2002年11月25日
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 パリの空港でレンタカーを借りて、出発した。
 前回は馴れないこともあって、自分が向かう方向さえも、地図を確かめてもなお、不安があった。だが今度は、フロントでもらった簡単な地図を見ただけで、一応はオランダ方面の見当がついていた。
 高速道路にも、スッと乗り入れた。

 そこまではよかったが、高速道路をぐるりと回ると、さて、方向感覚が、またもや怪しくなってしまった。何故こうも、方向感覚が狂うのだろう。

 日本国内ならば、太陽を見るだけで、どこでも間違いなく走れる自信があった。それなのに、ヨーロッパでは、南北の感覚は狂わないのに、東西の感覚だけが、逆になる。
 東西が逆になるということを意識し始めると、それを修正しようという意識が働いて、いよいよ混乱に拍車をかけてしまう。
 これは、私だけの感覚の狂いなのだろうか。どうも、日本とちょうど逆の地域にいることが、感覚の狂いを生じさせる原因になっているようだ。

 不思議なことだが、日本が存在する方向を、自分の中で東側に置いてみることで、どうにか方向感覚が戻ってきたのである。日本とは反対側に位置するヨーロッパなのだから、そこから見る日本は、東であると同時に、西であっても不思議ではない。
 このときに日本を東側に置いたのは、今にして思えば、世界地図による教育の結果であるように思われる。日本の西側、アジア大陸を越えたところに、ヨーロッパが存在していた。そんな教育が、身に染み込んでいたのである。


 そんな迷いは、3日も走れば解消される。
そうなれば、簡略地図を見ながらでも、走ることができる。日本の『地図と道路標示の関係』と違って、ヨーロッパの道路は、非常に合理的に表示されている。
 地図の表示と、道路の行き先表示とが、見事に一致しているのでだ。途中で、表示が変わることはない。目的地まで、一貫して、同じ表示が続けられているのである。
 目的地名さえ覚えておけば、迷うことはない。

 そのようにして走っていたある時に、車を停めて撮影していた私に話しかけてきた、ご夫婦がいた。
 ドイツ人のようだと、見当を付けた。フランス語でもなく、イタリア語、スペイン語のどれとも違う。もちろん、英語とも違う。アクセントの固さから、ドイツ語らしいと、見当を付けたのである。
 しかし、何の用事だろうか。

 彼らは、私に広げた地図を見てくれという。
どうやら、道に迷っているらしい。日本から来て、地図を頼りにドライブする私に道を尋ねるとは、よほど彼らも困り果てたのだろう。ボンネットの上に広げられた地図を見て、まず現在地を、彼らに示した。そしてようやく聞き取れた、彼らの目的地を探してやって、次は道路の説明である。
 彼らはドイツ語で、私はたどたどしいフランス語で、わからない道を教えて、それを聞き取ってもらうのである。思い返せば、何とも不思議な情景である。
 苦労の末に、どうにか彼らに、道を教えることができた。



 彼らはヨーロッパ人である。
東西の方向感覚はあるだろう。私に道を尋ねて、本当によかったのだろうか。
 私が西も東もわからずに、ヨーロッパを走り回っても、不思議なことではない。ヨーロッパにも、西も東もわからずに走る人が存在したのだから。
 ヨーロッパ旅行中に、その後も、何度か道を尋ねられた。私の中では、その頃には方向感覚が、固定され始めていた。

 またヨーロッパに行ったときには、同じように方向感覚の迷いが生じるのだろうか。





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最終更新日  2002年11月26日 02時55分36秒


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