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楽天の今回の改変で少し面白みがなくなっちゃったので、掲示板を新しくしました。ガンのトップページからBBSから入ってくださいね。ついでに、トップページにカウンターもつけました。http://www.hcn.zaq.ne.jp/topgun/掲示板はhttp://bbs2.fc2.com/cgi-bin/e.cgi/29249/みなさん、入ってこれるかな?不評だったらまた替えますね。。
2004年08月07日
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オリンピックを前にして、サッカーのアジアカップが燃えている。前回優勝国の日本は、今回開催国の中国では、ひどいブーイング対象だ。国歌斉唱の時までブーイングだ。はっきり言って中国がこんなマナーのない国とは思わなかった。プレーに対するブーイングは許せるにしても、国歌は厳粛なセレモニーの一つのはずた。過去の歴史はともかくも、こうなりゃサッカーで強い日本を中国のマナーを知らないサポーターに見せつけてやらなくてはならないと感じてしまう。準々決勝ヨルダン戦は、90分で決着がつかず、延長の30分を戦っても決着つかず、PK戦での勝敗を決めることとなる。日本が専攻で続けて2人が失敗で、0-2。この時点でこれで絶体絶命かと思ったが、ゴールキーパー川口の好セーブで5人が終わり3-3のサドンデスになった。このあと、再び川口は神の手で4-3の薄氷の勝利を得たのである。準決勝バーレーン戦はもっとすさまじかった。前半6分に先取点を取られた後、40分にまさかのレッドカードで遠藤が退場。10人-11人の大きなハンディーを負う。後半が始まった。6分コーナーキックから中田がヘッドで押し込む。同点だ。続いて10分、玉田が代表初ゴール。逆転だ!よ~し、このまま攻めて守ってがんばれ~!とととところが、26分ミスパスから一挙に攻め込まれ同点ゴール。これでバーレーンが勢いづく。あんだけ足が動いてなかったのに、急に活発になってきた。40分、逆転のゴールが入ってしまった・・・・・ドラマはここから始まった。45分、中沢が渾身のヘッドで再び同点。延長戦へと突入したのである。前半から10人で戦い続けた手負いのライオンは、疲れきっていた。しかし、それはバーレーンも同じ。延長前半6分、今日2点目を一人でバーレーンゴールに叩き入れる。フラフラになりながらも最後を守りきり、一度はあきらめかけていた勝利をもぎ取ったのである。逆境に陥ってもあきらめず、戦い続ける姿は感動的であった。心から拍手を送りたい。あの審判とあのブーイングの中を、よくぞ勝ってくれたものだ。あと1勝。期待しているよ。
2004年08月03日
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7時に目が覚めて、さっそくゆかりんごの自転車借りて、投票に行ってきました。う~ん、朝一なのらいっぱい人が来ている。感心ある人はこんなに早く来るんだ。ガンはいつもお昼近くが多い。今回の投票率はまた低いんだろうなぁ。そういえば、ある村で投票率97%ってとこがあった。低い理由がわからない。当たり前のことを当たり前にしているだけって村長さんが言ってた。そう、我々の国なんだものね。唯一参加出来ることくらいは、してもいいんじゃないのかなぁ。主義主張は別として・・・
2004年07月11日
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中学時代はバレー部にいた。2年の新人戦で市の大会で優勝したことは、小さな勲章だ。当時9人制から6人制へと移行の時期で、テレビでは男子バレー部のミュンヘンオリンピックでの活躍を期待するテレビ番組化した『ミュンヘンへの道』が放映されていて、記憶にある方もおられるだろう。そんな時代の少し前にバレーとの出会いがあった。野球部に入りたかったガンであるが、ふとバレー部の先輩に誘われて見学に行ったのが何かの縁だったのだろう。その日見学したのがちょうど6人で、仮クラブ活動の終わりかけに先輩が、『今入ったら全員レギュラーかぁ・・・』と独り言。その言葉に吸い込まれるように『入ります!』なんて不純な動機で入部した。毎日辛い練習であったが、部活が終わっても皆で練習を公園とかいろんなところでやっていた。夏休みといえば、自主練習を毎日してて、全身あざだらけであった。そんな努力が報われたのか、1年の時からガンともう一人が先輩に混じってレギュラーとして試合に出してもらえた。そして、先輩なき後の新人戦では先に記した通りであった。高校時代の話もしたいが、それは次回にして、学生時代のバレーから随分離れて、27・8才の時に一時ママさんバレーチームの臨時コーチを2年間くらい飛び飛びにしたことがある。そして、40才を過ぎた頃、今回行ったバレーを楽しむ会に参加した。楽しくバレーをやるのが主眼の会であるが、ついつい力が入ってしまう。前回途中で脱臼みたくなってしまい、それからはずっと中断していたのだ。久しぶりにやってみたいと思っていたところ、またまたお誘いがあって6月は流れて、7/4が改めてのデビューとなったが、まぁ体のついていかないことといったらありゃしない。みんな平然としているのに一人ゼェゼェ言ってる。汗は3倍以上は流れてる。脱水状態だ。おりしも暑さの大変厳しき日がデビューとはこれは試練か。5セットやって、途中1セットは休憩させてもらった。あのままやってたら、たぶんマジダウンしてたと思うくらい疲労困憊。しかし、そんなどうしようもない初日であったが、次回もまたやろう!って気分が湧き上がってくる。予定の空く限り体をもう少しいじめてみようかな。パス・レシーブ等々30年経っても体は覚えてくれているのは不思議だった。
2004年07月04日
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久しぶりの日記の書き込みをしようっと。先週から、とってもとっても忙しかった。月曜日からずっと続いていて、ご存知の通りガンの場合、軽く飲むってのがなくて、時間が2時3時は当たり前のことだから、そんでもってここんとこ仕事も忙しくて、はっきりいって車の運転が辛い時が何日かありました。そして週末には、東京へ出張。いつもの東京へは、あちらでパーティーやら何やらで結構お遊び気分ですが、今回は完全にビジネスマンでした。新宿で待ち合わせして、あちらの会社の担当者を含めて3人で深夜まで飲み会。うまく話がまとまればいいけどなぁ・・・日曜日は、早目に帰路につきました。月曜はお酒抜いて、火曜日にはたまには一人でって、近くのお店に銭湯帰りにフラリ。ここはカウンターだけの店なんだけど、女性陣8人がカウンターを占領。男は常連さんが二人だけ。ちょっと圧倒されましたね(笑)いい調子で飲んではいたんだけど、店の女の子が一人二人と時間になって帰っても、女性陣は一向に帰る気配なし。ママがガンに女の子の相手してくれない?っていう悪魔の囁き。・・・・・いいけど・・・・・そこでチーフ誕生。それまでも女の子がビール注ぎにきたりとかしてくれてたので、ここはカウンターの中に入ったほうが場も盛り上がるかと、ほんとは入りたかったのかもね(爆)そんなこんなで、女の子を送って最後にママと二人でちょこっと反省会してお開きは、3時でした。こんな日の朝に限って、仕事が目白押し。あげくに娘にまで学校送りを頼まれるわで、大忙しだった。お昼前に事務所に帰れて、お昼を済ませて、またまた忙しい。何で、こんなにバタバタするんだろうか。。。ようやく今日は早目に事務所に帰れたと思ったら、またまた今から出ていかなくっちゃならない。今日は・・・明日は何時に帰れるかなぁ。少しバテ気味のガンの一日でした。
2004年06月23日
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店長さんが、兄さん・ヒロさんに会いに北海道へ行かれました。掲示板に漫遊記を書かれてましたので、日記の方へ付け替えさせてもらいますね。忘れたくないものね。。以下、店長さんの書き込みです。ねーさんトコでは書けないですのでがんさんの所で思い出を綴ります初日こっちを2時30分の飛行機で出まして4時30分に千歳空港着空港には例の詐欺を行った本人が出迎えてましてね空港内でしばしの宴会??行っていきなりのビール三昧でしたそれから彼に札幌まで送ってもらってホテルの前でひろさんと合流兄さん来るまで待ってて、兄さんと合流兄さんの車ですし食べに連れてってもらってね新鮮なネタに舌をおどろかせてね、美味しかったな~それからロイホで喋り捲り兄さんと別れてひろさん宅にて飲みなおしひろ嫁様と由奈ちゃんと初面会由奈ちゃん遅くに起こしてごめんね~明け方までひろさんとお喋りしてました2日目は、朝の7時30分からひろさんとこのワンちゃん4匹と散歩・・・・・毎日ご苦労さまですm(。_。;))m ペコペコ…それから兄さんと合流して小樽へ目的のうにイクラ丼の店が開いてなくて、しばし観光それから念願のうにイクラ丼を、小樽ビールと食べました、美味かったです、店の名前がポセイ丼・・・・なんとも大阪チックな屋号でして・・・・それから酒蔵へ行って試飲、これまた好い加減の日本酒でしたよそれから小樽を後にして買い物して兄さんの家でBBQ生兄嫁様と将ちゃんと桜花ちゃんと初めての面会将ちゃんの「店長さ~ん(⌒∇⌒)」の喋り方がかわいいのなんのって・・・・・ジンギスカンの美味しさに酔いしれ、ホッケ、キンキと焼きちゃんちゃん焼きも用意してもらっててね、最高の贅沢をさせてもらいましたそれから兄さんとひろさんとでススキノへ兄さんのお友達のお店でゆっくりと飲みながら喋ってて時間を忘れて楽しませてもらいましたススキノの夜は終わりは無いんですねすっげー人でした三日目はひろさんと行動でして、ラーメン三昧朝からみそらーめん食べて満足!!まずはテレビ塔へそれから時計台それから車で何処だっけ???交通なんとか館行って雪道体験していや反対だ、雪道体験してテレビ塔行って時計台行ってそれから大倉山のジャンプ台これが最高にご機嫌な場所でね、ジャンプして来ました恐かったけど面白かったな~原田選手のバッケンレコードの看板が印象に残ってます景色も良いし、最高の思い出ですそれからラーメンして(味の時計台だったっけ?)札幌ドームの写真を撮りに行ってそれから焼き鳥食べて呑んでこの焼き鳥屋さんがまたいい所でねカムカムジュースなるものを呑んでちょいと驚きましてね最後の夜は早めに終ってしまいましたで、帰る日が災難で・・・・・ひろさんに飛行場まで送ってもらいひたすら搭乗を待つばかり・・・・・・飛行場で退屈な時間を過ごしてましてねひろさんが気を使ってくれて、何度も電話掛けてくれてありがとうねひろさんで、無事に大阪へ飛行機下りるなりなんじゃこの暑さ!!!!!大阪はやっぱ暑いです札幌も暑かったけど、ここまでは暑くなかったです帰ってくるなり、また行きたい病が発生来年も行くぞー!!!と、心に決めた次第です呑んで食べて、満足の旅でしたがんさん、来年行きましょうね~電車で行くならお供しますからね、あははお世話になった兄さん、ひろさん、ありがとうございました必ずまた行きます!!そうそう、北海道では車線変更のサイは指示器を出さなくてOKなんです(ほんとはダメだけど)路上駐車も当たり前それだけ車が少ないんですね綺麗な道とひろい道は北海道ならではでした楽しかったっす!と、長々と旅の思い出でした4日間あっという間に過ぎましてね最高の一人旅でした(⌒∇⌒)以上店長さんの書き込みでした。帰宅の日は、台風が四国上陸・関西縦断となる最悪の天候で、軒並み飛行機はフライト中止で、ほんとに帰ってこれるのかと千歳空港で相当ご苦労されたみたいです。板のお友達とこうして楽しい旅が出来るのも、さすが店長さんと思います。お仕事の大きな節目を迎えられた店長さん、これからはたまに時間作ってリフレッシュしていきましょうね。
2004年06月21日
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板でおなじみの、《ちこちゃん》の掲示板でよくお見かけする《さくら咲くさん》が広島からちこちゃんをたずねてこられた。学生時代は関西ということもあり、当時のお友達も大阪におられて、ちこちゃん・さくら咲くさん・お友達の岩元さん・そしてガンとの4人で夕方から会った。ちこちゃん・さくら咲くさんはその前に別のサザンファンのプチ集いをされてて、一日中オフ会だったみたい。さくら咲くさんは何度かガンの板にもおいで下さってて、大の冬のソナタファン。ガンママとも話し合う感じだ。創作料理の茨木では女性に大人気の『いそだ』って店で2時間ほど語って・飲んで・笑って・・・さくら咲くさんは初めて会った感じのしない、きさくで明るくかわいい女性だった。ガンのことは、ページ上の写真でチェック済だったらしい(笑)お友達も含めて、楽しかったなぁ。それから、カラオケしようってことになり、ひたすら歌い続けること4時間。ずっと飲みっぱなしだったから、だいぶ酔ってしまってた。《ばんばんさん》も遅くに合流して、最後はお酒を現在絶っているので、シラフの彼に送ってもらった。ガンは一人寂しく再び、夜の街へお決まりコースの2軒を回って、バタンキューであった。2次会へ行く途中で、ガン娘がちょっとだけ合流。さくら咲くさんにお土産のもみじ饅頭もらって、ラッキー!ありがとうございました。とっても楽しいプチオフ会でした。ちこちゃんが写真撮ってくれてますので、アップされたら、ここからリンクさせてもらいますね。アップされました。↓http://www.hcn.zaq.ne.jp/cacqr902/hot19.html
2004年06月09日
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ガンの住んでるマンションの理事長を1年間やっていた。本日が、その総会。事前の準備は充分してきたが、特に今年は大きな予算を計上する議案を作ったので、少しばかり苦労した。通常だと1時間ほどで終了できる総会であるが、案の定40分ほど超過した。しかも、最後は超特急(笑)お昼をはさんで新理事長との引継ぎ事項の打ち合わせを3時間ほどして無事完了した。そしてこれからは、慰労会と称して1年間一緒にしてきた他の理事さんたちといっぱい飲みをする。さぁ、1年間を振り返って飲むぞぉぉぉ!精神的にすっごく開放感で肩の荷がおりた。フー
2004年05月30日
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いくつの誕生日かは秘密(笑)ですが、ガンママの誕生日だ。土曜の晩は親子3人で食事会をした。ガンの出来ることは、こんなものである。木曜日に起きた事故のことで、今じゃこうして3人で誕生会出来るが、ヘタをすると誕生会どころではなかったと話をした。ゆかりんごの顔の傷は完治に向かっている様子らしい。包帯の端から見える顔は事故の初日よりも数段腫れあがっているが、明日くらいからひいて行くのであろうか?松葉杖はどうにか無しで歩けるようになった。今の先生は順調にいってるよ、傷はほとんどわからない状態になるよと言って下さり一安心。家族そろって健康で次の誕生会をしたいものだ。
2004年05月23日
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今朝通学途中に娘が交通事故にあった。本人からの電話ですぐに現場に急行。非は娘にあるようだ。現場に着くとパトカーも到着していて、救急車で娘は既に搬送。自転車はひどく曲がってもう使い物にならない。搬送先病院で娘を見ると、顔面血だらけになってて、一瞬ぞっとした。CT検査も異常はなく、骨折もなくほっとするが、顔面の傷はあざとなって残るみたいなことを先生は言う。本人ショック。左足の痛みがひどく松葉杖での生活だ。今日は試験の初日。災難とはこんなものだろう。ケガがこの程度でおさまったのが不幸中の幸いであろう。フー疲れたよ。
2004年05月20日
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戦地イラクでの訳のわからない出来事が、再三報道されている。アメリカ軍のイラク人への虐待然り、イラク人(?)のアメリカ民間人の殺害ビデオなど。この殺人シーンがネット公開されている。異様な雰囲気の中での映像は、なぜ?と疑問符をそして怒りを覚えざるを得ない。戦争とはこんなものだと一言では片付けられない。平和な日本では考えられないことが、世界では起こっているのだ。あぁ、人類みな兄弟と言われていたあの人の言葉が、ふと頭をよぎった。悲しいことだ。国民年金保険料の未払い期間がどうのこうのと日本全国がゆれているわが国は何て平和な国なんだろう・・・
2004年05月12日
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たまたま車で移動中、車内のテレビでハインリッヒの法則のことを取り上げていた。ハインリッヒ氏が労働災害の発生率について述べたものであるが、1:29:300の法則である。1つの重大事故があれば、その前提として29の軽症事故がある。そして又その前提として300のヒヤリとしたことがあるという法則である。先の回転ドアの事故のケースもこれにあてはまり、某自動車メーカーのタイヤ脱輪死亡事故もほとんどこの法則に当てはまる。逆を考えれば、ヒヤリとすること一つでもあれば、自分以外にも同じ思いをした人間がいると考え、次の事故防止に何らかの手立てを出来る人の集まり・組織であるかどうかが一つの最悪の重大事故を防止出来るのではないかと言える。ガンの仕事の上でも、これらのことはよく言われることである。今般、CSと言われる顧客満足度を考えると、顧客よりの不満が声として出てきた時には、29の法則にほぼ入りかけている言える。そのまま放置していくときっと最悪の結果がいずれ現れることとなる。そうなる前に対策を講じなければならないと、いつも肝に命じている。車の運転はどうだろうか?ヒヤリとしたことはないだろうか?ついよそ見していて、急ブレーキを踏んだことが最近ありませんか?当たらなくてよかった!ではなくて、その状況になった自分をよ~く反省してみましょうね。こんなこと言ってるガンは実は車の運転しながら、チラチラとハインリッヒの法則の番組を見ているという一番危ない分子かもしれませんね・・・最悪のことにならないために自分の足元をしっかり見つめることにします。
2004年05月10日
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事件解決に向けての願う会の活動にネットのお友達にご協力をお願いしていた。本日、日記に綴ってもらいそのお友達からも、あたたかい言葉をいただいた。願う会の掲示板で店長さんが、人の温かみを感じたり、薄情さを感じたりということを書かれていた。まさにその通りである。我々とて事件の当事者ではないが、果たして自分の身内に同じようなことが起こったらどうなんだろうか。スタートはここからであった。たぶんこれからも多くの人たちに助けられて、これらの活動も進んでいくのだろう。ガンにはガンが出来ることで、今後も活動は続けていきたい。同じようなレベルで痛みを感じてくれる人の輪が広がることはとっても嬉しい思いである。顔も名前も知らないけれど。
2004年05月06日
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GW、ガンママは今日だけが仕事が休み。昨日の晩は明後日からも仕事だから明日は出かけるのやめとこうかなぁって言ってたが、今朝起きてみると、パパせっかくやからやっぱり京都に行こうってことになった。人出も多いし床料理は予約入れとかないと待ったりするのはイライラするんでと電話を入れるとOKだった。ましてや、川沿いの一番いい席をお願いしますなんて言っている。ワガママー去年は5/4に同じ床料理でも先斗町側、本日は木屋町側の店だ。料理旅館もしているゆったりとした床で、仲居さんもちゃんと着物を着ていて、いかにも京都って雰囲気がする。床には既に名前まで書いてちゃんと特等席が用意されていた。12時少し前だったが、ガン達が一番客の模様。12時を過ぎた頃から予約とおぼしき5組が席に着いたが、去年の店と違ってここは広い床なのに空いている。去年の店は会席以外にも弁当などもあって、入りやすい店だったが、今年の店は会席以外はなく(表には・・・追加では一品も注文出来た)門構えも少し敷居が高いという雰囲気だ。頼んだ会席は去年と値段的には変わりなく、今年のほうがごちゃごちゃしてなくて割安感があった。本日風も強くとっても爽快だ。ビールと日本酒で料理を満喫して風情を楽しみ、ガンママは上機嫌だった。精算の時、おかみさんに泊まりだとどうなるのと聞くと、川沿いのお部屋だと一泊4万円ということ。そりゃぁちょっと高いわ。日帰り食事だけで十分だ(笑)それから河原に腰掛けて、若いカップルと同じように川を見ながら又風にあたり、酔いのさめた頃から人通りの中を腕を組んで歩く。各百貨店を上から下までお付き合いして、久しぶりにゆったりとしたデートであった。意外と疲れも少なく21時の帰宅であった。たまにはこんな日もいいものだ。
2004年05月02日
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今年もこのビラまきをすることとなった。http://www11.ocn.ne.jp/~negaukai/するということは、いまだ事件は解決していないということだ。昨日はNHK・毎日・朝日の取材。本日は関西テレビ。在阪各局・新聞社のご協力はありがたいことだ。我々がビラをまく事の何千倍・何万倍もの影響力がある。けれど我々はビラをまく。我々は、「事件解決を願う会」だから。ビラをまいてて思う。人の温かい心に出会ったり、薄情さを感じたり、無力さを感じたりと。事件解決・犯人逮捕はその全てを癒してくれるだろう。ご協力を改めてお願いいたします。
2004年05月01日
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4/30、5/1はビラまきの日。憎き犯人はまだつかまらない。もう3年だ。新しいチラシも出来上がった。謝礼の200万も1年継続。あのチラシを全部配るまでに、犯人がつかまればいいのになぁ。右下にリンクはってますんで見てね。→→→ ↓ ↓
2004年04月29日
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車のスピードは出しません。でも広い道で知らずにちょっとアクセル踏んでしまうことは誰しもあることです。25年前に俗に言う"ねずみ取り"に引っかかってからは、スピード大嫌いになってしまいました。でも、レーダー探知機は必需品。この2-3日まるで探知機が無音。今日、京都へ仕事で出てて、ねずみ取りが行われてたのに音がまるで鳴らなかったので、帰って調べてみるとシグナルだけはピコピコしてるだけ。あれこれいらったけど、直らないので近くのコーナンに急きょ行ったら運良く広告の品なんてのがあって、5000円までで買えちゃいました。ラッキー性能は?さてさて???どうでしょうかねぇ。
2004年04月23日
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我が娘ゆかりんごは高校2年生。両親に似て友達は多い方だ。『2年生になったら、生徒会の役員に立候補するねん』なんて言ってたけど、ほんとに立候補するのかどうかと思ってた。4月も最初から忙しくて、娘とゆっくり食事をすることも少なく、クラス替えのこととか、バイトのこととか、クラブのこととかは日常の会話の中でしてたものの、生徒会のことはすっかり忘れていた。先日、ガンママがゆかりんご(ガンママは娘のことをユカリンザウルスと呼び肉食系の凶暴な恐竜に見立てている)が生徒会長に立候補したらしいよと言ってきた。まさか生徒会長とはと半信半疑ながら本人に聞くと、『もうなったよ』だって・・・アララその姿勢は立派と心底褒めてやった。一人っ子なのでひ弱な子にだけはなってほしくなかったので、日々自立していく姿にガンは嬉しくてしかたない。決して出来のいい子ではないけど、他人のことにも自分のことの様に感じれる性格になりつつある娘に、父親としては落第かもしれないが、反面教師で自分なりに育っていってくれているのかもしれない。生徒会長は偉くもなにもないけど、何事にも積極的に取り組む前向きな性格をのばしていって欲しいものだ。ちょっと子供に教えられたガンだった。
2004年04月22日
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2-3月と怒涛のごとく過ぎ去ったが、4月に入っても気分的には落ち着いたものの、気ぜわしい毎日を送っている。毎年恒例の花見をし、東京への珍道中、管理組合の仕事もいよいよ佳境に入り休みも一日ぼんやりってことはまるでない。どこにそのしわ寄せがきているかと言うと、ホームページの管理だ。もう顔出し出来るかと思っていたのだが、現実はそんなに甘くはなかった。早く、元のリズムに戻りたいものである。そのうち、写真アップします。。そのうち(笑)
2004年04月20日
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しばらく板をほったらかし状態だった。いつの間にか、31000ヒットしてるが、どなたがゲットされたかもわかんない。管理人がいい加減なことしてるからしようがないなぁ。もうしばらく、ええかげんは続くかもだが、留守の間も書き込みしてくれてる友人たちに感謝の気持ちで一杯だ。
2004年03月16日
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久しぶりに自由な休日だ。昨日もあることで、突然の訪問者で仕事の予定が変更させられて、えらいこっちゃだった。そのおかげで、昨日する予定のひとつを今日にまわして、それからは文かな一日を過ごした。まずは、書道展。この先生すごい人だった。今までそんなことも知らずに**さんの奥様ってことでお付き合いしていたが、たまたま今度こんなことをしますので、もしお時間あればのぞいてみて下さいと招待状を頂いた。書道なんてものはまるでわからないガンであることはご存知の通り(笑)でも、ここんとこ心の洗濯をしてないものだから、是非行きたいと思い赴いた。多くの人が来ていた。ガンはそっと行ってそっと帰ってこようかと思ったら、発見されてしまって、ひとつひとつの説明を受けながら約1時間ほどいてしまった。小さな色紙くらいのものから、竹の皮で作られた用紙(これは5万もするらしい)の人の背丈以上に大きいものまで多くの作品を見た。どれもこれもその価値は判断出来なかったが、すばらしい作品ばかりで感動した。挨拶を済ませて、次の行事へ車を走らせた。次は詩吟の大会だ。この主催者の方と金曜日に一緒に飲んで、誘われはしなかったが、日曜日でもあるし近くだったので行ってみてもいいですか?って聞いたら、どうぞ喜んでお待ちしております。携帯に電話入れたらすぐにロビーまで出てきてくださった。着いた時は、まだ初心者の方々の発表で詩吟の妙味は味わえなかったが、第2部ではすばらしいこれが詩吟なんだろうなぁというものであった。詩吟を聞くのは初めてだ。詩の意味がわかればもっと面白いのではと感じた。詩と言えば、あの大阪万博の『世界の国からこんにちは』の作詞者の島田先生の講演が間にあって、詩の意味合いは心を表現する道具としては最高のものですと言っておられ、三波春夫さんが歌った歌の歌詞の裏話なんかも言っておられた。なんと充実した一日だったろうか。ネットからしばらく離れていたこの頃であったが、急に日記を書きたくなった。たぶん3月いっぱいはまだまだ忙しい毎日になりそうだ。
2004年02月29日
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昨日の話。ある店に女の子が足らないからと、相談を受けてガンが二人臨時のスタッフを紹介してあげた。丁度タイミング良く空いてた子が二人いて、店にとってもラッキーだったし、女の子にとっても願ったりで両方からありがたがられた。最初のこともあり、ガンが紹介しそのまましばらく飲んで、そろそろお客さんも入ってきたので、ここは邪魔してもいけないかと、10時過ぎに後で又のぞくからと取り敢えず一度店を出た。丁度4周年の催事をやってる店があるのでそこへ顔出しに行くつもりであったが、わざわざ電車に乗って行かなければならないのと、さっきの店にもう一度帰って女の子の働きぶりをママに確認しなくっちゃいけないこともあって、地元の店に心変わりしていつものビルへフラフラ向かった。ビルに向かう道中に前方にピンクの服を着た少し年配の女の人が千鳥足で歩いていたが、そして気にも留めずその人を追い越してビルへ到着。エレベーターを待っているとピンクの人がやって来た。結構年配者だ。年の頃ならガンの母に近いくらいであろうか。服こそピンクであったが、顔はしわだらけ。お顔までピンクに染まり、ほろ酔い気分か。待っているエレベーターの前で顔を合わせたら、ピンクの人がしかとガンの顔を見る。『いいコート着てるなぁ』とコートを触り、『コートもいいけど、顔も好み』なんて言い出し、しまいには『久しぶりに、心ときめくわ』と言う始末。『おねえさん、だいぶ飲んできたんやね、俺のことかっこええなんて言うてもろたら、嘘でもうれしいわ、おおきに』と返したら、おもむろにガンの局部を触ってくるのだ。『あ~ぁ、やっぱりときめくわ』やっとこエレベーターが来て『何階へ行きはるん』『7階』『なんちゅう店?』『あ*』『俺は8階』店の名前は言わなかった。丁度7階に着いて『ほんなら、またね。どっかでご縁があるかもね・・・』と別れたのである。フー タメイキいつもの店で今あったことを話していて、みんながそれいくつくらいの人?とか、その人ガンさんにモーションかけてたんとちゃうの?とか言われつつ、それは無理やろ!しかしびっくりしたわ!なんて話してた。その日女の子が面白いかぶりものを持ってきてた。馬の面というか仮装に使うようなかぶりもの。それかぶってヒヒーンなんて冗談言うてたら、店のドアが開く気配。かぶりものかぶった状態でチラっと後ろ向いたらあのピンクの人が立ってる。ママが応対に出た。まさかあの人とは知るよしもない。『どなたかお探しですか?』『8階で飲むって言うてはった人を探してるんです』 ナヌっ!!!?それは俺の事やんか。キェー 馬の面かぶっててよかった。ピンクの人は帰った途端、『あの人やで、さっきの人』『えっ?おばあちゃんやったよ』『そやし言うてたやん、相当年配やったって』みんなで事酒の話題には十分過ぎる出来事であった。それからしばらく話をしていると、またまた登場のピンクの人!!!『何度もすいません、8階で飲むって言うてはったから・・・』この人何を考えているのでしょうか?さすがのガンもひいてしまったよ。ガン以外のお客さんの冷たい目がいっせいにピンクの人に注がれていたのだろう。今度はすばやく退散した。『2回も来るなんて、エレベーターの中で何かちょっかい出したんとちゃうの』『あの人見たやろ?俺が何かすると思うか?』『確かに!←←ガン語録』『そこまでアホちゃうで』この出来事の後は、ひたすら歌いまくったのである。1時前、おあいそ。帰りのエレベーターが怖かったが、無事関所を越えた。最初の店に戻って、少し飲みなおしし、ママににゅう麺作ってもらって本日の打ち止め。店にはまだ6人お客さんが残っていたが、2時を過ぎてお店も終わるよとママの一声でお開きとなったのである。幸い、夢には出てこなかった。
2004年02月03日
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今日で終わるお店の閉店会に行ってきた。前店よりの付き合いは6年弱というところか。前店の5倍くらいの広さの(いやもっと広いかな)店に移って新たな出発をしたのだが、折からの不況と相重なり少々経営的にはしんどかったか?女の子とはいろんな話をした。店のどこが悪い、フォローはこうせぇああせぇ等と。店の最終日は、多くの仲間に囲まれて、大盛況であった。1時過ぎ、一人一人が一言ずつ、ママにメッセージを送った。本日のいたのは30人くらいいただろうか。でも、ガンが顔知っていたのは、そのうち3人だけであった。最後だけかよ、あんたら。そのくせ、これからもよろしくなんて上辺の言葉がよく言えたものだ・・・なんて、さしてガンも通った店ではないんで、大きなことは言えないが、着物姿で最後を飾ったママの心中を慮ってしまう。女の子のうちの一人が、新たに小さな店をする。それまでのつなぎのバイトも紹介してくれないかと・・・それからガンがよく行く店に、紹介してねと頼まれていたのでメールしたらさっそく入って欲しいと。最後の店をいち早く引き上げて、女の子の就職のことで、自転車を寒風の中走らす(実は電動自転車(笑))。打ち合わせを済ませて、せっかくやから、カラオケ歌って行ったらと2曲歌って帰路。こんな時間にひとのバイトのことまでしてる自分がちょっとおかしかった。日本は平和じゃのぉ。
2004年01月24日
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娘が誕生日のプレゼントを突然くれた。遅くなったけど・・・予期せぬプレゼントにちょっとガンは大感激。
2004年01月15日
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今年の誕生日は、ガンだけでなく、娘も体調壊してしまって当日はパーティーもなく散々でした。そのぶんいいことがあればいいのになぁ。
2004年01月13日
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毎年、えべっさんにはもちろん行く。今年は宵えびす。去年は色々あったので、去年以上にお参りをしっかりした。神頼みってところだろうか(笑)先日、娘に福娘の話したら、来年の福娘には応募するなんて、えらいことを言い出した。お祓いを受けた笹を買うのに2,500円。仮に娘が福娘の一人に選ばれたとしても、娘にはお祓いしてほしくないなぁ。何か重みなさそうだし・・・メンゴお飾りに毎年決まった値段つけてもらうが、日と時間によって雲泥の差がある。多ければいいってもんでもないだろうが、賑やかな方がちょっと嬉しいかなぁ。よう、おまいりでしたの言葉でちょっと胸をなでおろす。行事を済ませたら、あとは自分次第。今年もがんばろう!
2004年01月09日
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全国高校ラグビー決勝戦を東大阪の花園ラグビー場に観戦に行ってきた。啓光学園:大分舞鶴との決勝戦。生でラグビーを見るのは初めてだ。テレビでは興味を持って今までも相当見てきたので、ルールの大半は解るし、今回は全体の動きを見れて実に面白かった。ラグビー好きの知人が昨日お声をかけて下さり、仕事の予定も入っていたが、予定をずらさせてもらって助かった。高校生の溌剌としたプレーは、決勝戦にふさわしい試合だった。結果は啓光学園のシャッタアウトゲームであったが、途中大分舞鶴の惜しい場面もあり、テレビでは見れない細かい動きはラクビーに限らず生はさすがにすばらしい。また機会があればいろんなスポーツを観てみたいものだ。18日の日曜日から、確定ではないが、お誘いもあったので観るだけでなくバレーボールを復活しようかと考えている。ケガしなければいいけどなぁ・・・
2004年01月07日
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今日は、母と娘が大阪城ホールでフジコ・ヘミングさんのピアノコンサートへ行く予定で、母は前々からなかなか取れないチケットが取れて大喜びしていた。3時からの開演で、帰ってからファミリーでお正月の食事会をする予定であった。5時過ぎに娘から電話。『終わったの?』『それが、おばあちゃんがしんどくなってソファーで寝てるんやけど、迎えに来れない?』『わかった、とりあえず救護室かなんか、あるはずやから係りの人に聞いてみて』『すぐ出るわ』今日は、お昼にビール1本だけ飲んで、その後晩に備えて家の風呂で本読みながらお酒抜いていたのがよかった。すっかりお酒も抜けて、一眠りもしていたので、すぐ出かけられた。しばらくして『パパ、何時になる?』『ちょっと走ってみんとわからんから、10分後に電話するわ』『6時半には着くと思うけど、関係者の人が入れるとこから入れるように聞いてみて。それかその人見つけて電話口に出てもらって。お願いね』『うん、わかった』その後警備の人と何回か運転しながら話し、裏口から表玄関そのものに横付けさせてもらった。お出迎え付きで。すぐに救護室に案内されて、ベッドに寝ている母を起こし、無事帰還と相成った。朝からちょっと具合が悪かったらしく、それでも楽しみにしていたコンサートだったので行ったみたいであるが、これが一人で行ってたらと思うと・・・大したことはなかったが、大阪城ホールの関係者の皆様には大変お世話になった。深々とお礼を申し上げて帰宅した。本日の食事会は明日にでも、やろうかなぁ。フー
2004年01月03日
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新年あけましておめでとうございます。旧年中は何かとお世話になりました。本年もこんなガンとよろしくお付き合い下さいませ。ペコリ昨日と今日はどう違うんだろう?いやいや、確かに違う。気持ちが違うってことは、行動が違う。あぁぁぁ結局ずっと飲んでても、誰にはばかることもないだけか(爆)去年の紅白は白組の圧勝でしたね。途中K1をカンニングしたり、チャンネル変えるのに大忙しでした。その間に携帯メールも用意しなきゃならないし、全部で40件くらいのメールを準備して、行く年くる年の鐘を聞きながら、そして年越しそばを食べながらもう大変。0時になると同時にメール発信。予想はしてたけど、なかなか繋がらない。全部に送信完了になったのは、1時前までかかった。2時頃からその返事が続々と入ってくる。さすがに全部には返せない。パソもしなくっちゃいけないしね。一息ついて、あきれた顔の娘と一緒にあれこれ話し、こちらはお酒でまっ赤っか。今年はどんな年になるんだろう。いや、どんな年にするかは結局は自分自身だ。じっくりお酒でも飲みながら、ゆっくり考えましょう。皆さんに幸ありますように・・・
2004年01月01日
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今年の仕事がようやく終わった。近年にない忙しい1年だった。ちょっとばかり疲れたが、充実感が味わえた。どうにか無事正月を迎えられるってすばらしいことだ。ここ何年かは、言葉では無事正月を・・・なんて言ってたが、心底感じたのは久しぶりである。明日は、墓参りに行こう。そして正月は精神的にも肉体的にもダラダラした4日間を過ごそう。あ~しんどかった←どっかで聞いた言葉やなぁ(笑)
2003年12月30日
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毎年のこととはいえ、この時期ガンは忘年会に追いまくられている。年々そのハードさに、疲れが取れることなく翌日の忘年会に出席をし、途中で息切れをし、ウトウト。家に帰れば、シャワーを浴びることが出来ればいい方で、時にはそのままバタンとベッドに・・・翌朝は残ったお酒をシャワーで覚醒させて、仕事に励まねばならない。以前だと、これしきのこととそれなりの数もこなしてきたが、去年よりもだいぶ体力が落ちてきたのが、日々の会で痛感している。来年は回数を少し減らそう。今年はたぶん15回で落ち着きそうだ。あと5回。12月は体力勝負だ。ガン ファイト!!! フー
2003年12月19日
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中学時代の女の友人のご主人が12/6に突然亡くなった。彼女とは、中学バレー部でずっと一緒で、ガンよりも遅かったが幸せな結婚生活をしていて、子供もほぼ同じ年で、一時期はよく話もしていた。新婚時代の新居にも寄らせてもらったりしたし、ご主人との結婚に、結婚生活先輩の立場であれこれと話もしていた記憶がある。子供が出来て、ガンも忙しくなったりでここ数年はほとんど会うこともなくなってしまったが、友人達の話からは派手ではないにしても幸せな結婚生活を育んでいることを聞いて安心していたものだ。誰も死に目にあえなかったとのこと。突然死。12/6の朝の5時頃だったとか・・・詳しくは彼女の涙を見ると聞けない。今年一番の寒風が吹き、地元公民館での告別式は多くの人に見守られての野辺のおくりであった。娘さんの泣きじゃくる姿を見て、自分の死を考えた。まだ早いよなぁ。せめてあと10年。神はどんな意図をもって彼女らにこんな過酷な試練を与えたのかはわからないが、あの黒枠の中に自分の姿がダブってしまった。そして気丈にふるまう彼女と泣きじゃくる娘と・・・自分の運命は誰にも決められない。ガンも今突然死を迎えても何の悔いもない。しかし、家族のことを思うにせめて**歳まではの部分では悔いを残すだろう。12月はもとより忙しい月だ。今回の出来事は、一日1時間か2時間かはわからないが、自分を自制する気持ちを少し芽生えさせてくれた。せめて酒量だけでもおさえて、いついつまでは、生きていてやろうと・・・同年代の病気の死は、ちょっとショックであった。それを感じる年代になったということなんだなぁ。 合掌
2003年12月08日
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突然の訃報が朝の寝ぼけ眼でまだ覚めやらぬ左の耳から飛び込んできた。大学時代のNの死亡。何回も友人の母の言葉に確認をして、準備の約束をした。通夜・葬式・忌明け・初盆・100か日等々の一通りの儀式が終わった。告別式の涙の後、学生時代の友人たちが久しぶりの再会に話がはずんだ。誰々とは5年ぶりだ。誰それの結婚式以来会ってないぞ。。あの時代は毎日のように遊んだ仲間が、友の死などという時の再会ではあまりにはかなく感じて、せめて年に1度は泊まりで集まろうではないかと話をした。そして、そんな気にさせてくれたNの墓参りをみんなでやってやろうじゃないか。今年だけは、今年中にまず道をつけよう!ということで、今回の集まりとなった。滋賀県の石山の料理旅館に滋賀二人、奈良一人、岡山一人、大阪二人と各地から集合だ。N君を偲ぶ会として唯一独身だったNの伴侶となり、それぞれが料理に酒にと学生時代に戻った。暗い酒ではない。このような集まりをさせる気にさせてくれたNが喜ぶであろう楽しい酒だ。冷酒1本入れといて。焼酎1本入れといて。熱燗用にも1本入れといて。仲居さんも呆れ顔。残った酒は明日お墓に持っていくからね・・・お前も一緒に飲むよなぁ。9時にタクシーが迎えに来た。わざわざ京都まで2次会だということだ。今回の幹事さん、やるねぇ。1時までその店にいて、ラーメン屋で麺をすすり、タクシーを呼んでもらい、旅館に着いたのは2時頃だった。翌朝ゆっくりと寝て、朝ごはん。運転以外のの者は、もちろんビール飲んでる。(笑)本日合流の一人が奈良から来るので、待ち合わせの京都の二条駅に向けて出発だ。観光シーズンなのか道が大変混んでいた。道中尽きない話に、ずっとずっとこんな時間が続けばいいのにと何度思ったことか。大徳寺・黄梅院がNの墓地だ。供花にもちろん昨日の一升瓶の残りをかつぎ、むさくるしい男7人のご一行様は観光客の入れない黄梅院の中へおごそかに入っていく。りっぱな墓にそれぞれが思いを込めて手を合わす。線香の煙が目にしみる。酒も十分飲ませてやった。お前は一人じゃないからな。来年もこのメンバーで来るよ。そしていつか順番にお前に会いに行くよ。後ろ髪を引かれながらも墓地を後にした。大徳寺からほど近いところが、Nの実家だ。Nの母は気丈な人だ。しかし、跡取りを失った悲しみは想像するに足らない。朝電話を入れておいたので、着くなりN母は飛び出てきてくれた。約1時間、あの頃!あの日!の話をしてくれた。お母さん、来年もこの集まりは継続してやらせてもらいますからね。そして毎年お母さんの元気な姿見させてもらいますからね。彼の分まで長生きしてもらわなくっちゃ!来年からは、祥月命日の5月に集まる予定です。まだまだ名残惜しかったが、N母の元気な姿は少しばかり我々の心の溜飲を下げてもらえた。あんなに喜んでくださるんだ。一回きりの花火ではなく、ずっと続けなくてはバチあたるよ。その後の食事しながら一同の意見は一致した。ただ集まろう。年に一度くらい時間の無理をしよう。会える時に会わないと悔いを残したじゃないか。みんなの心が見えるようだ。再会を誓い合い、充実した二日間は心地よい満足感にかわった。合掌
2003年11月23日
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人との出会いは不思議なものだ。今日100均に買い物に入ってレジを済ませ袋に詰めていると、ある女性から声をかけられた。『もし間違いだったらすいません。ガンさんではないでしょうか』『はい、そうですが・・・』『私、小中学時代に』『M?(これは下の名前が思わず出ていた)』『えっ何で名前おぼえているの?』『ごめん上は・・・』『Mよ』『そやそや、Mやったよねぇ。懐かしいなぁ。よう俺のことわかったなぁ』『昔と変わってないもの』『Mもやで。そやしすぐに名前出てきた』それからしばらく車のところへ戻って近況をお互い話し、携帯の番号やらメルアドやらホームページも作っているらしくそんな話もして、気持ちは中学生に戻っていた。お互いそれなりに歳はとったが、彼女は同年代でも昔と変わりなくとってもきれいな目が印象的で、若々しく感じた。たぶん自分の趣味を含め充実した日々を送っているのだろうと想像出来る。別れた後の車のルームミラーに向かって何故か微笑んでいる自分がいた。そう、ガンにもあの時代があったんだ。仕事・飲みに忙しくしてはいるが昔のあんな時代が今のガンを形成しているんだ。当時の同級生に無性に会いたくなった。ほのぼのとした気持ちがもてた出来事だった。
2003年10月29日
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わずか2年であったが、リーグ優勝とシリーズでは王手までいくも惜しくも日本一を逃した。この悔しさは選手が一番感じているはずだ。今まで、負ける悔しさをわずかしか感じることのなかった自分中心の選手の心に、初心に帰った野球をすることに徹した星野イズム。それがようやく浸透してきたところでの星野監督のご勇退はファンとしても悔しくもあり、またここまで常敗阪神に勝つ喜びを与えてくれたことに心からお疲れ様と言いたい。出来れば日本一というお土産を手中にしてのご勇退となればいいところであったが、これが運命なのであろう。新たな指名を受けたのが岡田新監督である。岡田監督はガンと同級生である。彼が6年生の私学中高の高校から転校しなければまさしく机を並べていたかも知れない。彼はH高校へ変わりその後甲子園からW大学へと進み、晴れてドラフトで阪神に見事くじで入団という順風満帆な野球人生を送ってきた。新人王はじめ18年前の阪神優勝を経験している数少ない純潔を守り通した猛虎戦士だ。経歴はエリートだが、タイガースの中では決してそうではない。2軍監督時代には、現在活躍している今岡・浜中・赤星等々には信頼は厚いがカリスマ性はない。岡田野球を浸透させることが強い阪神への第一歩であろう。18年後の優勝などといわず、近い将来きっと今年と同じ美酒を味わってみたいものである。数々のしがらみにとらわれることなく、自由に大きく羽ばたいてほしいものだ。最後にダイエーは強かった!王監督率いるダイエーに素直におめでとうと言いたい。
2003年10月28日
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ガンママの実家は広島である。この夏、台風に立ち向かいながらも久しぶりのガンママの実家に帰った。法事も済ませ、お墓参りもあちこち済ませ、ガン的には満足の行く帰省であった。ご先祖様、お守り給え。先月、義弟のある病気が発覚した。骨盤か股関節かが腐って自力では治らないとのことで、この21日に大手術をすることになっていた。仕事は屋根の瓦の職人で自営業をしている。当然復帰後も今までのような仕事は出来ないだろう。義弟が復帰までと、義父が現場復帰をし、少し無理をしていたのだろう。ガンママはもう仕事はガンママ父にはさせたくなかったのだが、事態が事態だけに急な弟の入院ということもあり、渋々承諾していたようだ。そんな義父が今日大きな事故を起こした。夕方4時くらいのことであったようだ。ガンが帰宅したのが、9時頃で、帰るや否やガンママが、『何でこんなにいろんなことが続くんやろう』と言い出した。『一体どうしたんや?』『お父さんが、指切断してしもうたんやて』『何?』『指3本切断して、今手術しているところやねんて・・・』・・・・・瓦を切る機械に間違って自分の指を・・・ベテランなのに・・・手術終了の電話がかかってきたのは11時をちょっと過ぎた頃であった。取りあえず3人の医師が6時間に渡って縫合手術をしてくれたようだ。しかし、予断は許さない、繊細な神経をつなぎ合わせてはいるが、その機能が復活するかは1週間経たないと判らないとの事であった。ダメなら壊死して、左手3本の指を失う生活になってしまう。今は運を天に任せて祈るばかりである。この夏、みんなが健康で暮らせるようにと手を何度も合わせてのに、何たる不幸の連続か・・・イヤ待て、よく考えてみよう。義弟の病気がたまたま見つかったのは、ラッキーだった。それまで単なる腰痛と本人も考えていたのだ。たまたま先生が疑いをもったことで、発見できたのだ。そのままの状態ならば、益々腐って最悪の事もあり得たはずだ。義父のことも、幸い左手でよかったじゃないか。うまく付くかもしれないし、丁度20日からガンママも帰ることになってたし、二人を十分見舞ってくればいい。不幸は続くことはあっても、不幸しか来ないなんてことはないのだ、人生底まで行くとあとはきっといいことがあるはずだ。そしていいことが続いたなら又それにおごることなく生きていけばいい。『人間万事塞翁が馬』なのだ。
2003年10月15日
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永遠のライバルである巨人の原監督の辞任が発表されたのは、何日か前のある日のことであった。渡辺オーナーをはさんで堀内新監督が同席しての会見であった。世の中の多くの人が首を傾げたくなる光景であったろう。アンチ巨人のガンもその一人である。振り返れば、ガンと同じ年である原監督は東海大相模高校で甲子園のヒーローとなり順風満帆に栄光の巨人軍に入団し、巨人軍の4番という重責を負い、惜しまれつつも引退後コーチを経て監督となって2年で昨日の最後の試合を終えた。現役時代の原選手は、そんなエリートコースを歩んだことと、あのいかにも巨人軍らしいハンサムな顔に好きとはなれず、凡打の度に喜んだものである。苦労知らずの原選手に巨人軍の監督が務まるものかと思ってはいたが、昨年は日本一になるという実績を携えての今シーズンの開幕。実は去年の原監督の胴上げは甲子園であったが、その場にガンもいたのだ。何かの縁であったのだろう。今シーズンは、巨人は故障者のオンパレード。一方阪神は好調さが続き、オールスター前にマジックが出るという快挙を成し遂げ、9/15にリーグ優勝を決めた。読売渡辺オーナーの怒りがおさまるはずはない。なんせ自己中心的なその言動は今までマスコミのみならず、他の業界への波紋も投げかけてきた人物だ。2位以下の順位はまだ相当流動的と思えたある日、東京ドームでの阪神3連戦で3連敗でもしようものなら、監督更迭だ!などとの勝手な発言が飛び出した。巨人選手は眼の色変えて打倒阪神に燃えた。もちろん、3連敗などという結果はあり得るはずもなく、来期の原監督の続投は誰しもが納得出来る事態であったはずだった。ところが・・・・・冒頭の会見が行われたのである。今シーズンの結果は全て監督の全責任である・・・言いたいことも言えずに堀内新監督にバトンを渡すその胸中やいかに!ナベさん曰く、人事異動だ!???ここに至るまでには、現場とフロントとの確執があったに違いない。しかし、フロントも勝手でいとも簡単に首のすげ替えをする今回の騒動には巨人ファンならずとも同情を飛び越え怒りすら覚えた者も少なくないはずだ。昨日10/7は今シーズンの巨人の最終戦が甲子園球場で行われた。まさしく原監督の最後の舞台である。阪神球団はその原監督に異例中の異例ともいえる敵球団の監督の引退セレモニーをする場を提供したのだ。そこには星野監督の意志もあっただろうが、球界としての今回の騒動に同情的な気持ちは、特に巨人に反感を持つ阪神ファンにも、既にリーグ優勝を決めていることで受け入れられるであろうという判断があったものと思われる。現にそのセレモニーは実に感動的であった。名雄が抱き合い涙する姿、敵軍宰相にハラコールをするスタンド。初めての試みは、誰しもが野球を愛し、健全で夢を分かち合える勝負師の世界に憧れているからに他ならないところで、一体となれた。夢は心にしまい込み・・・きっといつか原監督の勇姿が見れる時が来るだろう。多くのファンが待ち続けていることだろう。阪神以外の監督だとまたヤジの対象かもしれないが・・・また野球ファンが増えたかもしれない。勝負を離れたところでは、これほど大きな心が必要なんじゃないだろうか、ねぇナベツネさん!
2003年10月08日
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娘のゆかりんごは、今年高校に入学した。高校に入ったらアルバイトをしていい?自分の小遣いくらいは自分で稼ぎなさいとバイトの種類のみの制約こそつけたが、両親とも推奨をしていた。入学後学校行事も忙しくて、バイト探しもままならない時期が過ぎ、夏休みにいよいよ突入かという時期に、パパ**にバイト行こうかと思うやけど、いいかなぁとゆかりんごが言ってきた。OKサインでさっそく履歴書持って面接に行ったようだ。1週間後正式に採用との返事が来たものの、ここはあるスーパーの専門店街に入っているパン屋さんであるが、そのスーパーの入門証とかが必要らしく店に立つまでにそれから2週間ほどで晴れて社会人としての第一歩を踏み出したのである。夏休み中は、クラブと塾とバイトと遊びと大変忙しい毎日の連続だったようだ。先月25日そのバイト料が初めて振り込まれた。ジャスト6万円。初めての給料もらったからと、9/26ゆかりんごがガンとガンママを食事に誘ってくれた。行き先はお寿司やさん。といってもくるくる回るお寿司やさんだ。ゆかりんごに遠慮しながら、取るお皿。時折お皿の数を数えるような娘の視線に心情を察したりする。ガンママは無遠慮に生ビール頼んでる(笑)赤出汁もアイスクリームも食べて、会計は3900円くらいであった。ガンママ遠慮がちに、ビール代はママが払うわね。娘にごちそうになる回るお寿司がこんなに美味しいものとは思わなかった。ネタがどうのこうのことはまるで関係ない。ガン等にとっては最高のプレゼントをしてもらったような気がする。これから先幾度となく感動を覚えることも多かろうが、今日の日は忘れられない日のひとつとなるだろう。いつまでも子供と思ってはいても、成長しているのだ。
2003年10月02日
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店長さんのご友人でもあります柳家一琴師匠の独演会が三田屋さんで100名近くの人を集めて開催された。会の詳細はちこちゃんのHPのひとりごとに詳しく書かれているので、どうしても知りたい方はご覧下さい。ズボラなガンです。一琴師匠との出合いはもう2年前になるだろうか。初めて印象はまぁ体の大きい方だこと!だった。上方落語ではなく、江戸での古典落語を目指して上京し平成13年に真打ちに昇進しテレビに影響されず、専ら芸を磨くことだけにこだわった生き方に共感を覚えずにいられない。その後何回か会う機会もあり、昨年は大阪太融寺での3人会で初めて生の落語を聞いた時の感動は言葉では言い表せない。今回は一人でのふるさと凱旋独演会で、昔馴染みの顔も多数来られていたかと思うが、余裕の中に自分の芸を見てくれとばかりの熱き思いも感じ取られた。2席の落語の後には紙切りの芸も披露。大盛況のうちに独演会は終了しみんなで片づけの後、馴染みのメンバーで打ち上げ会をした。とても気さくなお人柄が出て、我々にも声掛けをしてくれる。一琴師匠はお酒を飲まれない。我々が酒をあおっているかたわら、話に夢中だ。厳しき東京の落語の世界の掟の中でのひとこまをかいま見ながら、今回はお疲れの様子だったので、次の店のお誘いを遠慮して会は丁度シンデレラタイムにお開きとなった。地道な小さな落語会で落語とはなんぞや!を命題に今後も全国を行脚される一琴さんの姿が、たくましくもあり、ほほえましくも感じた。次回大阪公演はいつのことだろう。楽しみにしている人は多くいる。
2003年09月25日
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よくぞ決めてくれました。こんなワンダフルな試合とシーンに立ち会えるなんて、何て幸せなんでしょう!何をどこからどう書いていいのやら、わかりませんが、昨日の甲子園への待ち合わせから書きましょう。昨日の切符はアルプス席の自由席です。予定開門は12時、試合開始は2時、この時点でのマジックは2、マジック対象のこの広島戦に勝って、4時から時差開催のもう一方のマジック対象のヤクルトが負ければ阪神優勝だ。開門はたぶん早くなるだろうと、1時間早めに待ち合わせをして、9時45分に茨木駅で待ち合わせ。梅田まで出て阪神電車に乗り換えた。車内はガラガラだ。ふと前の席にダンボールに『切符5枚あります』と書いたボードをおもむろに持ってるお兄ちゃん。『どこの席?』と聞いたら同じ切符だった。9/14の朝、オークションで1枚35000円で買ったらしく、いっしょに行く予定の人間がキャンセルになったらしい。しかしよくまぁそんな値段で買うわ???『こんなとこで待っててもあかんで、梅田の金券ショップには人が群がってたからあっちの方がええんとちゃうかぁ』『はい、すぐ戻ります』このお兄さんのその後の動向は不明である。甲子園球場前は異様な雰囲気だ。球場の回りには17日の切符を求めて並んでいる人たちがぎっしり。11時には席を確保して阪神のバッティング練習を見てるが、先は長いし暑い。ビール飲んで弁当食べて、もうこの時点で相当グロッキー。広島の応援団も陣取って阪神ファンにご挨拶。ご迷惑にならない程度に応援しますので、よろしくお願いします。拍手~関東からも多くのファンが来ていたよ、何しろ関東のファンには甲子園は聖地巡礼だってね。2時試合開始。先発は伊良部投手。どうも調子はいいようで悪くすっきりしない。そんな中、3回シーツの2点ホームランが出た。球場に悲鳴とため息が・・・重苦しい雰囲気だ。5回までノーヒット、この先どうなるの?その5回矢野選手が出た。このところ粘りづよいレッツゴー沖原選手のタイムリーで1点返す。フー、これからだ。その後迫力のない阪神の攻撃が続き、出るのはため息ばかりであった。8回広島の攻撃、ノーアウト1・2塁でバッターは先程ホームランを打ったシーツ。広島の応援団はここぞとばかりの大声援。ガンは広島にいる義弟の携帯に電話をする。義弟はもちろん大の広島ファン。『**ちゃん、今甲子園におるんやけど、もうこの位で堪忍してくれ~、頼むわ。広島の強いのはもう充分解ったから、今日だけはこれ以上点入れさせんといてくれ~。』義弟は大笑いしてたけど、ガンはわらをもつかむ気持ちで電話してた。電話を切ってからは、両手を合わせて祈りの世界へと入っていた。どうか、このまま点が入らず、かすかな望みがつながりますように・・・合掌祈りが通じたのか無事に0点でしのぎ、8回裏の片岡選手の同点ホームランが出て球場は盛り上がる。その後2アウト満塁のチャンスであったが、桧山選手は凡打に終わった時の球場の落胆ぶりは半端ではなかった。9回のピンチをしのぎ、再び9回裏のビッグイニングのスタートだ。1アウト満塁で、球場はワッショイワッショイとフェーブの如くうなり始めたその第一球、赤い彗星赤星選手のバットから快音が聞こえるとと同時にスタンドがつぶれるのではないかと思うほどの大歓声と地響き。誰もが涙を流して抱き合い、握手をし本日の胴上げを信じたのである。横浜銀行と言われた今年の阪神の大お得意さまは、前半の4点のビハインドを何を思ったのか跳ね返してくれ、12-6というところまでになっていた。球場ではオーロラビジョンに中継がなされ、和やかな中にもその時を待っていた。8回に選手がベンチに入ってきた。8回裏には、球場全体でウェーブも起こり、選手もいつの間にやら参加してくれた大ウケであった。いよいよ9回、どこから回ってきたのか、風船を持ってない人のために必要な人はどうぞとあちこちから風船が回される。幸いほとんどの人はマイ風船は持っていたが、ファンの一体感はここでもありがたかった。横浜の試合が終わると同時に5万個の風船が舞い上がり、待ちに待った星野監督の胴上げだ!嬉しくて嬉しくて、この時のために多くのファンが応援をし続けてきたんだ。それぞれに思い感じる気持ちは違っても、星野監督の優勝インタビューには誰しも感動を覚えただろう。チャンピオンフラッグを掲げての場内行進では鳴りやまない六甲颪の歌声にバンザイも涙も笑いも入り交じっての時間が18年ぶりの優勝に酔いしれる。こんな日に、この場におれるなんて!なんて幸せ者なんだろう!甲子園のファンは整然とルールを守って一緒になって応援したよ。選手の苦しみも喜びも一緒になって感動したよ。ありがとう、阪神タイガース。ありがとう、星野監督。今度は又一緒に日本一を目指しましょう!!!
2003年09月15日
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明日は、胴上げを見に甲子園で渇入れてきますね。どんぐりさんが前から持ってた切符で好意的にまわしてくれるんですよ。プラチナチケットですね!!!みなさんもご一緒に応援してくださいね!阪神タイガース、がんばれ~!
2003年09月14日
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25年の記念のサザンのコンサート。ちこちゃんが切符を苦労して調達してくれた。ガンもサザン好きなことを知ってくれていて、声をかけくれた。先月の話だ。この日が来るのを密かに心待ちにしていた8/23、とうとうこの日がやってきた。ちこちゃんと1時に茨木駅で待ち合わせ。凍らせた飲み物だけは既にキープ。何しろ相当な暑さになるはずだ。三宮までは快速電車で一本だ。震災の被害にあった神戸そごうのデパ地下で弁当を調達して、ポートライナーに乗って会場のあるポートアイランドへ。サザン行きとおぼしき人の波はあちこちで見受けられる。市民広場なる駅で下車してメインゲートまで10分のHP上での案内。しかし、酷暑の中30分ほど歩いてようやく会場へ到着。この時点で今日は暑さとの戦いになると覚悟。さまざまな格好をしたファンが既に集まっている。ビキニ水着の女の子にガンの目も点(笑)会場は何しろ広い。そこにパイプ椅子を整然と並べている。ABCDEFGHIJKLMNOPQの各エリアに分けられ、確かJスペースから一段高くパイプで組んだ1Mほどの高台?よりの場所だ。自分たちの場所だけ確認して、このやぐらの下の穴場?で食事をする。会場はとにかく日陰がない。そんな中でこの場所は、まだ誰も入り込んでない穴場で涼しくゆっくりと食事が出来た。ガンたちの場所はFゾーン。結構前の方だと思ったが、肉眼では桑田さんの顔は確認出来ないくらいだ。何しろ7万人のコンサートだ。開演予定の5時半になってもまだまだ遅れて入場の客の帯は途切れない。早く出て来いよ~~~6時過ぎにようやく開演だ。この盛り上がりは会場でしか味わえない瞬間。全員が総立ちになり拍手と声援。25年を記念して、古い曲のメロディには感動だ。あの時代にあの曲をよく聞いたなぁなんて一人感傷にひたりながらも、自然と桑田さんと一緒に口ずさむ。若い人には知らない曲が多くて、今一乗り切れないメロディだったろうが、我々にはたまりませんわ。若い世代の盛り上がりが始まったのは、やはり近年の歌ぐらいからかな。サザン独特の水ぶっかけ状態やら、変装やら、花火の打ち上げで会場は最高の盛り上がりを見て、エンディング曲を迎えるまでの2時間半。あっという間に過ぎてしまった。もう少し歌って欲しかったけど、地域との問題もあるんだろうなぁ。でも曲だけは一杯いっぱい歌ってくれたから、満足だ。ここからがもう大変。会場を出れない。一度に退席するとパニックになるので、ブロックごとの退席だが自分たちのところへはなかなかアナウンスない。大方1時間ほど待ってようやく指定された。全部が出るのには2時間はかかりそうだ。帰りは三宮まで歩いて帰った。ちこちゃんと話ながらだったので、45分はそんなに苦にはならなかった。ビールを飲むと玉のような汗が噴出してくる。途中まで電車でちこちゃんと話をしながらの道中で、ガンの夜の虫が騒いで、一人で高槻へ飲みに出た。サザンのコンサートの帰りだよ!みんなの羨望を受けてしまった。。帰宅は3時だった。知らない間に風呂場で寝ていた。ベッドに4時ごろすべり込んだ。いい夢見た。
2003年08月23日
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毎年恒例になっているTUBEのコンサート。今年も梅雨明けと共にやってきた。夕暮れから空が真っ黒になる時を刻みながらの野外コンサートは、野球では感じることが出来ない甲子園での圧巻である。4時に大阪で待ち合わせ。ガンはタイガースユニホームで電車に乗って行った。ユニホームの下は今岡選手Tシャツ。連れ合いとお揃いだ。まるでペアルック?阪神百貨店でいつものように食料を買い込んで、いざ甲子園へ。5時には甲子園に着いて、早い食事をビール片手に始める。まだ半分くらいしか入場していない。席は?今年はいつもよりもいい。毎年少しずつであるがグランドに近づいていく。TUBEのコンサートは女性が男性を上回る。年齢的には、20代から30代が多い。ガン年齢の人はそうは多くないが、根強いファンも少しはいてる。ガンも実は最初は連れて行ってもらってから、すっかりとりこになった一人である。6時過ぎ、甲子園名物風船飛ばしとと共に開演だ。一同総立ちの中で、楽しみの3時間が始まった。4曲連続で踊ってしまうとガンは息が切れる。ちょっと休憩しながら又立って踊る。今日はすごく快適な天気なのに、やっぱり汗かいてる。どうしてこんなに汗かきなんでしょうね。回りは誰も汗してないのに・・・感動の歌あり、笑いの時あり、踊りに不安を覚えたり、時間はあっという間に過ぎていく。大きな花火が打ちあがって、夜空に華が咲いて今年もTUBEの夏は終わった。今年のコンサートは盛り上がりもあり、去年以上の内容であった。夏のイメージのTUBEが今年中に甲子園に帰ってくるとか言ってたけど、たぶんガンにはまた来年よろしくまた会おうって心で囁いた。感動をポッケにしまいこんで、TUBEの歌をカラオケで歌いに行った・・・?
2003年07月26日
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どんぐりさんがオースターの切符が手に入るんですが、行きませんか?と声をかけてくれたのが、先週の話だった。野球ファンがこぞって予約等で早くからすったもんだしているのを見ててもガンはそこまでして切符取る気もなかったので、まるで他人事であったが、ままままさかそんなガンがオールスター戦を見に行くことになろうとは・・・例年のオールスターとは中味がまるで違う。なんたって阪神タイガースの選手がファン投票で1位をほとんど独占してしまってたからに他ならない。てなことで、初めてのオールスター観戦はA指定席が取れるとのことで益々喜んでしまい、待ちに待った今日15日は充分な仕事にならない。ニヤリ事務所でみんなが仕事している中で着替えていざ出陣。大阪ドームは初体験だ。どんな席だろう?1番ゲートから入場し席を確認すると、おぉぉぉぉぉいい場所だ!バックネット裏の最高のポジション。少し席は狭い。勾配はきつめだ。ビールを調達し弁当を広げて早宴会状態だ。回りを見るとやはり阪神ファンが多い。開会セレモニーは厳粛な中に晴れやかさがあった。場内真っ暗になって選手一人一人の紹介。そしてホームラン競争。すごい打球がライト・レフトスタンドに飛び込む毎に大歓声。いよいよプレイボール。阪神井川投手の先発でこれぞオールスターという雰囲気を味わっていく。ちなみにどんぐりさんはよく飲むわ。ずっと飲んでたね(笑)試合は進み、期待の阪神勢はイマイチの活躍であったが、7回の風船飛ばしの時が近づいてきた。甲子園ならここでファンファーレってとこだが、六甲颪の合唱が始まりそれが終わるのを待って風船が乱舞する。他球団のファンも今日ばかりは、合わせてくれたのかな?試合は巨人・高橋由伸選手の2打席連続ホームランで同点引き分けとなり最優秀選手賞を受け、ペナント中ならば悔しがるところであるが一緒になって喜べたのはオールスターならではというところか・・・外に出ると、阪神ファンは大騒ぎ。選手のヒッティングマーチ乱れ飛び、胴上げまでもやっている。おいおい何の集団なの?それから、タクシー拾って地元まで帰り2次会は阪神ファンのママ(この日もこのママはいたらしい)のいる店に顔出し、お開きは1時半くらいであった。オールスター戦初観戦は日頃味わえない特殊な雰囲気だった。ほんの少しですが、写真掲載しておきます。詳しくはそのうちイベントコーナーの方へ乱れ舞を掲載予定です。
2003年07月15日
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早めに帰ろうとある程度仕事も片づいてそろそろかなと思っていたら、あれこれと電話がかかってきて結局遅くまで事務所にいることななってしまった。ならばとそのままある打ち合わせもあることだしと、いつもの店に顔を出した。なかなかの盛況だ。ガンさん、昨日は坊主だったんですよ。女の子が4人でカウンターに9席、ボックスの相手と充分にお愛想できなくてゴメンナサイとママが気を使う。一番端っこのカウンターにひとつ席が空いてたので、水割りをちびちびとやりだした。昨日はこの店2回転してた。坊主の日もあれば、こうして忙しい日もあるんだなと。。1時をちょっと過ぎたので、ガンもお愛想して帰路に。そういえば何も食べてない。いつものようにセブンイレブンに行ってざるうどんを買う。汁のあるものにしようか、ラーメン屋に寄ろうかと迷ったが、結局ざるうどん。自宅に帰って、まだまだ元気だったので、パソにも挑戦してみる気になって、CD入れて立ち上げようと待機。その間にざるうどんを食べていく。お腹が丁度満足感をもったくらいで、バターパンがあったのでこれもほほばる。1個食べたら急に眠たくなってきた。パソの状態をじっと見てたら余計眠気が!しかしこのパソまるで動きがないのだ。催眠術にかけられてる如く目がトローン。がんばれ~~~~と思ったところ急に目を開けて頭を元の位置に戻そうとしたら、ガクン!!!椅子に腰掛けて、半分寝掛けた状態から元の位置まで頭を戻す急動作をしてたみたい。これってまるで追突に遭遇したむち打ち状態だ。あちゃ~と思ったが首をもみつつ、ベッドに転がり込んだ。今朝、起きたら首が動かない。以前にも同じような事をしたことあるけど、それより以上に今回は痛い。飲んでたし眠かったし防衛本能は皆無の状態だったから、相当な圧かかったんだろうなぁ。朝からどうやら運転もしてきたけど、今はとっても気分が悪いなり。しっかりお風呂に入ってもんでみようかなぁ。トホホ、情けないったらありゃしない・・・ノダ。
2003年07月04日
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いつも自転車で通学しているゆかりんご。片道3~40分の高校一年生。雨の日は、モノレールと阪急を乗り継いでの通学である。梅雨の時期、荷物やら時間的なことやらで大変そうだったので、雨の日くらいなら、朝送ってあげてもいいよ。の一言に、ありがとうということになり、昨日も今日も朝から送っていった。ガンは自宅と事務所は近くなもので、朝の通勤というものがない。朝7時半に起きて、ワイドショーなんかを見ながら朝の用意をするペース。ところが、このアッシー君になった途端、朝のあわただしいことっていったらありゃしない。片道15~20分の距離だが、朝の通勤時間帯、時間は未確定。昨日など帰りは40分もかかってしまった。今日は、道を代えて15分で無事帰還。しかし、昨晩も遅くまで急な飲み会が入り、まだお酒覚めやらぬまま、よろしく~~~とのゆかりんごのお願いに少々閉口してしまった。これからしばらく天気予報を気にしながらの生活になるこのアッシー君に同情あれ。
2003年06月25日
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今年の阪神は絶好調!何年も野球を見に行くことはなかったが(去年の巨人の胴上げ試合は見た)、阪神の応援に久しぶりに行ってきた。どんぐりさんとばんばんさんの3人でいざ出陣。仕事も早々に切り上げ、4時半に待ち合わせ。大阪駅から阪神電車に乗り換える時には、もうビールをごくごく飲んでいた。気分はもう甲子園。電車の中にもこれから甲子園組とおぼしき人だかり。甲子園の駅に着いてまずは小道具の調達。メガホン・風船は必需品。そして弁当も購入してゲートをくぐる。おぉぉぉぉもう相当な観客入ってる。6時プレーボール。応援に慣れていないガンはどんぐりさんからもらったカンニングペーパーで選手のヒッティングマーチを歌うのに必死。2回、4連打が出た時は最高潮!!!応援の連続技だ。すごいすごい、この一体感は何だ?ライトスタンドはお祭り騒ぎ。選手との一体感もありありの大感動のうちに阪神勝利。みんなマナーも良く、又来るぞと余韻を楽しみながら、祝杯へと場所を移したのであった。次の店でも大いに盛り上がったのは、言うまでもない(爆)携帯で撮影した写真を一部掲載しておきます。
2003年06月04日
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昨日の日記で書いたが、管理組合の理事長を務めることとなったのが昨日の総会。一夜あけて今朝7時に電話が鳴る。朝の電話はいい知らせのはずはない。ガンはいつも7時半に起きるので、まだ夢の中。ガンママが電話取って、パパ管理人さんから電話。理事長、エレベーターが故障したみたいです。業者には連絡しました。取り急ぎ、ご報告です。と就任早々かいな!7時50分、玄関のチャイムがピンポーン。これ報告書です。エレベーターはボタンが引っかかっただけで、その他はどこも異常ありませんでした。はい、ご苦労さまでした・・・1年間こんな調子なんだろうか?今日の仕事中にもあと2回管理人さんとは電話で話をしたよ。きばり過ぎず全力投球しようっと。
2003年05月26日
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ガンはマンション住まいだ。本日、その管理組合の総会があった。実は今年は理事長をすることになった。今まで副理事長の経験はあるが理事長となると、こりゃまた責任が重い。うまく務まるものか?総会は色々と紛糾して、申し送りでいっぱい宿題を頂いちゃった。そんなの前の役員で処理しといてよと言いたかったけど、これも仕方ないしね。とにかく忙しい一年になりそうだ。総会終了後、自治会の総会。こちらは会計をしてたので、本日にて無事解任。よかったぁ。こちらの引継ぎも無事済んだことだし、みんなで打ち上げでもやりたい気分だなぁ。滞ってたことを、まとめて本日記入しちゃいましたわ。ウンチャ
2003年05月25日
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ガンママの**歳の誕生日。今年は大阪ではメジャーな、たこ焼きをやりましたよ。今回新しくたこ焼き器も購入。電器式に買い替えです。これパパからの誕生日プレゼント!って言ったら、そんなアホな!って怒られましたよ。特製たこ焼きでゆかリンゴも楽しくやってましたねぇ。ガンはしょうゆ味がすきですよ。チーズも入れちゃいます。あ~~お腹いっぱい。。
2003年05月23日
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