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苫治安

苫治安

2004.06.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
配色というのは、個人のセンスや好みに関わるもので、カラーコーディネイターが「これがいい」と言ったからといって、それが絶対的にいいわけじゃない、という話から。

色彩の調和について、中世ヨーロッパと中世日本の違い。
ヨーロッパでは、「明るい色+暗い色+赤」の組み合わせが紋章で使われた。
それらにおいて、たとえば「赤」がどのような「赤」であるか(青みの赤か、黄みの赤か等)といった色のニュアンスは省みられない。
色は抽象化して扱われていた、ということ。

対する日本(平安時代)では、「色目」という意識が非常に発達していた。
同じ「白・青(緑)」でも、春なら「柳」、夏なら「卯の花」、秋なら「白菊」、冬なら「松雪」を見立てる。
つまり、色のニュアンスを感じ取り、それを美の規範に取り入れているらしい。
抽象化はせず、むしろ身の回りにある自然の風物や植物といった具象的な色合いをモデルとすることを好んだ。


人間の文明の発展段階とともに、認識する色数も増えていくという説がある。
最初に認識する色は白と黒、つまり光と闇。
次に認識する色が赤なのだそうだ。
だからこの最初の3つを使った、という説。
(ちなみにその次に認識するのが緑か黄色、次が黄色か緑、そのあとでやっと青、それから茶色、中間色へと続くらしい……らしい)
でもまぁ紋章なんだから、戦場で見分けがつかなきゃどうしようもないわけで、その実用面から考えるに「明・暗」を組み合わせるのは当たり前だという話(文明以前?)。

あとは、西洋、特に中世では縞模様が嫌われた。
縞々の洋服を着るのは、道化、囚人、それから悪魔など。
黄縞の服なんて社会的に最低ランクを指すわけだ。
ちょっと変わったところで「運命の女神」も縞々ドレスを着る。それもたくさんの色の縞のドレス。彼女は千手観音のようにたくさんの腕を持ち(それぞれに異なる運命を与えるから)、目隠しをしている(めくら滅法に運命の車輪を回すから)。
これは、「普通(日常)じゃない、計り知れない」ってことなのかなあ。


無地がもっとも高尚だった。
ただ、そのあとで時代的に縞が流行ったこともある。最近とかにもあった。
(そういやマイフェアレディの衣裳で有名な白黒縞のドレスがなかったか?)

対する江戸文化(いきなり時代が下ったけど)では、縞模様は「いき」である。
浮世絵なんかを見ても、縞のキモノはとてもとても多い。

ただ、悪い意味はないけれど、やっぱり縞の服は「カジュアル」だそうだ。言われてみればそうかも。

カジュアルなのは、元々縞模様が木綿の地に出てしまう模様だったからじゃないか、という話。
これにはうなずける。
逆に、無地が最高というのも、もしかすると染色の技術と絡んで、ムラなくきれいに一色に染め上げるのが一番難しかったからなのかもしれない(憶測なので信じないように)。

あとはジャポニズム、ネオ・ジャポニズムの話を、スライドを見つつ聞いた。
まぁ面白かったけど……
どうもちゃらんぽらんな先生だったな(自分でも言ってたが)。
ひとくちに教授ってもいろいろいるものだし、それはいいんだけど。
でも「答えが出るわけないんだから考えてもしょうがない」って言葉は口にすべきじゃないだろう。
(文化史で「答えが出てる」つもりなところがまだまだ浅い)
いい話もするけど、概して視野が狭いのが残念だった。
それを思うと……うちの大学はいい先生を揃えてたんだなぁ(昔は)。セオリー通り、こういうことはあとから気付くものである。





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Last updated  2004.06.04 12:39:11


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