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引越し作業中のトミーです。 父が他界して以来、成田から会社に通っていて、一人暮らし先を引き払う予定です。 ・・・とはいえ、たまに帰って、片付け、荷造りはかなりキツイです。 先週友人達に手伝ってもらって、本、CDだけ箱に詰めて・・・それだけで1日が終わりました(爆) 今日は先週詰めた箱の整理。要るもの要らないものに分けて・・・ 要らない本は箱に詰めて→6箱ブックオフ着払い宅配便へ発送。 雑誌はガムテープで縛ってゴミへ。 要るものは箱に更に整理して詰めて。 また1日が終わりました(爆)(爆) 少し土地(畳)が見えたかと思ったら、押し入れの存在を忘れてて、意気消沈。 え?6月頭には引越すよ?成田だけど・・・。 明日は筋肉痛です。
2007年04月29日
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先週の日曜日、父が他界しました。 土曜日の朝7時、突然母からTELがあり、最初『今日は必ず帰ってきて』というので夕方帰ればいいかなぁと思った。 ・・・今にして思えば、その判断からして間違いだった。 8時、母から二回目の緊急TEL。 『すぐ帰ってきて。』 母は私が具体的用件を聞いても説明してくれない。・・・あまりの事態に説明できなかったのである。 急いで帰って見れば、父は既に倒れていて昏睡状態。いびきをかいているが反応はない。急いで救急車を呼び、病院へ。 脳内で大量出血・・・医師は『もって今晩』と私たちに告げた。 悪夢だ。 夢なら覚めてほしい。・・・何度そう思ったか。 今でもそう思っている。 よくよく母から聞くと、最初のTELがあった時には既に倒れていたらしく、ただ意識はあって回復するのを待っていたらしい。 『あの時こうしていれば』などとは言えなかった。その言葉は母を追い込むだけだったから。 病院の個室に移され、私は父の友人、知人、親戚に片っ端からTELをした。だか先週の土曜日は陽気が良く、大抵TELに出ない。何回かに分けてかけた。母のサポートとして母のお姉さんに来てもらった。私の相方(彼氏)にも、仕事だったが無理言って来てもらった。・・・正直二人が来てくれていなかったら、私たち母子はどうなっていたかわからない。 父と最後に会話をしたのは2月の連休の時だった。私は実はその時父を叱りつけている。普段から酒を飲み、テレビに向かって悪態をつく人ではあったが、連休最後の朝、私が会社に直行して行く時に、普段より酷く悪態をついていて・・・あまりに酷過ぎて思わず怒ってしまったのだ。 それが父との最後の会話らしい会話だった。今思えば私と離れる寂しさのあまり、出てしまった悪態だったのだろう。私は父が私の仕事や収入が伸びず、正社員、契約社員にもなれず、結婚すらもしない状態が情けなく歯がゆい気持ちでいるのだろうと思ってしまった。故にその後部長に半ベソかきながら雇用条件に関して相談するのだが。(結果は時期アップ止まり) 父の気持ちなどわからなかった。父っ子と自負する私はまるでわかっていなかった。当事者でいるとわからないもの・・・と痛感した。 4月の頭に父の顔を見に実家に帰ろうと考えてはいた。が、風邪を引き、更に彼氏と新しく住む部屋探しをもう少しすすめてから、報告も兼ねて会いに行こうと考え、実家に帰るのを先送りしていた。・・・後悔しても後悔しきれない。 病室に、母も看護婦もいなくなった少しの間、私は『まだ何も話して無い!』『帰るんだ!家に一緒に帰るんだ!』と子供のように大声でダダをこねた。廊下にはさぞかし悲痛な叫びとして響いていただろう。 私の彼氏が来て、父の友人が来て・・・父は嬉しそうだった。人口呼吸器を付け、苦しそうに息していて、医師は『意識は無い』と言っていたが、私には嬉しそうに見えた。 去年の春、家族で花見をした時に写した写真をもとに描いていた絵を病院に持ってきて(彼氏が持ってきてくれた)見せた。春先に渡そうと思っていたが、失敗してしまい、渡せずにいたのだ。色塗りを失敗してしまった絵ではあったが、父は嬉しいそうに見てくれた。 父の汗を吹き、頭をなで、手をしっかり握り、話しかける。母と私は病室で出来る精一杯のことをした。 父の友人が『諦めてはいけない』と言った。私も母も少なからずそう思うことにした。 昼12時から病院入りし、夜10時くらいになって、父の熱が下がり、母を仮眠させに自宅に帰らせた。 その判断は間違っていた・・・と思いたくない。だか深夜1時近くなると、父の呼吸ストロークが少なくなり始めた。ヤバい!と思った私は速攻ナースコール。と同時に母を起こし呼んだ。 父の呼吸はどんどん弱くなっていった。私と彼氏は『お母さんが来るまで頑張って!』と声をかけ続けた。何度も何度も何度も何度も何度も・・・ 父の呼吸ストロークが止まった時、母は到着した。父の手をとり、父を見つめる。母は『もうダメなの?』と父の頭をなでる。実は病室には心電図が無い。だから心肺停止した瞬間はナースステーションでしかわからないようになっている。母が到着した時、父の口の動きはは止まっていたが、父が死ぬ前に間に合っていたものと、私は信じたい。 母が到着してから5分後、医師が来て心肺停止を確認。4月15日01時30分死亡と診断された。 早すぎる死。 後悔だらけ。 いや、後悔の無い別れは無いのかもしれない。 父よ、不肖な娘で申し訳ありませんでした。 これから母としっかり生きていきます。 お父さんの娘に生まれたことを誇りに思っています。 ありがとう。お父さん。 そしてお疲れ様。 2007年04月15日(日) 01時30分 父ヒロシ 永眠 70歳
2007年04月23日
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世の中偶然にもこんな事に出くわすものなんだなぁ~としみじみ思う、呆れモードのトミーです。 前回のスーパーでのトラブルのオチです。 日記を書いた後、あまりにムシャクシャしていたので、スーパーのホームページに入り、問い合わせコーナーに“スタンプ”についての苦情を書いて送りました。次の日の昼、携帯に問題のスーパーの店長から早速お詫びのTELがあった・・・のまでは良いとしよう。事情を聞くと呆れモードが更に増してしまった。 つまるところ、“スタンプサービス”は客向けに中止した訳では無かった。8日に終了したのは“従業員向けスタンプサービス”であり、“顧客向けスタンプサービス”では無かったらしいのだ。つまり私が当たったレジの店員が、「顧客向けのサービスも終了した」と勘違いをしていて、不運にもスタンプサービスを受けられ無かった・・・というのだ。 アホか? あほか? アホ? 店のサービス、従業員の教育、店のレベル・・・程度が知れた感じで、ますます不快になってしまいました。 あの自身満々にスタンプカードを突っ返して来た店員・・・確か“フロアチーフ”とか名札に書いてありましたよ?バイトでも、パートでもありませんでしたよ? 私が些細な事を気にしすぎなのか? 店に理想を求め過ぎなのか? ・・・よくわかりません(T_T) 当然昨日のレシートとスタンプ台紙を持って、昨日の分のスタンプは押してもらう事にしましたが、なんとも晴れない心境です。 やっぱり私が不運なのと、 あのスーパーに妙なトラウマが出来て、しばらく買物に行きたく無くなってしまった ・・・ということはハッキリしました。 あああ。 何だかやるせないのぉ~。
2007年04月11日
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なんちゅーかもう今の私は“不運”なのだと、諦めるしかない気がします。昨日近所のスーパーに買い物をしに行きました。西武池袋線沿線にはどこにでもある大手スーパーです。私はマイバック(仕事用のカバンですが)持参で、いつも買い物をしています。マイバックを持参すると“ニコ・ニコスタンプシート”という台紙に、買い物ごとにスタンプを1つ押してくれます。20個たまると¥100に交換してくれます。いつも買い物をしているので、当然2週間前~昨日まで何日かはそこのスーパーで買い物をしていて、その度にマイバックを持参し、“ニコ・ニコスタンプシート”にスタンプを貯めておりました。ところがです!昨日いつもと同じようにスタンプシートをだしたら、「4/8でサービスが終了しました」とレジの店員に言われ、スタンプシートを突っ返されました!一昨日買い物したときは何も言われなかったし、レジの店員さんはスタンプも押していましたが!?サービス終了した割にはポイントは新サービスに移行できないし!!!第一まだ店内のあちこちにスタンプシート(台紙)が残っているし!!!明確な張り紙などの案内も無いし!!!店員に代わりの新サービスはあるのか?ポイントは移行できるのか?とか聞いても「詳しくは知らないのです・・・」といわんばかりな感じで、誤ってはくるのですが、なんちゅーか心がこもっていないっていうか、「私は4/8でサービス終了と聞いていますので・・・」としか言わないので、反って腹立たしいこの上ない。なんていうか、ポイント移行できないのがむかつくとか、急にサービス終了スンナとか言いたいわけじゃなくて、“終了するくらいならアピールちゃんとしろよ!”って感じなのです。なんか今日の店員に「おまえ今頃騒いでるの?!知らなかったの?!」ってバカにされている感じがしたのです。常日頃利用しているスーパーだから余計に腹が立つ!!タダでさえ、昨日は部長に急な仕事ばかり頼まれ、夜の23時近くまで会社で仕事して、イライラしていたのに、更に追い討ちをかけるような、この“不意打ち”!!おまけに(昨日の日記は職場の超ネガティブ話にあるとおり)仕事するテンションがズンドコですし。。。そういえば去年の10月ごろの浅草寺と先月の鬼子母神でのおみくじは二つとも“凶”だった・・・。厄払いしたほうがいいんですかねぇ?????
2007年04月11日
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労使委員とやらの回答に、最近仕事のやる気が下降しているトミーです。 前回の日記に記載した“労働条件の不公平”“条件が上がる基準の有無”などについての返答です。 つまるところ「不公平にするつもりは無かったが、結果的にそうなってしまった。」「明確な基準は無い。」・・・んだそうな。で、労使委員会が何かをしてくれる・・・訳じゃ無くて、一応相談担当者を教えてもらい、そちらに直接相談してくれ・・・というものだった。うちの会社の労使委員は“労働条件に関しての抗議・運動はしてはいけない。”という規則があり、私の今回の抗議は“労使委員会の議題”には上げられても、会自体に直接的な抗議には執行力は無いので、結局個人が抗議するしか無い。 結局問題は“フリダシ”に戻った訳だが、何だか抗議するにもやる気が失せてしまった。労使委員会の返答から「会社からは、自分の存在があまり価値が無いと思われている」と感じざるを得ないからだ。どんなに頑張っても評価してくれていない。この先交渉してもきっとこんな感じだし、仕事内容もきっと変わるまい。・・・と呆れモードになってしまった。しばらく戻りそうもありません。 ということで、担当者に相談するものの、転職もぼちぼち考えます(T_T) その前に引越しがっ!
2007年04月10日
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