専業主婦のひとりごと

専業主婦のひとりごと

PR

×

カレンダー

プロフィール

ちゃんさん

ちゃんさん

サイド自由欄






キーワードサーチ

▼キーワード検索

2006/03/01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
17年前の今日、高校の卒業式でした。


朝、ボストンバックに最後の荷物を詰め込んで、いつもは自転車で登校していましたが、その日はバスで行きました。

継母は私に関心を持たずでしたから、玄関で行ってきますといったら居間からは相変わらず無反応でした。11歳離れた妹は寝ていましたし、母違いの妹もまだ寝ていました。弟は私の隣の部屋で黙って私が出て行くのを見守っていたと思います。私が家出することを弟だけは知ってましたから。

念願叶ったその日でした。

18歳のその日まで、実の父と母が離婚して13、4年間、一度は母と暮らし、その後父側へ引き取られて以来、実の母以外の2人の母と暮らしたり、叔母に預けられたり、祖母に預けられたり、父の愛人とまで暮らして、父の帰って来ない家での私の生活は、父に想いを寄せる母達は帰宅しない父への恨みつらみを全てぶつけてくる毎日でした。

高校を卒業すれば、必要最低限の学力があり、後は自分で勉強して大学へ進むことも、専門職を学ぶこともできる。高校を卒業するまで、我慢する。そうして、辛い生活も乗り越えて、念願かなった、卒業式でした。
ここからは自分ひとりで生きていける。親がいなくても、自分でできる。

壮大な私の家出計画を聞いた弟が、泣いたのを思い出します。

弟は中学三年生でしたが、大丈夫、頑張るといってくれました。

友達から全て口止めを御願いしました。
友達は皆私の味方でした。幼少の頃からの苦労をわかってくれていたからです。

高校の部活の部室で、卒業式が終わった後に私服に着替え、制服を鞄に入れました。その間、後輩やOBの先輩達が複雑なまなざしで見ていた気がします。

私はとにかく何かに追われるように、生まれ故郷を旅立とうとしていました。早く早くここを出なければ、二度と今の生活から出られなくなる。私の未来は無くなる。こんな所にいつまでも私はいられない、いちゃいけない。

幸せはこれから自分で掴める、いや、掴んでみせる。

新幹線の駅で、知っていたメンバーが見送りに来てくれました。
泣かないつもりだったのに、嬉しい旅立ちだったのに、涙が出ました。本当は友達のそばは離れたくなかった。でも私は行かなければならない。そんな葛藤からだったのです。

扉が閉まり、故郷を離れる時、泣いてる友達がどんどん遠くなり、私はドアの所で泣き崩れました。

でも、次にこのドアが開くとき、私は泣いていてはいけない。
自分で生きていく為に、強くならなければならない。。。


昔、山陽新幹線は到着を知らせる音楽が鳴ってました。
あの音楽を思い出すと、私はあの頃の自分の勇気に涙が出てきます。
いろんな想いを思い出させてくれる音楽です。

あの旅立ちが無ければ、今の私はありません。

それから17年の月日が流れ、今ここにいる私は、


前の日記にも書いたのですが、
幸せは自分で掴むもの、これが私の思考です。
待っていても、人に頼んでも、自分の幸せは望めない。
幼い頃からの生活での境遇の結果による発想でした。

私、置手紙にこう書いたんです。
「私は自分の幸せを自分で掴むために家をでます」
生意気な高校生ですね(笑)

また今年も沢山の人たちが故郷を後にしたりして、旅立っていくのでしょうね。いろんな想いを胸に旅立っていくのでしょうね。

この先にいろんなことが待ち受けているかもしれないのですが、自分の信念だけはいつも心に持ち続けて、頑張ってください。

人生は1度しかない。やり直しが効かない、後戻りができない。
だから、1歩1歩前に進むたびに「後悔」だけはしない選択をする。
そう思いながら、ここまで進んできた私なのでした。

今日は私のもう一つの誕生日。。。なのです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006/03/01 05:13:15 PM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: