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2014年10月26日
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カテゴリ: 葬儀と先祖供養
こんな記事を見つけました。

~~~~~以下引用~~~~~

宗教学者の島田裕巳氏 簡略化した葬儀「0(ゼロ)葬」を提案

 遺族に負担をかけず、静かに逝きたい。葬儀費用約200万円、お墓代約280万円(東京都)ともいわれる従来の「終活」を見直す動きが高まりつつある。そこで宗教学者の島田裕巳氏が提唱するのが「0葬」である。一銭も払いたくない、払わせたくないと願う人々が実践する新たな「葬られ方」をレポートする。

 日本の伝統習俗への疑問は、最近巻き起こったものではありません。近代に入って最初に「葬式はいらない」と唱えたのが自由民権運動で知られる中江兆民です。遺言には「死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」とありました。

 文豪・夏目漱石も葬式不要論者の一人で、自身のロンドンでの留学体験を踏まえて書かれた『倫敦塔』という小説のなかに、「余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓標も建ててもらうまい」といった言葉を記しています。

 それでも戦前の日本には、「葬式」に求められる役割がありました。日本はまだまだ貧しく、人々が天寿を全うできる状況になかった。戦争や天災、疾病などで命を落とすことは“日常”でしたし、大往生は限られた者にしか許されなかった。

 若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、その“功徳”によって死者を極楽浄土に導くというシステムが社会的に求められたんです。

 でも、豊かな暮らしを多くの人々が享受でき、平均寿命が80歳に届かんとする現代では、こうした浄土教信仰の基盤が崩れつつある。

 都市部への人口集中や核家族化など日本古来の伝統に押し寄せる波も、もはやとどめようがない。私はそれらを悲観するよりも、「これで葬り方の『自由』を得ることができる」と歓迎したいと思っています。



 それを象徴するのが戒名です。「戒名は、仏教の信者になった真の証」というのが仏教界の考えでしょう。しかし現代では仏教への信心によってではなく、社会的地位、もっといえばお布施の額によって戒名の立派さが決まります。

 私は「院号のインフレ化」と呼んでいますが、かつての村社会では有力な門家しか授かることができなかった“院号”が、今ではお金さえ多く払えば誰でも授かることができるようになりました。

 背景にあるのが現代における“寺院経済”の歪みです。都市部では檀家との関わりが薄く、年忌法要も減少しているので、お寺としては葬式時のお布施が有力な収入源です。その際、院号のついた戒名を授けることで、より多額のお布施を得ようというのが寺院側の狙いなのです。

 現在では戒名の半数以上が院号のついた戒名とされ、50万円以上のお布施を寺院側に渡すことも珍しくはない。

 仏教とは、民に「平等」を説くことを旨としている教えのはずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。現実社会との乖離は、「葬式」のあり方を見直す気運の高まりと無関係ではないでしょう。葬式や告別式を行なわない直葬、海や川に遺骨を撒く自然葬といった葬り方が広がっているのは時代の“必然”です。

 そして私は、簡略化された葬儀のさらに先をいく「0(ゼロ)葬」を提唱したい。

 遺骨の処理は火葬場に任せ、それを引き取らないという選択です。多くの火葬場では遺族が遺骨を引き取ることが前提となっていますが、申し出があれば遺骨を引き取らなくても構わない火葬場が一部にあります。

 残された遺骨は契約業者が引き取り、骨粉にされた上で、寺院や墓地に埋められ、供養される。そして、火葬だけで済めば業者に頼んでも10万円でおさまるから、遺族に負担がかからない。墓を「造る」「守る」といった心理的、そして金銭的重圧に現代人は悩まされていますが、そこから自由になれます。

「0葬は人の葬り方ではなく遺体処理だ」といった反論もあるでしょう。でも、80歳、90歳を過ぎ、人生を謳歌したのなら、「遺体処理」でもいいのではないか。来世こそ極楽へ──といった憂いを抱く方も少ないと思います。

 墓がなければ墓参りに行けないと思われるかもしれません。しかし、墓参りは都市部への人口流入に伴って郊外に墓が建てられるようになってからの新しい習慣に過ぎない。

 故人のために親戚が集まりたいなら故人を偲ぶ食事会を開けばいいし、そこで遺族たちが思い思いに故人の「思い出」を語るなら、形だけの墓参りよりも、実りあるのではないでしょうか。



~~~~~以上引用~~~~~

これほど突っ込みどころのある文章も珍しいですね。

島田裕巳氏の「宗教常識の嘘」という本は秀逸で
一般的に言われているように「日本人は宗教に関心が無い」
わけでなく「日本人は世界でもとりわけ宗教性が強い民族」という


島田氏は日本の宗教について詳しく知っているはずなのに
何故こんな文章を書くのか、不思議でなりません。

>戦前の日本には、「葬式」に求められる役割がありました。
>若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、
その“功徳”によって死者を極楽浄土に導くというシステムが
社会的に求められたんです。

こんな事実はないでしょう(*^_^*)

「無念を晴らすために」供養したのではなく「死者への恐れ」
がそうさせたのだし、供養して「極楽へ導く」のではなく
残された者を守るためでしょう。

>平均寿命が80歳に届かんとする現代では、
>こうした浄土教信仰の基盤が崩れつつある。

葬式に対する信仰が崩れつつあるのは、寿命が延びたのでなく
戦後の人口移動によってその地域に住み続ける農村社会が
崩れたのが原因ですよね?

>私は「これで葬り方の『自由』を得ることができる」と歓迎したい

葬り方の制約など元々ありません(*^_^*)
自分でも中江兆民や夏目漱石の例を引いているではありませんか。

>仏教とは、民に「平等」を説くことを旨としている教えの
はずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。

この言い方は奇怪です(*^_^*)
お布施を出せばどんな戒名でも授けるというのはむしろ平等では?
お金を出しても特定の人には特定の戒名しか授けないというのが
「差別」のはずですよ(*^_^*)

>残された遺骨は契約業者が引き取り、骨粉にされた上で、
寺院や墓地に埋められ、供養される。
>そして、火葬だけで済めば業者に頼んでも10万円でおさまるから、
遺族に負担がかからない。

仏教式の供養を否定している筆者が寺院での供養を
想定しているとは奇怪極まりないです。
ゼロ葬というなら「寺院」での埋葬や「供養」は
否定しましょうよ(*^_^*)
遺族の負担があるのは仕方ない。
親や先祖にどれだけ世話になりました?
今の自分があるのは先祖のおかげではないですか。

>墓を「造る」「守る」といった心理的、そして金銭的重圧に
現代人は悩まされていますが、そこから自由になれます。

もともとお墓は幸福増進装置。
先祖を祀ることによって、子孫は繁栄するという考えのもとに
お墓は作られています。

先祖が必死で守ってきた財産は、子孫のためのもので、
親から貰ったその財産を受け継いで、次世代の子供に引き渡す。
それがうまくいくようにご先祖様に感謝しながら供養する。
それがお墓ですよ。

それを重圧だと感じるようであるなら、財産を受け継ぐこと自体に
重圧を感じるべきです。
先祖の残した財産で勉強させてもらい、その成果で成功した。
それが自分の力ですか?
先祖を祀ることが重圧になるってどうなんですかね?

>80歳、90歳を過ぎ、人生を謳歌したのなら、
「遺体処理」でもいいのではないか。

親を「遺体処理」でもいいと言い切るこの人の人間性はどうなんだろう?

>しかし、墓参りは都市部への人口流入に伴って郊外に墓が
建てられるようになってからの新しい習慣に過ぎない。

ここまではっきり間違えていると、指摘する必要もないですよね。
墓参りの習慣がいつから始まったのかはわかりませんが、少なくとも
江戸時代までは遡るはずです。

>故人のために親戚が集まりたいなら故人を偲ぶ食事会を開けばいいし、
そこで遺族たちが思い思いに故人の「思い出」を語るなら、
形だけの墓参りよりも、実りあるのではないでしょうか。

この人は基本的に宗教を理解していないですね(*^_^*)
形があるからこそ、中身が無くなっても伝えられていくのですが
形が無くなったら、何も伝わりません。

故人を偲ぶ食事会???

こんなものを開いたという話は聞いたことは無いし、
わざわざ、遠方からこんなものに参加する奇特な人も
現代では少ないのではないか?

それに一族の成功者が親族の優秀な人間に援助するような
時代ならともかく、個人主義が広まって、親族間の
つながりが薄い現代では「故人を偲ぶ食事会」を開く価値の
ある人は少なくないか?

単純に法事をして仏壇の前に親族が集まり、供養した後に
お墓詣りをして食事をとるスタイルでは、なぜだめなのか?

「故人を偲ぶ食事会」などわざわざお金を払ってまでくる人は
いないだろうから、主催者の持ち出し額は法事より
大きくなる可能性もある。

最近、たまたま古い過去帳の整理を頼まれましたが、
意外なことに、かなり遡って、きれいな家系図ができました。

こういう整理を依頼されると、今生きている人に辿りつくまでに
どれほど際どい状況があって、その方の先祖が苦労してきたか
しみじみと感じます。

ただ、残念ながら依頼者の方は、私が感じているほど
感慨深い思いはないらしい(;一_一)

現在のように先祖の財産を兄弟で分け、先祖が必死に守ってきた
伝来の田畑を売って、その家が無くなりつつある状況は
見ていて悲しい(;一_一)

まあ、ゼロ葬でも何でもしたらいいですわ。

その程度の供養しかして貰えない人間に大した価値はない(*^_^*)

ご意見お待ちしております。





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最終更新日  2014年10月28日 16時54分18秒
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