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このところ、懐かしい場面、振り返りバージョンでやってきました。30,000カウンターで、しばらくお休みすることにしましたので、今回で懐かしバージョン、いったん打ち止めになりそうです。下は悪ガキが寄り集まってるところです。先週の「トンボ」の絵は、この悪ガキどもが下からトンボを見上げているところを描いたつもりでした。『この道は、いつか来た道・・・♪』という童謡がありますが、小生の場合、年齢重ねてもあんまり変わりばえせず、いつか来た道をまた訪れて、あれどっかで見た風景だな、と思うことがよくあります。小さな目標でも達成した時には胸弾み、初めて自転車に乗れた日のことが甦ります。しくじった時には、広場のソフトボールで4回4三振した屈辱が甦ります。怒った時には、かくれんぼや鬼ごっこで、ガメンチョロ扱いされた感情が甦ります。ガメンチョロというのは、子供の中でももっと半人前の子供のことで、つかまっても鬼にならない優遇扱いです。だけど参加だけさせてやるよ、という腹立つ立場です。思い出したらまた腹立ちがぶり返してきそうです。例えば上の円筒形は、赤い線が上昇しまた下降し、しかしながら同じ場所には留まらず、基本的には上の方向を目指しています。こんな感じが自分の生き方かもしれんなと思っています。上からこの円筒形を眺めたら、まるで同じところをぐるぐる回っています。でも角度を変えて眺めたら、同じところに見えてもランクの違う場所で「いつか来た道」を通過しているのでしょう。本や人は、その通過点での道しるべになりやすいと思います。数年前の良書を読み直し、また新たな発見をするならば、少しは自分の成長を認めてやります。数年ぶりに会う人との間合いは、相手の変化のみならず自分の変化を発見することになります。いやな言い方かもしれませんが、その時の距離感がお互いの成長度合いの目安にもなります。そう言えば、同窓会というものは、二十歳の時、一度だけ出席したことがありましたが、それっきり出席したことがありません。どうも本能的に好きになれないところがあります。円筒形の赤い線を、無理やり下方に引き戻すみたいで、前進とは逆方向にあるように思えるからでしょうかね。それではやっ太郎、またしばらくご無沙汰、失礼致します。赤い線の上昇カーブをつくりに出かけてまいりますたい。
2006.02.18
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やっ太郎です。またまた先週に引き続き、下に絵を置いています。先週、なんぶさんが、映画ALWAYSにしびれた、ということを書きました。そのなんぶさんが、雑誌 リクルート『アントレ独立大辞典』に堂々1ページ、写真付きで掲載されていました。小生は、本屋で立ち読みしただけですが、とても勉強家であり、ハートに熱も蓄えているなんぶのダンナ、大変いい記事でした。映画ALWAYSは、なんぶさんの書き込みでわかったのですが、また上演が続行されている劇場もあるとのこと。ネットで探したら大阪でもありましたね。早速明日でも観てきます。とんぼ。飄々としてます。そんなところが好きですね。飄々と交尾して、よく二匹つながって飛んでました。子供やっ太郎は、その2匹を「こらーーーーっ」と言って追いかけてました。とんぼ、せっかくのところいい迷惑でした。とんぼ、夕焼けによく似合います。飄々としたところに、ほんの少し哀愁が漂っています。そう言えばオイラも極楽トンボと言われた時がありました。そんな時も、背中には少しの哀愁が漂っていたのかもしれません。駄菓子屋のおばはん。子供コミュニティでの地域の保母さんでした。よくひとりひとりのことを把握していたもんです。朝、登校する時には必ず声をかけられました。「やっちゃん、おべんと持ってどこいくの?」そう言われたら、口の周りをぬぐってチェックしました。メシ粒くっつけたまま、おでかけしてました。さて、オヤジやっ太郎、11月から2月までシーズンオフでした。これから、ぼちぼち商売の本格的なシーズンインにはいります。昨年もそうでしたが、昨年より一足早く、またブログしばらくお休みします。キリのいいところで、このカウンターが30,000に達するところまで書いて、その後、商売へどっぷり浸かりこみたいと思います。季節労働者やっ太郎、冬来たりなば春遠からじ、足元に春来たりなば、キリリとねじり鉢巻クソオヤジ、であります。
2006.02.11
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先週に引き続き、下に絵を置いています。これは、もし昨年来の仲間たちとの出版が実現したら、ひょっとしてそこに載るかもしれないというモノです。仲間のリーダーであるNさんが、映画ALWAYSにしびれていました。小生も、さぁ観ようとお出かけした日には、上映終了してました。また遅れてしまいました。これは昭和30年代をモチーフに、何か材料を探した時のものでした。色々探したんですが、結局自分がいつか来た道をほのかに振り返るのが、骨折り少なくして絵にしやすいようです。中学の頃、ミゼットが走ってたかどうか、そこらはちょっと怪しいんですけどね、記憶に残っているのは、不良でちょっと背伸びしてた、でも一緒に歩く女の子は車道側を歩かせない、そのくらいの配慮はしてたようです。あまり懐古趣味に浸るのは、本意ではないのです。「あ~、よかったね、あの頃は・・・」と言って、渋茶を縁側でズズとすするのは、そうですね、生きてればあと二十年くらいしてやってみたいですね。まだまだこちとら創るべき未来の思い出がぎょうさんあるのですから。最近、銀塩カメラの衰退や、カメラメーカーのそこからの撤退がよく報道されます。デジタルカメラや、カメラ付き携帯に押されて、ついに銀塩カメラが肩身の狭い場所にひっこみつつあります。これはなんだか、さびしい気持があります。銀塩カメラを一生懸命売ってた時期がありましたから。銀塩カメラは化学で映像を再現します。デジタルカメラは、電子技術で映像を再現します。銀塩カメラは、手がかかるし、再現するのにプリントに出したり時間がかかります。どう再現されてるか結果が分からない不安もあります。デジタルカメラはそこらの不都合をまったく覆して、「便利」「早い」「簡単」「キレイ」といいことづくしです。吉野家牛丼の「安い」「早い」「うまい」よりもっときっぱりとキャッチが決まります。それでもなおかつ、銀塩カメラが世の中からまったく駆逐されることはない、と確信するのはオヤジである証拠でしょうか。デジタルはカッコいい、アナログはドン臭い。でもだからこそ、生き残る意味があるのでしょう。だってカッコよくなくて、ドン臭いことが多くて、あまりすばしこくなくて、まるで僕らオヤジとそっくりではないですか。こんなのが生息してないと、世の中窒息してしまいます。ちょっと手ごわいところがある、だから何とかしたろと思う。現像まで待たなければいけない、だから出来上がりが楽しみだ。うまく撮れないことがある、だから次はこうしようと方法を考える。先日、兄貴のところを訪ねた時、二十三歳になる娘が、カメラを好きだと知りました。購入したカメラで撮った写真は、「光」を考えたり、フレーミングを考えたりした形跡を感じさせました。なかなかうまい写真でした。おじさんの下手な絵心を少しは引き継いでいるのかもしれません。少し嬉しくなりましたね。しかし購入したカメラが「ニコン」であったのは、おじさんちょっとだけ気に入らなかった。おじさん、ニコンがプロカメラマンの必須アイテムだった時、打倒ニコンに燃えた時もあったのでした。C社の人には厚かましいと言われるかもしれないけど、オヤジC社にお世話になった分だけ、このCブランドには未だに操を立て続けているんです。プリンターは当然C、スキャナーも俄然C、持ってるカメラは敢然とCであります。
2006.02.05
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今日は、ばん先生の「人儲けの会」セミナーが大阪で開催されました。どうもすみませんでした。小生はどうしても、こちらの用事で抜けられませんでした。新しい会員さんの登録もドンドン増えてる模様、何よりです。さて、下の絵ですが、実はこれは昨日別個のブログで使いまわしたものです。その使いまわしも、実はもともと昨年の今頃、別の目的のために描いたものでした。こういうのも資源の有効活用と言っていただければよいなと思います。昨年の今頃、新札の偽札事件があちこちで発生していました。その折、仲間のNさん達との話し合いで、「偽札検知器」の販売をやってみようかということになってました。その時の販促のためのイラストがこれでした。でもこの製造会社が、この機械の販売前に倒産しちゃったので、このイラストも陽の目を見ませんでした。『偽札づくり』これはめちゃくちゃ悪いことです。犯罪です。しかし、世の中には、いい感じの偽物もあります。浅草に、大変仲良くしていただいた会社の社長さんがいます。この方と「どじょう」を食っていました。その時、どじょうにまつわるいい話を聞かせてもらいました。「やったろさん、どじょうは、もともとこの近辺で流行りだしたんだけど、なぜだか知ってるかい?」「え?どじょうッスか?どじょうのことはアイ・ドジョント・ノー」あまり出来のよくないギャグを無視して、社長さん続けました。「この界隈には吉原がありますな」「へい、よく知っておりやす」「江戸の町民は、吉原に繰り出す時、まず精をつけるために、腹ごしらえとして「うなぎ」を食ってました。これはかなり裕福な部類のプレイスタイルでありました」「おもろそうな話でんな。・・・おっ社長、杯が空いてますがな、ささ、もういっぱい」小生がすすめる酒をぐびりと飲み干し、社長は続けました。「隅田川には、色んな橋がかかってますでしょ?言問橋とか駒形橋とか厩橋とかね。隅田川の橋を渡った向こう側には、実はあまり裕福でない町民が住んでました」「今のオイラと社長との住む世界の違いでんな?・・・ささ、社長、もういっぱい」ちなみに「ささ、もういっぱい」というのは、小生と社長の間では、今日の勘定、アンタもちでっせ、よろしゅうたのんまっさ、というメッセージなのであります。以下、社長のお話が続きます。「橋の向こう側にも、吉原よりはややランク落ちの遊郭がありました。そこでも景気つけのため、うなぎに似たやつで、もっと安いモノがないだろうか、そんな思案をしていました。その結果どじょうが、うなぎのまがい物として登場することになったのです。ところが、食ってみたら案外これがいける。ドンドンどじょうの人気が上がってきました」「ほう、そういうのを、うなぎのぼりと言うんでんな?」「やったろさん、アンタが口はさんだら話がややこしくなる。しばらくじっとしといてください」「・・・じっ」「どじょうはやがて、川の向こう側から、川のこちら側、浅草側まで浸透してきたのです。おのぼりさんにとってはどじょうは浅草の名物とまで言われるようになったのでした」小生は、こんな話が大好きであります。なんだかその頃の、江戸の庶民のエネルギッシュな日常性が、ありありと伝わってくるからです。うなぎに変わるものを知恵を絞って探した。せめてもの「まがい品」どじょうが発見された。そのどじょうが、思わぬヒット商品となった。・・・いい感じの、いい偽物であります。そういえば、馬肉も、明治維新の頃の「牛なべ」やビフテキに変わるものとして、登場したのではなかったのでしょうか?記憶はおぼろげですが、馬肉を「さくら」というのも、にせもの客の「さくら」とひっかけて、そう呼んだ。・・・これ不確かですが、当たってるのでしょうか?
2006.01.29
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どうも小生は粗忽であって、細かいところに行き渡り、ミスなくお仕事をこなすことは得意じゃありません。ザクッと大雑把に仕上げたり、手っ取り早く完了させたり、そんなことはわりに得意です。だから、よく手抜きのやっちゃんと呼ばれます。人には各々得手不得手がある、と言いますが、小生の仕事場でおとなりに座っているまりこさんは、ものすごく小生の欠点を補うのが得意です。「ここ足し算が間違ってます」「ここお客様のお名前、間違ってます」「ここ納期のつじつまが合いません」大変、まりこさんクールに指摘します。小生、「はい、そうですね」「はい、おっしゃるとおりです」「はい、すみません、お代官様」と謝ってばっかりです。まりこさん、もともと大きな会社の事務関係でかなり鍛えられてますので、その正確さと迅速さにおいて、小生、全幅の信頼を置いています。まりこさんから、「あのう・・・」と声をかけられたら、小生、悪いことしたわけじゃなくても、つい反射的に「ごめんね」という顔になり、つつましく襟を正す日常であります。子供の頃、おふくろがふとんたたきを持ち出したら、悪さしたわけじゃないのに、つい反射的に「ごめんばい」と言って、覚悟した気持に似ています。こうやってチェックしてくれる人のことを大事にした方がよいと思います。チェッカーは、決してその人を攻撃してるわけではないのです。自分の苦手を補ってくれる仕事上のパートナー、気づかないことを指摘してくれるパートナー、時にプレッシャーを加えてくれるパートナー。小生にとっては、最高のパートナーであります。今週は、ホリエモンのニュースとオジャマモンの「証言拒否」のニュースが、大変騒々しかったですね。小生も別個のブログでホリエモンのこと、いろいろ書きました。このふたつのニュースを、あるキーワードで共通項にくくることができます。小生は「規制緩和」というキーワードで、くくってみます。ホリエモンの事件は、商法や民法の改正という「規制緩和」の、ある抜け穴をくぐり抜けて発生しました。つまり、ホリエモンの手口は、緩やかになった「株式分割」という方法をダイナミックに活用して、実力以上の株価を引き上げる手法をとりました。また高くなった株価を利用して、現金でなく株式で会社を買い取ることの出来る手法「株式交換」も、「株式分割」とのワンセットでうまく利用しました。更に、民間や個人の投資を促進させるための「投資事業組合」という新しい手法も、自社の中にうまいこと取り込みました。まだこれから新しい事実が、ドドッと水面上に現われてくるでしょうが、以上のようなホリエモンの手法は、どれもこれもここ数年の「法改正」という名の「規制緩和(規制改革)」により、使えるようになったモノでした。オジャマモンの事件も、その意味では同じ模様です。11年前の阪神大震災を契機として、建築物に対する「耐震性」ということをちゃんと基準化しようということになりました。基準を定めるならば、その基準を管理監督する必要があります。ところが、膨大な数の建築物に対して、お役所がすべてそれらを管理監督していくには、時間的にも人的にも無理があります。そこで、耐震基準の「建築確認」という部分を、民間委託という形で「規制緩和」しました。建築にかかろうとする時の、最終チェックポイントである「建築確認」がちゃんと為されていたならば、例えばオジャマモンが飛行機乗り回すほど、うまいこと出来なかったでしょう。あのかつらかぶった姉歯という建築士も、全国の人に「かつらだ、かつらだ」と騒がれることもなかったことでしょう。規制緩和は、必要なことであったのでしょうが、その結果として緩やかになった出口部分を、意図的に利用したのか、更に踏み込んで、そもそも構造的な仕組みを、登場人物達が作為的につくっていたのか、ここらは大変複雑でよくわかりません。このふたつの事件の共通項「規制緩和」という流れには、変わりはないと思います。また基本的に規制緩和(規制改革)」自体は、避けて通れない道筋だと思います。このふたつに欠落していたこと、それは「チェック機能」であろうと思います。法律が改正されたり、組織が変わったり、という「変化」がある時には、必ずそれをうまく活用しようとする、はしこい人たちが出てきます。それはそれで仕方ない、というか、逆に肯定できる部分もあります。要は、変化があった時には、それとワンセットで「チェックする」という機能が世の中に必要なんでしょうね。「規制緩和」と「チェック機能」が、ほんとにほんまにワンセットであることをこのふたつの事件は、教えてくれるのでありました。それはあたかも、「やりっぱなしのやっ太郎」と「チェックのまりこさん」がワンセットでいいお仕事ができるのと、全くおんなじなのであります。
2006.01.22
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あなたと再びお逢いしようとは思ってもいませんでした、K社長。あなたがお亡くなりになってから、3回目の1月17日を迎えようとしています。11年前の1月17日、わたしとあなたは、地震で散乱したオフィスの書類をかき分けながら、電話を分担してかけあい、ふたりで社員の安否確認をとっていました。ふたりとも会社の隣駅に住んでいたから、歩いて会社にたどり着いたのでした。日ごろ、社員をよく怒鳴り散らしていたK社長、社員達からは、あまり好かれなかったK社長。でもあの日のあなたは、息子や娘の安否にうろたえる心細げな父親の姿でした。今日わたしは、しこたま飲んで酩酊し、JR三宮のホームに足元怪しくたたずんでいました。わたしの酔眼は、ホームの向こう側に、体格のいい白髪頭、初老のいかつい顔つきを認めました。K社長、あなたによく似た人がいるもんだと、わたしは目を凝らしました。目を細めながら、もっとよく見ようと二、三歩、前に進んだら、目の前を回送電車が風のように通過しました。回送電車の突風に頬をたたかれ、わたしはもう一度ホームの向こう側に目を凝らしました。ホームの向こう側に、もうあなたの姿はありませんでした。やはり、あれはあなただったんですよね。三宮から新快速に乗って、大阪方面へ。わたしは四人掛けのシートに沈み込みました。そのままついうとうとしてしまいました。誰かに膝をたたかれました。わたしの不愉快な酔眼、その定まらない焦点の結んだ映像は、あなたの姿でした。「まだあんたひとりなのかい?」「・・・はいな、そうですとも。ですが、よけいなこってすがな・・・。」「やったろさん、酒ばっかしじゃなく、メシもちゃんと食わなあかんよ」「・・・はいな、そうですとも。ですが、それもよけいなこってすがな・・・。」「最近、胃の調子はどうなんや?定期健診は受けた方がいいぞ」「・・・はいな、そうですとも。ですが、それもこれもよけいなこってすがな・・・。」そんな会話をかわしました。あなたが生きてる時は、いくらなんでもこんなつっけんどんな会話は、しませんでしたよね。それにしても、生きてる時のあなたとは随分雰囲気が違いました。K社長、あなたは猛牛のようなところがありました。学歴がまだ幅をきかせていた時代に、大卒でなかったあなたが数百人のライバル達を蹴落として、一部上場企業の常務にまで出世したのですから。誰もがあなたに一目を置いていました。そして何だかみんなあなたを怖がっていました。あなたが子会社の社長として、わたしのいる会社に来てくれた時、わたしは喜びました。やっと社長らしい社長が来てくれた、と心はずみました。そう言えば、わたしはあなたから一度も怒鳴られたことがありませんでしたね。思うに、きっとあなたは、わたしのことをあんまり好きじゃなかったんだと思います。そういうわたしも、あまりあなたの懐に飛び込むことをしませんでした。「やったろさん、わしはね、いつかああたとゆっくり膝突き合わせて話しこみたいと思ってたんや」そう言って、きょうのあなたはわたしの目の前で陽炎となって揺れました。再び膝をたたかれました。駅員さんから起こされたのです。「終点ですよ。京都です」降りる駅、新大阪を寝過ごして、京都まで乗り越したのでした。また明日1月17日がやってきます。K社長、あなたのことを思い出すのもこの日です。きょう、あなたに逢えたのは、わたしの脳のいたずらでしょうか、それとも、ほんとにわたしを訪ねてくれたのでしょうか? ----------------------------------------------------
2006.01.16
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まだこの番組が生き残っているとは知りませんでした。「題名のない音楽会」若い頃、少し背伸びしながらよく観ていました。その頃は、黛敏郎が司会をやっていて、とても黛さんがカッコよくて番組に格調をもたらしていました。でも、一時期からやたら国粋的な発言が多くなり、やがて観るのがうっとおしくなって、番組から遠ざかっていたのでした。今朝、たまたまテレビで見かけた「題名のない音楽会」・・・とてもいい感じでした。イギリスとルーマニアの二人の女性歌姫を紹介していました。ソプラノやメゾソプラノというものは、聞くTPOが悪ければ、癇にさわりますが、抜群の歌い手の才能に触れた時には、背筋に電気が走ります。しびれます。人がリアルに触れたくて、ホールに足を運ぶ気になるのはこんな時なんでしょうね。「アメージング・グレース」とか、オペラ「カルメン」からの「ハバネラ」とか、ごくスタンダードな曲を集めていました。歌う人が歌えば、同じ曲でも別世界の音響で胸に届くものです。人はおぞましいモノに触れた時にも、神々しいモノに触れた時にも、同じように鳥肌が立ちますが、なぜなんでしょうかね?たぶん感じ取るセンサーは同じ場所にあって、そこから得た情報に対し、脳ミソの司令部が、同じように鳥肌神経に「立て」と命令しているのでしょうかね。昔々、神様と悪魔とが背中合わせに住んでいて、人間がそれを区別できなかった頃がありました。センサーに悪気はないのでしょうが、センサーさん、それのありかを感知した時、同様の反応として、人に鳥肌を立たせていたのかもしれません。センサーさんも時々人間に太古の昔を思い出させるべく、悪魔的なもの、神的なものを区別せず、鳥肌神経に「立て」と命令しているのかもしれませんね。ところで、小生の音楽に対するセンサーは、歌い手さんに対してあんまり反応しません。歌手で誰が好きですか?と聞かれたら、うーーーーん、と考え込んでしまいます。少し絞り込んで、いつの頃のどんな歌い手さんが好きですか?と聞かれたら、思い出しやすくなります。先ほどのセンサーが道しるべになるからです。つまり、いつどんな時に鳥肌が立ったか、それを頼りに記憶を引き出しやすくなるのです。最初の鳥肌は、白黒テレビで観たジョーンバエズの「ウイシャールオーバーカム」でした。その次の鳥肌は、深夜の長距離トラック運転中に触れた、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」でした。それから死ぬ間際の美空ひばりの「川の流れのように」でした。どれも男の歌い手さんはそこに登場していない、それがわたくしらしいなぁとまた納得するのでありました。 ----------------------------------------------------もしお時間あれば、こちらもどうぞ・・・。もうひとりのやっ太郎。----------------------------------------------------
2006.01.15
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お正月気分も一掃の昨日今日であります。 まだ、少しずつ年賀状が届きます。 あ~、義理堅い人なんだなぁ、相変わらず、・・・と思います。たぶん、こちらが先に出しててそれを受け、急いでこちらに書き送って来られたのです。 逆に、元旦当日、こちらが出してないのに、先方様からいただくお年賀状。これは「あ、いけね」と思います。そして自分が出してたのか、出してなかったのか、記憶がビミョーなお相手様もいらっしゃいます。 年齢重ねる毎に、このビミョーな度合いが増してきます。 それは、記憶力の低下に加えて、パソコン住所録によるオートマチックな宛名印字が、それを助長するからでもありましょう。 今回の年賀状書きでは、こんなことが起こりました。 小生、自宅で2台のパソコンを稼動させています。 どちらにも筆書きソフトがはいっています。 毎年、年賀状の裏面は、オリジナルで干支を使ったイラストを描いています。 表面は、ソフトの住所録で自動印字しています。 今回、例年の如く、住所録の自動印字をしようと思ったら、そいつがプリントアウトされない事態となりました。 ひとつのパソコンでは、他の書類はプリントアウトできるが、住所録だけがプリントアウトできない。 もうひとつのパソコンでは、住所録は充実しているが、LANの具合がおかしくて、プリンターとの連絡ができない。 ふたつのパソコンのお互いの悪いとこ同士が、対角線でつながったような関係になり、いろいろやってみましたが、結局悪あがきをやめました。 皮肉なめぐり合わせになるのは、運命がそちらの方向にヒトを押し運ぼうとしているからだ、と哲学的に悟りを開き、運命に導かれるまま、住所手書きに切り替えました。 生きてる頃は、鬼だと思ってたお父っつあん、まだ生きてて騒々しいおっ母さん、あんたらのおかげで、このやっ太郎、まだ両の手が健やかに動いています。故郷の西方に頭を垂れて、ありがとね、と感謝したのでした。 お年賀状の宛名を手書きで書きますと、書いてるその2分ほどは、少なくともそのお相手様のことに思いを馳せるものです。このような年賀状セレモニーに意味あるのは、そもそもこのため、この2分ほどのためにあるのではないかと思い至りました。 益々忙しくなる日常です。お知り合いのお相手様、すべての方に満遍なく思いを馳せる機会など滅多にありません。 せめては、ひとりでお相手様の住所を書く、その2分くらいは、その方のことを集中して考えるのも悪くない。 日ごろ、ご無沙汰失礼しているバチかぶり者に対して、今回のプリンター不具合事件は、やっ太郎にひとつの罪滅ぼしの機会を与えてくれたのでした。 メリットがございました。 冒頭申し上げた、自分が出したのか出してないのか、ビミョーな記憶のお相手様、・・・このような方が本年はひとりもなく、確たる自信を持って、「うん、出しとったな」と安心できる方と、「あ、いけね」と急ぐべき方との区別が明瞭でありました。----------------------------------------------------もしお時間あれば、こちらもどうぞ・・・。もうひとりのやっ太郎。----------------------------------------------------
2006.01.08
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やっ太郎のお正月昨日まででした。 本日、仕事場に向かえば、戦場が待っていました。 このお休み中に、溜まりに溜まったネットでのご注文が、豪雪地域の雪崩のごとく小生を襲いたてたのでした。 こんなお休みの日でもわが愛すべきホームページは、黙々ひとりレジ箱となり、お客様からの浄財を集金しているのでありました。ありがたきかなインターネット、恐るべしホームページ。 さりながら、ホームページは集金しても、お客様にペコリと頭下げるわけでなく、お愛想のひとつ言うでもなく、ただ淡々とそこに静止しているだけであります。 ホームページに接客までさせるほど、このやっ太郎落ちぶれていません。接客とは、お客様に接しつながること。つながるためには、血の通ったヒトが、温度のある言葉を発することであります。 大和をのこのやっ太郎は、明治生まれの父親にゲンコツで育てられ、じさまは江戸時代生まれであります。 この身体を駆けめぐる血筋の、三代前の川上では幕末の景色を眺めていたのであります。 写真を撮られたら、魂抜かれるとビビッていたのは、ついこないだのことであります。 機械を信用してません、デジタルを妄信しません。エレキテルなどバテレンのまやかしものです。 インターネットにどっぷり浸かる日常ですので、時にこんな原点に自分を置いてみる。 そうすると、案外枯れ尾花の正体が見えることもあります。
2006.01.05
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年が明けました。 いい年になりそうです。2006年、この年も、皆様ともども、かけがえのない年にしたいものです。 どうぞ本年もよろしくお願いいたします。 この3年ばかり、映画の話題作などまったく観てませんでした。 レンタルビデオも同じくらいご無沙汰してました。 ハリーポッターもどんなお話か知らないし、ロード・オブ・ザ・リングも知りません。ラストサムライなんかは、確か昨年の映画だっただろうから、知らないと言っても恥ずかしくないのでしょうか? こんな感じだから、ほぼ3年ぶりにのぞくレンタルビデオ屋さんに、ワクワクしました。 いつの間にか、アナログビデオとDVDとの2本立てになってたんですね。 正月休みだから、ここ数年の話題作DVDを6、7本借りてきました。3年も映画にご無沙汰してたら、あれもこれも随分目移りします。今、超話題作は引っ張りダコだから、どれもふさがっています。でもこんな時、2,3周回遅れのレンタラーは得します。これは、と思うヤツも思いのままであります。 映画が好きで好きでたまらない人には申し訳ないんですが、「話題作」と言われるモノにあんまり「面白い」と言える作品は少ないようですね。これはオイラに映画を観る目がないからでもあるんでしょうがね。 「ラストサムライ」はちっとも面白くなく、ただ心に残ったのは、小雪が意外に鮮やかな「おんな」を演じていたところでした。あの映画では、小雪だけが輝いていた。・・・オヤジの目にはそう映りました。 トムハンクスとディカプリオが出てるから、これはきっとイケるぜと思ってた「キャッチミー・イフ・ユーキャン(捕れるもんなら捕ってみろ)」は、大変退屈しましたね。ひとつよかったのは、こんなセリフだけでした。「ヤンキースがなぜ強いか知ってるか?」「ミッキーマントルがいるからだろ」「いいや、あのピンストライプのユニフォームを着ているからさ」詐欺師としてのディカプリオのセリフでした。 話題作すぎて、きっとつまらんだろうと思ってた「マトリックス」・・・これは良かったです。CGや活劇はちょっと退屈しましたが、シナリオがすごくしっかりしてるなという印象を受けました。セリフの中身をよく味わうと、「おっ深いな」と思える箇所がたくさんありました。 とりわけはっと目を見張ったのは、キアヌ・リーブスの彼女役の女優、映画の中で「トリニティ」という名前でしたが、彼女はすごくよかった。 当初ハードボイルド一辺倒だった彼女でしたが、主人公に恋し始めて、その変わっていくサマがこちらにありありと伝わってきました。あの人が有名なのか無名なのか知りませんが、またあまりずば抜けた美人ではないのですが、「命がけで恋する女」の迫力が十分伝わってきました。 オヤジの前職からの経験で勘を働かすならば、あの映画のあの一定期間、まず間違いなくあの女性は、キアヌ・リーブスを真剣に恋していたように感じます。 オヤジは早速、「マトリックス」の続きの2本も追加でレンタルしました。 邦画ではタケシの作品に期待してましたが、・・・残念でした。どれも心に刺さりませんでした。 ただひとつ「血と骨」は、昭和2,30年代の風景描写が優れているなと思いました。 これから先、あの頃のイラストを描く必要があるならば、あの映画の背景からたくさん切り取れる材料があるな、そんな感じでしたね。 当初期待せず、これまた観たら案外面白かったのが「スウィングガールズ」でした。話のスジはどうってことはなかったのですが、これはスタンダードなジャズの選曲がすごくうまかったなぁと思いました。ジャズと女子高生をうまくジャストフィットさせたな、意外な穴場に目をつけたな、と思いました。 音楽を扱う作品はなんだか得だなとも思いましたね。ラストの劇的な盛り上がりを、音楽で決めることが出来ますからね。 こうやって、ツラツラと映画など語ってみると、自分にとっての「いい映画」というのがはっきり見えてまいりました。 まず「シナリオ」がダメなのは、いっぺんで嫌いになるようです。 次に気づくこと、これが重要ポイントでありました。 映画の中での「女性がいきいきと」描かれているかどうか、ここであります。 オヤジの価値観の中心に女性があることを、もののみごとに実証しています。 書いてみて自分で気づいたことでありました。 今年も女好きで行くぞーーーっ!!やったろう!!!
2006.01.02
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ボッとしてる間に、もう今日は大晦日。昨日、やっと大掃除を終えました。あねさんカブリも勇ましく、家事に対して獅子奮迅の活躍でありました。お年賀状もなんとか書き終えました。本年お幸せだった方、ほんとによかったですね。来年はもっとよくなります。・・・きっときっと。本年さほどでなかった方、いよいよ来年こそアナタ出番でっせ、心の準備よろしいか?オイラにとっての本年は、テキトーにいい年だったように思います。毎年テキトーによろしくて、ピークとか絶頂とかいうのがございません。こういうのもまたひとつの幸福感ではなかろうかと感じています。本年よかった方もよろしくなかった方も、とりあえず2005年は今日でおしまい。去り行く年を悔やむよりは、どうせなら、さらば2005年、ありがとうトリ太郎、そう言って別れたいなと思います。 ・・・というわけで、あと数時間で新しい年、2006年ですね。ここ読んでいただいている皆様、ほんとにどうもありがとうございました。お世話になりました。そして、2006年もひとつよろしくお願いいたします。やっ太郎は「やったろう、やったろう」と言いながら、何も大きいことをやったりません。そういえばこの日記も、本年はほんの数十回しか書いてないのじゃないかな?大きいことに限らず、小さいこともあまりマメにやったってませんでした。・・・でもいいのです。続いているだけでもやっ太郎にとっては上出来でした。この調子で、2006年のやっ太郎、手抜きしつつも志忘れず、おこないテキトーであれど、心は熱く、頭脳ピンチなれど、研鑽おこたらず、なんとかかんとかやっていきたいと思います。どうぞ皆様にも犬山ワン吉の年、よいお年でありますように。祈:あなた独自の幸福
2005.12.31
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見なければよかった・・・心底からそう思いました。 コタツの中でうたた寝して、目が覚めたらNHKのドキュメンタリーが流れていました。 よく聞き慣れた外国語が聞こえてきました。タガログ語です。 フィリピンの、貧しく幼い兄妹のドキュメントでした。 小生は、15,6年前、フィリピン・パブをやっていました。 フィリピンの姿がテレビから流れてくると、懐かしくもあり、また胸しめつけられる思いも甦ってきます。 フィリピンには何度も出かけました。半年は一緒に働くことになるパートナー達だから、彼女たちの両親にちゃんと挨拶し、家族の様子もつかんでおきたかったからです。 人の問題だけは人任せに出来ない、自分の目で確かめたい、・・・他の店のように、プロダクションに丸投げは出来ませんでした。 そんなんで、彼女たちの家族とも随分親密なお付き合いをさせてもらいました。 本当に貧しい国でした。 今でもそんなに変わらないことを、そのドキュメンタリーの画面からよく推察できました。 その幼い兄妹は7つ8つくらいでした。 いなかはガダルカナルという小さな島です。その兄妹は、貧困のため家族から引き離され、都市部の親戚の家に預けられていました。いつもふたりは仲がよくて、お母さんのことを思い出しては、泣いたり笑ったりしていました。 お兄ちゃんは、わずか7つか8つで学校に行くことをあきらめ、稼ぎに出かけていきます。 市場で買い物をするおとな達に、買い物用の袋を売り歩くストリート・チルドレンでした。 お兄ちゃんは、稼いだお金で、妹の学費、親戚への食費、そしていなかのお母さんへの仕送りをしていました。 兄妹は、フィリピンでは少数派のモスレムでした。貧しい国の中でも、更に貧しい集団に対する差別があるのでした。 お兄ちゃんは、市場のおとなにいじめられ、妹は学校でいつもひとりぼっちでした。 しかしながらこのお兄ちゃんは、少しもへこたれず、とても澄んだまっすぐな目をしていました。そのお兄ちゃんに守られて、妹の振りまく笑顔にも屈託がありませんでした。 大きくなったら何になりたい?と聞かれて、お兄ちゃんは「大統領」と答えていました。そのわけはモスレムとクリスチャンが仲良くできる国にしたいからと言ってました。妹は後ろでモジモジはにかんでいました。 その後、ドキュメンタリーは2年ぶりの家族との巡り合いのシーンや、更に1週間の後、また別れなければいけないシーンを映し出していました。 2年ぶりのお母さんとの再会のシーンでは、日ごろ気丈に振舞っているとはいえ、わずかに7つ8つの幼年幼女です。泣きじゃくり、お母さんに身体いっぱいすがりついていました。そして1週間後、また離れ離れにならなければいけない時にも同じシーンが繰り広げられました。 ただ違うのは、別れる時のお兄ちゃんの目の光が、おとなでも滅多に見せないであろう、深い絶望感と諦観にあふれていたのです。 小生は胸を刺されました。 とても他人事に思えなかったのは、現実に同じような子供たちがゴロゴロいることをよく知っているからです。 そして、あの当時の小生は、彼らの家族を日本に預かって、一家の収入源に仕立てあげていました。それがその時点での小生の良心でもありました。小生があの子たちのお姉さんを、半年間日本に預かることで、結果として、あの子たちが路上に立たなくて済む。・・・そんな言い訳がましい良心でした。 幼い子のあんなに悲しい目を、たとえブラウン管ごしとはいえ、見せられたらたまったもんじゃありません。何とかならないだろうか、何とかしてやれないだろうか、ごく自然にそんな気持が湧いてきました。特に小生はフィリピンの方々に多くのお世話になった、その罪滅ぼしをどこかでしなければいけないと思っています。あの頃お店で使っていた女性たちも今母となり、ちょうどテレビに出ていたあの兄妹の年頃の子供たちを抱えていることだろう。 番組が終わったら、NHKに電話して寄付を申し出ようと思いました。 たとえ10万円でも10人の家族の年収に匹敵します。 条件付きで、せめてあのお兄ちゃんを「学校に通わせるお金」として供与できないだろうか、そんなことを具体的に考えていました。 決して直接的なお金の援助が、常に人を助けるとは限りません。 小生はどちらかと言うと意地悪な方で、困っている局面にあれば、それに安直に手を差し伸べるよりは、困難に立ち向かうように「仕向けて」あげる方がそれから先の本人には、より親切なことだと考えます。 でも幼すぎる兄妹には、この貧困は限界を超えていました。 このまま、あの社会に為すすべも無く放置してしまえば、行く先が見えています。本当に見えているんです。 あの国の国民性はあっけらかんとしていますが、ひとたび裏通りにまわれば、犯罪と悪意の温床でもあるのです。 せめて母親と離れ離れにさせず、せめて人並みに小学校に通わせてあげたい、切にそう思いました。 ちょっと長くなりましたが、結局、小生がわざわざ電話で寄付を申し出る必要も無いことが、番組の終わりでわかりました。 テロップで、「この番組は、昨年11月に制作されたものです。視聴者の義援金で、今、兄妹は母親とともに暮らし、またお兄ちゃんは、小学校に通えるようになりました」と流されました。 捨てたモンじゃないぞ、NHK。捨てたモンじゃないぞ、日本人。心の底からホッと胸をなでおろし、心緩んで深夜ひとり、目から知らずに汗がこぼれ落ちました。
2005.12.24
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本日大雪、しかし外は青空、晴れている。オイラはシソーノーロー 、オイラのほっぺたもはれている。ジンジンしてるんだ、はれものに触らないでくれ。 く・・・・・・。子供は嫌いじゃ~~~~~~っ!----------------------------------------------- 「アナログおやじがやった!たった1年で年間売上2億円のサイトを作った!!」
2005.12.22
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さっぶいですね~~~~~っ。 今週日曜日あたりは、またごていねいにデッカイ寒波が来るそうですね。・・・呼びもしないのに。 押し詰まってまいりました。 駅前の雑踏もせかせかと早足で慌しく、 繁華街の店頭もプレゼント商戦真っ只中です。 忙しくない人もなんだか周りにつられて、気ぜわしくなってきます。 でも師走のこんな感じは嫌いではありません。 いよいよ今年もあと数日だなぁ、早かったなぁ、・・・毎年、毎年、同じ感慨をうかべ、でもまぁそんなに悪い年でもなかった、といつものように納得し、そして残り数日のカウントダウンは、あっという間に加速するのであります。 節目において、特にこの「時間」というものに思いを寄せるわけですが、時間は万人にあまねく平等だと言います。 でも果たしてそうでありましょうか? 子供の頃の1年は、えらく長かった。確かに長かった。1年で背丈が10cm伸びるくらい長かったのです。 今おとなになり、そしてクソオヤジになってみたら、随分1年が短い。しかもクソオヤジ度が高まるほどに、馬齢を重ねるほどに、短さが急激になってきました。だんだん残りが少ない人に短く与えられ、残りふんだんにある人に長く与えられているのです。 こんなに不公平なことがまかり通っていいのでしょうか。・・・でもそれほど怒っているわけではありません。 おとなと子供とは違うのであります。 違いがあるものに同じものを与えるから、世の中に不平等が生まれますので、これは、本来違いがあるものに違うものを与えたまう、神様のなさるお仕事だったのです。 せめて子供より顔のシワと同じ数だけ脳みそのシワを増やしたおとなは、知恵を使いたいと思います。 時は金なり、光陰矢の如しと言うけれど、そんなに言うほど、わたくしお時間を大切に扱っているかしら、薄き胸にオヤジ手を当てたらば、もうひとりのわたくしが両手をクロスさせて言います。ぜんっぜん、ダメッと。 せめては、このように考えたいと思います。 お金の使い方は、主に「投資」と「消費」に分けられます。「投資」を広く解釈して、自分に対する投資まで含めれば、話のタネに極上のうまい酒を飲むのも投資であります。それがいい仲間といい空気で飲みあえれば、幸福感を獲得し、明日に夢をつなぐ「投資」であります。 逆に「投資」という名のついたバクチ的株式売買でヤケドを負ったら、そしてその経験を活かさなかったら、それは「消費」に過ぎないと思います。 時間の取り扱いも同じこと。取扱説明書はありませんので、決めるのは自分であります。 だから自分で問うてみたいと思うんです。 おいオヤジ、今やってることは時間の「投資」なのかい?「消費」なのかい?と。 消費必ずしも悪ならず、投資必ずしも善ならず、されど問うてみること前進のよすがなり。・・・クソオヤジ。 ネット販売でアウトドア商品を扱っている小生は、この寒さで少し一服気味です。 やや時間がとれるようになったので、先月より別の場所でもブログを書き始めました。 よろしかったら、ちょっとのぞいてみて下さい。こちらはややテーマを絞り、小生が知ってることで参考になることがあれば、というテーマで書いています。----------------------------------------------- 「アナログおやじがやった!たった1年で年間売上2億円のサイトを作った!!」
2005.12.16
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一昨日の土曜日、この楽天広場では、「隊長さん」こと今では「輝業塾」の塾長、後藤さんに会いました。彼が大阪でセミナーを開くので、それのオブザーバーとして参加してきました。塾のオープンは10月からですが、たった2ヶ月でもう80人もの塾生を集めています。1年数ヶ月前、彼の構想をいろいろ聞いていました。そこからメルマガを発行し、会員を増やし、その中で手を挙げる人を募って塾を開くことになったのです。いっぺん口に出したことは、必ず実行する。後藤さんの実にいいところ、見習うべきところです。もともと火の玉のようなところがあります。しゃべくり出したら、あらん限りの熱を発して言葉の弾丸が飛び交います。酒がはいったら手がつけられません。後藤さんと「酒」の組み合わせは、油紙と火の組み合わせです。見渡す草原を、焼け野原になるまで焼き尽くす夜盗とおんなじです。こんな強盗さん・・・ごめん、・・・後藤さんをなぜか小生嫌いになれないのは、彼の志にいつもはっきりくっきりしたものが見えるからです。志のはっきりした人の言葉には温度があります。土曜日には、そんな彼の志に共鳴して、大阪地区で15,6名の塾生が集まりました。約4時間のレクチャーも熱いものでした。その後の二次会は、もっと熱くなりました。上は58歳から下は22歳まで、女性の参加もありました。主にネットビジネス、アフィリエイトを目指す人たちが多いので、「金儲け」のために目が三角になってる人が多いだろうと思っていました。しかし、集まった皆さん、どなたも人相がよかった。どっちかと言えば、小生と後藤さんが一番人相が悪かった、そう思います。後藤さんのことをあんまり褒めちぎっても、あとあとテングになってもらったら非常に困るのでほどほどにしておきますが、このことはしっかり小生の印象に残ったのです。後藤氏は、手を抜かない、とことんまで面倒見てる、僕ら周囲の人間が見てないところで、どれだけ塾生を親身に扱っているか、それがあるから、集まりそのものがリーダーの志にふさわしいひとつの「気」を作っている、そんな感想を持ちました。小生は乾杯の音頭をとる時、「今日は感動した」と言いました。「よくここまでこぎつけたな、後藤さん」という感動と、集まった塾生の方々が、口やかましい後藤さんを、とても好きなんだな、ということを感じた感動でありました。
2005.12.12
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オヤジには昨日、大変悲しい出来事が起こった。それを書いてみたいと思うのである。人生には、ついてないという日がある。必ずある。そしてそれは、雪崩のようにドッと続けざまに起こるのである。昨日のオヤジにそれが起こった。思えば寝起きが悪かった。オヤジは女性タレントさんやアイドル達と大変仲良くしている。みんなオヤジのことを好きよ好きよと言ってくれる。…ただし夢の中であるが。一昨夜は、吉永小百合さんと公園のベンチに腰掛けて愛を語らっていた。いちいち断らなくてもよいな、これも夢の中であるが。しずしずと愛を語らっているところ、いきなり人の後ろからシンバルを鳴らすやつがいた。「どジャーーーーン」というけたたましい音にたたき起こされた。「だれじゃい!!」起き上がりざま、オヤジは戸外につながる大きめの窓を開けた。近所のどら猫が、ベランダから慌てふためいて階下へ転げ落ちていった。どら猫め、またうちのベランダに咲き誇る花園を荒らしに来よったのだ。それが、何のはずみか、物干し竿に足をとられ、どジャーンという轟音とともにベランダの床にこぼれ落ちた。オヤジが窓を開けたその時には、物干し竿と格闘中であった。オヤジと目が合ったその瞬間、どら猫はニャンとも気まずそうに、しかしごめんニャさいとも言わず、一瞬動きを止めた。ほんの一瞬の静寂であった。しかし、我にかえったどら猫はビビりまくって、階下に転げ落ちていったのだった。懲りないやつや。誰かによく似てる。そんな感じで、その日の朝が始まった。肝心な、その日の出来事はオヤジの帰宅時に起きた。オヤジの帰宅は遅い。しかし昨日は、ヘビー級ではなく、ミドル級くらいの遅さだった。自宅マンションのドアの前に立ったのが午後10時過ぎだった。ポケットから鍵を引っ張り出し、鍵穴に差し込んだ。…差し込んだ。差し込んだが、うまくカチンと開かない。何としたことか、何度やってもドアが開かない。おい冗談はよせよ、とドアに語りかけた。ドアは硬く口を閉ざし何にも応えてくれなかった。オヤジだんだんムキになり、指先じんじんさせながら、鍵穴と戦い続けた。昨夜は、一番の寒さであった。急に気まぐれ冬将軍が舞い降りてきたのだった。悪いことにオヤジの部屋は、大きな川沿いにあり、この日の川風はひときわ凄まじく、オヤジの痩せた身体に容赦ない冷風を吹きつけるのであった。更にごていねいなことに、しとしととミゾレまじりの雨まで降ってきた。もうオヤジ半泣き状態であった。「おかあちゃーん」と叫ぼうと思ったが、オヤジあまりにもみっともないのでよしにした。おかあちゃーんと叫ぶかわりに、大事な人のことを思い出した。そうだ、管理人さんのとこに行ったら何とかなるやろ。管理人さんのところに行った。ピンポン鳴らした。反応がない。…死んでるのかな?死んでても生きててもいいから、なんだったら幽霊でもいいから出て来いよ。でも、とにかく誰も出てこない。管理人さん、昼だけ勤務で夜はいないのかな、そう結論づけて、管理人さんのことはあきらめ、再び、自室ドアの前に立ちつくした。ちなみに、本日あとから聞いて分かったのだが、管理人さん、たまたま10時頃から11時まで外出のため、部屋を空けていたのだった。オヤジ、寒空の下、おおむね40分ほど鍵穴と戦い続けた。唇は紫色にかじかみ、指先は凍土の枯れ木のように凍てついていた。いかん、これ以上こんなことやってたら、おまわりさんに叱られる。…いやそんなことより風邪ひいてしまう。オヤジの辞書に「あきらめる」という言葉はない。ないがこんな時は致し方ない。これは一時避難なのだと自分に言い聞かせ、部屋の前から撤退することにした。近くにビジネスホテルがある。仕方ないから、そこに駆け込んだ。汚いカッコしたオヤジが、予約なしでシングル一部屋とれるだろうか?しかも半べそかいてる怪しいオヤジを泊めてくれるだろうか?そんな懸念は無意味であった。いとも愛想よくフロントさんはオヤジを受け入れてくれたのだった。東京ではこうはいかない。東京では、まずもののみごとに、怪しい飛び込み人物は排除されるのである。そこにいくと大阪はまだ捨てたもんじゃない。やはり浪花は情の町、機微の都であった。と思っていた。…思っていた、というのは過去形であって、現在もそう思っているということではない。人が感心したのを裏切る事実が判明したのであった。駆け込んだ時間は11時5分前であった。エレベータの張り紙を見たならば、11時より割引料金と、なんとデカデカと大書してあるではないか。なんでフロントさん、ひとこと言ってくれないんや。5分待ったら負けときまっせ、とほんのひとこと、…たった文字数にして15,6文字である。なんでそれをケチるんや。オヤジ泣いたね。泣いたのは、オヤジがケチだからではなく、それも少しはあるが、せっかく浪花の心意気に感じ入ったところ、見事にそれを裏切られたからであった。読んでおられる方、気をつけた方がよろしゅうおます。大阪の人は、にっこり笑って金をとる。…商売人でおます。あきんどでおます。東京の人は冷たい。…でも受け容れたら、11時5分前の人には負けてくれます。そんな違いがきっとおますです。ものすごく長々と色々と書きました。その後、どうなったかとか、何故鍵が開かなかったとか、そんなことはとりあえずさておいて、本日現在、何とか部屋に戻ることができ、こうやって書き書きしています。本日の日記で言いたかったことを、ブリーフィングしたいと思います。昨日のオヤジは、まるで狙いを定めたかのようにツキのないコースを歩みました。昨夜は、急激な寒波が押し寄せ、一番の寒さの日でした。こんな日にわざわざこんなことが起きたのです。管理人さん、わざわざオヤジがドアの鍵穴と格闘している時を見計らったかのようにお留守でした。ホテルのチェックイン、わざわざ5分前に高い料金を払い込みました。こんなものなのです、ツキがない時というのは。わざわざ、ついてない方向、ついてない方向へと運命の神が人をいざなう、そんな風に世の中は出来上がっているのであります。しかし、であります。しかし、何とかうまく均衡がとれるように出来ているのも、世の中なのであります。まるで狙いを定めたかのようにツキまくることがある、しかもそれらは紙一重の距離で寄り添い合っていることがあります。人間万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄の如し、夜の来ない朝はない、夜明け前が一番暗い。昔の人はよく言ったものでございます。昨日まるで狙いを定めたようにツキがなかった。それならば、その背中合わせにはまるで狙いを定めたようにツキのあることが起きる。そうだよ、そうだよ、ソースだよ。…ということで、本日オヤジは宝くじを買いました。もしや来月の今頃、北の新地で豪勢なお大尽遊びをやってる変なオヤジがいるとしたら、そしてそのオヤジがヤセ型で、メガネかけてて、さかんに「させい、させい」と言いまくっているオヤジあったならば、それは三億万円を手中に収めた、誰あろう、わたくしやっ太郎であると思っていただきたいのであります。おしまいであります。…やっと。
2005.12.06
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▼休みなので、たまった新聞、読んでない雑誌なんかにザクッと目を通していました。ニュースの報道というのは、時を重ねる毎に新しい事実を掲載していくので、だんだん細分化されていき、本質的なことがわからなくなってしまいます。例えば、今よく騒がれているのが、マンション建築の耐震強度偽装の問題ですね。これなんかは、うさんくさい登場人物が沢山出てきて、しかもその人達が各々ウソをつきあっている模様なので、すごく複雑な様子になっています。▼別に小生、専門家でも評論家でもないけど、「そもそも」これはどんな問題なのか、整理して考える、そのトレーニングのために、ちょっとまとめてみたいと思います。この問題には、ふたつのキーワードがあります。「構造計算」という言葉と「建築確認」という言葉です。これをまず頭に入れておいた方がいいと思います。その上で登場人物の相関関係を明らかにしたほうがいいようです。ちょっと図示してみますね。こちらです。ここではややこしくならないように、具体的な登場人物を「ヒューザー」という人と「姉歯」という人のふたりにしときます。仕事の流れはこんな感じなのでしょうね。1)お客様との直接の接点は「ヒューザー」である。2)ヒューザーは、建築施工を専門会社に依頼する。3)建築施工の会社は、耐震強度に伴う「構造計算」を姉歯に依頼する。4)建築施工の会社は、姉歯作成の「構造計算」書を検査会社に提出する。5)検査会社は、国土交通省の委託を受けて、構造計算書を元に「建築確認」をする。これだけのことですが、ここに意図的な作為や悪意や欲望がかぶさっているから、複雑怪奇な様相を呈するに至ったようです。どんな風に複雑怪奇かといいますと、これは、この構図の中で「ウソ」が発生する背景を考えてみたらなんとなく分かってきます。▼「背景」には、マクロな背景とミクロな背景があるようです。ミクロな背景とは、こういうことです。まず10年前の阪神大震災の経験で、建築物の震災に対する強度をちゃんとした基準で決めようということになりました。基準を決めたら、それがキチンと守られてるかどうかの審査、検査が必要になります。ところが、お役所だけでその仕事をやるには、人手も時間も足りません。そこで、民間への業務委託ということになりました。これが、「建築確認」を行う、民間の検査会社ですね。ここに疑問がわいてきます。何故、「検査会社」は姉歯の偽造した「構造計算書」を見抜けなかったのだろう?単に見過ごしたのか、それとも意図的に見過ごしたのか?これがミクロの背景から出てくるクエスチョンです。マクロの背景とは次のようなことです。・今、経済的な指標は上向き加減です。つまり景気がよくなってきているようです。その中で、住宅着工などは経済の先行指標として扱われています。そういえば数年前からマンション建築については、景気を先取りして、やや調子はよかったようです。・需要があると、そこには競争も激しくなるという原則があります。・デフレ下の競争激化は、価格の一層の下落を引き起こします。・そんな競争環境の中で、ヒューザーという人は、広い占有面積、破格の低コストという武器で、競争を勝ち抜いてきました。マクロの背景からのクエスチョンです。何故、ヒューザーは、常識外の低コストを実現できたのだろうか?何故、姉歯は構造計算書を偽造しなければいけなかったのだろうか?姉歯のウソは、ただ一人のウソなのだろうか、それともこの構造の中で仕組まれたウソなのだろうか?今、小生は自分でこうやって書いてきて、読んでいる人を「ある推測」に誘導しているのではないだろうか、そんなことを顧みています。でも、上記に書いたことは、誰もが目にするニュースソースから引き出していることでもあります。このニュースは明らかに刑事性の「事件」に発展するでしょう。事件となれば、そこに犯人が存在し、事件のありようを誰もが「推測」することになります。▼このニュースはその複雑性から、いろんな角度での捉え方もまた出来るようです。「事件」としての捉え方、被害者に思いを致す「社会問題」としての捉え方、各々の会社、機関の「経営問題」としての捉え方などなどですね。小生は、これを「政治経済問題」として見てみたいと思います。すなわち、小泉のおっさんが力説する「小さな政府」「官から民へ」というビジョンに、ひとつの試験問題としても意味を為すのではないだろうか、そう思います。このビジョンは小生も反対ではありません。ですが、そのビジョンには、必ずこういうことがついて回るよ、という一端の姿が提示されたわけですね。建築確認という「官から民へ」の業務委託。それ自体は時代の方向性として間違っていないと思いますが、それにつきものの「目くらまし」や弱者いじめなど、想定問答はまだまだ沢山あるように思います。
2005.12.04
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新聞一面の写真を見て「あれっ?」と思った。朝青龍と琴欧州の一番で座布団が舞った。▼今朝の朝刊の一面に、琴欧州が朝青龍を破った一番が載ってました。その写真を見て、「あれっ?」と思ったんですがね。何が「あれっ?」かと言うと、観衆は座布団を舞わせて大喜びです。でも多くの人が顔ゆがめ、頭に手を当てています。朝青龍が負けて、残念がってる人もこんなにいるんだ、と思いました。▼あんまり強すぎるから、それに一時期はマナーが悪いとか言われて、いいイメージで見られてなかったから、朝青龍大好き、と言う人は少数派だと思われます。それが、ほぉ、横綱負けて悔しがってる人がこんなにいるんだ、と意外な気持になったのです。でもすぐ気づきました。顔ゆがめ、頭に手を当てている人たちは、残念がってそうしているのではなかったのです。空飛ぶ座布団の落下を避けて、そうしているだけだったのですね。▼オヤジはこう思いました。この写真を朝青龍のお国、モンゴルの人たちに見せてあげれば、なんだかホッとした安心感を提供するのではないかと。お国の人達は、朝青龍が強いことは知っている、頑張っていることも知っている。だけど、朝青龍が日本人にどう思われているかは知らない、と思います。一枚の写真、それは、勝負の世界では、完全に朝青龍の屈辱を象徴するものです。ですが、見る角度を変えれば、また座布団の舞う意味を知らなければ、横綱ファンが残念がっているように見えます。残念がってる外国のファンがこんなに沢山いるんだと、モンゴルの人に思ってもらえれば、朝青龍にとってそれもひとつの「お得」かもしれません。▼勝負の世界ではそれは、「まやかし」と言われるかもしれません。でもこと商売に、置き換えれば、強いvs弱い、勝つvs負ける、正しいvs正しくないという対立軸よりも、好きか好きでないか、そのことの方に意味があります。こじつけみたいに聞こえるかもしれませんが、勝負では琴欧州のWIN、母国へのアピールで朝青龍もWIN。これもWIN WINの関係かもしれません。こんな感じが商売人の発想でおます。
2005.11.26
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ある深刻な事実をお話したいと思います。 ここ数ヶ月の小生は、極めて座り仕事の長い日常を送っています。 ために小生の足腰退化し、腰は重荷に耐えることなく弱音を吐く、背中はなんだか丸まっていく、足は日に日に縮んでいく。そんな具合であります。 最後のひと言はもともとそうでありました。どさくさまぎれに仕事のせいにしてました。 それよりも何よりも深刻な事態が勃発していることをご説明いたします。 イスというものがあります。誰でも知っています。イスの役割は、人を安楽に腰掛けさせるものであります。 しかし、これが人間の身体のバロメータであることを誰も知りません。 小生のイスは、小生の身体がもしや凶器と化すのではないか、というシグナルを小生に与えています。 小生の働き場所でのイス、そのクッションを見て、人は何故か含み笑いをします。 それは、そのクッションの上に残された足跡、・・・正確に言うならばケツ跡がどうも変だからです。 人のイスのクッションの上にはなんにも残ってないのに、小生のそれにだけ、そのケツ跡が残っているのです。 その形状は、楕円形、数量はふたつであります。クッションの丸い形の上に楕円形の穴がふたつ残っているのです。 普通クッションというものは、押されたらまた押し戻す性能を保有しています。だが、小生のクッションはその性能を死滅させ、もはや形状を元に戻す力を無くしてしまいました。よほど辛かったんだろなぁ。 小生が席を立った後、イスのクッションは、虚しくふたつの楕円形の穴を人様の目に曝しています。その形は何かに似ています。自分で自分の持ち物のことを悪く言うのもなんなんですが、その姿はブタの鼻に似ています。 小生がもしや、他の人のイスのクッションがそんなふうになってるのを発見したら、鬼の首とったみたいに騒ぎ立てます。 「やーい、やーい」とか「おいブタの鼻」とか言ってその人を追い立てるに違いありません。 しかし小生の周りの方々はみな心優しくて、やーいやーいとかは絶対に言いません。そのかわりにクスッと含み笑いだけで済ませてくれます。 なぜこのようなことになったのか。 どうも小生のシリの肉がやせたがために、シリの骨がとんがってクッションへの強烈な圧力となった模様です。シリの骨というのはふたつあったんですね。あたりまえですが、そのケツ跡を目にするにあたって、その当たり前の事実に神秘性を感じるのでありました。 それにしても小生のケツはいまや凶器と化しつつあるわけです。クッションを仮に輪切りにしたら、きっとその断面図は「山」という字の形になっていることでしょう。 こんなになるまで、クッションは泣き言いわず愚痴こぼさず、忍々粛々と(こんな言葉ありませんよね)耐えてきたのです。 時には主人からの意図的、無意識的毒ガス攻撃もあったやもしれません。そんなこんなにもひと言たりとも文句言わず、己の役割をまっとうしてきたのでした。 それに対して、「ブタの鼻」ではあまりに可哀想です。何かいいニックネームがないか、そのように思い悩んでいましたところ、先日チラと見届けたテレビの画面で、お、似ているなと思うものがありました。 動物なんとか天国とかいう番組に出ておった、ある動物のある部分によく似ていました。 白黒ブチ模様のその動物、そうパンダでありました。 そのパンダのタレ目によく似ていました。 これからは、ブタの鼻ではなく、イスに耳でもくっつけて、せめて「パンダの目」とか「タレパンダ」とか呼んで差し上げたいと思います。
2005.11.23
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最近よく来る楽天からのメールをよく見たら、毎日のアクセス数が日替わりで表示されています。あれま、こちら随分ほったらかしにしてるのに、お訪ねいただいた方がこんなにいるんだ。これはいけません、すっかり失礼致しました。これから週に1度くらいはお愛想方々、記させていただきますね。(ちょっと帰りが遅いのでご返事とかはちゃんと出来ず失礼します)▼Qちゃんがやりましたね。先ほどテレビを観てました。32,3kmあたりの、3人での競り合いあたりから観てました。感動的でした。あんな風に自分が打ち込んでいることで、ちゃんと結果を出す。人に勇気を与える。感動を巻き起こす。こんな素晴らしいことはありません。▼思えば、本日の高橋尚子には、人を感動させる要素がまとめてふたつありました。ひとつには、2年間の「雌伏の時」があったこと。スポーツ選手の31歳から33歳までの2年間の不遇の時は、ほんまに暗闇の時代だったのではないかと想像されます。その時代を克服して、且つ事前に懸念されていた怪我による悪影響を覆して、ものの見事に勝利を獲得しました。ふたつ目には、「意表をついた」ことがあります。Qちゃんは、二人の強敵と三つ巴で競り合っていました。そのトップグループの競り合いは、最後の坂道で誰かがひとつ抜きん出る、そこからじわじわと敵を引き離して勝利するものと予想されました。ところが、Qちゃんの戦術は、坂道に差し掛かるその「手前」でいきなり加速し、一気に敵を引き離しました。実況中継もびっくりしてました。▼「雌伏の時」があること、これは感動を呼び起こすための前提条件だと思います。前提条件、…つまり人の感情移入を喚起するための下ごしらえと言っていいかもしれません。それから、「意表をつくこと」これは、人の感動を呼び起こすためのスイッチの役割です。人は自分の予想外、想定外のことを目にすると、その思考にさざ波が立ちます。その想定外が、好転を導きそうな時、感情にある種のスイッチがはいります。「雌伏の時」という感動のための下ごしらえが既に出来上がっているから、スイッチがそこに点火し、観客はQちゃんと同じ足踏みで、感動のための足踏みを始めます。そしてQちゃんがゴールを切った瞬間、観客の感情もひとつ切れて、ウルウルなるわけですね。▼もうひとつマラソンの醍醐味のひとつは、約42kmの距離のうち、殆ど勝負が決まるのが、35kmから先にある、ということであります。本日のQちゃんの驚異的なスパートは、36kmあたりからでした。36/42です。約分して6/7です。人生70年だとしても、勝負は60歳から…みたいに移入して考えることも出来るのではないかしらん。オヤジまだそこまでの年齢じゃないけど、そんなことにも思いを致し、よし、おいらも頑張らにゃな、そう思うのでありました。
2005.11.20
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長いことブランクが空くと、今、この楽天のお部屋にはいりこむのが、大変難儀な仕組みになってますね。 昨日、入室を拒否され、新たに何やら手続する必要があったので、めんどくさくなり、他の日記サイトで書いてきました。今日は、少し時間をもてあまし気味だったので、いろいろやったら再び入室できました。 あらためまして、こんにちは~っ。ご無沙汰失礼しましたーーーっ。 ご無沙汰している間、100数日間、夜は11時頃に就寝し、朝は5時過ぎに起きる生活をしていました。完璧に夜型だと思っていたけど、朝型にもなり得るんだなと思っています。 低血圧だと思ってたけど、案外、年くらって高血圧になったのかもしれませんね。ここ数年血圧なんぞ測ったことないから自分がどっちかよく知りません。 時々、クラッと目まいがくるのは、ひょっとしたら高血圧なんでしょうかね。よくおじさん達が血圧の話をしてて、上がなんぼ、下がなんぼ、という数字が出てくるんですが、小生は、クソオヤジであって、おじさんではなく、おじさん達の話題に全く興味がないので、いまだにその数字が高いのか低いのか、その意味すらよく知りません。 こんな人間がある日の朝、突然死でポックリ行くのかもしれませんね。それはそれで仕方ありませんね。 仕事の場の皆さんには、しっかり因果を含めております。 おいらが、ここでバッタリ倒れこんで死にそうになっても、決して蘇生処置まかりならず。ただし、最期の一服はおいしくいただきたいから、そっと口にタバコ1本くわえさせてくれ。な、わかったな、と。 ちょっとかっこつけすぎですね。でもほんとにそう思ってます。そして出来れば、「あ~、楽しかった。みんなありがとね~、さいなら~」そう言って逝ければ最高だと思ってるんですがね。 久々にここに書いてるのに、辛気臭いこと書いてますね。 あと1日ほどゆっくりして、もう30日または60日ほどは朝5時起きの生活を続けます。 ここで少しだけ述べさせていただきますが、朝はなかなかいいもんですよ。時間は各々均等な価値があるわけでしょうが、目的意識とともに集中化すべき時、時間には「質」がある。「時間の質」を高めることが出来る、そんなことを実感しています。
2005.08.10
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ちょっと忙しくなってきました。 で、ほんのしばらくお休みします。 よろしくお願いします。どうもすんません。・・・・・・あいたっ! びーーーーっ
2005.04.13
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一昨日は、京のはせやんさんのおかげで大変いい風情を味わうことが出来ました。 京都の夜、祇園を彩る夜桜。 思いっきり、桜を堪能させていただいたのでした。 その日は、岡山のさくら・桜さんと京のはせやん、それに大阪の小生の三角関係のデートになったのでした。 日曜日は雨だとの予報から、人出がこの土曜日に集中したようです。 どこから沸いてきたのか、うじゃらうじゃらと、通りには人がごったがえしました。 つくだ煮にしていいくらいにギョウサンの人出でありました。きれいなおねえさんだったら何匹かひっとらえて、つくだ煮にしようかとも思ったのですが、さくらさんが後からメッという顔をしてたのでよしました。 それにしても鮮やかな夜桜でありました。中空を薄ら紅で彩り、妖しいまでに膨らむ花弁の塊。これらが祇園という舞台にいかにも似つかわしく、刹那の美学がここにあることを日本人の肌が知覚するのでありました。 それにしても三角関係のデートはいけません。渋い男前のはせやんさんが、美形のさくらさんを独り占めするので、小生は「こら、ええかげんにせんかい」と中に割って入り、さくらさんを奪い取りました。 そしてまたぼんやりしてると、いつの間にかはせやんさんとさくらさんがくっついているのです。これではいかんと、はせやんさんに抗議いたしました。この領土は俺のもんやぞ。はせやんさんは、しかしながら穏やかです。 あんまり本気で相手にされないもんだから、小生、腕力に訴え、はせやんめがけてパンチをくりだしたのです。ですが、すかさずはせやん、脇にそれ、それた拍子にはせやんの掌が小生の顔に触れてしまったのです。 当たりどころが悪く、小生の団子鼻からは、たらりと赤いものが垂れました。「やったな、はせの字!」小生は、くやしまぎれに、はせやんのシンボルであるところの、はせやんマーク入りベースボールキャップを頭から奪い取りました。 そして、腕力で負けるから、そのシンボルキャップにライターで火をつけ燃やしました。「歴史を顧みよ。過去の反省をしらない人間に未来を語る資格なし」 なんだか、的外れの、わけわからんことを、小生口走ったような気がします。 わざわざ注釈をいれるまでもないことですが、数行前の「それにしても三角関係のデート云々」というところから以降はフィクションですからね。はせやんさんの名誉のためにも、本気にしないでくださいね。 さらにフィクションは続くのでありました。 そんな悪い火遊びをしながら、ふと振り向くと、当のさくらさんの姿が何処にも見当たりません。 よくよく目を凝らすと、きれいな夜桜の下、あっけらかんと写メールしているさくらさんの姿が、ずっと向こうの恩讐の彼方にかすんで見えました。 桜の花びらを散らす風に乗って、何処からともなく三味の音が聞こえてきました。 お茶屋の二階で、三味を抱えた瘠せた影法師が、しゃれた都都逸など唸っておりました。「♪面白きこともなき世を面白く、すみなすものは心なりけり~♪」 時折咳き込む様子が、やや不吉な佇まいの、どうも山口県の人間ではなかろうか、という感じの男でした。 更にぬっと背の高い男が、山口県のそばに立ちました。「夜風はからだに毒じゃき、・・・」 どうも高知の訛りのようでした。 その男が今度は西洋三味線を持ち出し、山口県の代わりに何やらバテレン調の詩吟を詠じ始めました。「♪想像するべし、国境なき世を。想像するべし、宗教すらなき世を。我を夢見人と呼ぶなかれ。いつの日か我が知己またなからん♪」 それに呼応するかのごとく、先ほどまで写メールしていたさくらさんが、高知男の詩吟にあわせ、得意の英語で唄い始めたのでした。「イマジン、オール・ザ・ピープル、リビング・フォー・トゥデイ♪A haha~♪」 小生、ハッと我にかえったのでした。小さなことでいさかいを起こしてる場合じゃない。人みな、いやさ、生きとし生けるもの皆兄弟ではないか、何が国家だ、領土だ、教科書だ、我らみな地球市民ではないか。 はせやんさんとも、ぐっと固い握手をかわして仲直りしたのでした。もっともはせやんのほうは、ハナから小生のことをケンカ相手だとも思ってなかったのでした。 夜桜のいさぎよい咲き誇りに身をまかせ、京の石畳の心地よい感触を足裏で捉えながら、僕らは三角関係ではない、お笑い三人組のように和やかな帰路についたのでありました。
2005.04.11
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明日、同じ職場のTさんの盛大な送別会があります。 Tさんは、62歳。この会社に46年間勤務しました。 46年ですよ、46年。 この職場での、このお仕事がTさんの人生の大部分を占有してきたことになります。 Tさんは、集団就職、当時の金の卵として、この会社に就職しました。以来この会社から夜間高校に通い、仕事を身につけ、結婚し、家庭を築き、子供を社会に送り出し、仕事で業績を残し、そして来週退職していかれます。 このような方と、ほんの少しの間でも触れ合うことが出来、小生も幸せでした。 Tさんは自転車の生き字引のような方です。何を聞いても知らないことはありません。 また多くの取引先の方から、Tさんご指名の電話が毎日数多くあります。 営業社員からは、毎日、取引先の相談事を持ちかけられています。 こんなに周りに頼りにされながら、会社を去られるのは、大変もったいない気がしますが、ご本人の健康という事情もあり、止むを得ないことです。 いつぞや小生は、Tさんに頼みごとをしたことがありました。インターネットで扱うパーツ関係の資料が欲しかったのです。 Tさんには、小さく多岐に渡るパーツの原価表をつくってもらいました。 その書類のきちんとしている様子には驚きました。 日頃は、エクセルでの作表に馴染んでいるので、手書きで作られた丁寧な諸表にはなんとも言えない感慨を覚えたのです。 小生は、ほんとに助かったし、また新鮮な驚きもあったので、Tさんには厚くお礼を申し上げました。 そして、しばらく後、別の場面で、そのことを持ち出して、更に「ありがとうございました」を申し上げた時には、なぜかTさんは、機嫌の悪そうな表情になって、こう言われました。「そんなに杓子定規に、何度もお礼を言わなくてもいいですよ」 なぜTさんが不機嫌な表情になったのか、先日、Tさんの昔話の中から合点する部分を見つけました。 Tさんは、亡くなった先代の社長に並々ならぬ恩義を感じています。 先代社長には、家族同然の扱いをしていただき、当時の金の卵は、いたく感激したそうです。 例えば、社長宅を訪ねる時、家のドアをノックして入ろうとした時には、えらく叱られたとのことです。「ここをどこだと思ってるんだ。ここは人の家ではないぞ。自分の家に入るのにドアをノックしてはいる馬鹿者がいるか。早くここに座ってメシを食え」 中学校を卒業して、心細いままに社会に飛び込んだ少年にとって、こんな暖かさがどんなに心の支えになったか、想像に難くありません。 TさんはTさんで、この社長のためだったらどんなことでもやってやる、という侠気を駆り立てられたようです。 新設の支店や、新規開拓の営業拠点などには、必ずTさんが斬りこみ隊長となって活躍されました。 Tさんが先代社長の懐刀であり、鉄砲玉であり、火の玉小僧であった様子が、今のTさんの風貌からもよく想像できます。 Tさんは、一緒に働く仲間の遠慮が嫌いなのです。 先代社長が、「ドアをノックしてはいる馬鹿者がいるか」と叱ったのと同じ意味で、仕事仲間が協力しあうのは当たり前じゃないか、それを何度も遠慮気遣いするのは、おかしいじゃないか、Tさんはそう言いたかったのでしょう。 思えば、日本のこれまでの経済社会を築き上げてきた背景には、勤勉さ、実直さ、生真面目さ、などなど日本人の高い労働倫理が厳然としてあったからだと思います。その労働倫理に、グイッと焦点絞り込めば、個別には先代社長とTさんとの関係性のような「自分以外の誰かのために・・・」という価値観が自然に根付いていたのではないかと思うのです。世の中に多くのTさんが存在していたのです。 こんなお話は古臭いでしょうか? 小生はちっとも古臭いとは思いません。 ニートだってプータローだって、ふてくされ不良社員だって、根っこには「自分以外の誰かのために・・・」という価値観を持っているに違いないのです。ただ普段は、スイッチがオンではなくオフ状態になっている。または、そのスイッチのありかに気づかないか、忘れている。そんなものだと思うのです。 だから思うんです。 僕らの役割の大きなひとつは、迷子になった大きな少年達には、「ワンフォーオール、オールフォーワン」を伝えること、自ら気づくように仕向けること、ではないかと。
2005.04.07
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もし万が一にも昨日のつづきを読む気のある方は、こちらからどうぞ でも、言っときますけど、お時間ある方だけにしてくださいね。 お忙しい方、読まないほうがいいです、絶対に。 いや、読まないで下さい。いらつきます、まちがいなく。 これだけ、言っておきましたので、あとで文句でても小生の責任じゃないですからね。いいですね。 ここで、お酒にまつわる諺&格言クイズ(先日東京で上家さんからいただいた「うちわ」の裏に書いてあった) すべて正解をいただいた方には、ごほうびとして、次回お会いした時に、ビール一本、焼き鳥一皿。■酒は【お茶】の代わりになるが、【お茶】は酒の代わりになるぬ。by 張潮■人生は生きるに値いするか?それはひとえに【肝臓】にかかっている。byウイリアム・ジェームス■酒は何も発明しない。ただ【秘密】をしゃべるだけである。by シラー■酔い覚めの【水】下戸知らず■【朝】酒は門田を売ってでも飲め■【冷】酒と親の意見は後できく※解答は、【 】の中をドラッグすれば、文字が出てきますからね。ほんじゃーね。
2005.04.05
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昨日、生れて初めてのいただきモノを経験することになりました。 なんだか鼻水タラタラ、目がかゆい、頭はボンヤリかすみがち。 風邪ひきとよく似て非なるもの、そう、花粉症でありました。 こういういただきものをするニ日前までは、花粉症にかかる人はデリケートで感じやすい人、と思い込んでいました。 昨日、そうではなく、非デリケートで、がさつな人もかかるということが判明いたしました。 自分で罹患して初めてわかりました。わかったことをここにレポートしたいと思います。 まず、世間で「花粉症」などという上品なお名前がつけられてますが、これは花粉の仕業ではないのであります。 はっきり申し上げて、花粉の名を借りた大掛かりな陰謀が、ここに隠されていることをご報告申し上げます。 実は、その陰謀というのは、小生が口にするには、あまりにも壮大な地球規模、いや宇宙規模の遠大な企てがあったのです。このことを明らかにする小生の身に、危険が及ぶやも知れません。もしや明日からしばらく、この日記に記述が滞るとするならば、それは、小生がその闇の陰謀により抹殺されたと思っていただきたいのです。 いえ、これを冗談だと思ってはいけません。ほんまです。 そして、しばらく後、また日記に記述が始まったとするならば、それは小生の名を語った別人であります。闇の勢力により洗脳を施された別人が、あつかましくも、やっ太郎として今と変わらぬ日常を生きているに違いないのです。 そんなリスクを冒しながらも、小生は真実を明らかにしなければいけません。真実、真理よ永遠なれ、正義は勝つ!そのことを小生のいまわの際の言葉として、ここに残しつつ、その陰謀を明らかにしたいと思います。 うざうざともったいつけるこの手法も、最近は、その手口がバレバレになってきました。先を急ぎたいと思います。 その陰謀とは、・・・・・・ハ、ハ、ハ、ハーークショーン!!! 早速、闇の勢力からのシグナルが届きました。「それ以上は語るな」と告げております。小生の目の玉の裏側をコチョコチョとくすぐっております。目がカイカイです。くすぐったいです。鼻水たらりです。でも負けません。 これ以上、もったいつけるわけにはいきません。時間がないのです。 実は、この「花粉症」と呼ばれる症状は、遠い星からやってきた宇宙人の仕業なのであります。 その宇宙人の名は、カイカイ星人といいます。 カイカイ星人は、肉眼で見えないほどの微細なからだをこの空気中に漂わせ、これは、と思った人類にとり付いているのです。そして、時には目の玉の裏側をくすぐってカイカイさせたり、鼻腔に生えてる鼻毛にぶら下がって遊んでおるのです。 更には、とり付いたその人類の脳みそにまでたどり着き、そのシワやくぼみに陣地を構えて、その人の心をコントロールするのであります。 なぜ小生がここまでの事実を把握できたかといいますと、それには理由があります。 小生は、大変便利なからだを保有しております。 まず、異変に気づいた小生は、下図のように目の玉を洗いました。 そしてまた、カートリッジ式の鼻を取り外して正常化させました。 さらに、どうもここのとこ働きの悪かった脳みそにも、ドライヤーの風を吹き付け、風通しよくしたのでした。 そのような対策をとってる時、一匹のドジなカイカイ星人を、とっつかまえることが出来たのです。 ここで彼のその姿を明らかにしてもよいのですが、そうこうしてるうちに仲間の逆襲がきて、文章が続かなくなる恐れがあります。文章を続けます。 そのカイカイ星人に小生は、タバコの煙を吹きかけながら尋問しました。「言え、きさまらの狙いを」 醜い容貌に似合わず、そのカイカイ星人は、意外に軟弱であり、ボロボロと白状いたしました。「はい、やっ太郎様、あなたにはウソはつけません。実はわたし達は、・・・・・・」 またまた気を持たせながら、《つづく》 といいながら、次の展開を期待しているものは、誰もいなかったのであった。だから場合によっては、《つづかない》
2005.04.04
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う~~~む。今日もヨレヨレになって帰宅した。 今日はまだ宵の口だからまだよかった。 でもさすがにずっと今週飲みっぱなしだったから、今さらながら胃は痛いわい。上から読んでも下から読んでも「イワイタイワイ」 先月、おいらの関与するインターネット通販がレコードを作ったので、社長に一席設けるべしとちゃいまっか、と催促したのだった。いや、おいらと社長のサシ(一対一)の飲み会ではない。そんなんもう飽きた。 通販に関わったチームのために一席設けてたもれ、とお願いした。 みんなあんまりお酒は飲まないから、仕事終わって社長と膝つきあわせてお話する機会が、実は少なかった模様。 それではいかんのだよ。 仕事を離れて、お互いを分かり合う機会は意識して持たにゃならん。 でもおかげで、今、おいらひとりに戻ったら、ちょっと今週無理したな、「イワイタイワイ」でも「祝いたいわい」《以上は、mixyというところに書いたのと同文》胃が痛い理由のひとつは、本日、いつもは口にしない、めちゃんこ上等の焼酎を沢山飲んできたからだろう。聞いて驚かないでいただきたい。「森伊蔵」それに、なんと「魔王」・・・これらを口中にころがしながら、かわるがわるたしなんできたのであった。いつものお湯割りで薄めるのはもったいないので、ロックで何杯も何杯もいただいてきたのであった。若いもんたちが、酒飲みでなくてよかった。今、帰宅して後、小一時間ほど経ったが、あの口中に広がる芳醇な深みを反芻したら、その優れた味わいが鮮やかに甦ってくるのであった。よくぞ日本人、をのこに生れけり。よくぞうまい焼酎の味わえる平和な時代に生れけり。ひたすら、この穏やかで心和むしばらくのひと時に感謝するやっ太郎であった。なんだか風邪なんか、ほんまにどこかに風とともに去っていった。しかし、・・・本日、生れて初めて余計なものをいただく経験をも味わうことにもなった。疲れた、眠たか。・・・続きは、気が向けば明日書きたいと思う。
2005.04.02
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先ほどまで、お礼状のハガキを数枚書いていました。 一昨日、東京での会議に参加いただいた方が、12、3人ほどでした。その方々に向けて、形ばかりのご挨拶をしたためているところでした。 5人の変なおっさんのために、お忙しい立場の方々ばかり集まっていただきました。また、その殆んどの方々が居酒屋までなだれ込んでくれました。 場所は新橋。新橋といえば、テレビで「オヤジの談話」をインタビューするのに、いつも使われる場所ですね。しかも大概酔っ払って、ヨレヨレのオヤジにマイク向ける場面が多いのです。だから、ほぼ全国的に新橋のブランドイメージが、「サラリーマンオヤジ」「焼き鳥屋」「あか抜けしない」という感じで形成されているのではないでしょうかね。 この日も、いっぱいのオヤジが新橋界隈には集積しまくってましたね。 でも、そんな場所のほうがなんだか、居心地がよろしい。心強い。おー、ここにもいたか同志、という気になります。 やや危険です。オヤジがオヤジだらけのところに埋没してしまうと、どれもこれも見分けがつかなくなります。 頭にネクタイのハチマキ締めてるオヤジを見届けたら、「おー、いいねセンスあるよ、似合ってるよ」と声かけたくなります。電柱にもたれてゲロゲロしてるオヤジを見つけたら、背中なでて「しっかりしろ、もっと死ぬまで飲め」と声かけたくなります。 この日、ゲストのオヤジ様達は、皆さん社会的な評価の高い立派な方々ばかりでした。 でも、オヤジは風呂に一緒にはいったりとか、ちょっとエロい話に水を向けると、たちまちヘナヘナと心のカミシモが解けるモンです。 別にそんな話ばかりで盛り上がったわけではなく、参集のために中心となって働きかけて下さった方が、大変な人格者だったから、自然集まった方々も皆さん、リラックスして和んだのだろうと思います。 その方は、今もはや全国ネットになった、「企業組合ちくじん」という団体の代表理事の上家さんという方です。 小生も、お互いにツバキがかかるくらいの距離感で、いろいろお話をさせていただき、大変上家さんのことを好きになりました。 上家さんからは、「これはやっ太郎さんのためのオミヤゲで、持ってきたんだよ」と渡されたものがありました。 レトロ感一杯のうちわで、酒蔵の販促用のものでした。絵姿には、僕らの子供の頃、NHKでやってた「お笑い三人組」のショウちゃん(一龍斎貞鳳)の写真があります。 格言も書いてありました。いわく「酒と女と歌を愛さぬものは、生涯愚者である。 BY ルター」 あーーーーっ、素晴らしか。 そのような素晴らしいオミヤゲをいただいたので、上家さんには、特に念入りに心をこめて、ハガキのお礼状をしたためたのでした。「上家様からいただいた貴重な時間、暖かいお言葉をわたし達5人は忘れません。世のため、人のため尽力するには甚だ力不足のわたし達です。どうぞ今後とも、ご指導ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い申し上げます」 これはほんとに筆圧強く、心をこめて超よそいきの文字でしたためたのでした。
2005.03.31
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明日、東京に出かけます。 そんな日の前日、ご丁寧に今、タチのよくない風邪に感染し、うなっているところです。 この冬風邪はひかなかったと思う。なんでこんな時に限って風邪の野郎、擦り寄ってくるんじゃ。 これから熱い湯に浸かり、お湯割飲んで暖かくして早寝することにします。 東京では、小生含む5人のおっさんを中心とした会合があります。 この5人のおっさん達の共同執筆で、もうしばらくしたら、本を出版します。下の5人組です。 たぶんこの絵がその本の表紙を飾る装丁になろうかと思います。 昭和30年代をモチーフにした絵ということで、描いてみたんですがね。 小生が一番年長だから、中学生の少年です。あとの4人は今、52歳、50歳、49歳、45歳、のクソオヤジになっています。 メンバーのうち、ふたりとは明日が初対面です。でもさんざんサイト上ではやりとりしてました。だから、概ね、気質は理解しあっています。 ほんとに楽しみであります。 なのに、口惜しや、風邪の野郎。明日は朝方明けるまで、飲んでやろうと思ってた。 しかし、はしゃぎすぎる小生への抑制の意味を込めて、わざわざ本日を選んで、風邪の神がここに降臨してきたのだと思えなくもないのです。 いずれにせよ、もうよいこは早く寝ることにしましょう。その前に熱い湯に浸かります。 それでは、クソオヤジども、明日は待ってろよ!
2005.03.28
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今、ここに書いてる日記で、ちょうど200回目を迎えることになりました。 よくぞこの飽きっぽい、根性なしが200回もちゃんと書き連ねたものです。 それというのも、ここにわざわざアクセスしてくださる方々とのやりとりがあるから続いているんじゃないでしょうかね。 あらためて、お礼を言わなければいけません。 『ありがとうございます』 ブログは、新しいコミュニケーションツールだとよく言われます。 これから更にブログの日記スタイルや、ブログプロモーションなど生成発展していくに違いないと思います。 なんでも最近は、ブログまでハウツー版ができて、例えば「うまいブログの書き方」とかそんな感じの本まで出てるようです。 しかし、本来、人は皆、小生含めて、自分のことを何がしかの手段でわかって欲しい、認めて欲しい、その欲求に飢えているものです。わかっていただく方法は、幾通りもあって、そこに上手もなければ下手もない。多くの人に分かっていただくのが、決して少数の人に分かっていただくことより優位に立つわけでもない。そこには非常に個人的な、「わかりあい方」というのが存在します。 それは、こうすればよいと導かれて身につける「わかりあい方」ではないと思います。 飾らず、ほんとうに、こうだと思ってることを拙くとも伝えれば、誰かに伝わります。多くの人じゃなくても、今じゃなくても、そのうち誰かの心に響くもんだと思います。その誰かの日記を自分が目にして、表現違うけど、重なるところがあると感じること、よくありますよね。そんな時、なんか感動します。 そして、ここで自分もフリーにその誰かに意見を述べる自由があります。感動しました、とか面白い、とか率直に述べる自由があります。もちろん最低限のマナーが必要なことは、実社会と同等であります。 小生がブログ日記を評価し、将来性を感じるポイントは、この「個人性」と「双方向性」にあると思ってるんです。 また人によっては、小生のように「わかりあう」ことに価値観を置くのではなく、「記録に留める」ことであったり、「自分との約束を確実にする」という目的の日記もあります。時には泣き言たらたらのカタルシス日記もあります。それもよしだと思います。 このように種種雑多、なんでもありという「自由さ」・・・しかも多くの人が、明日の自分の姿を目標づけながら、「自由」を享受しているところ、これが何よりいいところではないでしょうか。 重ねて申し上げますが、ブログというツールはますます進展していくに違いないと思います。だから細々でもいいし、飛び石連休でもいいし、思い出した頃ひょこっと現われるのでもいいのですが、退場はしないほうがいいと思います。 世の中の前線の風が吹いているところに我が身を関わらせておくというスタンスは、少なくとも仕事人である限り、キープしておいたほうがいい態度だと小生は思います。P/S 小生、もっともっとこれから飛び石連休の日記になりますが、どうか皆さんたまには足を運んでくださいね。
2005.03.27
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本日の夕刊を見てて思いました。 ソフトバンクの孫社長は、かなり頭のいいおっさんだなと。 ライブドアのホリエモンからトンビに油揚げみたいな格好になった孫社長です。 じっくり構えて漁夫の利を得つつある、だから頭がいいというわけではないのです。 本日の夕刊では、「ソフトバンクは、放送事業参入を否定」とあります。 ホリエモンは、盛んに「インターネットとマスメディアとの融合」ということを語りました。また楽天の三木谷社長も同じく、ネットとメディアの融合ということを主張しています。 記事によると、孫社長は「フジテレビに限らず、テレビ局との資本提携は考えていない」と言っています。 ここで、ネット三兄弟の考え方が、はっきり2対1に分かれました。 楽天、ライブドアは、未来に対して「ネットとメディアの融合」をヴィジョン化しています。 そしてソフトバンクは、そうじゃない「なにか」を見ているのでしょう。 ここから先は、小生の意見ですので、穴ぼこだらけの理屈です。 メディア産業は、これから益々衰退産業になっていくと思います。「マス」と名がつくメディアは、これまでの花形でしたが、それは供給される情報に、大衆が対価を払って惜しくない「価値」があったからです。 しかし、今、マスへ供給する情報に対し、対価に応じた価値があるかどうか、それをマスから問われています。 大衆からそれを問われて汲々としているのが、受信料不払いに悩むNHKであったり、新聞購読料ディスカウント合戦を演じる新聞屋さんでしょう。民放テレビは相も変わらず、大衆を「愚」とみなす低レベル情報の垂れ流しです。 だからここで、なまっちょろい環境に対して、ビジネスチャンスあり、と見たのが楽天であり、ライブドアだったのでしょう。 ソフトバンクは、もう少しクールに先を見通しているように思えます。 はっきり言って、マスメディアを既に見限っている、だからこそ、資本提携はせず、株主になるメリットは別にあるよ、と言っているのです。たぶん、孫社長は、きれいなビジネスモデルではなく、クールな資本の論理で金儲けをしようと思っているのではないでしょうか。またはインターネット分野での、ダントツを決定付けるパフォーマンスとして、今回の役割を引き受けたのではないでしょうか。 こんなふうに小生が偉そうに、孫社長の思惑を推理するのは以下のような理由からです。■ネットとメディアは、そもそも情報伝達の手法が違う。ネットは1対1の関係、メディアは、1対多数の関係■インターネットの登場で、情報の「価値」が変わった。これまで慣性で支払ってきた情報への対価を大衆が考えるようになった。■大衆の保有する時間は有限である。その時間というマーケットのシェアは益々ネット優位に進展する。■下落したメディアの情報価値に、ネットの付加価値を加味して有料化することには、大変な茨の道が予想される。現に数年前のアメリカで、AOL(アメリカン・オンライン)がタイム・ワーナーを買収して大失敗している。 ほんとに偉そうに色々書きました。だけど、これは大衆である小生が、直感として感じる臭いでありまして、それに呼応し秀でているのが、三兄弟の中では今のところ、孫社長ではないか、そのようなことを言いたいのでありました。
2005.03.26
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今、いい心持で、いっぱい、二杯、三杯やってるとこです。 小生の場合、いっぱいやりながら、文章書くのが一番いいコンディションのようです。 こういうのが、案外いいストレス発散になってるのかもしれませんね。 ・・・とそう書いて、待てよ、おいら今、そんなに言うほどストレスがあるかいな?と思い当たりました。 ないです、そう言えばストレスらしいものが。 バカだからでしょうか? たぶんそうでしょう、大当たりです。 かなり楽して生かしていただいております。 人は一定の志を立て、そこに現実とのギャップを見いだしたら、その落差に対して、心にアンバランスが生じるものです。 そのアンバランスをバランス状態にひきあげるために、人は努力するのであります。 落差に対するアンバランスな心理状態、これは一種のストレスでもあります。 ストレスが無いということは、その成長の芽が滞っているということでもあるのでありましょうな。 なにせ、「落差」という文字を変換しようとしたら、「楽さ」という文字に変わったくらいだから、あきません。 ストレスがない理由は、まわりの方々が小生にストレスを感じさせないよう、色々気を配ってくれてるということでもあります。 悪いね、みなさん、周囲の心優しい皆さんにこの場を借りて御礼申し上げます。ほんとに小生は幸せだ。みなさん、これからもその調子でひとつよろしくお願いしますわ。 来週は、東京に向かいます。目的は、これから一緒に「なにか」をやろうと旗を揚げたその仲間とともに、意思の共有を図るためです。 楽しみです。楽しみのひとつには、ここから新たなストレスが沸いてくる。そのストレスをひとつひとつクリアしていく、そのことが楽しみであります。かっこいいでしょ。 やはり人は適度のストレスはあったほうがよいと思います。 ゆるやかな川の流れに心地よくたたずんでいる川底の石には、いつか知らずに苔がむします。 激流に流される小石には苔むすヒマがありません。まだ脳みそを錆びつかせたり、苔むしたりするにはちょっとまずい年齢であります。 アンバランスに「落差」を感じ、それを「楽さ!」と向かい合う。これがおとなのストレスへの対し方でしょうなぁ。 カッコよく決めましたなぁ、今日は。
2005.03.25
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明日は、さる飲み屋からお声がかかり、出かけます。 新人がふたり入ったからというので、お披露目みたいな意味合いです。 この飲み屋では、小生、実は飲み代タダです。だからというので、意地汚くその店に入り浸りというわけでは決してありません。却って、タダだと言われたら、気が進まなくなるものです。 実はこの店のママさんから頼まれて、ホームページを作ってあげたものの、小生はその道のプロじゃないから、金はいらんと言っておいたんです。そのかわり「ぬふふ・・・おぬしわかっておろうのう?魚心あれば水心というではないか」という種類の下心も無しでした。 ホームページ作成労賃が、飲み代タダというごほうびに変わったのでした。 でもね、ほんとは、こういうのはあんまりよくないんですよ。 飲み屋側は、まかり間違えばこのおっさん、タダで毎日入り浸るのではないか、という懸念に怯えなければいけません。 小生は小生で、そう思われるのは分かってるから、かえってあんまり足を運びたくなくなるんですね。呼ばれでもしない限り、自ら進んでは足を運びたくなくなります。 別にカッコつけて言うわけではないですが、プライベートではあんまりはっきりしない貸借関係というのは持たない方がよいようですね。店側は、足を運んでくれて、お金を払ってくれて「ありがとう」となります。客側は、楽しませてくれて「ありがとう」となります。お金を媒介して、そんなシンプルな「ありがとう」のほうが店と客との間柄は健全に保てます。 小生が飲み屋をやっていた時、ママさんやホステスさんに対しては、特定の場合を除き、掛売り(ツケ)は厳禁にしていました。特定の場合というのは、会社の団体さんとか、サラリーマンの何かの集まりとかで、ちゃんと裏付けと回収のメドのある場合に限定した、ほんの少しの例外の場合です。 これは、もちろん、だらしない夜の世界のことだから、しっかり回収には配慮しなければならない、それもあります。 だけど、それ以上に大事な理由があったんです。 人は、借りがあるところには、つい足が遠ざかります。ちゃんとしてるお客さんほどそうなんです。 ほんのちょっと立ち寄ってみたいな、あの子の顔をチラッと見てみたいな、そんな少しの「その気」が多くの顧客の来店動機なんですが、お店への借り意識は、その少しの「その気」を、紙一重の差で損なってしまうんですね。「あ、そうだ、そういえば、あそこにはツケがまだ残ってたな」と頭をかすめたら、「今日はよしとこか、別の店にしよか」という浮気にすぐつながります。そんなことの積み重ねが、うっかり後で気がついたら多くの顧客を失う損失となっていた。そんなリカバリーの困難な状況を招くわけです。 従って、ほんの少しの「借り意識」を持たせない、広い意味での「親切」のために、いつもニコニコ現金払いが、お互いにいいんです。 さらに言うならば、現金払いは、変な勘違いオヤジや、はったりオヤジをさばくフィルターの役割もしてくれます。自分を大きく見せたいという本音は、男誰しもあります。ツケのきく店というのがいかにも虚栄心の象徴であるのは、よくわかります。 でもツケはしないよ、と言ってる店で、ツケが効かないことを怒り出すようなお客さんは、自ら私は小さいですよ、実はあんまりフトコロが暖かくないんですよ、と吹聴しているようなもんです。そんなお客さんは、小生の店ではご遠慮いただくようにしていました。 よっぽど稼ぎのいいクラブででもない限り、今時、喜んでツケを歓迎できる店は「ない」と断言していいかもしれません。 歓迎している顔をしてても、客足が無いよりはマシ、でも、でも、ほんとはね、現金払いが一番ありがたいのよ、という本音が、小生の知ってる店のどのママさんの表情からも偲ばれます。
2005.03.23
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今日は朝方まで本を読んでて、せっかくの休みだから死ぬほど寝てやろうと気合いを入れてました。 朝8時頃就寝したものの、11時少し前に目が覚め、テレビのスイッチを押したら、いきなり福岡、佐賀の地震のニュースでした。 佐賀の有田という町で母ちゃんが独りで暮らしています。 テレビでは、アナウンサーがいかにも「落ち着かなければ」という顔をして、繰り返し地震情報を伝えてました。 アナウンサーのあんたが平静を装う素振りを見せれば見せるほど、こちとら不安になるわい。 母ちゃんに電話はつながりません。母ちゃんの住むその家は築50数年を経た古い家屋です。時々屋根の修繕とかも施す必要のある壊れかけたおうちなのです。 このしばらくの時間は、悪い想像ばっかりしてしまいました。おかげで、ねぼけマナコがすっかり目パチクリになってしまいました。 ややあって、公衆電話からだとつながりやすい、という阪神淡路大震災の教訓より、長崎の姉がそのように行動してくれました。佐賀県有田町にいるもうひとりの姉宅、ここにブログを開いているhidevisのおうちにはつながりました。みんな無事だったとのこと。 ただそこから離れている母の家とはまだつながりません。 おっかさーーーん。もはやタンスの下敷きで死んでやいまいか。いよいよ根太がへし折れて、崩壊したボロ家の下敷きになってはいまいか。 その後、数分の後、hidevisから速やかなるメールが届き、母の無事が確認できました。 なんでも、のんきに近所のお友だちのおうちに遊びにでかけていたとのこと。 母のいつもの電話の声、人間機関銃のような嵐の弾丸が受話器から発射されたので、すっかり安心できました。 ここで小生思いましたね。こんなイザという時の「情報収集」は、3つの手段が相まって初めて「安心」を獲得できるもんだな、と。 やはり、ビジュアルなテレビは、現場の状況を知る上で、「スピード」と「正確性」があります。だけど、個別の情報にまでは及びません。一方的であるために、ややもすれば不安を増幅させます。 hidebvisの行なってくれたメールでの連絡は、「個別」な情報を「双方向的」にやりとりできる点で、テレビの伝達を大いに補ってくれました。でも、文字だけでは、「ほんとうに」安心できる状況にはやや不足があります。 そして、やはり電話での肉声、これに勝るものはありません。リアルタイムで、母ちゃん生きてるな、という情報が実感として獲得できました。 テレビ、インターネット、電話、この3つが三位一体となって、「安心」という目的物を得ることができたのでした。 まるで吉野家の牛丼の、「早い」「安い」「うまい」というキャッチのように、「速い」「正確」「安心」という果実を3つの手段の三位一体で獲得したのでした。
2005.03.20
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・・・ひろしです。 いや、やっ太郎です。 今日、職場にテレビの取材がきたとです。詳しくはここに書いてあるとです。テレビだじょーーーっ きれいな女のアナウンサーだったんです。 この人です。松川アナ あまりテレビ観ない小生でも見覚えのある女子アナだったんです。 ・・・ひろしです。 いえ、やっ太郎です。「ひろしです」を知ってるやっ太郎は、やっぱりテレビ観ないと言いながら観てるんです。 周囲は数人のカメラマンやら、その他大勢のスタッフさんらで、ざわざわしてたんです。 で、やっ太郎は、女子アナにお近づきになりたいと、そわそわしてたんです。 ・・・やっ太郎です。 小生は、女子アナにじっと視線を送っていました。しばらくして、目と目が合いました。小生、しないでいいのに愛想ふりまき、にこっと微笑みました。すると、女子アナもにっこり微笑みがえししてくれました。心なしか小生に視線を送る女子アナの目が潤んでみえました。ほんとです。 あとでその理由がわかりました。女子アナ、ひどい花粉症だったとです。・・・やっ太郎です。 小生、よほど周りに物欲しげに見えたのでしょうか?見えたのでしょう。皆が女子アナから小生を引き離そうとするのです。 バカにするんじゃない。小生は犬ではない。女子アナに、いくらなんでも噛みついたりはしない。ただ、ちょっとだけペロッとしたいだけなのだ。 それをなんだ。よってたかって、中には小生を羽交い絞めまでして、制止する者までいた。おぼえてろ。・・・やっ太郎です。 小生の出番はありませんでした。 ただ、ひとコマだけ、鮮やかにタイピングする絵が欲しいというので、ブラインドタッチの小生の出番があったとです。 でも後姿だけです。せっかく夢にまで見たピースピースのシーンとか、「おーい、みんな観てっかー」とご挨拶する絵は撮っていただけなかったとです。アドリブでクルッと振り向きニコッとしたら、叱られたとです。くやしかとです。・・・やっ太郎です。 しくしく泣きながら、取材の車を見送ってたら、女子アナがやおら車から降りてきて、小生のそばに立ち寄り、そっと耳元で囁いたとです。 「好きよ」・・・やっ太郎です。 そんなことがあれば、さぞかしよいだろうな、そんな春の日のうたかたの夢だったとです。もちろん、女子アナの「好きよ」は真っ赤なウソです。 そんな小生の頭の上をカラスが一羽、アホ~ッとないて遠くの空へ消えていきました。・・・・・・やっ太郎です。
2005.03.18
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今日は、親父の命日でした。およそ二十年前の今日、親父が死にました。・・・なんまいだぶ。 子供の頃は、「親父、はよ死ね」と念じ続けてました。 親父が嫌いで嫌いで、いつも横を向いてました。 およそ二十年前のその日は、不思議な経験をしました。つくり話ではないんです。 ちょっとここから先、小説風に書きますね。 「そがんこと言うたかね?」 母は、ボクがそのことを確認しようとしても、もう覚えていない。 ボクは、母が話してくれたその言葉がどうしても忘れられない。 ボクは、出先で取引先との商談中だった。その出先に、会社から呼び出しの電話がはいった。営業マンにとっての会社からの呼び出しコールはろくなもんじゃない。 ボクは、客先で遠慮がちに受話器をとり、小声で用件を聞いた。 受話器の向こうからは、最高にろくなもんじゃない用件が伝えられた。「お父様がお亡くなりになりました。早く帰ってきてください。飛行機のチケットはこちらでもう手配しました」 長く病床に伏せっていた父のことを、覚悟はしていた。心の準備はとっくに出来ていた。 しかし、覚悟していることと、その場で出会い頭にそのことを聞かされることとの落差はあまりにも大きかった。 ボクの目の前が一瞬で霞んでしまった。受話器の声は、別の世界からの宣告のように虚ろに響き、そしてどこか遠くにフェイドアウトして消えていった。 ボクはチケットを受け取り、いったんはアパートに引き返して、旅支度を整えた。一生に一度のことは、日常の行動を非日常に変えてしまう。ボクは、なんだかすごく慌てていたのだと思う。慌てていながら、ついぼんやり沈み込んでしまったり、ハッと我に帰り、手当たり次第にバッグにモノを詰め込んだり・・・・・・。 詰め込んだモノをよく見ると、帰郷には関係のない仕事の道具ばっかりだった。そのことがなんだか悲しかった。たったひとりしかいない父の死を前にしながら、無意識のうちに、ボクの体は仕事の日常を忠実になぞっていたのだ。 日常が非日常となり、ボクにとっての時間感覚もまた狂ってしまっていた。 いつの間にか、飛行機の出発の刻限が迫っていたのだ。あと40分しかない。 羽田まで、電車では間に合いそうにない時間だった。地の利から、タクシーを飛ばせば、辛うじて間に合うかどうか、切羽詰った刻限だった。ラッシュにはまれば、確実に出発には間に合わない。 ボクはイチかバチかでタクシーを拾った。 ボクは運転手さんに告げた。「すみません、羽田まで急いでください。頼みます。父が死んだんです。飛行機はあと40分足らずで出ます」 運転手さんは、落ち着いていた。「わかりました。なんとか頑張りましょう」 運転手さんの律儀そうな背中に、ボクは切羽詰まった思いを託した。そうするしかなかった。 車は、環状七号線を大森方向に南下した。途中、ラッシュが心配される中原街道や国道一号線との交差点もなんなくやり過ごすことが出来た。その時間帯には珍しく、車の数が異常に少なく見えた。信号も不思議に青が続いた。 羽田に向かう国道15号線に入った時には、腕時計はあと20分を示していた。 少し、気が緩んだだボクは、不覚にも父への思いが胸を衝き、知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。 そのことに気づき、ボクは窓外に目を向けるしかなかった。 運転手さんは、ボクの涙をきっと察知していたのだろう。さりげなくルームミラーをずらしていた。通常、運転手さんと客との会話は、ルームミラーで目と目を合わせながら行なうものだ。 敢えて、ボクの気持を察して、その運転手さんはルームミラーをずらしてくれたのだ。男には不文律がある。涙を人には見せたくない。涙を見せたくないボクの心情を察してくれた運転手さんの背中に、ボクは感謝の手を合わせた。 運転手さんは、空港ロビーの受付カウンターに最も近いと思われる車溜まりに、速やかに停車してくれた。ほんとうは、運転手さんに、ボクは、もっともっとありがとうを言いたかった。・・・でももう時間がなかった。 空港の受付カウンターでは、ボクのことを今かと待つ係員さんが待機していた。ボクの到着を飛び跳ねるように迎え入れ、トランシーバーを用いて、機内とのやりとりをしてくれた。 係員さんは、「さぁ、行きましょう」そう言って、ボクの荷物のひとつを小脇にかかえ、ボクを先導してくれた。その若い係員の女性は、ほとんどなりふり構わず、駆け足でボクを促してくれた。男のボクが息せき切れるほどの駆け足で、先を急いでくれた。 そうやって、なんとか奇跡的に飛行機の出発時間に間に合うことが出来たのだ。 父の棺の前で、ボクはただ頭を垂れるだけだった。 父とボクとの無言の対話に、母がポツリと言葉を挟んだ。「お父さんはゆうべ、寝言であんたの名前ば呼びよんしゃったよ」「え、なんて?」「『たかし!(小生の本名)急げ、早うせんと、飛行機に乗り遅れるぞ。走れ、走れ!』そんなことを寝言で言いよんしゃった」 以上、小説風の実話でした。 親父の魂は、死ぬ一歩手前で、時空を越えて小生の姿を見届けていたのでしょうか。それとも単なる偶然なのでしょうか。 残念ながら、母はもうほんとに自分で発したその言葉を覚えていません。ひょっとしたら、妄想癖の小生のことだから、自らでっち上げて自らをだましている虚構なのかもしれません。 でもこのことだけは言えるように思います。 親父は、いつもまっとうな道に乗り遅れる小生に、最後の言葉として「遅れるな!」そのことを言いたかったのではないだろうか、そんな風に思います。 「周回遅れのトップランナー」は遅れていますが、必ずトップランナー、いつかトップランナーの誇りを忘れたくないのです。
2005.03.17
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好きな臭いのひとつに、古くて日焼けのため茶褐色になった本のページをめくった時、すいと鼻をつくあのにおいがあります。 そのままその世界に吸い寄せられるような隠微な魅力があります。 古本屋のあの独特のにおいの中にいると、気が遠くなるような快感があります。 本格的な古本屋が大阪には、あまり見当たりません。 神田の古本屋街のように本格的な「本屋街」が、なぜ大阪にはないのでしょうか。 以前から、老いさらばえて、からだの動きが悪くなったら何をやるか、その問には、必ず「古本屋」という答が条件反射として、用意されていました。古本に囲まれて、自分はゆらゆらタバコくゆらし、熱い茶をずずとすすりながら、さて、きょうは何を読もうかいなと、古本のうずたかい小山をしげしげと仰ぎ見る。 きまじめで貧乏な学生がそこには集まり、おいらはそいつらに対して、鼻めがねであしらいながら、「好きな本、持ってけ」と目で合図する。そいつらは、「いつもすんません、そのうち出世返ししますから」と深々と会釈してわずかな小銭だけ置いていく。 おいらは無視して、タバコの煙で輪をつくりながら、本読みに熱中している。 そんな光景を想像して、よくうっとりしてました。 ちょっと時代感覚がずれてますね。もう貧乏学生が生息する時代でもなくなったし、読書に執着する若者像も絶滅種となりかかっています。 古本の臭いが好きなので、最近ひまな時は、よく押し入れの中の昔の本をひっぺがします。 今、机の上に、好きだったロケット博士、故糸川英夫先生のエッセーがあります。 パラパラとめくったら、むせるような酔うような、あのすいとしたにおいが、神経をしびれさせます。お酒の酔いと相まって、なんともいえないハーモニーであります。 糸川先生のお話でひとつ、いいのがありましたので、ご紹介しておきます。三十年前に書かれた一文なのに、大変な時代感覚があります。 知的障害者を閉ざされた世界に置くべきではない。また同情と憐憫の対象とすべきではない。彼らの健常者に対する劣位はどこにあるか、誰が明確に答えることができるだろうか。 こんな試みがある。 彼らを、特別擁護老人ホームに連れて行った。彼らの教師は、お風呂にはいった老人の背中を流すことを彼らに教えた。 彼らは最初、躊躇した。自分たちが、他との関わりの中で、「世話をしてもらう」ことはあっても、「お世話をしてあげる」ことはなかったからだ。周囲の施設関係者たちは、不安気に様子を見つめていた。 ひとりがお爺さんの背中を流し始めた。それにつられて、他の者もみようみまねでそれに倣った。浴場のあちこちで不器用な背中流しが繰り広げられた。 ひとりのお爺さんが、「あ~、ほんとに気持いい、ありがとう」と言った。お爺さんの言葉には、なんのてらいも気張りもない、素直な感謝の気持がこめられていた。「ありがとう」と言われた少年の目に一瞬の煌きが認められた。満面の笑顔で少年の表情は、太陽のように輝いた。 少年は、お爺さんの表情を確かめつつ、緩やかに丁寧に、そして丹念にその背中を流しつづけた。 同じように、その言葉が伝染し、あちこちで「ありがとう」の言葉と少年達の表情の輝きが、浴場をいっぱいに満たした。 要約、このようなことが記されていました。 糸川先生らしい、自然科学者でありながら、合理性とは別個の「なにか」が人を変えることがある、ということを述べています。 このお話の後日談で、その知的障害者の施設での方法は、一般的な学習のひとつとしてカリキュラム化されているとのことです。 つまり、障害者=社会的不適応ではなく、社会全体になくてはならない構成員の一部だと促す学習につながっているのです。 糸川先生は、こんな風に一文を結んでいます。 足が一本トゲを刺して痛い。足を引きずって歩くのは大変に非効率である。だからといって、その足を環境に適応しないものとして、切り取ってしまうとする。そうすると、結局、からだ全体が困るのである。なんとかここは地を這ってでも病院でトゲを抜いてもらう行動をとる。つまり弱者救済である。 全体の中の「部分」はどこも切り落とせない。人類全体の中でも、現在の社会環境に適応してないからといって、少数の弱者を切ってしまえば、結局は人類全体の生命力が弱くなってしまうのである。如何でしょうか。古いとか新しいとか、科学とか文学とかを超越した、社会の真実を述べているように思えて、静かな感動を覚えます。
2005.03.15
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どうもこのところB型の特質が出てますなぁ。 「マイペース」「気まぐれ」「わがまま」 あ、すみません、同じB型の方々。これは小生の特質を、血液型のせいにしてるだけでした。 お仕事関係では、いつも「スピード、スピード」と念仏のように唱えてるのに、こと一身上のこととなったら、なんとまぁのろいこと、だらしないこと。 やっ太郎個人に届いたメールの数々、ここ数週間分、ほったらかし。この日記もご無沙汰することまた然り。 溜まったモノは鬱陶しいので、一気に1,000件ほどのメールを削除。ファックス、郵便も残らずゴミ箱行き。 あ~、スッとした。 だけどお相手様はスッとしないだろうな、この実態を見たら。 特に重要なメールや郵便はない、ないと思う。うん、きっとないに違いない。自分の精神衛生上のため、無理にそう思い込みます。客観的にこの実態を鑑みると、小生、こんな手荒な情報整理で、お相手様に無礼を働いているのではないだろうか、それは少し気に病んでいます。 これからは、マメにきちんとミリメートル単位、分刻みで、個人の生活情報管理をしよう、そう思います。 その思いはこれまでも、数え切れないほど湧き上がり、そして自分に誓いを立てました。 しかし、周りの暖かい思いやりにより、この決意がすぐに挫折してしまうのでした。 「あ~、あの人はあんな人だから仕方ないよな、やっ太郎さんだから、こりゃしょうがないや」 「暖かい思いやり」≒「あきらめ」であります。 周りに、すっかりあきらめていただいているので、せっかく自分を変えようとしている決意がダメダメになってしまうのです。 どうか、周りの暖かい方々、こんな小生をしばいてください。しばき倒してください。断崖絶壁から突き落としてください。 自分の落度を棚上げして、血液型のせいにする、己の手抜きを精神衛生確保のためと強弁する、我が自己変革の不能を、人の暖かな思いやりのせいにする、こんな人のことを世間では、軟弱甘太郎と呼びます。 日曜日は、このように反省と悔悟の日となりがちであります。 本日、このように小生ののろさ、だらしなさを暴露するのも、一重にやや人生の先輩として、こうなってはいかんぞと、自らの態を犠牲にし、反面教師像を明確にするためでありました。 なに?いらんことですと?わたしはあんたと違います、しっかりしてますですと? そうでしょうな。うんそうですとも。 すぐええカッコして言いくるめるのも、B型の特質でありました。また反省がひとつ増えたのでありました。物言えば唇さむし、秋の夕暮れであります。
2005.03.13
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昨年7月から、小生が関与している会社のインターネットショップは好調です。 高いレベルで安定してきました。 先月から、立ち上げた楽天市場のショップも、当初足踏み状態だったのが、ここにきて好調です。 これが小生のショップだったら、好調の理由も不調の脱し方も、ベラベラしゃべくってしまうところですが、あくまでお世話になってる会社の資産です。最小限に留めておかなければいけません。 その楽天のショップが、どんな経緯からか、テレビの取材を受けることになりました。 4チャンネル(毎日放送)、東京ではTBSの系列になるんでしょうかね?TBSが6チャンネルだとは覚えてますが、関西では4チャンネルがTBS系、6チャンネルが日テレ系になってるのでしょうか?ここは正確に知りません。 その毎日放送で、夕刻3時間ほど毎日放映されてる「ちちんぷいぷい」という番組に取り上げてもらうことになりました。これは関西圏だけの放映でしょうね。 小生は黒子だし、外部の人間だから、「出演」はしないと思いますが、もし社長か店長がインタビューを受けてる場面になったら、小生、すかさずその後に回って、ピースピースのサイン出しますからね。または、手を振って「お~い、みんな見てっか~?やっ太郎だじょ~」と手を振りますからね。 小生、東京のサラリーマンだった時、テレビ出演したことありました。・・・東京12チャンネルだったけど。 EOSというオートフォーカスの一眼レフを新発売する時、商品説明で出演したんでっせ。 たった3、4分の説明時間だったけど、随分前から打ち合わせやリハーサルをやらされました。本番前は、ポンポンとお化粧されたりして、なんだか芸能人になったみたいでした。リハーサルで女子アナの方と長時間お話する機会があったので、そんなチャンスを逃がすやっ太郎ではありません。限られたその時間、おもろい話、マジメな話、それこそ硬軟とりまぜ、全精力を口説きのために総動員いたしました。1回だけデートしましたが、小生はしたなかったためか、2度目はありませんでした。 そんなことに一所懸命だったために、本番はセリフが予定外になったり、カメラがヨロヨロしたり、ズッコケてしまいました。会社の人選もその後は慎重を期して、小生のテレビ出演、2度目はありませんでした。 ま、なんにせよ、テレビの宣伝効果が未だ抜群なのは確かです。 この会社の社長さんは大変に強運の持ち主なのです。頭もよくて商才もありますから、概して商売はうまくいってますが、節目でいい追い風に恵まれます。ここで、この追い風もきっと品性を損なわない程度に、うまく活用しようとすることでしょう。
2005.03.09
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今日は、BBSのところに書き込んでいる、ななちゃんという人につられて、シリーズでお絵かきです。シリーズというのは、昭和三十年代のジャリどものモチーフという意味でシリーズなんです。 ななちゃんは、別の名を「発展、繁栄コネクター七浦」と呼ばれています。 何?ななちゃんが絵を出すんだったら、ワシんとこも負けちゃおれん。 それに関連するヤツを早速描いたろやないか、とつい負けん気を起こしてしまいました。 それがこれでした。 どうだ、まいったか、ななちゃん。こちらは動画つきだぞ。 それに、そっちの男の子は、ちんちんを恥ずかしげもなくみせみせしておるが、こちらのお子はどこか気品があるだろう。 なにかしら、恥じらいながらちんちん隠すその仕草の中に、どことなく品が漂っておるだろう。 どうだ、これでもまいったと言わないか。 まいったなら、まいったと素直に言いなさい。今のうちなら許す。 そうか、さっきからおとなしいと思ったら、貴君、泣いておるのか。 わかった。そこまでしおらしくふるまうのであるならば、おいらも少しは手加減してやろうではないか。 西武の堤さんに対するみたいに、水に落ちた犬をさらに棒きれでたたくようなまねをおいらはしない。 例が悪かったな、あのおっさんみたいに貴君は大金持ちではなかった。 あのおっさんみたいに大うそつきでなく、風呂敷の広げ方は似ているが、もっと人に対する優しさのこもった風呂敷を広げる人であった。それにあのおっさんみたいにあちこちで、こそこそ女をつくって口ぬぐう卑怯な人間でもなかった。正々堂々と奥さんを愛してると言い切れる公明正大な人であった。 悪かった。ちとおいら言い過ぎた。 だから、ななちゃん、もう泣くな。 【お断り:これは、まったく根拠のないフィクションの対話でありました】
2005.03.07
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とりあえず、今日の作業で、出版にまつわる諸々が一段落ついたようです。 先日、一区切りついた、とか書いたけど、あれからまだイラストの追加とか原稿用紙の追加があって、それらを本日日曜日なんとかやり終えたのでした。 あとの4人は、今現在、追加の原稿を書いてる頃だと思います。 結びの箇所を書くに当たって、小生’60年代末の和製フォークの歌詞を引用しました。 はしだのりひことシューベルツの「風」という歌は、僕ら世代の人はみんな知っているでしょう。 特に小生が好きなところは、『♪何かを求めて、振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけ♪』というところと、『♪プラタナスの枯葉舞う冬の道で、プラタナスの散る音に振り返る♪』というところです。 誰かが自分を呼んでいるような気がしたけど、振り返ってみたら、プラタナスの散る音だった・・・なんかすごく淋しい情景が浮かびます。いつも何かを求めてるんだけど、振り返ってみたところで何にも見つからない・・・これも淋しい心象風景です。 だけど、だからこそ、何かを求める時には、振り返った後ろ側ではない、前の方向にしか求める何かはありませんよ、とこの歌詞は言ってます。 一応、自分が書くものに引用するわけだから、著作権にひっかからないようにしなければいけません。 で、押し入れの奥底に潜んでいた昔の楽譜帳とかを引っぺがし、調べた上でそっくりそのままにならないように引用しました。 楽譜帳を引っぺがしながら、出てくる数々の昔の歌。 いやいや、懐かしかとです。 憶えてますか?『青年は荒野をめざす』『あの素晴らしい愛をもう一度』『春うらら』、たくろうの『夏休み』『隣の町のお嬢さん』、イルカの『雨の物語』、ユーミンの『ベルベットイースター』などなどなど・・・。 楽譜帳を引っぺがしたついでに、ほこりかぶったギターも引っ張り出して、 ・・・へたくそな歌、歌いましたね。歌が出たら、ビールがないとものさびしい。そこでビールも昼から景気よく飲みましたね。 こんな時は、独り暮らしは助かります。 そばに誰かがいたら、「あんた何やってんの?バカじゃないの?」と言われます。 昼からビール飲んで、いい調子でギター弾いて、昔の歌、唄いまくって、・・・結局のどが痛くなりました。のどが痛くなる前に、「あんた、いい加減にしーよ」とストップかけてもらえないのは、独り暮らしの弱点です。 さぁ、平和な日曜日も終った。明日からはまた別の忙しい事項が待ってるぞ。 『♪振り返らずただひとり、一歩ずつ、振り返らず泣かないで、歩くんだ♪』
2005.03.06
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もはやXデーだと言われていた西武の元オーナー、堤 義明氏が逮捕されました。 時代の寵児ともてはやされ絶頂を極めた、バブル前後から十数年、隔世の感があります。 明日、東京は大雪が降るとのことです。 五十数年前の2月中旬、東京には異常な寒波が押し寄せました。 その時の西武鉄道にまつわる、こんなエピソードを何かで読んだことがありました。 当時の西武鉄道のトップは、堤 義明の父、堤 康次郎でした。 この康次郎が西武グループの創業者です。稀代の実業家であり政治家でもありました。 彼にまつわるエピソードは、山師的なものであったり、しかし世のため人のため志を燃やした偉大な人物像であったり、毀誉褒貶の激しい人だったようです。どちらも真実を象徴しているように思えます。 実業界や政界を戦ってきて、少しも手を汚さず名を残すなど、当時の環境では奇跡に近いことでしょうから。 人から悪人と呼ばれようが、鬼と呼ばれようが、反面その志に世のため人のため、という旺盛な社会貢献意欲があった、そのことは紛れもない事実だと思えます。ひとりの人間の中には、必ずそんなふうに矛盾する鬼と仏が共存しているように思います。 五十数年前の東京、夜半から降る雪は激しさを極め、省線(国鉄)を始めとした鉄道会社は、終電を切り上げて翌日の雪かき対策に追われました。 しかし、数十年ぶりの寒波は、深夜に至って激しさを増し、どの鉄道会社も自然の猛威に手を上げてしまいました。 翌朝は、東京都内で1メートル以上の積雪になったそうです。 都内の交通網は、死に体となっていました。どの鉄道会社もその日の朝は、積雪のため臨時休業となりました。 ところが、ひとつの会社だけは何事もなかったかのように、定時で運行していたのです。 それが西武鉄道でした。西武鉄道は東京からやや西寄りの北部から都心に向かって走っています。北部であるだけに、雪の影響は、他の鉄道よりむしろハンディが大きかったのです。 当時のマスコミが西武鉄道の偉業を称えました。 西武の職員さん達700人が、完全徹夜で線路の雪かきにあたったのでした。 職員さん達には、何がなんでも電車を走らせるのだ、という決意がありました。 康次郎は、その話を聞き、驚きました。「俺は、そんな命令を出した覚えはないぞ。誰だ?誰かが先導しない限り700人もの職員を動かせるはずがない」「いや、これは大変なリーダーシップである。必ず功労者がいるはずだ。その者を探し出せ」 そう部下に命じました。 命じられて、その功労者探しが始まりましたが、いっこうに功労者は出てきませんでした。 結果、康次郎に命じられた部下は、こう報告しました。「皆が口を揃えています。功労者というならば、700人全員が功労者です」 その報告を聞いた康次郎は、しばし無言の後、号泣したそうです。「この日ほど、わが社の社員に誇りを持ったことはない。君たちにまた教えられた。感謝してやまない」 そう言えば、小生の東京での学生時代、各鉄道会社がストライキを決行する中、「西武はストをやらない」ということで有名でした。 そういう企業風土、企業の文化があったのでしょうね。 いや、今現在も、現場レベルではその精神は引継がれているのかもしれません。 企業全体における最終責任は、天地がひっくり返ってもトップに帰属します。 トップの犯した社会的責任の帰属先は、勤勉で実直で会社に誇りをもつ現業者にまで分配されるべきものでしょうか。べきでないものでしょうか。
2005.03.03
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昔むかしのテレビドラマの中のセリフだったんですけどね。 恐らく、こんなセリフ、どこのどなたも覚えてないと思うんですよね。 「人には、こんにちは型と、さよなら型があるのよ」 こんなことを若い頃の浅岡ルリコが言ってました。 日常会話で、よくこんなキザな会話が交わせるもんだな、また交わしてサマになるもんだな、さすが東京のタレントさんは見かけもしゃべることもアカ抜けしているわいな、と思ってました。 こんにちは型とさよなら型というのは、それ以来、なんとはなしに、こうじゃないのかな、という程度に分かるようになりました。 言葉で表現しにくい様子は、例えて言えばニュアンスが伝わるでしょうか。 花で言えば、ひまわりのような「こんにちは型」、「さよなら型」は花ならば月見草。長嶋元監督と野村元監督みたいな違いでしょうかね。 縦軸で一本線を引いて、こんにちは型とさよなら型を分けてみます。さらに、横軸を一本引いて、そうですね、あっけらかんタイプとしんみりタイプで分けてみます。 そうすると、同じこんにちは型でも、あっけらかんな「こんにちは型」としんみりした「こんにちは型」に分かれます。「さよなら型」も同じようにふたつに分けてみます。 4つのタイプにセグメント(細分化)されました。 小生の勝手な分け方で、スポーツ選手など有名人をグループ分けしてみると、こんな感じです。あっけらかんな「こんにちは型」・長嶋監督・さんまあっけらかんな「さよなら型」・ビートたけし・車 寅二郎しんみりした「こんにちは型」・王監督・松井選手しんみりした「さよなら型」・野村監督・高倉健 どうも最近、名前を知ってる有名人が少なくなってきました。 というより、名前を思い出すのにかなりのエネルギーを消費します。・・・あのあいつだよ、あの番組に出てたアイツ、・・・ほらほら、わかるだろ、わかってくれろよ、と話し相手の肩ゆさぶりながら、なかなか名前が出てこなくなったのです。 もっと沢山具体例を挙げたいところですが、名前と顔をつなぎあわせるのに手間取りますので、このくらいにしときます。 小生は、どうもあっけらかんの「さよなら型」のようです。 健さんのように、背中から人生を漂わせ「不器用ですから」と言いたいのですが、サマになりません。バカと言われます。 王監督や松井選手のように、ひたむきで真摯な明るさに憧れますが、根性がないので腰くだけになります。アホウと言われます。 長嶋さんやさんまの世界になったら、もはや天才のレベルなのでハナから望むべくもありません。死ねと言われます。 残った居場所は、あっけらかんの「さよなら型」でした。ここが一番居心地がよろしいようです。 寅さんの気持がすごくわかります。女にフラれて絵になるのが共通点です。 ビートたけしの、ほんとはシャイなところも、しみじみ伝わります。 なんとなく、この分け方、伝わりましたでしょうか?
2005.03.01
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本日は、ここを読んでいただく方にとって申し訳ないですが、ちょっと独りよがりのことを書きます。 世間で今、騒がれていることに対し、せっかくだから、自分なりに知識の整理をしておいたほうがいいだろう、と思うからです。たぶん、分かりにくいことを書くことになるかもしれません。ダラダラ長くなるかもしれません。 ライブドアとフジテレビの衝突の問題です。 世の中のモノゴトはこじれれば、本質や基本を見失いがちになります。そこで、ここでは、この問題の基本ベースを自分なりに確認したいと思うのです。評論家みたいなことを書きます。 まず「なぜこんな問題が起きたのか」という背景の問題、それから「何が問題点、衝突点になっているのか」というポイントについて書きます。「なぜこんな問題が起きたのか」 長らく、日本の会社のあり方は、典型的な「株式」会社の原型から、やや変形した姿を為していました。 よその国ではないシステムとして、「株式の持ち合い」とか、「グループ経営」とか、ま、よく言えば、非情な資本のルールに情やしがらみをかぶせて、「会社は誰のものかいな?」という答が明確には分からない状態を創っていました。 典型的な資本のルールとは、「会社は株主のもの」という厳格なものです。 「コーポレートガバナンス(企業統治)」というキーワードがありますが、これは、企業の所有者と経営者の分離を促し、「企業は誰のものか」ということを明確にしようという概念です。いわば、企業の所有者である株主は、企業経営のプロである経営者に会社の運営を託し、そこに一線を画すと同時に、株主に主権があることを意味付けるものです。 ここ数年で、金融のルールや、商法のルールが順次変わってきています。それは、失われた10年とも言われる90年代の日本経済の著しい地盤沈下に対して、「何とかしなけりゃいかん」という対策でもありました。 金融のルール変更によって、日本の銀行屋さんが、国際的なルールに従わなければ海外との競争力についていけなくなったのです。そのルールに従うことによって、銀行屋さんも、従来の姿を大きく変形させる必要がでてきました。 これまでみたいに、大きい取引先の株式を自分たちで所有したり所有されたり、身内での「株式の持ち合い」ができる余力がなくなってきました。銀行の消滅や合併が盛んに行なわれてきたのは、このように金融のルールを国際基準に合わせる必要性が生れたからです。 一方、商法の改正も、できるだけ資本のルールに、風通しのよさを設ける方向に変わってきています。風通しのよさは、かたやで、外国資本の日本企業への参入をも促すことになるわけです。いいとか悪いというレベルではなく、あたりまえに資本主義を受け容れるならば、「そういうものだ」ということです。 金融や商法のルール変更とともに、会社の合併や買収が、その会社の株式を取得することで、達成しやすい環境が整いかかってきている。それが今回のライブドアとフジテレビの衝突の背景にあります。 次に「何が問題点、衝突点になっているのか」というポイントです。 このポイントは、主に3つの角度から分けて考えた方が分かりやすいかもしれません。 ひとつは、「株主主権か、グループ経営か」 ふたつめに「オールドパワーか、ヤングパワーか」 みっつめに「外資の力か、マスコミの特殊性か」 ひとつめの「株主主権か、グループ経営か」ということについて、です。 一定のルールに則って、株式を取得し、公明正大に権利を行使しようとしている、それがなぜ反発を受けねばならないのか、これがライブドアの主張です。それに対し、フジテレビは、永年皆が汗を流して築き上げた会社を、金の威力に任せて乗っ取られてなるかいな、と主張しています。 買収対象は、フジテレビというより、ニッポン放送という会社のことですが、子会社であるフジテレビのほうが、でっかくなり、事実実体としては、フジテレビがニッポン放送を飲み込んでいるようなものです。産経新聞を始めとして、フジテレビは、フジサンケイというグループを形成し、そのグループ企業を統括しています。 子が親よりはるかに大きくなり、それでも親が資本上、子供を支配している、といういびつな構造のスキを、ライブドアにつかれました。 ここで、フジテレビのトップが、「ライブドアに買収されることによる『企業価値』の下落を考えると、対抗手段を打たざるを得ない」と言っています。 『企業価値』って何でしょうか?ファイナンス理論からは、ちゃんと定義されてる意味があります。長くなりますので、クリックした下段で説明させていただきます。興味ある方は是非、チェックください。これは意外に大事な概念です。 フジのトップが企業価値を持ち出すならば、なぜライブドアでは、企業価値が下がるのかをちゃんと説明しなければなりません。 ふたつめに「オールドパワーか、ヤングパワーか」ということについてです。 どうしても、マスコミ、特にテレビの扱いなどは、センセーショナルに取扱いたいので、この構図を強調しているようです。 日頃、生意気さが目立つホリエモンですから、オールドパワーにとっては、その発言そのものが面白くないのでしょうか。 だけど、オールドパワーのやることも、あんまりみっともいいもんじゃないなと思います。 フジテレビ側は、対抗策として、ニッポン放送が新株予約権を発行し、それをフジテレビがTOB(公開株式買い付け)により、買取るという防衛策をとろうとしています。「TOB」もクリックで下段にて説明させていただきます。 それを行ない、または行なおうとすることで、ライブドアが取得する株式数が、薄められてしまいます。ライブドアの持ち株比率が低くなるので、当初のホリエモンの意図が叶わなくなります。 しかし、ホリエモンも、生意気なのは大いに結構ですが、ここでは、株式の取得云々という「戦術」面よりは、やはり、「企業戦略」という企業にとって一番大切な視点を述べなければいけないと思うのです。 つまり、自分は会社を吸収または合併して、それによりこんなビジョンを実現したいのだ、という「企業戦略」そのものを明らかにすれば、オールドをもっと取り込めるのではないかと、オヤジ思います。 みっつめに「外資の力か、マスコミの特殊性か」 これは、考えれば、難しく複雑な問題になります。司法判断がどう結論付けようとするか、小生も個人的に関心深い問題です。 まず、ホリエモンも、おそらくは外資(リーマンブラザーズ)に知恵をつけられたのではないでしょうか。 リーマンは自分だけは、絶対に損しない方法で、ライブドアに資金供給しました。どんなやりとりがあったかは、想像するしかないのですが、暴れたかったホリエモンと、儲けのチャンスを目ざとく嗅ぎ取ったリーマンとの利益が、その時点では合致したのでしょう。出来れば、スピードアップで、ニッポン放送の株式を取得したかった、だから、ホリエモンは、時間外取引という、やや不透明な方法で株式を買い進めたのでした。 時間外取引とは、株式市場の売買時間(午前9時~11時、午後1時~3時)以外で、一定数であれば、取引が可能であり、その際、一定数以下ならば、公開買付(TOB)でなくとも買い付けてよい、というルールです。今のところ、違法ではありません。 これに対し、フジテレビ及び、関係省庁からは、報道機関の独立性を維持するために、特定勢力からの支配の排除が主張されています。確かに、マスコミの特殊性を持ち出されると、オヤジは弱いところがあります。 つい最近は、NHKの不祥事や、それに絡まって、特定の権威による恣意性にオヤジは腹立てました。 マスコミが本来の使命、独立的言論機関たらんとする時、その株式を一般に公開するのが良しか悪しか、そのこともテーマになります。 司法判断は、かなり難しい問題を投げかけられたのかもしれません。 あるいは、複雑な問題をシンプルに考えるべき一里塚として、この問題が登場したのかもしれません。 この日記は、好き勝手に述べる自由があります。だから、今のところ、ほんとは誰もわからない裁判の成り行きですが、ちょいと小生は予言してみたいと思います。 まず、争点のうち、フジテレビが実質企業防衛のために、やろうとしているTOBについては、違法と言われるように思います。その理由は、そもそも新株発行の目的は、新たな事業への資金調達です。その目的からはずれて、買収からの防衛として株式を発行するのは、まだ日本の企業環境ではフェアではない、と断じられるように思います。 ちなみにアメリカではこの手法は、「ポイズンピル(毒薬)」と呼ばれ、買収した側にババつかまされた、と後悔させる手法として認識され、さらに言うなら、もう古くてあんまり使われない方法になっているようです。 いったんは、フジの違法性を判断しつつ、しかし、拠って来るところにも司法は着眼することでしょう。 つまり、その原因をつくったのは、ライブドアの買収手法であり、さらに踏みこんで、外資の力を頼りに資金調達し、実力以上の買収計画をした、というところに、ライブドア側の合理性を認めないのではないか、と思うのです。 そこに、マスコミの独立性をくっつけて、ライブドアの権利にさらにフタを閉める、そのような状況が考えられます。 心情的には、小生は、ライブドアの元気のよさが好きです。しかし、外資に利用されている一面も見逃せないので、上記のような予言になってしまうのです。 一気にクリアで、フェアで、ビューティフルな環境にもっていきたいところですが、世の中、そこに至る段階には、まだまだ茨もあれば、雨も嵐も吹き荒れます。せめては、今回のこの問題は、いい世の中であるための一里塚であれかし、と思います。 ホリエモンにもオヤジとして応援しています。 願わくば、利用されているように見えるホリエモンが一気に形成逆転して、外資やオールドパワーをたまげさせるくらいの秘策をみせてくれれば、くらいに思ってるんですよ。 出る杭は叩かれても、そこから突き抜けたらホンマモンになりますからね。判官びいきという形にはさせないでくれ、ホリエモン。
2005.02.27
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「野うさぎの走り」という焼酎があります。 高いです。720ml 7~8,000円すると思うんです。今それを飲みながら書いてます。 自分では買いません、こんな高い焼酎。 当然もらいもんです。 やはり、42度の度数であるだけに、結構まわりが早いですね。度数の高さのわりに、そのまろやかさにおいて、ほんのりと舌にころがる芳醇さはなんともいえず爽やかであります。 こうやって、旨い酒飲みながら、書きたいこと書くのは至福のひと時でもあります。 お酒飲まず、日記書く時には、おいおい、他にもっとやらにゃならんことあるだろと、つい疾しさまじりに書くことが多いのです。 でもアルコールが体内に吸収されると、そんなこと、しばらくどうでもよくなります。だから大概ここで書くときには多少なりお酒が入ってることが多いようです。 BGMには甥御のhidevisくんから送ってもらった森山良子の「ざわわ、ざわわ・・・」が流れています。 喉からは旨い酒が体内を洗い、耳からは心地よい音声が心情を洗ってくれます。 なんとなくの幸せ感というのは、こういう状態を言うんでしょうね。 「何も足さない、何も引かない」というお酒のCMがありましたが、こんな時には余計なものは何も要りません。プラスの必要もなければ、取り除くべきマイナス要素もありません。このままが一番よいのです。 お酒飲んでる時、ふとこんなフレーズが頭に浮かびます。「カネもいらない、名前もいらない、名誉もいらない。それに命までいらない。こんな人間が一番始末におえない」 これは、西郷隆盛が、山岡鉄舟という人物を評して語ったフレーズですがね。あの西郷隆盛をして、始末におえないと言わせた人物ですから、その時の山岡鉄舟の気持のこめかたは、ただならぬものがあったのでしょうね。 その時というのは、これも小生の想像ですが、たぶん、戊辰戦争で、西郷と勝海舟との調停の場をつくらんがため、官軍の陣地に幕軍としてひとり乗り込み、西郷と渡り合った、その時の山岡の気合いの入った交渉の時間だと思えるのです。 それが西郷の山岡に対する「始末におえない」人物評になった、うん、そうに違いないと思っています。 もし、どなたか、ここらへん史実に詳しい方がいらっしゃったら教えてください。 小生、しらふの時に思います。カネいらない・・・と言いたいが少しは欲しい。名前いらない・・・やっ太郎という名前には少し愛着が湧いてきた。少しだけ要る。名誉いらない・・・ほんとにいらない。何が名誉だ、勲章だ。”俺は男だ”という最後の誇りだけあればよろしい。命いらない・・・ことはない。要るぞ!!まだ死なないぞ。せめておっかさんが生きてる間くらいは。
2005.02.24
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今日は早めに帰宅できました。 そういえば、まだ出版のためのイラストのうち、自分の顔を描いてなかった、そのことを思い出し、早速描きました。 この下にあるアホヅラが、本の挿絵の一部になると思います。 よく恥ずかしげもなく、自分のアホヅラこんなところにさらせるもんだなぁ、われながらそう思います。 描いてて、今さらながら思うんだけど、シワ多いなぁ。いっぱしの苦労もしてないのに。 どうせ、人前にさらすんだから、もし小生が明日にでもどこかで野垂れ死にした時のために、黒い縁取りの葬式バージョンでさらしてみましょう。 どないですやろか。 ああ、あの人はええ人やった、少々問題あったけど、多少スケベェではあったけど、基本的には悪い人やなかったと惜しんでくれそうな顔つきになってますやろか。涙の一粒もこぼしてくれる人がおりますやろか。そんなこと思ってたらなんか泣きそうになってきましたわい。 小生、ごらんの通り、決して男前ではありません。ありませんが、いい人相になってきたなとは思ってるんです。 女性にフラレ続けて幾星霜。それを数えるのに両手の指では足りず、足の指を助っ人にしてもまだ足りず、魚屋のタコの足借りて、なんとか勘定あうキャリアを踏まえています。 タコの足を借りる頃になってやっと悟ったのでした。 男は顔じゃなか! 男の勝負は心意気ですわい! そう開き直った頃、やっと小生を認めてくれる女性が現われたのでした。 よその女子にへらへらする前に、まずは一番身近な女性を大事にせずして、なんで女好きと言えようや。 いなかのおっかさんには、それから毎週日曜日の一定時刻にお電話して、ささやかに会話をかわすようにしているのでした。 会話といっても、おっかさんは人間機関銃という異名に恥ずかしくない、ものすごいしゃべりんこであります。 だから会話にならず、小生は99、5%ほど一方的な話しの聞き役であります。 そのおっかさんが、そういう習慣をもった十数年前から、やっと認めてくれたのでした。 やっ太郎は、よか男ばい。一番親孝行ばい。 嬉しかったですばい。 不良青少年の頃は、あんたは死になさい、と言われたのにね、あんたが一番親孝行ばいと褒められたのでした。 繰り返し申し上げますが、「男は顔じゃなか!男は心意気ですばい」 年齢関係なし、職業、学歴関係なし、心意気ひとつで有事斬然、無事澄然。いざとなったら鬼神となって戦うけれど、平時にはいともおだやかになごやかに。それが男ぞ。 男、男というやつにほんまの男はいない、というのが小生の持論ですが、きょうはついでだから、ぎょうさん男、男と言わせてもらいましたですばい。 それでは、本日はバイバイですばい。
2005.02.22
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昨日は、岡山に出かけてまいりました。banさんの「人儲けの会・繁盛の種セミナー」に参加してきました。 岡山のmaintさん、さくら桜さんが、旗印を掲げたのでした。 こうやって、地方から、まず行動ありき、ということで早速に動き出したお二人を、応援したかったのです。 と言っても、小生は、なんにもしてあげることは出来ず、せめてオヤジは、枯れ木も山の賑わいとなって、ノコノコ出かけていっただけでした。 おふたりは、やはり、この日のことを大変意識していたようです。一所懸命、お声をかけた様子が窺がわれました。 banさんのお人柄やお話が素晴らしいことは分かっていても、それを知らない人に対して、お金を払っていただき、足を運んでもらうことはたやすいことではないと思います。 最初にこうやって、おふたりが手を挙げたことにも、小生、拍手を惜しみませんが、集まっていただいた方々の顔ぶれを見ても、そこにおふたりの健気な骨折りの様子が偲ばれて、感激しました。 ちょっと、小生はおちゃらけてましたが、それは小生の流儀での敬意の表し方だったのです。 maintさんは、日記で、いつも一貫して「車のメンテナンスの意味をわかってほしいんだ」と主張しています。 その繰り返しの中に、彼の律儀で勤勉な様子を想像していました。 お会いしたら、ほんとにそのまんま、顔に「きんべん」と書いてありました。 いつもは、作業着やカジュアルであるだろう彼が、昨日はピシッとスーツで決めていました。 カッコよかったです。 彼には、遠くから足を運んでくれるお客様がいます。そのお客様たちは、クルマを託す時、自分の一部を託すのだから、それだったらmaintくんだ、という選択をしているのでしょう。 そして、さくらさん、・・・人気者です。 彼女もまた、日記のイメージのように、素敵なおねえさんでした。 余計なことかもしれませんが、「おねえさん」と言うのは、別にお上手でそう言ってるわけではないのです。 話を横道にそらします。 小生、高校生の頃、お化粧をしている女の人を連れて歩いていると、周りから、わりかし尊敬の目で見られたのです。その頃から、小生にとっての女性とは、ちゃんとブラジャーをして、お化粧をしている「おとなの女の人」というのが、ひとつの基準としてありました。17歳の少年にとっての女性とは、だから少し「おねえさん」であって、ション○ンくさい小娘であってはいけないのでした。 その頃のタマゴの殻をまだオシリに残してるせいでしょうか、今でも、化粧してブラジャーをしているだけで、その若い女性が「おねえさん」に見えるのです。いつだったかビートたけしだったか、立川談志だったかな、同じことを言ってました。自分はいつまでたっても頭の中はガキの頃と変わらないから、この年になった今でも若い女性が年上に見える、ってなことでした。 まったくその気持が分かります。 そのような愛と尊敬をこめて、小生は幅広い女性を「おねえさん」と呼ばせていただいています。 小生、17歳の頃のおねえさんは、そのまんまおねえさんであり、それより少し格上の方は、すこしおねえさんです。 ここで話を元に戻しますね。 さくらさんは、すこしおねえさんですが、いつまでもおねえさんでもありましたね。 女性の方は、つきあってるお友だちを見ても、その人の素適度がよくわかります。 さくらさんのお友だちのKさんも笑顔の素敵なおねえさんでした。 さくらさんのカウンセリングは、きっと子供たちと両面通行で、いいキャッチボールを交し合ってるのでしょうね。 その調子で、にきび面の、小さいやっ太郎たちの、「いつまでもおねえさん」でいてやってくださいね。 ともかく、おふたりのホッとした様子が想像されます。 maintさんは、緊張が解けて風邪などひかないように注意してくださいね。 さくらさんは、ホッとしたのもつかの間、思いは既に明日に向かって飛んでるかもしれませんね。
2005.02.21
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なんとか原稿とイラストを描き終えました。 みなさんの原稿を読ませていただき、自分の原稿に着手したのが2月6日、その原稿とイラストがアップしたのが昨日2月13日でした。途中3連休がはいったので助かりました。 40枚ほどの原稿と8枚のイラストをなんとか1週間ほどで完了できました。 あと自分のイラスト2枚が残ってます。それと、装丁をつくらなければいけなかったです。 どなたか、装丁のいいアイディアないすかね? 5人のおっさんらのお話です。 各々がスネにキズを持っています。 でも互いにキズを舐めあうような関係では決してありません。 適当にだらしなく、ひとりひとりはどこにでもいる、酒好きのおっさんそのものです。 ここにひとつの標的があり、そこに向かって、ちょいと志をひとつにしてやったろうやないか、 ここで立たぬことにはおのこじゃないぞ、ワシらはクソオヤジだけど腐れオヤジじゃないぞ。 ろくでなしだけど、ひとでなしじゃないぞ。女に捨てられても、女を捨てることはしないぞ。 最後はひとつ余計だったけど、そんな感じです。 自分の原稿を書くのは、全然楽勝でした。 考えて、考えて、何かをひねり出すのではなく、自分の中にあるものを殆んど飾りなくアウトプットしていくわけですから、これは楽です。 誰かのためにとか、誰かを傷つけないように、または損させないようにとか、建前を大事にとか、イメージを損なわないようにとか、そんな気遣いは一切してません。 ひとつだけ、気を使ったのは、やはりお金を払って買っていただく方がいらっしゃるわけですから、せっかく読んでいただいて、わかりにくい、というのが一番胸が痛みます。ただ「わかりやすく」そのことだけは、気を使いました。 「わかりやすく」というのは、決して、読む方のことを上から下へ見下ろすように、ナメているわけではないのです。 いい悪いの評価、おもろいおもろくないの感想、ためになったならないの意義、そんなもろもろの反応をいただくためには、やはり入り口の敷居はスムーズにまたいで、入っていただく造りにしたいのです。 それを踏まえた上での「主張」というのがおとなの筋道ではないかと思うのです。書くことでも、話すことでも。 みなさん、そこらの勘所は、よく心得てました。 ひとりよがりの文章は全くありませんでした。 いや違う、ひとりだけいるぞ、それはおまえや、と言われるかもしれません。ひとりよがりやと気づかない、それこそ最高のひとりよがりや、と死んだオヤジからゲンコツかまされるかもしれません。 でも、楽しい作業でした。 仲間のひとりは、ずっと毎日日記を書きつづけています。チャレンジャー武藤さんです。 もうひとりは、日記を最近再開した発展繁栄コネクター、七浦さんです。 あとひとりは、今、秋休みと冬休み中で、近々また日記で暴れてやると言ってる隊長さんです。 もうひとりは、知る人ぞ知る、有名人の南部さんです。南部さんのことをつい先日まで「南部市場さん」と同一人物だと思ってました。ご両人に大変失礼致しました。 相変らずバカ太郎のことです。許してください。 全員の原稿が出揃いましたので、これから本格的な編集会議を行い、産声あげるまでの秒読み体制にはいった・・・・・・のでしょうかね?ななちゃん?
2005.02.14
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ゆうべは、神戸三宮で、京のはせやんさんとミニオフ会を行ないました。 はせやんさんは、京都人、小生は大阪市民、そして会合の場は、神戸。ふたりのオヤジの三都物語でありました。 はせやんさんは、日記のイメージに符合して、穏やかで、言葉に温度のあるほんとうの紳士でした。 またひとりお友だちができたな、うれしいな、今すぐに何かで共通の行動をすることはなくとも、いずれ協力し合って、何か共有することを行ないたいな、そんな風に思わせるキャラクターの方でした。(すみませんね。はせやんさん、勝手なことを申し上げてます) 小生は、一度訪ねたことがある、味の良い居酒屋に、はせやんさんを案内せんがため、若干先回りしてその所在地を確認に向かいました。なぜ予め、確認するかというと、小生には目的地にすんなりたどり着けない「方向オンチ」という持病があるからでした。 しかし、というか、案の定というか、小生は、しかるべきその所在地をいっこうに発見できず、狼狽しておりました。狼狽に狼狽を重ね、時は過ぎ行く、日は暮れる。 そして、間の悪いことに、グルグル堂々巡りを重ねているうち、狭い三宮の盛り場の中で迷子になってしまったのです。待ち合わせの三宮駅の場所がどっちの方角かわからん。困る、焦る、うろたえる。 迷わずはせやんさんをお連れするための下調べであるのに、その下調べで迷子になってしまったのでした。 待ち合わせの時間が迫る。場所はわからん。おまけに待ち合わせの駅の場所までわからん。 もはや半泣き状態になり、通行人に「駅どっちですか?」と聞き込みしながら、暮れなずむ三宮界隈を彷徨したのでした。 信号待ちで、小生の好きな女子大生的、すれてないオーエル的、うら若き女性たちが集積してました。 すかさず、小生、駅の場所を尋ねました。 すると、彼女たちは、怪訝な顔をしつつ、それでもていねいに「ここが三宮駅ですよ」と言って、その場所から20歩ほど離れた駅入り口を指してくれました。 小生、軽く会釈し、ひとこと「すまんね、いや、すみません」と言って、彼女たちに背を向けました。 やや間を置いて、背中で彼女たちの笑い声が聞こえてきました。 なんだ?ワシなんか変なこと言ったかな? 変なこと言ったのでした。 反芻すると、大変焦っていたので、「すまんね」という言葉と「すみません」という言葉を、足してふたつに割った言葉を放ったのでした。「どうも、すまみせん」 そんなこんなで、ギリギリ、時間いっぱいで、待ち合わせの時間にたどり着いたのでした。 はせやんさんには、最初のご挨拶が「すまみせん」にならないよう、用心して申し上げました。「どうも、どうも、ギリギリになっちゃって、す・み・ま・せんでした」
2005.02.10
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自分っちだというのに、なんだか入るのに遠慮がちになります。 いえ、この日記の部屋のことなんですがね。 いささか、1週間以上、留守してました。主人がこんなふうなのに、アクセスいただいた方々、ありがとうございました。 これは友人に聞く話なんですがね、例えば仕事で遅くなってわが家に帰宅したとします。 奥様は、いつものことなんで、先に寝床でおやすみしています。 友人は、なかばホッとし、なかば、なんだコノヤロ、おれより先に寝やがって、と思います。 ところがある日、浮気してこっそりゴゼン様で帰宅したとします。 そんな日に限って、奥様はパッチリ目覚めており、さらには、玄関ドアの前で正座して友人を待っているといいます。 そんなことあるかいな、と小生なかばマユツバで聞いていますが、この話、女性に聞くと、 『うん、わかる』と言います。 女性には、男という愚か者の生物には、はかり知れない能力が備わっていることは、うすうす感じてます。 しかし、日常生活の中で、それを知らされたら、おっかないでしょうね。 もともと女性に超能力があるのは、小生も知っています。 あの日のあの時刻、あなたは、これこれこういう事を言った、などの超記憶力は朝めし前です。 愛してないのに、愛してるわと囁く超演技力や、悲しくないのに泣ける超テクニックは、男が太刀打ちできる分野ではありません。 いや、そんなことはどうでもいいのでした。 第六感においても、女性はやはり神に近いのでしょうか? 男の為せるお遊びなんぞ、その第六感にかかっては、いとも脆く打ち砕かれるのでしょうか? そんなこんなで、小生、悪いこともしてないのに、なんだか疾しい気持を抱えながら、この部屋に入ってまいりました。ダメですね、男というのは、わが家に入るのにご無沙汰してしまったら、なんでこんなに疾しい気持になるんでしょうかね? これはきっと男族の、わが家に帰る心情の、長くて疾しい歴史がDNAに組み込まれているからだと思います。 本日、このわが家に戻ってきたら、やはり玄関前に座ってる人物がおりましたね。 自分で描いた自分の似顔絵が、なんだか怒っています。「なめんなよ~、こらぁーっ」と叱られてしまいました。こんな絵、描かなきゃよかったな。 出版予定の原稿には、本日から着手できました。 小生担当分の三分の一は、本日書き終えました。今週中には文章はアップしそうです。 あとのお楽しみが、イラスト描きです。これは10枚ほどですが、2~3日で上げると約束してしまいました。 ほんとは取り組んでみないと、わからんのです。ですが、これはチームでのお仕事なんです。チームのお仕事では、約束ごとなし、締め切りなしの行為はありえません。 約束がないとしても、これは自ら作らなければいけません。 少しカッコつけて、よっしゃ、本日のところ、これまで・・・と。
2005.02.06
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