はかなり涼しく、夏の終わりと秋の訪れを感じた。カラオケ班は若者2人と前の時間に50音が終わったばかりの生徒だった。リクエストを取ると、日本沈没の主題歌キープホールディングユーとLALALAラブソングと、一リットルの涙のKの歌だった。 50音が終わったばかりの生徒は、Kの歌をプリントアウトしてきて、独自に漢字の読み仮名を振っていた。日本のドラマや歌の影響で日本語の勉強を始める学生が多いのをまたもや実感した。 シュウゴ
2006.09.09
夕方、バーゲンの最後を狙って、逢甲夜市へバスで行きました。買い物疲れの帰り、バスで眠れば家に着く頃には元気になっていると思ったのです。しかし行きは交通ラッシュで1時間半かかりました。逢甲に着く頃には、乗り物疲れしてしまい、気がのるのにしばらくかかりました。さて、台湾のバーゲンのいい所は、XSサイズの掘り出し物がある事です。タグにはフリーサイズとか、Mとか書かれているのですが、製品管理がしっかりしていないので、こういう物が売れ残って格安で入手できるのです。体が小さい私は、オンシーズンに買い物をすると、なかなかジャストサイズが見つからないのですが、バーゲンシーズンには沢山見つかります。しかも安いのでいい事ばかりです。この部分では引き続き台湾がしっかりしない事を願います。2着買って、帰りは1時間で帰って来れました。バスの運転手にお願いして、うちの近くで降ろしてもらいました。この辺もこのまま、日本の高度管理社会を見習わないでいただきたいです。ミエイ
2006.09.08
朝8時の約束で、ちゃんと時間通りに中華電信が来た。凄く丁寧な人だった。中華電信にして、こんなにしっかりしているのは始めての気がする。それで、キャンペーン価格で家のインターネットが2Mから10Mになった。日本との回線速度も、常時、2Mから5Mくらいでていて、快適になった。 昼には、家の近くで日本食を取り、卓球を少しやった。その後、家の露天風呂に入り、午後の授業に行った。 夜は、今後使う可能性がある、追分駅へいってみた。家からの距離と時間がどれくらいあるかを測ってみた。10キロ20分位だった。この駅は明治時代くらいからあるようで、駅舎も歴史を感じさせるものだった。 シュウゴ
2006.09.08
毎月日本から取り寄せている婦人誌に、掃除や整理整頓の特集がありました。それがただ掃除の仕方だけではなく、性格改善や開運に繋がるような内容だったのです。昨晩寝る前に読んだので、影響され易い私は、早速始めました。トイレ掃除を素手でやると、プライドが高い人は、感謝の気持ちが湧くそうです。私もいつも素手でだけど、感謝の対象は、ゴンちゃん。ゴンちゃんは躾ていないのに、トイレに行って大小をするので、いつもすぐ片付けに行って、「いい子だなー。有難いなー」と思っています。(って違う?)それから窓を拭くと、開放的な性格になるそうです。窓は外との接触を表すんだそうです。この部分にも悩みはないけど、窓は汚れているのでやらねば。他にも色々あって、面白い。もっと読みたいので、舛田氏の本を今度の一時帰国で買ってこようっと。でも台湾人に話してもあまり共感得られないのよね。家事は付加価値の低い肉体労働と思われているみたい。そうとも言えるけど、これがなかなか侮れないのだよ。家事能力が高い母に言わせると「掃除や片付けがちゃんとできないのは、トイレで自分のお尻がちゃんとふけないのと同じ事。気持ち悪い」らしい。夕食前には少し片付いたけど、どう仕分けしていいのかわからない書類とか、雑誌の切抜きとかはまだぐちゃぐちゃ。この雑誌には書いていなかったけど、判断能力に問題ありとみた。やっぱり弱点ががすぐ改善しないように、すぐには片付かないのね。。ミエイ
2006.09.07
昼の授業を終え、いったん家に帰った。少し昼寝をし、一家で食事にでかけた。新しい日本料理屋を開拓しようといってみたが、犬禁止、といわれ、あきらめた。その帰りに、見かけたラーメン屋に入った。日式ラーメンはそこそこの味だったが、親子丼がから揚げ丼ではあったが美味しかった。 その後、車で大甲に向かった。中投と高速3号をつかい、40分くらいでついた。ただ、50キロくらい走るので、ガソリン代が高く、燃費もいまいちの愛車ではちょっと大変だ。帰りは違う道で帰ったが、混んでいなければこちらの方が距離が短くて便利である。 シュウゴ
2006.09.07
台中でも涼しくなって来て、躊躇なく出掛けられるようになりました。塾を辞めてから、家に居っぱなしで、体が気持ち悪いです。犬は勿論、私も運動が必要なので、今日は以前から気になっていた工学北路の緑園道へ行ってみました。緑園道って台湾の中国語かな? 大陸で使える言葉かどうかわかりません。日本語ではなんて言えばいいのかしら? 芝生のある中央分離帯と公園の間のような物です。読んだ人が悩むような説明ですね。公園ほど広くはないのですが、道路の間にかなり細長くしかし幅広く作られていて、ベンチもある憩いスペースです。台中、特に新しく開発が進んでいるような所でよく見ます。この緑園道の脇には新しいマンションや家が立ち並び、台中政府と不動産業者と一緒になって開発しているような感じです。業者は売り易いし、売れて交通量が増えたら、緑園道を潰して、車線を増やせますからね。我が家のある南区も開発が活発なので、この緑園道が沢山あり、嬉しい限りです。だって公園には犬を入れませんから。着いて早速犬を放し歩き始めたのですが、道路が長く、したがってこの緑園道も長い長い。途中、道路を渡って道沿いのファミマで、シーチキンおにぎりを買って来て休憩。また歩いて、往復し終わって帰りました。我が家の犬達も出会った犬と追いかけっこをして満足そうでした。南区の工学北路の緑園道。脇の道路の交通量も多くなくて、お薦めの緑園道です。ミエイ
2006.09.06
なんとなく、早起きをしたので、身体検査に行った。始めていった病院だが、設備がなかなか凄かった。なかにセブンイレブンやコーヒーショップがあり、身体検査のために、わざわざガイドのお姉さんもついてくれた。しかも、程なく日本語が話せるスタッフもきた。値段はちょっと高い気がしたが、X線などの検査もみんな同じ階ですぐに出来、快適だった。 聞いた話によると、7月中旬から、外国人の身体検査が出来る病院が非常に少なくなったらしい。台中で何か問題があったらしく、台中市内の病院は今のところ、出来るところがないとのことだった。 シュウゴ
2006.09.06
主任と話した結果、火曜日と木曜日の授業がなくなった。当初は、違う分校に入る予定だったが、それもなくなり、まったくのフリーとなった。めちゃくちゃな話ではあるが、これはこれでありがたい。「そちらから勝手になくすんだから、これから入ってくれといわれても困りますよ」と確約をとっておいたので、今後は、火曜日と木曜日は好きなことが出来る。 それで、早速ミエイと夜の時間にでかけた。久々に平日の夜に出かけることが出来た。ラーメンを食べに行ったが、その近くで、日本のシムラをみつけた。入ってみると、値段も安く、物もいいものが多かった。これからは日本に帰ってわざわざユニクロなどにいかなくても、大抵のものは間に合うだろう。 シュウゴ
2006.09.05
朝から、身体検査の病院をインターネットで調べた。どうやら家からバイクで5分ほどの大里の仁愛病院でもいけるようだ。11時までに行けばいいとのことで、どうしようか迷ったが、車で行くと停めるのが大変そうなのでとりあえず今日はやめておいた。 草屯では、身体検査用の写真をつくった。以前のフィルムのを持っていったが、いまは殆どがデジタル写真になったようで、少し高くとられた。それでも最初に行ったところは高かったので、もう一軒にいき、20元ほど得した。 夜の授業は大雨と、学校が開始したこともあり、基礎は途中から一人、観光は誰も来なかった。これはこれで、久々に楽だったのでありがたい。 シュウゴ
2006.09.04
南頭県の山へ向かった。炎天下、高速を走り山道を走っていたらエンジンの温度があがり、エアコンも冷えなくなってきた。なので停めてボンネットを開くと、冷却水が少なくなっていた。2週間前くらいに足したばかりだった気がするが、この車は定期的にチェックする必要があるかもしれない。 水を足したあとはまあまあ正常になり、生徒に教えてもらった小半天という滝を目指した。名前は違った滝に最初に行ったが、非常に人が多かった。ゴンガジルはいつものように泳いで注目を浴びていた。そして2つめの小半天という滝にも向かったが、標識には出ているものの、近くに行っても何もなく人もいなかった。 それで諦めて、近くの川で泳いでみた。最近、にわか雨が多いせいか、水流が多く、水が少し濁っていたのは残念だったが、それでもたくさんの魚を見ることが出来た。 川を後にして、今度は集集駅というところにいった。結構な観光名所になっていた。サイクリングロードもあり、自分達はその終点近くに車を停め、一家で集集駅へむかった。ゴンガジルが「捨てられまい?」として、必死に着いてくるのが可愛かった。駅周辺を散策し、蜂蜜酢や焼きとうもろこしを買って食べたりした。 台中に戻っては、髭剃りの刃が古くなったので、ブラウンがある三越へ行ってみた。するとちょうど自分のタイプのだけがなく、仕方なくそごうに行ったら見事にあった。三越は人がかなりいて驚いた。結構いい商売になっている気がした。 シュウゴ
2006.09.03
もともとは9月から日本に短期留学の生徒のための壮行会ということでのカラオケ大会だった。しかし、前前日に本人が来れないといいだし、ただのカラオケ大会になった。教室にインターネット線をつなげ、プロジェクターとマイクセットを持ち込み、エコーつきの立派なカラオケ設備をつくった。 初級をちょっと早目に切り上げ、常連のおばさんたちと歌い始めた。古い曲ばかりだった。でも、台湾では結構知られている曲ばかりだったので、皆で歌うことが出来一体感があった。 おばさんたちが帰ると、来るはずだった彰化の生徒がこなかったので、常連の若者と歌っていた。別に文法を教えるわけでもなく、ひたすら歌うので楽といえば楽な授業だった。これからも定期的にやっていこうと思う。 シュウゴ
2006.09.02
暫くぶりの台中駅前での初級の授業だった。知った顔が2人来た。やはり郊外の分校に比べるとレベルが高いと感じた。 終了後は、居留証のために健康診断にいった。行ってみると、「もうここではやっていない」といわれ、「台湾中部ではこの4つの病院しかない」といわれた。それが台中市内には一つもなく、べらぼうに遠い場所だった。わけが分からなく非常に疲れる。 夜は、鍋を食べていると、N先生から電話があり、我が家に来ることになった。それで、一緒に、Mステや堂本剛の正直しんどい、など等を見、その後は朝までカラオケをした。 シュウゴ
2006.09.01
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