■『中年』とは
「中年」ということばの響きが、どうもかんばしくありません。会社でもまれ、家庭でつつかれ、若いコからは、やれ暗いだの、くさいだの、スケベェだのとさげすまれ、そんな攻撃に疲れた姿が、なにやら中年のイメージを形成しているようです。
でも、そんな他愛もない攻撃にしょんぼりうなだれる必要はないのです。雑音は無視しましょう。無視できないなら、せめておなかの中で、つぶやきましょう。「暗く見えるのは、きみらのように能天気じゃないからだよ。くさいのは、人間くささの表われなんだよ。スケベェ?スケベェけっこうじゃないか。まだすべてにおいて、現役なんだ。お~、なんとでも言え」
そう、その調子です。私たち『中年』は、こどものころ雑草だったじゃないですか。たたかれても、蹴られても泣いたら負け。その不文律に比べたら、たかだか陰湿な上司のイジメや、非常識な部下の物言いや、女子社員の冷ややかな視線など、なにほどのことがありましょうか。
したたかに、深く、そして静かにひらきなおりましょう。いまや、「年齢」ということを考えても、四、五十年前の年齢感覚からは、七掛けで見積もっていいとの説があります。つまり、40歳なら、四七の28歳、50歳ならば、35歳です。幕末、明治維新を駆け抜けた男たち、たとえば坂本竜馬は33歳で死に、高杉晋作は28歳、あの近藤勇でも死んだのは33~4歳の時でした。竜馬の、あの時代を超越した識見、晋作のシャープな視点、近藤の茫洋とした忠誠心、どれをとっても現代の働きざかり、……そう、40~50代の『中年』の持ち味ではありませんか。七掛けで自分の年齢を考える時、私たちは幕末の志士たちと同年輩です。かれらは、自己の使命に殉じて散りました。私たちは、使命に殉じて死ぬことはありません。ありませんが、少々でてきた下腹にぐっと力をこめ、一矢報いようではないですか。誰にですって?
上司や部下や、女のコ、ましてや大事な大事な奥さんに対してでは、ありませんよ。『中年』というレッテルについ甘んじてきた自分自身の「あきらめ心」に対してです。
いまのあなたでも、あなたは十分すてきなミドルかもしれません。いや、きっとそうでしょう。それに心やさしい人に違いありません。だって、ここまでこの文章につきあってくれたあなたですもの。もう一歩踏みこんでみませんか。さらにいま一歩かっこいい『中年』ライフをエンジョイしようじゃないですか。