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苫治安

苫治安

2008.06.08
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カテゴリ: 旅行
キャロム日韓戦の翌日はフリーだったので、ボーゲンメーカーやおねえさんと別れて、昌徳宮(チャンドックン)を見に行った。
京福宮(キョンボックン)でもよかったんだけど、やはり「チャングム」ファンとしては、ロケを行ったらしい昌徳宮に行かねばなるまい(笑)。

それにここはソウルに二箇所あるうちの、一方の世界遺産でもある(もう一つの宗廟(チョンミョ)も近いが、今回は行かなかった)。

京福宮と違って、昌徳宮はガイドツアーに入らないと回れない。
12:30からの切符を買って、そのへんをうろつきつつ、時間まで待った。

20080608昌徳宮の敦化門
正門である敦化門(トナムン)で待つ人々

一般的なガイドツアーは1時間20分のコース。
あとで知ったが、それとは別に特別観覧コースというのもいくつかあるらしい。
そっちはインターネットで事前に申し込むようになってるんだって。

40人から50人ほどの日本人が美人のガイドさんにくっついて回る(日本語のほかに、韓国語・英語のガイドツアーがある)。

このメガネ橋はソウルに残る最も古い石橋の一つ。
宮殿に入る際には、伝統的に、必ず水をわたるしきたりがあったそうな。
そんじゃいよいよ宮殿に入ります。

進善門(チンソンムン)という門をくぐると、広々した空間。一番向こうの肅章門(スッチャンムン)まで歩いたあと、やや中央寄りに引き返して仁政門(インジョンムン、1803年)を入った。
正面に仁政殿(インジョンジョン、1804年)という立派な御殿がある。
ここ昌徳宮で最高位の建物であり、臣下の礼や外国使節の接見など、王様が公式行事を行う儀礼場だった。
仁政殿前の広場には、向かって右と左に石碑のようなものが並んでいるが、全部「従三位」などの官位が書かれている。
席次だね、要するに。
どっちがどっちか忘れちゃったけど、片側に武官が、もう片側に文官が並び、両方を併せて「両班(ヤンバン)」と言ったのだそうだ。
あ~、そうだったのか~。
韓国で「貴族=両班」という知識は漫画やドラマで知っていたけど、そういう理由で「両班」という呼び名になったのね。


20080608昌徳宮の仁政殿
ガイドさん、仁政殿を解説中。
真ん中の道がちょっと高いのは、王様専用道だから


20080608昌徳宮の仁政殿2
仁政殿の、向かって右側に下りてきました。
美しい彩色の施された斜め垂木。立派な軒だなぁ


仁政殿の中を覗いたあと、右側の小さな門をくぐって、次は宣政殿(ソンジョンジョン、1647年)のほうへ。
宣政殿は王様の執務室。
ここで書類にハンコ捺したり、重臣たちと協議したりしたのね。
少し離れたところから見ただけだったが、この昌徳宮で唯一残る青い瓦の建物だそうだ。

ところで、建立の年が割りと新しいなと思われたかもしれないが、実はほとんどの建造物が何度も再建されたものである。

近いところで、文禄・慶長の役なんかがそう。
その戦乱のせいで焼失してしまったのを再建しているので、年号が新しいわけ。
もう、とんでもないですね、勝手に乗り込んで戦争始めて、文化財を焼いちゃうなんて!

それから、熙政堂(ヒジョンダン、1920年)を通って大造殿(テジョジョン、1920年)へ。
この二つの建物は、日本支配下の1917年に火災で焼失し、京福宮から建物を移して再建されたものだ。
その際に、内装の一部が洋式になった。
覗いてみたら、確かにソファがあったり洋風の箪笥があったり。
ちなみに熙政堂は王様の寝殿で(そののち執務室としても機能した)、大造殿は王妃様の寝殿だった。
大造殿は、昌徳宮の中で唯一、屋根の上に梁が渡されていない建物だ。
なぜここだけナイのか、理由はわかっていないが、梁は龍であるので、王様(龍)がおやすみになるときに他の龍が上にいるのはマズイからとか、いくつか面白い説があるらしい。

王様の寝室(危ないからとゆー理由で、家具一切なーんにもナイ)や、王妃様の寝室(ベッドのみ)を覗いたあと、裏手へ回った。
ガイドさんが一室を指して「ここはなんでしょう?」
みんなわからない。
実はスラッカンだって(漢字忘れました)。
要するに厨房ね。
実際にずっと使われていたため、近代的な設備になっちゃって、チャングムの時代のような在り様ではなくなってしまったけど、現存するほぼ唯一の宮殿内スラッカンだとか。

その先でオンドル用のかまど(炭火だって)を見て、さらにその煙を排出していた煙突を観覧。
煙突とは思えない美しさだ(笑)。

20080608昌徳宮の大造殿裏手にあるオンドル用煙突
煙突の周りは階段状の花壇になっていた

このあと、ちょっと坂を上って後苑(フウォン)に入った。
後苑は、字の如く、王宮の後ろにある庭だが、裏山まるごとお庭であったらしい。
今はもっと小さくなってしまっているが、それでもかなりの広さで、私たちが回ったのはほんの入り口付近のさわりだけ。
芙蓉池(プヨンジ)のあたりで10分ほど休憩になった(トイレやミニ売店がある)。
この池の前の高台に、宙合楼(チュハムヌ、1776年)という二階建ての立派な建物があって、学問をする場所だったらしい。
その左横にあった建物が、王立図書館かな?
この建物と池の間の通りを、チャングムと王様がデートしたそうな(つまりここでロケした)。
また、この近辺がちょうど、ちびチャングムが走りながらイ・ヨンジェのチャングムに変わる背景なんだそうだ。

最後に、緑の多い道を通って楽善斎(ナクソンジェ、1847年)のエリアへ向かった。

20080608昌徳宮の楽善斎へ向かう
この時間はよく晴れて暑かったけど
緑が多くて歩きやすい道ばかりだった


昌徳宮の中では一番最近まで使われていた建物で、最後の皇太子妃、李方子(イ・バンジャ)妃が1989年までここで暮らしていた。
李姓になっちゃうと漢字を見ただけではわからなくなるけど、この皇太子妃は日本からお輿入りなさった方だった。

ぞろぞろと歩いて最初の門のほうへ戻り、裏手の出口から出ておしまい。
ぴったり1時間20分。
今度来るときは特別観覧を申し込んで、裏山を歩いてみたいな、綺麗だから(そのツアーは2時間半かかると言っていた)。
このツアーの間は天気がよくて有難かった。

韓国旅行記、まだ続くかも(続かないかも)。





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Last updated  2008.06.18 13:31:59
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