定年退職親父の独り言

2018.08.13
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テーマ: 読書備忘録(1543)
カテゴリ: 読書
​ ​伊丹敬之氏の著書を読む​​


出版社:日本経済新聞出版社 (2017/8/24)



昭和の時代を駆け抜け、最後には政府の臨時行政調査会という大きな課題に取り組まれた土光敏夫という人の評伝である。

この本は、ある方のブログで紹介され知ったのだが、著者が伊丹敬之氏であったことも興味を惹かれた理由の一つである。この伊丹氏がなぜ、いまこの土光氏の評伝を世に問うこととしたのか、その点に興味を持ったのである。

土光敏夫は、1896年(明治29年)生まれである。戦前に、石川島造船所に入社し、戦後、新たに発足した石川島芝浦タービンという会社の社長になる。それまでの手腕が発揮できるだけの小さな会社であった。その後、その親会社である石川島重工業社長となる。

そして1964年に社長を退任した翌年、請われて東芝の社長となる。7年間社長を在任し、会長に。そして経団連会長となる。6年間の在任の後、1981年に第二臨調の会長に就任し、1983年に最終答申をまとめ上げる。 1983年、何と87歳のときである。

著者は、この職歴の中の、石川島重工業社長、東芝社長、臨調会長の3つの時代をとらえて難題が飛び込み自身の仕事をした人としてまとめている。

ただ、その戦果は2勝1分けとしている。1分けは東芝社長時代のことである。1分けの理由は社長在任時の前半は成果が出たものの、後半はだめだったとの理由からである。 

それらの就任時にどのように取り組んできたかを丁寧にまとめ上げ、なぜこれほどまでの難題に対して成果を上げられ、また東芝では成果を上げ続けることができなかったのかについて分析している。

著者は、二勝に至った理由を、「現場の達人」、「凛とした背中」という土光の経営者としての際立った二つの長所をキーワードとして上げ、一分けの理由を、「経営のスタイル」と「大欲」という二つのキーワードでまとめている。

このうち「経営スタイル」についてだけここでは紹介したい。

「経営スタイル」には「直接話法の経営」と「間接話法の経営」がある。二勝した際は、「直接話法」の経営スタイルが効果を発揮し、東芝のような大組織においては最初は良かったが、後半では効果を発揮させることができなくなってしまったと著者は論じている。

現代における経営においても、いやこのような時代だからこそ、「直接話法の経営」と「間接話法の経営」のバランスが重要だというのが著者の結論かもしれない。

(2018.08.13)

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最終更新日  2018.08.13 10:21:14
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