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久々に日記の更新をします!模様替えをしてから、かなり気合を入れて英会話の練習をしていたのと、招待されている友人の結婚式の洋服を見にいったりなど外出が重なったのとで、更新できませんでした。今日はスーパーで、カゴメから出ている野菜ジュースを1ケース買ってきました。積極的に野菜をとりたいと思って野菜ジュースは全部試してきたのですがここのが一番おいしいのと、最近50パーセント食物繊維がUPしたのとで、購入を決めました。(緑のほうですよ!)体に入れるものや、肌につけるものは、少し値がはってもなるべくいいものを使おうと思うようになりました。近頃、今後の進路について両親と話し合うことが多いのですが、話しているうちに、根本から私と考え方が違うことに気づきました。最初は反発していたのですが、昨夜も話し合いのあとしばらく自分で考えていて、思いました。両親だって別の人間なのだから、私の考えを理解して賛成してほしい、と思うほうが「わがまま」なのではないかと。だから、両親の考えを心にとめつつ、自分の道を歩んでいけばいいんじゃないかと。確かに両親のほうが私より長い人生を生きているし、私によかれと思って助言をくれているのだとは思う。けれどそれはあくまで助言であって、絶対的に私を動かせるものではない。人間やっぱり自分で実際経験して学んでいくものだと思うのです。だめですね、私の心にはどうしても無意識のうちに、親を裏切っちゃいけない、といい子ちゃんを演じている部分があります。その状態がすごく苦しい。思えば何かしたいというときにも、なるべく怒らせないような方法を知らないうちに考えているし、どんなに苦しかったり悲しかったりしても絶対親の前ではそれを見せません。両親は、私とともに生活していても私のことをぜんぜんしらないと思います。しばらくは自分の心から両親というフィルターを排除して考えていこうと思います。さあ、今日も仕事にいかねば!何があっても、生徒は私を待っている^^
September 29, 2003
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今年の6月下旬の日曜日。午後11時20分、池袋駅に到着した山手線の先頭から5両目。黒スーツをきて黒いサングラスをかけた集団40人が、それぞれの扉から一斉に乗り込んできた。 一切会話をせず、立っている人は全員窓の方を向いている。人は各駅ごとにふえ、東京駅のホームに一斉に降り立ったときは250人を超えていた。2ちゃんねるというネット上の掲示板で、いろいろなイベントが提案され、実行されているという話を、AERAで読んだ。上に書いたのは、「マトリックス」の真似をするというイベントの参加者たち。スミス役の人は笑いたくても役柄上笑えなかったという。写真がのっているんだけれども、電車の中に本当に同じ格好の人たちがずらり。爆笑してしまった。掲示板上でペンネームで知り合って、基本的にナンパ禁止なので、その場で出会っていっしょにイベントをしてその場で解散。匿名で出会って、二度と会わないという関係の薄さが魅力なのだそうだ。広島の平和記念公園の千羽鶴140000羽が放火されたという事件があった。2ちゃんねるでとある学生が呼びかけ、少なくとも3000人が、130000羽をおったという。おもしろいなぁ。と単純に思ってしまった。夏にいった、バイト先の塾の合宿なんかを思い出した。合宿先では、もちろん講師同士がいっしょの部屋になるのだけど、いろんなところからきている人たちとたちまち友達になる。寝転んでしゃべったり、デジカメを使って映画撮影をしてみたり、最後の夜はお酒やお菓子を持ち寄って飲み会をしたりと、本当に楽しかった。でも・・・・・特に誰も、ケータイを聞きあったりしなかった。だけどなんだか、異様に楽しかったのだ。お互い名前すらあいまいだったりするのに、ばか話をして笑い転げたり、人の恋愛話を自分のことのように考え出したり。もう数日後には別の場所で別の日常をあゆんでいくのに・・・・でも、こういうのもありなんだなぁ、と思ったりする。多分2ちゃんねるのイベントに集まった人たちって、純粋にそのイベントの内容に魅かれて集まるんだから、きっと仲良くしてみたら気が合うんだと思う。でもそこで、むやみに深入りしない、次の約束なんかしない・・・・ってのが、逆に楽しめる要素になってるんだろうなぁ。「カラオケボックスの部屋を風船で埋め尽くすイベント」なーんてのもあったらしい。8人で風船300個を膨らませて首まで埋もれる。「やってみたい」なんて思ってしまう。まったく言葉をかわさない「瞬間イベント」。たとえば「3年B組金八先生」。ドラマのタイトルシーンを再現して解散する。ある日、ある場所に大人数で集まり、一人が「3年B組!」と叫ぶと、全員が「金八せんせ~~~~~い!」と叫んでその一人に駆け寄るだけ。いっしょに馬鹿なことをした記憶と、写真だけがHPに残る。思い浮かべただけで笑ってしまった。きっと「ばっかじゃないの」って思う人もいるだろうな。でも私は「日本も捨てたもんじゃないな」って思ってしまった。思えば私たちは、小さいころ、こういうことが大好きだったじゃない?バービー人形を何体か持ち寄って、このコがお姉さん、このコが妹ね。そんな役を決めて、もう人形の世界に入り込んで遊んでいた。家の横のどぶをまたいで奥のほうにある家の花だんを、「秘密の花園」と名づけて幼馴染とわくわくしていた。中学生のころ、黒板のチョークをクレヨンに変えて、先生をびっくりさせた。楽しくて、仕方なかった。そんな数々のことを、大人になってからやるから、面白いと思われる。ばかみたいと思われる。でもきっと誰の心にも、いつまでも、幼いころの楽しくてたまらない思いは刻まれているのだ。それがうずいているんだと思う。長く続けたいと思っても、続かない出会いもある。まさかと思った人に、長くお世話になることもある。そんな出会いのひとつとして、こんな「瞬間の出会い」もたまにはいいかもしれない。 名前なんか知らなくても 軽いジョークで笑えたね あの仲間たち またいっしょにいこうよ I remember sweet memories おかしいのになぜか涙が出たよ sentences by Izumi Sakai
September 26, 2003
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例のお弁当屋さんのおじさんにあった。約束は、馬場の交番前に12時。何かお返しに渡したほうがいいと思い、新宿によるつもりで早く出たのだけど、出先から母に「かしこまった関係じゃないのだから、特にいらないのでは?」といわれて、確かにそうだなと思い、馬場へ直行。NewYorker’s Cafeに入ってカフェモカを注文。ここのカフェモカは、ココアとはちみつを少し添えると絶品。(カフェマニア情報!このカフェは青い外装が目印。馬場に二店と渋谷、千駄ヶ谷などに進出。新宿にもできたようです)席に座って、メモ帳に聞きたいことをまとめようとしながら回りを見回すと、こんな早くから勉強してる女の子が何人かいた。なんか私は、こうやってカフェで勉強してる人を見るのが好き。がんばってる姿がもともと好きだからかもしれないけど・・。しかもみんなおしゃれな格好をしているし、うれしくなる。私もカフェで勉強するのが好きだ。そんな感じでボーっとしていると、隣に一人の男の子が座った。最初気づかなかったのだけど、かなりの煙(タバコの)がこっちにやってきたので、ふと目を向けると。朝ドラで活躍中の玉木くんそっくりの人が・・・・・!!もしかしたら本人!?と思いながらいると、彼はコーヒーを飲みつつタバコをふかし、片手でバッグから本を取り出した。「簿記2級」。そして電卓をものすごい速さで打ち始めた(笑)そんなこんなで12時に待ち合わせ場所に。お店にいるときのコックさん帽子もかぶっていない(あたりまえか!)おじさんがニコニコやってきた。車に乗せてもらって、新大久保のとあるしゃぶしゃぶのお店へ。食べ放題。アイスもケーキもある。「たくさん食べてくださいよ」といいながら、じゃんじゃんお肉を入れていく。昼間っからしゃぶしゃぶなんて食べたことがなかったけど、なんかうれしなって、久々に何も考えず食べたいだけ食べた。おじさんもたくさん食べてた。そしてそれから新宿御苑にいって、またしばらくお話した。今までいろいろな人にお話きいてきたけど、ちょっとおじさんが違うのは、「結婚」をひとつのテーマにして考えてるところだった。おじさんが言うには、差別という人もいるかもしれないけど、女性にとっては結婚するかどうかという問題は大きい。今は結婚せず自活していく女性もいるけれど、ともみちゃんには、素敵な人と結婚するという道もちゃんと考えてほしい、と。おじさんはまだ未婚だし、お弁当やのない夏休みなどはバイクでインドネシアをかけめぐりながら教鞭をとる(もう8回目だそうだ)くらいのパワフルな人。ちょっと年齢はわからないけど、すごくハンサムだと思う。そして親の介護をして看取ったり、商売の道へひょんなことから入ったりといろいろな経験をしたおじさんの言うことだから、ちょっと興味が持てた。女性はきれいでいられる時間は限られているし、夢を追って恋愛なんて考えないで進むのもありだけど、その中で自分を好きになってくれる人などに気づかずにとおりすぎていくのはまたもったいないことだ、といわれた。今の私は、正直、結婚しよう、したいと思う気持ちは、ぜんぜんない。今の彼も含め、男性の友達、先輩といても思うのは、異性の友達というのはやっぱり女性の友達と少し違うところもあるっていうことくらいだった。基本的に男性はさっぱりしてるし、お互い気兼ねする部分もない分、はっきりすっぱり物事をいってくれる。男性の観点って、ものすごく理知的な部分があると思うのだ。だから今後も、男女関係なくいろいろな人に出会って対話をしながら、結婚やら恋愛という関係を結ばなくっても素敵な関係をたくさん作っていこう、と思っている。けれど、とあるイタリアの友達にいわれたことがある。「イタリアではね、「食べて、歌って、恋をして」って歌われるくらい、この三つが人生でもっとも大切なんだ。だってさ、思わない?これ以外に、死ぬときまで大切なものってある??」その人は、仕事もバリバリこなすキャリアウーマンなのだけれど、イタリアで歌われるこの言葉は、真実だと思うという。正直、今の私には素直にうなずけないのだ。確かに自分も、おじさんの年になったらそう思えるのかもしれないけど・・・。なぜって、私は今まで、大切な人を何人か亡くしてきたから。それは友達だったり、大好きな祖父母だったりいろいろだけど、どうしても私の中では、自分以外のものって、いつどんな形でなくなってしまうかわからないものなんだ・・・っていう意識が強くある。大切なものを失ったとき、立ち上がり起き上がりたよりにしていけるのはやっぱり自分しかいないんだと。ただ、死という現実をなかなか受け止められない幼稚なだけかもしれないけど。だからいつか、そんな不安や怖さも乗り越えて人を愛そうと思える強さが自分に備わるように、今は努力するべきなんだって思うのだ。今自分がしている勉強も、これから社会に出ようとしていることも、すべて、そんな強い自分を作るためだと思ってる。食べることも歌うことも、恋をすることも大好きだ。だから私は今日おじさんが助言してくれたことを胸に、進んでいこうと思う。そして、無条件に「あなたなら大丈夫。必ずいいことがあるし、あなたなら大丈夫」といってくれたこと。大好きなおじさんに、エールをもらえたことは忘れない。「この人が言ってくれたから、絶対に本当だ」って、ほんの疑いもなくそう思える。・・4年前、大学2年生になりたての時。私は友達と、大学への道を歩いていた。するとお弁当屋さんに、バイト募集!の張り紙が。そのときちょうどバイトを探していた私は、友達と中に入っていって、おじさんに詳しいことをきいてみる。よく考えてみると、そのバイトをするには、ひとつだけ授業の時間に重なってしまう。迷ったけど、やることにきめた。結局、重なってしまってあまり出られなかったその授業の単位は、落としてしまった。でも私は、その単位とひきかえに、すっごい大きなものを手に入れたことになる。その友達の、「私なら、バイトやるよ」っていう一言がなかったら・・・!?きっかけって面白いものだと思う。その友達にも、すごく感謝している。
September 23, 2003
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今日は大学に手続きや相談などいろいろしにいった。そして先週とは違う。今日は例のお弁当屋さんに、いってきた!今日は一人じゃなかったので、心強かった。一年半ぶりのおじさんもおばさんも、変わらず元気。新しくできたというお弁当を、なんとごちそうしてくださった。今の自分の状況を伝えると、心から共感してくださり、応援もしてくれた。そして、「私たちは、こうして卒業していった人たちが、顔を出してくれたり、今こうしてすごしているとか、伝えにきてくれることが、何よりうれしい」といっていた。先週、何度も訪れようか迷って結局いけなかった自分だったけれど本当に心があたたかくなって、しばらく興奮がさめなかった。自分でもしらないうちに、私はあのおじさんとおばさんのこと、大好きになっていると思った。
September 17, 2003
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夜、歌舞伎町や池袋などの繁華街を歩いていると、不意に何かざわついたきもちになり、落ち着かなくなる。恐いとも淋しいとも言い切れない何か。 さかんにしゃべっている三人組の女の子。手をつなぐカップル。うつむき加減に足早に通り過ぎるサラリーマン。目の前の一つの空間に散在する一人一人が、何を考えどこにむかっているんだろうというつきない考えが内心を襲う。みんな何が楽しくて、何が悲しくてそんな顔をして歩いているの。 何を食べても何をしても、人間て骨と皮でできた個体なのだ。名古屋で起きた爆発みたいに、小さなうらみつらみにかられた凶器にいとも容易く貫かれてしまうはかないものなのだ。あのニュースを見て感じたのは、人間てすごく簡単に死んでしまうんだということだった。 先程食べた豪華な料理も喉を焦がしたお酒も、私という個体を循環しいずれ淘汰されるにすぎない。衣服も鞄も、一旦手放してしまえば全く鼓動をなさない無機物である。 そして、そんなこんなに単純でこんなに悲しい人間という個体があまりに無防備に、定型をなさない感じに夕闇に在ることが、私を無性にざわつかせるのかもしれない。錯乱にも似た気持ちだ。静かな錯乱。早く抜け出したい。いつも目をつむるように駆け抜ける。 懸命に生きようと思う私は何に懸命に生きるんだろう。魂のためかもしれない、と脳天がつぶやく。人間という個体も、死の前には無力な心も、懸命の対象にできない。けれど魂に嘘はつけないし、魂と決別する事はどうしたってできないのだ。 そうだ、私はそれに気付いているから、懸命に生きるんだろう。私だけじゃない、どうせ死んでしまうのに適当に生きれないのは、魂がそうさせるんだろう。誰の為でもなく自分のために。
September 16, 2003
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「本当のうつ病って、昼間ブルーで夜になると元気になるんだって」と母にいったら、「ともみじゃん。」といわれた。私は今まで、どっちかというと夜になるといろいろなことを深刻に考え始めるタイプだった。おそらく多くの人がそうだと思う。夜、書いたメールを朝読み直したらなんだか感情的すぎて恥ずかしくて出すのやめた、なーんて話は友人にもよく聞く。しっかし、近頃の私は、夜はめっぽう元気だ。まぁ、たいがいの夜は塾でバイトをしていて、帰りに仲間としゃべったり、家族と食事したり、遅くまで働いてる友達が増えたからか、日付が変わってからの友人からのコールが多く、しゃべりながら気づくと二人で歌っていたり・・・っていうことが影響しているかもしれない。あとは、一人の時間の楽しみ方もわかってきて、読書にふけったり、洋楽のCDを弟から借りてきては歌詞カード見ながら歌っていたり・・・(結構、英語の勉強にもなる!!)それでも、やっぱりどう考えても、「昼間ブルー症候群」のあらわれは、だんだんはっきりしてきたみたいだ・・・・・・。大丈夫かぁ?ともみ。そんなこんなで今日も外が暗くなるにつれて私の心はうきうきを取り戻し、家族で食事をしながら、阪神優勝には目もくれず、NHKの「あっぱれスーパー100歳!」という番組を、見ていた。今日は敬老の日。うちのにこやかばあやがいる施設でも今日、小さな行事があり、そこのバザーでゲットした三面鏡の鏡は、たちまち私のお気に入りになった。多分、年配の方の使っていたものだと思うのだけど、ビタミンカラーに塗り替えたら見違えてかわいくなると思う。そんなこんなで、各地のスーパー100歳が出てくるのだが、まず一人目は、つるさんという102歳のおばあちゃん。つきに一度は一人で一時間半かけて銀座にくりだす。毎朝、鏡をみてお化粧と髪結いに40分かけるそう。私なんて長くて20分くらいしか鏡の前にいないのに・・・足腰も丈夫で、かいたいものがあればどんどんあるいてどんなお店にも歩いていっちゃうし、「外を歩いていると、何がはやっているかとか、トレンドがすぐわかって楽しい」なぁんていってる。もちろんしわくちゃの顔をしているけど、なんでだかすんごいきれいだ。二人目は、ダンディなおじいちゃん。100歳。画面にまずうつったのは、イタリア・ミラノを闊歩している場面。キャメル色のスーツに、格子模様のぱりっとしたシャツ。ワイン色のネクタイ。そしてぼうしに杖。若い私が見てもほれちゃうくらいおしゃれ。ミラノの町並みにぜんぜん負けてない。おじいちゃんは、若いときにイタリアオペラに目覚め、一生これをやっていこうとするが、戦争でいったんその夢は断たれてしまう。けれど、あきらめきれず、それからはオペラの指導者として活動している。100歳になった今も、「イタリアオペラを日本に伝えたい」一心で、両国を行き来してる。たくさんの教え子も出てきて、おじいちゃんの手で何のつてもなかった若者もイタリアでオペラを学ぶ夢をかなえたりしていて、あぁ、すばらしいなぁ、と理屈なく思ったんだった。見ながら、なんでかわかんないけど、涙が出そうになった。「あんな年とった人だってがんばってるんだから若い私はもっとがんばんなきゃ!!」とかありきたり(?)のことを思ったんではない。きっとおばあちゃんたち、100年生きる中にはいろいろあったと思う。それこそ戦争とか。今の私みたいに、うつ病になりそーな時も、あったに違いない。でも、今の瞬間画面にうつってるその顔は、本当に楽しくてしょうがないっていうように、くしゃくしゃ。なのに、本当に見とれるように、きれいなのだ。私のほうが、若いし、体もよく動くし、肌だってきれいだ。なのになんだか私のほうがぜんぜん。年老いたように思えて仕方なかったんだ。思い切り笑ったって、今の私じゃあのおばあちゃんに勝てない。ミラノのおじいちゃんなんか「150歳までにはもっと日本に広めていく」とか言ってた。なんということだろう・・・私なんか、一年先、5年先が見えなくてぶるぶる震えているのに・・・・・。とにかくその事実に、愕然とした。
September 15, 2003
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今日、ドトールで、「オルゾーラテ」を飲みました。友人にすすめられていたのですが、間違えて「ソイ・ラテ(豆乳の味)」を頼んでしまい、それ以来飲めないまま今にいたりました。すっごくおいしい!!なんというか、コーンフレークに牛乳をかけて食べたあとの、少しあま~くなった牛乳の味のような、でも小麦の匂いのする香ばしいような・・・・Sサイズ260円。お試しあれ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この前、ある友人と「シーソー」の話になりました。彼とは、将来のことや、日々の雑事まで、よく話すのですがこのときの話題は、「理想の恋愛」でした。皆さんにとっては、理想の恋愛って、どんなものですか?理想的な相手との距離感とか・・・私は、恋人とラブラブ、いっつも一緒^O^っていうのが、いやなんです・・・。確かに、恋愛の初期って、できる限り一緒にいたい!!って思うんですが、ある程度落ち着いてきたら、お互いの世界を大切にしたい。今も、実際は、恋人と二人きりでいるよりも、友人や仲間を交えてわいわい遊んだり、楽しむほうが、私は好きです。二人きりで楽しむことは、これからもできるし、いつもいつも二人きりでいなくってもなぁ・・・って、心が勝手にそう思ってしまうのです。それって、へん?私がさめてるのかなぁ、と思ったり。そんなことをぶつぶつつぶやいてたら、彼がこういいました。「恋愛って、シーソーみたいなものじゃない?二人が、シーソーの両側に乗っていて、どのへんに乗っているかは、そのカップルによって違う。お互いものすごく中央に寄っていたり、どちらかが遠くに座っていたり。その位置によって、シーソーのゆれ具合も、傾きも変わってくる。」なるほどなぁ、と思いました。そして、シーソーがバランスよくゆれている状態が、恋愛として一番いい状態なのではないか、ということでした。前に、新婚さんの先輩にもこういわれたことがありました。「お互いに二人きりになりたい時期や、ほかで遊びたい時期が重なれば、問題ないんだけどね・・」と。その先輩は、だんなさんとすごくすごく仲良しですが、お互いにいろいろな人脈や世界を持っていて、それがさらに二人の仲を豊かなものにしている、という感じです。私の理想って、まさにこんなんだなぁ・・・と、いつも思います。シーソーのほんっとはしっこにお互いが座っているんでも、いいじゃない?心の中で、いつもお互いが中央に寄り添って座っていれば。ああそうか!そういうことか。お互いが中央に寄り添って座っていれば、シーソーは傾かずにすむけど、お互いが遠く遠く両端に座っていても、シーソーは傾かないよね。バランスよく、ゆれる。だから、私の理想の恋愛も、シーソーで考えたら「バランスがとれてる」んだ。なかなか面白い考え方だなぁ、と、思いました。それからは、恋愛について考えるたびにいつも、木製の黄色いシーソーが私の頭に浮かびます。
September 14, 2003
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明け方3時ごろ、涙を流しながら目をさましました。2年前に死んだ祖父の夢でした。病床で、「死なないで」という私に、「ともみにあえたから、よかったよ」といいながら死んでいく場面でした。「あいたいよぅ」と、ねぼけた私はつぶやいていました。二年前、心臓発作で倒れた祖父は、入院しました。祖母と東京で二人暮しをしていたので、茨城に住む私の家族はそう毎日お見舞いにいけず、その分当時都内に一人暮らししていた私が、毎日行っていました。ICUで意識ももうろうとしながら時々私の声に反応する祖父を見守り、それからそばにすわって、じっと祖父の息づかいに耳を済ませている日々でした。祖父は静かに死んでいきました。祖父は特に、子煩悩で、私が小さいときから、本当に私や弟をかわいがってくれました。小さいころのカセットテープが今も残っているのですが、それをきくとどんなに祖父が自分を愛していてくれたか心が熱くなります。普段はおとぼけなのに、私が小学校、中学校、とあがるたびに勉強ちゃんとしなきゃだめだよ、と言いながら本をかってきてくれたりもしました。そんな祖父は、この明け方だけではありません。今まで何度も、私の夢にあらわれました。そしてそういう時は決まって、現実の私が何かに悩んでいるときでした。祖父や祖母という存在は、肉親とはまた違って、何があってもめったにおこらず、自分の存在をただはにかみながら肯定してくれるものだ・・・という感じがします。だからきっと、現実で何かに悩む私は、ただただ、自分を肯定してほしくて、そのままでいいんだよといってほしくて、夢で祖父を探すのかもしれません。でも、会えないのです。祖父にはもう一生、二度と会えないのです。そんなあたりまえの事実に、汗びっしょりで目覚めた私はいつも静かに、愕然とします。さっき、一年前に帰国したソウルの男友達が、国際電話をかけてきてくれました。とても久しぶりで、懐かしくなったのですが、彼にあえなくても、私は平気です。それは、「いつかまた会える」とわかっているからなのだと気づきました。世界のどこにいても。どんなに離れていても。生きていたらいつか会える。そんなことが、今はものすごくすばらしく、貴重なことに思えて仕方ありません。
September 11, 2003
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通訳ガイド試験予備校のお友達とランチをしました。お友達というよりも、「大先輩」たちですね。みな、仕事をもっていたり、新婚さんだったり、お子さんが二人いたり。「カッコイイ」女性たちです。この予備校に入ったとき、自分がほとんど最年少だったことに心から驚きました。皆さん、仕事や家庭を持ちながら一生懸命通ってこられる。最初はその姿を見てただただ驚くばかりでした。それに、私よりいくつも年上なのに、本当に若い、若い。年齢の話になるまで、自分と同い年くらいだと思っていたくらいです。新宿南口、サザンテラスのAfternoon Teaで、ランチをしました。お料理とってもおいしくて、しかも大好きな先輩たちとのお食事で、すごく幸せでした。話は、試験のことから、今後の仕事、恋愛、などなどに及び、1時半にお店に入ったのに出るときには5時半でした・・・私が先輩たちと同じくらいの年になったとき、何をしているんだろう・・・・結婚したり、バリバリ仕事していたり、子供がいたりするのかな。まったく予想できません。でも、やっぱり、先輩たちのように、きらきらと何かに挑戦している、それでいて気さくでユーモアのある、素敵な女性になってたい。そういえば今日は、大学のキャンパスも久々に訪れました。今後のために就職の情報を見に行きたかったのと、なんとなく就職課の先生方にアドバイスをお願いしたくて・・・・キャンパスにおりたつと、いつも、一気に学生時代のにおいがたちこめてきます。カフェテリアに向かう途中に、大きな大きな木があるのですが、頭のずっと上のほうでさやさやと風にゆれる葉が、いつも私を体じゅう包み込んでくれるような感覚におちいり、しばし歩をとめてしまいます。今日もそうでした。私は一時期、大学のすぐそばにあるお弁当屋さんでアルバイトをしていました。やさしいおじさんとおばさんがやっている、からあげ弁当が本当においしい、ちょっとした有名店です。そこのおじさんとおばさんは本当にいい方で、アルバイト中だけでなく、一人暮らしの私を気遣ってりんごやおかずを持たせてくれたりしました。おじさんのほうは、普段はお弁当屋さんなのですが、毎年夏休みになるとインドネシアへ50ccのバイクで出かけ、経済学や日本語を教えながら縦断してしまうパワーの持ち主。お弁当も気合じゅうぶん。なにせ毎朝築地まで、北海道産のさけを仕入れに行くのです。お惣菜もすべて日替わりで手作りで、私はここのお弁当が本当に大好きでした。(でも仕事中、さけ弁当にさけを入れるのを忘れてしまうというハプニングがありそれはさすがにきまずかったですね。お客さんがいい人なのでよかったのですが・・・)卒業式のときに、いっしょに写真にうつってくださいとお願いしたところ、「これからもいつでも、家族だと思って遊びにきてくださいね」といってくれました。もうしばらく訪れていないそのお弁当屋さんによろうと思ったのですが、なぜか少し恥ずかしい感じがして、何度も素通りしたりしたのですが(怪しい・・)結局行かずじまいでした。それを帰りの電車でとても悔やみ、駅ビルで、もみじの模様の入ったグリーティングカードを買いました。送ろうと思います。私の5年後、10年後。私の終着駅はどこなのだろう。いつもそう自分に問いかけながら生きているけれどそれは私だけじゃない。誰もがきっといくつになっても同じようなことを思いながら考え、時にはなく。だけど人間のあたたかさというのは、何年経っても心に残るものだから、自分も誰かに、やさしくしながらすごしていきたいということだけは、確信をもって願っている。そんな感じの一日でした。
September 10, 2003
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私はよく月を見る。偶然見上げた夜空に光る月が、まんまるだとうれしい。今日はいつもの月の横に、小さな赤い星。目をほそめていないとわからないくらいの星。月に寄り添っているよう。家族みんなで空を見上げていた。飼い犬も何事かとワンワンほえていた。あの月や星から見たら、私一人の存在や、私一人の人生はほんとうにちっぽけなものだろう。きっとくすくす笑いながら 世界で一番大きな心で見守ってくれているんだろう。なんだかちょっと元気になれるような夜空でした。
September 9, 2003
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はじめまして!9月1日現在、友人の紹介でここでホームページを作成できると知り、今まさに作成中なのです。がんばりますのぜでぜひぜひ遊びにきてください!
September 1, 2003
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