2002年12月30日
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 雪国の大晦日だというのに、山頂は薄雪が、張り付いているだけだった。

 私は、その山頂にいた。山頂とは言っても、ドライブウェイが通じていて、それほど高いわけではない。彼方には男鹿(おが)半島が見渡せて、足下には干拓地・八郎潟が広がっている。
 この山は、寒風山(かんぷうざん)という。その名にふさわしく、吹きすさぶ北風は、雪が積もることを許さないほどに、強烈なものだった。そして雪雲も、空を覆い尽くしていた。
 しかし、この風こそが、秋田の冬、東北日本海の冬を演出するために、選ばれたような存在なのである。この風があるから、そして長い冬があるから、春が、輝く春が嬉しいのである。

 このような大晦日に、この北国に一人、私はクルマを走らせて来た。その目的は、男鹿半島にあった。

 このときも、例によって宿の予約をしていなかった。だが撮影の都合があって、宿は確保しておきたい。男鹿半島には、公共の宿泊施設が、2ヶ所ほどある(当時)ことを、確認していた。
 大晦日に催される行事があるので、場合によっては、宿が見つからないかも知れない。しかし1ヶ所の国民宿舎は、温泉地から離れている。何とかなるだろうと、見当を付けていた。

 男鹿半島の名所を巡る前に、その国民宿舎を訪ねてみた。朝のことである。予約なしでも、部屋が空いていれば、午前中の予約で、部屋を確保できる規則になっていた。
「お早うございます。今日は、泊まれますか? ナマハゲの取材で来たのですが、どうでしょう?」

「一人ですが・・・。」
「一人ではちょっと・・・。」
 宿の受付が、口ごもる。
「部屋は、空いているんですね?」
「ああ、空いてんだげど、一人ではなぁ。」

 どことなく、口調もぞんざいになり始めている。

「ここは、国民宿舎ですよね? 一人では泊めないんですか?」
 当方の口調も、心なし、強くなる。気持ちの中では、宿が見つからなければ、車の中で夜明かしかと、覚悟をし始めていた。このようなことを想定して、零下20度くらいまでなら、外でも寝られるような装備だけは、準備していたのである。

「実は、今日はお客さんが一人もいないんです。済みません。」
 私は客のうちには、数えられないのか? と思いながらも、宿の都合も考えてしまった。つまり、一人の客のために、数人の従業員を確保して、館内の暖房や照明も整えるとなると、“経営”としては、成り立たなくなるだろう。
 その時には、そう考えて引き下がったのだが、大晦日の冬の夜に、宿もなく放り出された旅行者は、途方にくれることになるだろう。宿側では、それを、全く考慮しなかった。“国民宿舎”という存在理由を、放棄してしまった訳である。


 だが温泉街の旅館やホテルは、流石に空室はほとんどなかった。温泉街を中心にして、ナマハゲの行事が繰り広げられる。団体客の予約で、どこの宿も満室だった。そこで、宿泊案内所に行って、宿を紹介してもらうことにした。

「小さい宿ですが、いいですか?」
 どうにか、空いている宿を見つけてくれたようだ。
「助かります。」

 訪ねた宿は、確かに大きくはなかった。だが、家庭的な温かさを感じさせる、飾り気のなさが、好ましかった。

「うちも、本当は予約でいっぱいだったんですよ。」
「いや、あちらでは、『お客さんが一人もいないから』と、断られたんです。」
「あらぁ・・・それはビックリ。」
「助かりましたよ。今夜は、よろしくお願いします。」
「はい、はい。夕方まで、観光してらっしゃい。」

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 宿の夕食は、男鹿半島名物のハタハタ(ブリコ)、しょっつる鍋(塩汁)も楽しませてくれて、安価なのに、不足を感じさせないものだった。
 ハタハタに関する知識は持っていたが、宿のかたが、改めて説明をして下さった。
「昔は、ハタハタは貴重品で、領主の許可がなければ、食べられなかった。それでもどうにかして食べたいので、『ハタハタではなくて、ブリの子ども(ブリッコ)だから食べても良い』ということにして、食卓に乗せた。そこから、“ブリッコ”の名前が付いた。」
というのが、概略である。
 ついでに加えれば、冬の雷が鳴るころに捕れる魚なので、“カミナリウオ”の別名もある。漢字では、魚偏に雷の旁を組み合わせる。

 -- そのブリコだが、卵の食感は、世界の珍味と言われる“キャビア”にも似て、しかもキャビアよりも美味しいというのが、私の印象である。--

「港も見てきましたが、だいぶブリコの水揚げがありましたね。」
「昔は随分獲れたんですが、あれでも漁獲量が減って、困っているんですよ。間もなく、禁漁になると思いますから、当分は宿でも、お客様に出せなくなると思います。少しだけでも、確保したいのですがねぇ。」
「あれでも少ないんですか。私が食べられたのは、運が良かったんでしょうね。」
「そういうことにならないと、良いんですが。」

-- この数年後から、ハタハタは禁漁になり、保護されることになった。その効果があって、近年にまた、漁業が再開された。今年は、久しぶりの豊漁だったそうである。--

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 夜になって、ナマハゲが出る時間になった。
山奥の神社から降りてきたナマハゲが、ホテルを回って、宿泊客に見せて歩くはずだった。宿のかたに、念のために、ナマハゲが来る時間を確認した。
 ところが、この宿には、来ないのだという。
「大きいホテルには来てくれるんですが、うちみたいな小さいところには、来てくれないんです。」
と言う。
 宿のかたが大きいホテルへ電話をかけて、見られるように手配をして下さった。
 お陰様で、ナマハゲが来る前に、そのホテルで待ち構えて、撮影ができた。ナマハゲの後を追いかけて、民家にまでお邪魔をして、深夜まで撮影を続けることができたのである。

 これもひとえに、偶然お世話になることができた、親切な旅館のお陰である。
それと同時に、『一人では泊められない』と、不思議な理由で断ってくれた、国民宿舎のお陰でもある。
 別に信仰心が篤いわけではないが、このような成り行きこそが、“同行二人”の顕れなのではないだろうか。

大晦日の、雪国の夜が、寒さを感じさせなかった。
 身体は冷え切ったが・・・。

 大晦日の、忘れ得ない、ひとつの思い出である。





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最終更新日  2002年12月31日 02時27分29秒


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