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昨日、購入してまいりました「真・三國無双MULTI RAID」。 今までの三國無双とは違うテイストです。 キャラと名前を決めるのにものすごい時間かかりました。 凌統が好きなので「呉」を選択、凌統でスタート!と思ったのですが、 ひそかに好きな周泰の覚醒姿にホレて周泰スタートとなりました。 周泰は刀がメイン武器です。 名前も「さつき」を感じでつけたかったのですが、「皐」の漢字を探しきれず、 別の名前に クエストをこなしていたのですが、2章の最後、呂布とヘギシャ(犬?)でぱったり詰まってしまいました…。 武器同士の相性があるとのことなので、某掲示板でいろいろ情報を集め、サブ武器に棍を持っていきなんとか勝利しました。棍って周泰が一番苦手武器やし その後は鉄糸武器を作り、それでクエストに行ってます。 しっかし、難しいゲームです。 大人数で遊ぶような仕様になっているらしいですね。 すぐ敵に囲まれるし、ぼこぼこにされるわで死にまくりです。肉まん必須。 まぁ、システム等街が発展するとかけっこう好みなのでのんびり楽しもうと思います。 ちなみにダンナはノリで張コウスタート。ちょっと失敗したっていってました。
2009年02月27日
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ファミコンにどっぷりはまってしまい、ゲーム漬けの日々を過ごす毎日。 (ファミコンに関してはまだまだ語りつくせていないような気もしますが、とりあえずは進めることにします。) もちろんゲームボーイにもはまり、いろいろ遊びました。 テトリス、マリオはもちろんのこと、かなりはまったのはダブルドラゴン。 暴力的な感じがいままでになくけっこう衝撃的でした。 あと、当時「機動警察パトレイバー」にはまっていたので、ゲームも持ってました。 これはゲームボーイもスーパーファミコン版も。 今文庫本で読み直してさらにおもしろいと思った作品でもあります。 クイズゲームでは「アメリカ横断ウルトラクイズ」にはまりました。 機内クイズでつまってなかなかハワイ(グアム?)に降りられなかった思い出があります。 あと、ゲームボーイで一番はまったのは…「聖剣伝説」です。 いちばん長い間やってたと思います。これまたイラストとか描いてみたりして。 余談ですが、高校に入り、バイト先に忘れ物としておいてあった「ポケットモンスター」にもはまった覚えが。いつの間にかバイト先からなくなっていましたが^^; 小学校高学年か中学に入った頃にスーパーファミコンを買ってもらいました。 スーパーマリオやF-ZERO、そしてファイナルファイト1,2にはまりました。 ハガー市長ラブでしたどうやら力でごり押しタイプが好きなようで…。 スーファミ時代によくやっていたのは「がんばれゴエモン」。 あのコミカルな感じが好きでした。最近も懐かしすぎてwiiでソフト購入しちゃいました。 そしてそして、「ファイナルファンタジー4.5.6」と。 当時たしか一万円越えていたと思うのでもらったお年玉を握ってお正月にソフトを買った思い出があります。 6のオープニングに感動したものです。 「ドラゴンボール」にもはまっていて、ゲームをよくしました(格闘ゲーム)。ナメック星あたりのくだりが一番好きです。ピッコロと悟飯の師弟関係が好きでした。これまたイラストを描いてみたり… 「ストリートファイター2」にもかなりはまりました。 全員クリアを目指しましたが、ザンギエフだけは使いこなせませんでした 他には 「パロディウスだ!」 「スーパーマリオカート」 「ドラゴンクエスト5」 「大爆笑!人生劇場」…ボードゲーム。 「伝説のオウガバトル」 などなど。シュミレーションも少し覚えたりしました。 スーパーファミコンの頃から「ブレスオブファイア」シリーズにはまりました。 (いろいろなゲームにはまりすぎ) 「トルネコの大冒険」シリーズもスーパーファミコンで覚えました。 「ドラゴンクエスト1・2・3」は、スーパーファミコンでクリアしました。 2はファミコンでもあったのですが、絶対に復活の呪文が間違えて記録してあって続きができなかったんです 「新桃太郎伝説」 和風が好きでよく遊びました。ファミコン時代の「桃太郎伝説」からのファンです。 主にロールプレイングにはまった時代です。 当時はFF6が大好きでした。 アニメ系にもはまっていたので、アニメのソフトもけっこうあったと思います。 純粋に、どっぷりはまれる良作が多かったんじゃないかと思っています。 ゲームボーイ、スーパーファミコンはこんなところでしょうか? 次回はプレステでも振り返ってみます。
2009年02月19日
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もうすぐさつきの初めての節句! そろそろ買っておかないとやばいやろうということで、雛人形を見に、母といっしょに大阪の松屋町へ行ってまいりました。 松屋町といえば…「ますむら!ますむら!ますむら!」っていうコマーシャルしか知りませんでしたが… いわゆる「問屋さん街」です。 人形の問屋から、おもちゃ・駄菓子・などの問屋さんがずらりとならんでいました。 初めて地下鉄松屋町駅を利用したのですが、駅のなかのディスプレイに各お店の雛人形がかざってあるのにはちょっと驚きでした。 母とは現地集合ということで待ち合わせました。余裕をもってやや早めについたものの、時間をつぶせるところがなくてどうしようかと思いました。(とりあえずローソンで寒さをしのぎました。 母と合流し、さっそく人形屋さんを回りましょうかということで通りを歩くことに。朝ちょっと早かったからか、人気がまったくありませんでした。人気がないというよりかは、わたしの準備するのが遅いだけだったのかも…きっともう皆さんは買い終わっているくらいだったのかも。 人が少なすぎて、お店のひとにすぐ目をつけられるやろうなぁと母と話していたところさっそく、駅からすぐのとこにあるお店のおばちゃんに呼び止められ、「とりあえず勉強のつもりで見るだけ見ていってくださいな~。」と店内に入ることに。 一階には主にケースに入ったお雛様が売られていました。 お雛様とお内裏様ふたりのものが多く、安いものから高いものまで一通りある感じでした。 ネット等でも見ていて、最初はケースに入ったものがいいかなぁと思っていましたが、(片付け・保管等楽そうなので)並べるタイプのものを勧められ、ありかなぁと思うようになりました。 というのも、うちにあったお雛様は7段くらいある全員勢ぞろいのけっこう豪華なもので、人形や家具をさわったりするのがとっても楽しかった思い出があるのです。お内裏様の腰についている刀を抜いて「えいやぁ」っと三人官女を切ってみたりw家具でおままごとをして壊してみたり…w 壊したりするのはよくないですが、実際お人形を触れるほうが将来愛着がわくのでは?と思い並べるタイプのもの視野に入れてみました。 そこで勧めてくれたケース入りのものの値段は最初9万1000円だったのですが「朝いちやからがんばらせてもらいます。」と5万8000円に。一気にえらい安なったなぁと思いつつも「ちょっと他もぐるっとまわってきます。」と店を後に。 最初の店をでてすぐ隣のお店に入りました。 隣のお店はかなり広く、フロア一面お雛様で埋め尽くされていました。他のお客さんもいたのでしゃっと入って軽く見ていました。 そこにはケースに入っていない、お雛様とお内裏さま二人のものがたくさんありました。特価で売っているものがけっこう気になり、見て迷っていると、お店の人が赤い箱を持ってきました。 「今買っていただくと、こちらのちゃんちゃんこもお付けしますよ~。」と。いわゆる「べべ」もつけてもらえるとのこと。 これにけっこう惹かれてしまいました。着物も着せてあげたほうがいいかなと思っていたものの「さらにお金かかるなぁ…」と思っていたからです。(せこいっちゃせこい話なんですけど) べべがついたのも大きいですが、なにより人形の顔、人形の着物の感じがわたし好みだったのと、ぼんぼりが線でなく電池で明かりがつくこと、そして後ろの屏風の色合いが気に入って、けっこう即決に近い状態で買う事を決めました。 わたしの性格上、気に入ったものはすぐ買ってしまうのです。 いろいろなものを見て比較するのも大事だと思うんですが、見すぎると返って迷ってしまうことになってしまうので、「いいな」と思ったらけっこうすぐ決めてしまう性格です。 母も気に入ってくれたので、いい買い物ができたかなぁと思っています。 お金出してくれるのは母なので…せっかくなら母も気に入ったものを購入したいと思っていたのでよかったです。 さっそく明日午前中に届くよう手配してくれたので、明日朝を楽しみに待っておきます。 ひなあられ買って準備しておかなくちゃ! ちなみに3月3日はダンナの誕生日。 きっと初節句に負けてテキトーな扱いになってしまいそうですけど
2009年02月17日
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最近ダンナが楽天でブログをはじめました。 今までブログにさっぱり関心なんて持っていなかったんですけど、急に「作ってみたくなった」んですって。物事を始めると凝りだす性分なのでこの土日、楽天ブログの管理メニューをずっと開いてなにやらいじっている様子です。 わたしのブログのこと今まで公にしてなかったんですが…いよいよばれてしまうのかぁ 付き合ってる頃のこととか書いてたりするから恥ずかしぃ~ 「見ないよ」とはいってくれてますが、きっとひとりのときは見てたりするんでしょうなぁ。 先日書いたファミコンの話。 いろいろ思い出して書いていたら懐かしくなっちゃって思わず「ニコニコ動画」でファミコン画像を堪能してしまいました。 「さんまの名探偵」の動画がありましたが、音楽やらいろいろトラウマ要素が今見たらどうってことないんですけど、小学生時分には怖かったんでしょうね。島田シンスケも殺されていたのを思い出しました。 きっと実家にはまだファミコンがあるだろうから今度実家帰ったときあさってこようかななんて考え中です。
2009年02月15日
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よくおじゃまさせてもらっている方のところでゲーム史なるものが編纂されているので、わたしもちょっと振り返ってみようかなと思い、まとめてみることにしました。 わたしのゲームとの出会いは父がマージャンをしたいからということでファミリーコンピューターを買ってきたところから始まります。 覚えているのは小学校1年くらいだったと思います。 ファミコンの発売日は1983年7月15日とのこと。 初期のファミコンソフト、けっこう我が家にあったように思います。 麻雀:ルールなんてなにもわからず遊んでいました。意味もわからず「ポン・チー・カン!」と叫んでいたような。 ドンキーコング:王道でしょうか?死ぬほど遊びました。あと、ドンキーコングJrも死ぬほど遊びました。 テニス:おじいちゃんに初めて買ってもらったソフト。レベル1~5まで選べたと思います。レベルによって相手の服の色が変わるのですが、ピンク色のときは「おかま」、茶色のときは「ジャイアン」と呼んでいました。マリオが審判で「デュース」というときの音声をよくまねしていました。 ピンボール:オープニングだけ音があり、ゲーム中は無音。ピンボールのはじかれる音だけが響き渡っていた。 F1レース:少しでも相手に接触すると爆発というゲームだったような。タイムアウトになると徐々にスピードが落ちて止まり、ゲームオーバーとなる感じがなんかせつなかったのを覚えている。 ダックハント、ボーガンズアレイ:ファミコンに「ガン」を接続して遊ぶソフト。ダックハントは鳥やクレー射撃、ボーガンズアレイは対人でした。ボーガンズアレイで、撃ったらいけない人(警官や女の人)を撃つとブザー音と画面が赤く点滅するのが怖かった。 …といろいろ書いてたらきりがない wikiで調べて持っていたソフトを羅列してみます。 マリオブラザーズ ナッツ&ミルク ギャラクシアン バルーンファイト アイスクライマー フォーメーションZ レッキングクルー スーパーマリオブラザーズ キン肉マン マッスルタッグマッチ スカイデストロイヤー マッハライダー いっき スペランカー ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境 影の伝説 マイティボンジャック 魔界村 北斗の拳 スカイキッド うる星やつら ラムのウェディングベル 迷宮組曲 たけしの挑戦状 ドラえもん ドラゴンバスター ドラゴンクエスト2 悪霊の神々 など… 書きだしたらとまらない みんなはほとんど丸ボタンのファミコンでしたが、うちは初期のものでボタンが四角でした。自慢だった反面、困ったことが。四角ボタンのファミコンだと「さんまの名探偵」がクリアできなかったのです。 さんまの名探偵:最初にはまったアドベンチャーゲーム。オープニングの文珍さんが殺されるのが怖かった「かにかにどこかに?」はたまに今でも使ったりします。人が家にいるかどうかは電気のメーターがぐるぐるまわっているかどうかを確認すればよいと学んだソフトw横山やすしとのボートレースはA、Bボタン連打なのですが、四角ボタンだと押したまま引っ込んでしまって連打できず、ここで詰まってしまいました。後に連打コントローラーを購入しクリアすることはできましたw ドラクエ3:ダーマの神殿へついたところでずセーブデータが消えるという呪いがかかっていましたwファミコンをつけてすぐのあの呪いの音楽がトラウマとなり、ドラクエを始めるときは必ず音量をゼロにしていました。ファミコン版はクリアできたのか覚えてません後にスーファミ版でクリアしました。 ドラクエ4:今考えると一番はまった&好きなソフトだと思います。ライアンを意味もなく1章でレベル40くらいまであげたりしていました。第四章が一番好きでした。話やら音楽やら。真っ青のキングレオがすごく怖かったのを覚えています。好きすぎて4のキャラのイラストを描きまくっていました。グッズなどもアニメイトに買いにいったと思います。スライムのぬいぐるみ買ったりしてたかも…余談ではいま我が家には「スライムコントローラー」たるものがあります。実に使いづらいw そのころ、ドラゴンクエストの4コマ漫画が流行り、自分でも書いて友達と見せ合いっこしていました。ゲームのキャラクターをイラストにしてみたりすることから入り、高学年ではマンガやアニメにもどっぷりと漬かっていくことになります。とりあえず、小学生時代はゲームに没頭していました。裏技の載っている「大技林」なる分厚い辞書のような本もよく読んでいました。男の子はもちろん、女の子もけっこうゲームしていました。みんなで中古ファミコンショップへでかけたり、ゲームの貸し借りをしたり。わたしが「ファイナルファンタジー」のおもしろさを知ったのは、女友達の家でプレイした「3」がきっかけです。といっても3は未だにやったことなかったりするんですけどね。ちょっと支離滅裂になったかも知れませんが、ファミコン・小学生編はこんなかんじで。
2009年02月13日
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2月頭から一週間、糖尿病の教育入院をしてきました。 入院の荷物が山盛り。プチ夜逃げばりでした 自分のものよりさつきのミルクやらおもちゃやらがかさばりました。 糖尿科の病室に入院したのですが、入室してすぐに雰囲気に慣れないさつきが号泣。 仕方ないやろなぁ…と思いつつ、しばらくしたら看護師さんが。 「たいへん申し訳ないですが、隣の方があかちゃんの泣き声が気になるから病室を移動してもらえませんか?」と。 いちど広げかけた大量の荷物をまとめなおして、婦人科の病室へ移動しました。 入院中は毎日一時間ずつ糖尿病について勉強する時間が設けられました。 糖尿病とは?から始まり合併症のことや、低血糖のことやら。 外に出て体を動かす時間もありました。 本来なら二週間入院してみっちりお勉強するようですが、すでにインスリンも導入しているしさつきもいるからと一週間にしてもらいました。 なので、お勉強時間以外は自由時間。 かなりの~んびりしていました。そしてずっとテレビを見ていました。 さつきはお医者さんや看護師さんにこれでもかと愛想をふりまき、わたしとふたりになったらおお泣きしてました。彼女なりに気を使ってたんでしょうかねぇ? 入院当初は平均200から300あった血糖値もインスリンの量を増やして、退院ちかくには朝夕二回の注射で90から100くらいを維持できる値になりました。 詳しい検査結果は次回の外来でとのことで退院してきました。 病院の規則正しい生活を送っていたにもかかわらず、なぜか体重がやや増えました 3食バランスよく食べたからでしょうか? 今後も食事に気をつけてインスリン投与を続けていればそんなに重大なことにはならないだろうとのことなので、ぼちぼちがんばっていこうと思います。 (教育入院中のことはその日のことをぼちぼち振り返って記入していこうと思います。)
2009年02月09日
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今日で4日目。案外早い。 8時朝食。血糖値120。インスリン12から14単位に変更。 10時過ぎに部長回診。7人くらいが病室になだれ込んできた。 ありがたい(?)お言葉をいただき、一斉に去っていった。 12時昼食。血糖値164。 13時より教室。今日は運動なので参加しなくていいといわれていたが、さつきを預かるのでせっかくなら参加してくださいとのことで外へ。 久しぶりの外の空気、気持ちよかった~。 運動の後、簡単な講義。 糖尿病になってしまった人は「自分がダメだから糖尿病になってしまった」「どうせわたしなんか」とネガティブになってしまいがちとのこと。 それでは病気も快方に向かわないので、 ほめる・はげます・仲間をつくる・記録を残す ということを実践してほしいとのことでした。 教室終了後、母と父がお見舞いに来てくれました。 父がお見舞いにきてくれたのはびっくり! しばらく話をして過ごしました。 18時夕食。血糖値153。インスリン10単位。 夜ダンナがお見舞いに来てくれる。 がんばって自炊をしているそうだが、ごはんと麺類ばかりで力が出ないとのこと。 さすがに肉っ気も食べたほうがいいと、今日は帰りに王将にでも寄って帰るとのことでした。 後にメールで「久々の餃子とから揚げめちゃおいしかった!」と報告がありました。
2009年02月05日
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朝から採血7本分も採られました。さらに食後2時間経ったらまた採血とのこと。 8時朝食。血糖値165。インスリンが8から12に変更。 10時過ぎ、いつも診ていただいてる先生がこられる。 先生より、昨日計ったHa1Cが10.1%だったとのこと。 これからインスリンの量等さらに検討していくとのことでした。 そして土日は糖尿病教室がないので、特になにもなければ土曜退院でいいですよと いわれる。ラッキー 11時、昨日から続けているクレアチニン・クリアランスが終了。 ついでに検便も採取。 12時昼食。ご飯の時間が楽しみで仕方がない。血糖値343。 なんとハンバーグがでた!おいしかった。 14時から糖尿病教室。 今日は外部参加も可能なもの。運動療法についてとインスリン薬品の違いについて。 参加している人はほとんどがおじさん・おばさん。 わたし(30歳)が一番若かったと思われる。 教室終了後少し疲れて、さつきに添い乳している最中一緒にお昼寝。 18時夕食。血糖値229。 夕食後はのんびり。 21時半の血糖値は289。
2009年02月04日
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2日目の朝。少し寝坊気味。さつきも激しい夜泣きもなくぐっすりだった様子。 7時半に血糖値測定。178。 8時にインスリン8単位を打ってから食事。 11時より、クレアチニン・クリアランスという検査。 24時間の尿をすべて集めて、腎臓が一日にどれだけの量の血液を掃除できるか調べるというもの。トイレのたびに瓶にためていきました。 12時より朝食。血糖値290。 13時からは糖尿病教室。今日はフットケアについて。 糖尿病になると神経障害がでて、足に壊疽が起こったりするため足は毎日一回は点検することを重々念押しされました。 神経障害のため自分では足が腐り始めていることに気づかず、他の人に指摘されて気づいた人や、ヒーターの前に足を投げ出して寝ていて足が黒くなるまで焼けてしまった人の話を聞かされました…。うそのようなほんとの話とのことでした。 教室は1時間で終了。 今日は母親がお見舞いに来てくれました。2時間ほど話し相手&さつきの子守をしてくれました。 17時過ぎ、母親が帰ったのちシャワーを浴びに。 さつきもシャワーをしないといけないので、介護用の広いシャワー室を借りましたが、広いだけあってなかなかぬくもらず。さつきを脱がせてシャワーさせて服着させるまで自分は裸。風邪引きそうでした…。 18時夕食。夕食前の血糖値229。インスリン8単位。 食事の後、ダンナがお見舞いに来てくれました。 一日しか空いていないのに、さつきにでれでれ。わたしはほったらかし気味でした。 さつきを心行くまで抱っこしたのち、面会時間が終わる20時前に帰りました。 21時半の血糖値は327。夜が高いです。 今日は目がさえていたので、眠くなるまでPSPで遊んでいました。
2009年02月03日
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いよいよ今日から入院です。 ダンナも付き添ってもらい、大量の荷物を持って病院へ。 自分の荷物(キャリー)+さつきの荷物(大きい袋3袋)+ベビーカーでプチ夜逃げ状態w 11時にきてくださいと連絡があり、20分ほど前に着いたものの月初&月曜日ということで入院するひとがわんさかいました。 結局手続きをして病室に案内されたのはお昼前。 ダンナが一言、「部屋の番号964(苦しむ)やな。」って。 いらんことを言うなっ 到着してすぐ昼食をとりました。 入院してすぐの病院食…正直足りませんでした ダンナも 落ち着いてから、先生と看護師さんが。 ほんとうは13時から糖尿病教室があるけれど、入院生活の説明や病状の聞き取りが終わっていないからということで初日からお休み。 糖尿病となったきっかけから今までの経緯を説明。 あとは聴診や、足の痺れがないかバイブする器具を当ててバイブがなくなったときに合図をする検査をしました。 しばらくしてから看護師さんが申し訳なさそうに病室へ。「実は隣の患者さんから赤ちゃんの声が気になるといわれているので、病室を移動してもらえませんか?」と言われました。 たしかにさつきの泣き声、病院の廊下に響きわたるなぁとちょっと気にしていたので、快く了承。婦人科の女性フロアへ移動しました。 移動後、糖尿病に関するリーフレットをいくつかいただき、簡単な説明。その後18時より食事。さつきは慣れない環境のせいか、いつもは寝ることのない19時ごろに寝てしまいました。 21時半に血糖値を測定、看護師さんに報告後22時に消灯。 わたしも疲れてしまったのか早々に寝てしまいました。
2009年02月02日
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