2002年09月23日
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 乗鞍から木曽に向かって、夕暮れの山道を、ゆっくりと走っていた。
 クルマは、檜が茂って昼でも暗そうな山道に、軽いエンジン音を吸い込ませて走り続ける。林の奥は、夕闇が重い幕を下げたように、暗さを増している。対向車も、ほとんど見かけることがない、山の道である。

 スラロームの道、ヘアピンカーブの道。カーブが連続するその山道を、マイペースでリズミカルに運転するのは、楽しい。どこまでも、街路灯も人家の灯りもない山道が続き、対向車の有無はヘッドランプの明かりを頼りにすれば、間違いなく解る。路肩や倒木にさえ注意すれば、昼の道よりもずっと安全に走られる。

 林の奥でチラリと動く陰は、野生動物だろう。クルマの前に飛び出して、ヘッドランプの光を目に溜めて、きらりと跳ね返す貂(てん)らしい小動物もいる。暗すぎて写真撮影はできないが、野生動物たちに出会えるのも、山岳夜間ドライブの楽しみの一つである。

 いよいよ暗さを増した林の中に、どこからともなく弱い光が射し込んでいる。ヘッドランプの光とも違う。
 光のもとをたどりながら、ふと梢の切れ目を見上げると、そこには月明かりにも負けないほどの、金星が光っていた。

 宵の明星というには、遅い時間だった。新月なのか、月の姿は見えない。それが一層、明星の輝きを強めて見せた。金星がそれほど大きくて、それほど強い光を放つものだとは、そのときまで知らなかった。
 子供の頃には、ごく普通に天の川が見られる環境で育ったのに、金星の輝きに、意識を向けた記憶はない。

 周囲の星の輝きまでを奪ってしまった金星は、私のクルマを追うように、横から後ろにまわり、前に出て、まとわりつくように動いている。


 林が切れた場所に車を停めて、ライトを消して外に出てみた。
やはり、月は見えない。町の灯りも届かない山の中である。
 その山深い路上にほんのりと、自分の影が落ちている。確かに、星明かりが見せてくれた影のようだった。

 クルマの屋根でも、金星の光がまぶしく跳ね返っている。
木曾街道に出るまで、明星との二人旅は続いた。

 あの輝きは、地球に金星が、最も接近した年だった。
今はもう、金星はいつもの輝きに戻っている。





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最終更新日  2002年09月24日 00時10分47秒


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